05.香水の入手先
ルクレツィア視点に戻ります。
ルクレツィアが侍女たちにも頼んでイル・ソーレ宮殿を調査した結果、甘ったるい香りが漂っているところを発見した。一つは温室、もう一つはルクレツィアの母、つまり王妃が愛用しているサロンである。
ルクレツィアが王妃から話を聞いてみると、最近、貴族のご婦人方に、甘い香りのする香水をつけている人が多いらしい。それ以上のことは王妃は知らないようだった。
ちなみに、一緒にお茶会に参加しましょう、と言うお誘いを受けたのだが、断っておいた。誘うなら、姉か妹のどちらかにしてほしいところだ。
侍女たちが仕入れてきた情報によると、どうやら、フランチェスカがもらった香水は、貴族たちの間で流行っているものらしい。男性から女性に贈られる場合が多いようだ。
「と言っても、男性も最近はやりの『製造元から取り寄せ』ているらしく、詳しいことは不明なようです」
「製造元から取り寄せてるのに、どうして不明なの?」
「新聞や雑誌に広告が載るんですよ。見たことありますよね?」
「あー、あるある。なるほど、あれね。そう言えば、求人情報とか載っているものね」
ルクレツィアは、侍女の1人であるリンダの説明に納得の声をあげた。ルクレツィアの髪を結っていたフェビアンが「なんで求人情報が載ってるって知ってるんですか」と尋ねてきたが、もちろん、ラ・ルーナ城に普通に新聞が置いてあるからだ。
「それで、その宛先に手紙を送ると、商品が届けられるそうですよ。お金は現金輸送」
「それって安全面でどうなのかしらね」
説明を続けるリンダに、ルクレツィアは苦笑しながら言った。彼女はリンダに向かって続けて、と手を振った。
「最近では、商店街の掲示板や店の中などにも広告が出ているみたいですね。何でも、その広告を掲示すると、代金の一部がその店に支払われるとか」
なんでも、その金額が巨額であるらしい。みんなこぞって掲示するわけだ。
「それで流行ってるってことね……。と言うことは、女性が直接入手した例もあるのよね?」
「おそらくは。私では見つけられませんでしたが……申し訳ありません」
頭を下げたリンダに、ルクレツィアは苦笑した。ちょうどフェビアンが髪を結い終えたので立ち上がる。
「大丈夫よ、リンダ。それだけわかれば上出来だわ。ありがとう。フェビアンもありがとうね」
情報収集を行ってくれたリンダと、髪を結ってくれたフェビアンに礼を言うと、2人は誇らしげな顔になった。
「姫様の為ですから、当然です!」
「リンダの言うとおりですわ!」
「そ、そう」
2人の勢いに少しビビりつつ、ルクレツィアはうなずいた。2人が「もちろんです」とうなずいたところに、カルメンがやってきた。
「姫様。ヴェロニカ様から連絡です。例の香水の解析が終わったそうです」
「あら。ちょうどいいわね。解析結果も聞いてみましょう」
ルクレツィアはもともとラ・ルーナ城に向かう予定だった。ヴェロニカの連絡はナイスタイミングであったと言うことだ。
「じゃあ、留守は頼むわね。イレーネ、無理はしないのよ」
「大丈夫です! ご心配なく!」
ルクレツィアの影武者でもあるイレーネが元気よく答えた。ルクレツィアは侍女4人の見送りを受け、いつものルートでラ・ルーナ城に向かった。
城についた後、ヴェロニカが研究室にいるか尋ねた。いるようなので、そのまま研究室に向かう。ノックをするが、相変わらず反応はなかった。
「こんにちは、ヴェロニカ」
「ん。ルーチェか。ノックは」
「したわよ」
もうおなじみの会話をしてから、ルクレツィアは椅子の上の資料をどかし、勝手に座った。ヴェロニカも特に文句は言わず、「コーヒーでも飲むか」と聞いてきた。
「王女にビーカーで入れたコーヒーを出すのはあなたくらいよ」
「そう言いながらお前は飲むんだよな」
