59.プレゼント
何となく復活したので、1話分だけ投稿します。
年末が近づいている。ということは、生誕祭が近くなっている。生誕祭はデアンジェリス王国の初代国王アルフォンソの誕生日であるとか諸説あるが、定かではない。何しろ、他の国にも生誕祭はあるのだ。
それはともかく、生誕祭にはプレゼント交換をするのが一般的。家族間や親しい友人、お世話になった人、いろいろな人にプレゼントを贈る習慣がある。
現在のルクレツィアを悩ませているのも、そのプレゼントについてであった。
「う~ん」
珍しくイル・ソーレ宮殿の自室で刺繍をしているルクレツィアは、針を動かしながらうなる。あまり複雑な模様を縫い取ることはできないが、イニシャルくらいなら難しくない。
ルクレツィアが宮殿にいる理由は簡単で、外に出られないのだ。なんとなれば、外は豪雪なのである。まあ、雪国ほどは降らないが、比較的温暖な気候であるデアンジェリスでは珍しいほどの大雪であった。
部屋にノックがあった。カルメンが近づいてドアを開ける前に、ドアが開いた。入ってきたのはルクレツィアの姉妹である。
「珍しいわね。刺繍?」
「お姉様。ノックをしたなら、返事を待ってから入ってください」
何しろ、ルクレツィアはいないかもしれないのだ。そう思ってオルテンシアに苦情を出すと、彼女はからりと笑った。
「別にいいでしょ。今度から気を付けるわ。それで、なんで突然刺繍なんてしてるの?」
「う~」
ルクレツィアはうなる。なんと答えたものか。そう思っていると、オルテンシアと一緒に入ってきたフランチェスカが、ルクレツィアの後ろから図案を覗き込んだ。
「イニシャルですか? F・M……セレーニ伯爵ですか?」
「……そう」
フェデーレ・デル・メリディアーニがフェデーレのフルネームだ。ルクレツィアの返答を聞いて、おお、とオルテンシアとフランチェスカが声を上げる。
「恋人なの?」
「お姉様、直球すぎです。なぜ友人という選択肢がないのですか」
仲間にしては仲が良すぎると思うので、ルクレツィアにとってフェデーレは友人のくくりに入っている。
なんだかんだで付き合いの長い彼とは毎年プレゼント交換をしている。去年はこの時点ですでにフェデーレはフェルステル帝国に留学に行っていたので、彼からのプレゼントは郵送されてきた。ルクレツィアは彼の父親経由で送っている。
まあ、それはともかく、今年は本人がいるのだから本人に直接手渡すつもりなのだが、渡すものを悩み中なのだ。
「え? このハンカチを渡すのでは? 一般的ですし、手ずから刺繍なさったのでしょう?」
フランチェスカに不思議そうに言われた。確かにその通りなのだが、改めて人に言われるとなんだか気恥ずかしく、猛烈に反発したくなってしまう。
「……そうだけど、これはお詫びも兼ねてるから」
「お詫び?」
「……借りたハンカチ、破いた……」
悪気はなかったとはいえ、借りたものを破いてしまうとは。そもそも、肌触りの良いハンカチではあったが、かなり丈夫そうに見えた。ひっかけて破いてしまうとは思わなかった。しゅんとしたルクレツィアを見て、オルテンシアが笑い声をあげた。
「いやぁ、あなたもやるわね! それで刺繍入りのハンカチなのね。かわいいわね、発想が」
久しぶりに姉に対してむっとした。ルクレツィアはむくれながら言う。
「だって、他に思いつかないですもん」
男の人は、何を贈られると喜ぶのだろうか。本当にプレゼントとしてハンカチを贈ったこともあるし、本を贈ったこともある。しかし、だいたいは消えもの、つまり菓子類が多かった。フェデーレは意外と甘いものが好きなのだ。
「ハンカチは借りていたものを返すのと同じですし、他に何か一緒に渡そうと思うんですけど、何がいいと思います?」
「香水は?」
「そんなに仲良くないわ」
以前香水を贈られたことがあるフランチェスカが提案したが、あいにくとその選択肢はない。香水を贈り合うのは恋人同士、もしくは夫婦だ。それか、相手に気がある場合。フランチェスカの場合はこれにあたるだろう。ついでに、ルクレツィアのセンスがあまりよくないのもあげられる。
「女性だったら小物とかが喜ばれるんだけどね。というか、お父様やお兄様に聞いてみれば?」
「参考になりませんでした」
すでに聞いてみた後であった。2人とも、「ルクレツィアに贈られるのなら、なんでもうれしい」という返答をくれやがったので、まったく参考にならない。
即答したルクレツィアに、オルテンシアは肩をすくめた。顎に人差し指を当てて彼女は考え込む。
「そうねぇ。改めて考えると、難しいものよね……。まあ、男友達に贈るなら、カフリンクスとか」
カフリンクスは服の袖に付けるもので、貴族の必須品だ。貴族男性は、正式な場では家紋の入ったカフリンクスを身に着けることが多い。それ以外でも、カフリンクスのデザインがその人のセンスを物語る。
「……一ついいですか、お姉様。私、センスがありません」
「……そりゃそうよね。その格好だものね」
と、オルテンシアは首もとまであるネイビーブルーのドレスに厚手のショールを羽織ったルクレツィアをじろっと見る。これは、目立たないためとかそう言うことではなく。
「だって、あったかいんですよ、この格好」