研究者だと、研究道具でお茶を入れたり料理をしなければならない決まりでもあるのだろうか。ルクレツィアは目の前でビーカーによって入れられたコーヒーを受け取った。角砂糖を二つばかり入れる。
「それで、香水の解析結果が出たそうね?」
「ああ。終わったよ。解析結果、見るか?」
「ええ」
ルクレツィアがうなずくと、ヴェロニカが3枚つづりになったレポートのようなものを差し出した。ヴェロニカの走り書きの文字は非常に読みづらいのだが、慣れているので何とか解読できた。
「やっぱり、魔法植物が使われているのね……。これ、イル・ソーレ宮殿の温室にも、同じものはある?」
「僕は宮殿に入ったことがないからわからん」
「あ、そっか」
「しかし、香りがよく、薬などにも使われる植物ではあるからな。宮殿にあっても不思議ではない」
「そう、なの」
ルクレツィアは少し考えた。温室の甘い匂いは、この魔法植物のせいなのだろうか。
「レポートにも書いたが、あの香水は非常に危険なものだ。何度も使用していると、次第に習慣になり、やめられなくなる。これだけならいいんだが、あれは惚れ薬でもあるからな」
「そう言えば、これを持ってきたときにもそんなようなことを言っていたわね。つけ続けると、強力な惚れ薬になるんだっけ?」
「その通りだ。このタイプの惚れ薬は、自分に惚れさせたい相手が自分に惚れるように薬に細工し、意中の相手に渡すことで惚れ薬として成立する。つけるたびに薬を送ってきた相手のことを思い出すようになり、最終的に愛だと勘違いする」
「なに、その恐ろしい薬」
「だから、そうだと言っているだろう」
ヴェロニカがため息をついてコーヒーを飲みほした。もう一杯注ぐ。
「精製過程に、どうしても魔法行程が必要だからな。作っているのは魔法使い、もしくは魔術師で間違いないだろう。ほら、以前取り逃がした魔術師がいただろう?」
「ああ、あいつね」
ルクレツィアの手に力がこもる。今思い出しても悔しい。もっとしっかりしていれば、逃げられずに済んだかもしれないのに。
「あの時、強い風が吹いた後、甘い香りが漂って来ただろう? それに、あの魔術師自身がにおいを専門に操る魔術師だったのかもしれん」
「! あー……」
そう言えばそうだった。というか、魔術師を取り逃がした時のあの甘い香りは、やはり、この香水と同じタイプなのか……。
「ただ、あの時の香りは、精製されていないものだったな。頭をボーっとさせるだけの作用しかない。まあ、逃げるにはそれで十分だが」
「そうね……」
ルクレツィアもコーヒーを飲みほした。宮殿に行って、温室を調べること。それに、香水の精製方法、精製場所、精製者の特定。さらに、王都で蔓延しているという甘い香り……。
「そう言えば、フェデーレが言っていた王都の甘い匂いってやつは?」
不意に思い出したので、ルクレツィアは聞いてみた。ヴェロニカが知っているかは謎だったが。
「それは『夜明けの騎士団』が調査中だ。おそらく、王都内に香水の製造工場があって、そこから香りが漏れてるんだろう」
「あー……また堂々と」
「意外に見つからんかもしれないな。産業革命のあおりを受けて、デアンジェリスでも機械化が進んでいるから、工場があちこちに出来ている。位置特定不可能になる幻惑魔法をかければ、そう簡単に工場は見つからん」
「なるほど。それなら、甘い香りが充満していることの説明がつくわね」
ルクレツィアが顎に指を当ててうなずいた。まあ、それは製造工場が発見されれば、本当かどうかわかるだろう。
「それと、この部屋、新聞か雑誌は置いてないの?」
「雑誌は読まんからな。新聞は談話室でいつも読んでいる」
「なるほど。談話室で確認してみましょうか」
「何をだ?」
ヴェロニカに尋ねられ、ルクレツィアは自分が理由を説明していないことに気が付いた。
「私の侍女によると、その香水の販売は、新聞に公告が載っていて、そこに手紙を送ることで成立しているらしいのよ」
「合理的だな。しかも、姿を見せなくてすむ」
「最近は王都の店にも広告が張ってあるらしいけど、それは『騎士団』のみんなが確認してきてくれるわね」
ルクレツィアは立ち上がると、早速談話室に向かうことにした。ヴェロニカも興味があるのか、ついてくる。
談話室には、娯楽のためのものがいろいろ置いてある。ソファをはじめ、ボードゲーム、本、雑誌まで、何でもござれだ。ルクレツィアは適当な新聞を一部手に取ると、空いているソファに腰かけた。ヴェロニカと肩を並べて新聞を覗き込む。
「相変わらず、ドクトルと仲がいいですね、姫様」
「ええ。もちろん」
時折そんな声を駆けて行く職員がいる。まあ、そう言われるくらい、ルクレツィアとヴェロニカがともにいるのは事実である。
「お、これじゃないか」
ヴェロニカが長い指で問題の広告を指さした。新聞の真ん中くらいの欄に、大きめの場所が取られている。
「……『〈ローザ・ストレーガ〉がお送りします、うっとりできる香水! これで、意中の相手にアプローチ!』……煽り文句としてどうなのかしら」
「ツッコむのはそこか? 〈ローザ・ストレーガ〉、薔薇の魔女、なんて、お前に喧嘩を打っているようなものだろう? 15代目」
「まあ、狙ってるんだとは思うわよ、ドクトル……。少なくとも『夜明けの騎士団』に喧嘩売ってるわね」
「だろうな。住所は……っと、でたらめだな。王都にこんな番地は存在しない」
「っていうか、ヴェラって王都の住所、全部覚えてるの?」
思わず尋ねると、ヴェロニカはかけている眼鏡のブリッジを押し上げ、冷静に言った。
「王都の地図なら頭に入っているな」
「ホント? すごいわねぇ」
単純に感心して、ルクレツィアは言った。ヴェロニカは照れもせずに「それくらいは当然だろう」と言う。ちなみに、ルクレツィアは主要の道しか覚えていない。
「とりあえず、実際に手紙を送ってみて、追跡魔法で追跡するのが早いか?」
「やるなら、男の人にやらせた方がいいわね。女の人がそのまま購入しても、ただの香水なんでしょう?」
「ああ、そうだな。中毒性はあるが、ただの香水だ」
「……訂正。やっぱり怖い香水だったわ」
ルクレツィアは肩をすくめた。魔法植物や魔法過程を使った不法の政策物は、これがあるから怖いのだ。
「私は、宮殿の温室の方を調べてみるから、ヴェラ、追跡魔法の方、頼んでもいい?」
「ああ……それより、お前、1人で温室を調べに行くなよ。フェデーレを連れて行け」
ヴェロニカの指示に、ルクレツィアは首をかしげた。
「なんで?」
「1人では、何かあった時に困るだろう。お前、宮殿にいるときは自分がか弱い王女だと言うことを忘れるなよ」
「う~。否定できないけど、フェデーレと一緒にいる方が怪しくない?」
「大丈夫だ。適当に取り繕え」
「それができれば、私は今頃こんなに苦労していないわね……」
はあ、とため息をつく。ルクレツィアは、どちらかと言うと不器用な部類に入る人間だった。器用に立ち回れれば、人生こんなに苦労していない。
ヴェロニカが言うことはわかる。15代目アルバ・ローザクローチェであるルクレツィアを失いたくないのだ。14代目は不本意な形で失っているからだろう。
フェデーレと会話するのも憂鬱……と言うか、腹が立つのだが、ここは我慢するしかないだろう。そう。仕事の話しなら、それなりに間が持つし。
ルクレツィアはヴェロニカの助言を受け入れることにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
それにしても、ヴェロニカの口調が安定しない……。