魔法を使って防寒することもできるが、イル・ソーレ宮殿にいる間くらいは、魔法を使わずにいたい。ちなみに、イル・ソーレ宮殿もラ・ルーナ城も魔法による暖房が使われているので、別に厚着しなくても凍死するわけではない。
「あなたの、服は着れればいい、っていうその感覚、何とかならないのかしらね?」
「ならない」
ぺしっとオルテンシアがルクレツィアの頭をはたいた。その様子を見てフランチェスカがくすくすと笑う。
「ためしに選んでみてはいかがです? セレーニ伯爵も、ルーチェお姉様が頑張って選んだものなら、つきかえしたりしないと思います」
「……みんな、あの男の外面に騙されてるんだよ……」
「確かに、ちょっと変わった方だとは思いますけど、ルーチェお姉様も人のこと言えませんわ」
「……」
フランチェスカの容赦ない指摘に、ルクレツィアは沈黙した。その通りだ。フェデーレも大概変人であるが、ルクレツィアも相当の変人だ。
「というか、そう言えば、2人は何のご用で?」
遠回しに用がないなら出て行け、と言わんばかりである。オルテンシアがニコリと笑う。
「そう言えばそうだったわ。今夜、家族そろって晩餐よ」
「今夜……そうですか。なら、出て行かないようにします」
と言っても、外の雪が深すぎて外に出る予定はないが。抜け道が使えなくなっているので、外に出るなら正面から出るしかないのだ。微妙に不便である。
「それは当然ね。それと、今夜のドレスはわたくしとフランで見立てるから」
「……後学のために尋ねますが、何故?」
「もちろん、わたくしがそうしたいからよ」
オルテンシアは腰に両手を当てて言いきった。ルクレツィアは目を細める。
「それ、楽しいですか?」
「少なくとも、わたくしは楽しいわ」
「……そうですか」
きわめてセンスが悪いわけではないが、いいわけでもないルクレツィアにしてみれば、人を着飾らせるのは気を使う。もちろん、自分が着飾るのはそれなりに楽しいと思うが、いろいろ考えて、いつも機能性を重視してしまうのだ。
「わたくしも楽しいですよ。身内だけなので、シルバーブロンドにしてもらえるともっと楽しいです」
フランチェスカが楽しげに言った。その言葉で、ふと思い出したことがある。
「そういえば、昨日、フェデーレに会ったときに『冬場に銀髪は寒々しいな』って言われたわ」
ちょっと腹立ってきた。雪だるまでも贈ってやろうか。
ルクレツィアが腹を立てているというのに、オルテンシアは「ふーん」と納得したような声をあげた。
「あなたも鈍いわね~」
「やっぱりそうですよね! 結果を見届けるまで嫁げません!」
フランチェスカのテンションも上がる。ルクレツィアは何の話か聞こうと思ったが、嫌な予感がしたので、聞くのはやめた。2人が盛り上がっているので、刺繍に戻る。慣れない作業なので、ルクレツィアの手の動きは非常にゆっくりだ。
「それと、ルーチェ」
「はい、何でしょう?」
手を止めて顔を上げる。オルテンシアは「これが一番聞きたかったの」と身を乗り出す。
「今年は、生誕祭に参加するんでしょう?」
「ええ。参加します」
生誕祭の前夜に、大きな夜会が開かれる。舞踏会がメインであり、仮装もありという無礼講気味の夜会だ。毎年混とんとしている。
去年、ルクレツィアは生誕祭に参加していない。珍しく王都の外に出張に行っていたからだ。去年のこの時期はフェデーレもいないしヴィルフレードもいないでかなりの人手不足だったのだ。
「良かったわ。その時のドレスも、わたくしが選ぶわよ」
「三姉妹で仮装ですね!」
再び盛り上がるオルテンシアとフランチェスカに、ルクレツィアは落ち着いた口調で言った。
「誰も『第二王女』が参加するとは言っていませんよ。私は『十五代目アルバ・ローザクローチェ』として参加します」
「ええっ!?」
驚きの声をあげた姉妹を見て、ルクレツィアはニヤッとした笑みを浮かべた。
「私がアルバ・ローザクローチェとなってから、公式行事に参加したことがないですからね。いい機会です」
ルクレツィアは王女なので、王女として参加するとアルバ・ローザクローチェとして参加できない。
アルバ・ローザクローチェが公式に参加する行事は決まっており、12月の生誕祭、4月の復活祭のふたつだ。ルクレツィアは三年前の復活祭前にアルバ・ローザクローチェとなったが、急な就任で引継ぎもできなかったので、その年は復活祭も生誕祭も参加していない。王女として参加した。
その次の年は復活祭の間、事故にあって意識がなかったので論外。生誕祭はやはり王女として参加。そして、今年の復活祭も王女として参加。
そんなこんなで、ルクレツィアは『15代目アルバ・ローザクローチェ』として公式行事に参加したことがない。なので、いい機会だろうと思う。
「というわけで、生誕祭のドレスは決まっていますのでお構いなく」
もちろん、ドレスは黒である。すこしがっかりした様子を見せたオルテンシアだが、すぐに復活した。
「なら、今夜は気合を入れて着飾るわよ!」
「……もう好きにしてください」
何となくそうなる気がしていたので、ルクレツィアはあきらめてそう返した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
投稿回数減らす代わりに、文章量を少し増やそうか迷い中です。
と言っても、4000字前後から6000字になる、とかそれくらいだろうけど。




