58.後始末のほうが大変
ルクレツィア視点に戻ります。あと、第7章最終話です。3月最終日に第7章終了です。ちょっとすごいって思った。
フォルキット侯爵子息を捕まえた後、その父親である侯爵にも任意同行を願った。ルクレツィアはこちらに来るとき仮面をしていたのだが、外した後に落として割ってしまったので、黒いドレスのまま素顔を曝して対応にあたっていた。
フランチェスカが攫われたことは公にはできない。すべてを秘密裏に解決する必要があった。なので、フォルキット侯爵子息は公務執行妨害、それと、まさかの人工魔法石が屋敷から出てきたので、侯爵の方はこれの話しを聞くために任意同行となっている。
さらに、調べていくうちに設けられていた検問を突破しようと騒ぎを起こしていたことも発覚した。ついでに不正も発覚したので、彼らが再び表舞台に立つことはないだろう。
紋章も何も入っていない馬車で、ルクレツィアとフランチェスカはイル・ソーレ宮殿に向かっていた。ちなみに、御者はフェデーレである。外套を着こみ、帽子を目深にかぶれば、誰も御者が美形貴族セレーニ伯爵だとは思わない。
進行方向と逆向きに座ったルクレツィアは、向かい側に座っている妹に声をかけた。
「フランチェスカ」
「はい。何でしょう?」
誘拐されたばかりだと言うのに、彼女はいつもと変わらぬ笑顔を姉に見せてくれた。ルクレツィアも少し微笑み尋ねる。
「あなたが受け取ったっていう手紙、なんて書いてあったの?」
尋ねると、フランチェスカが少しその柳眉をひそめた。
「『あなたの姉の秘密を知っている。誰にも知られたくなければ、指定する場所に来い』と……」
ルクレツィアは苦笑した。フランチェスカの姉の秘密、というとアルバ・ローザクローチェのことが思い浮かぶが、フォルキット侯爵子息はアルバ・ローザクローチェがルクレツィアであると気付いた様子はなかった。なので、その手紙はでまかせなのだろう。
「振り回されてしまったみたいね」
「本当に……ご迷惑をおかけしました」
「いや。無事でよかったわ」
苦笑を浮かべて、ルクレツィアは言った。彼女の侍女がお金欲しさに通常は取り次がない手紙を取り次いだことを、ルクレツィアが言う必要はない。ダリラは、フランチェスカが戻ってくれば、自分から言うだろう。
ふと、ルクレツィアは顔を曇らせた。真剣な表情で、再び妹に声をかける。
「フラン」
「はい」
フランチェスカも、ルクレツィアの表情に気付いて不思議そうな顔になる。ルクレツィアは真剣な表情のまま、フランチェスカに言った。
「エルシアに嫁ぐの、本当に嫌じゃない?」
フランチェスカはキョトンとした表情を浮かべた。それから笑い出す。決死の覚悟で聞いた姉を笑うなよ……。
「お姉様、気にしてらしたんですね。いやではありませんわ。だって、呼べば来てくれるのでしょう? 今回のように」
笑顔で言うフランチェスカを見て、ルクレツィアは目を見開いた。
フランチェスカの『声』が聞こえたのはフォルキット侯爵邸にたどり着いてからだった。フランチェスカが閉じ込められていたのは、侯爵邸の離れで、その聞こえた声に従って、ルクレツィアはフランチェスカを探し当てたのだ。
まさか、フランチェスカが本当に自分を呼んでいたとは。
頼ってくれたことをうれしく思うと同時に、声が本当に届いたことに驚いた。自分で言った言葉だが、半分信じていなかったのだ。
でも、声は届く。心から呼べば、きっと。
だから、ルクレツィアは微笑んだ。
「そうね」
フランチェスカが納得しているのならば、それ以上、ルクレツィアが口をはさむことではなかった。
△
フランチェスカがイル・ソーレ宮殿にいなかったのは、ラ・ルーナ城にいたからだと説明することにした。フランチェスカの体調が悪いので、ラ・ルーナ城で様子を見ていた、と説明するつもりだ。あとで『夜明けの騎士団』のみんなに説明しておかなければならない。
ダリラは、フランチェスカが戻ってきたのを見て涙を流して喜んだと聞く。そして、自分がやってしまったことを告白し、許された。許された、とは言えないのかもしれない。これまで以上に働くこと、とフランチェスカに条件を出されたからだ。それでも、ダリラは許されたと感じただろう。
下働きの青年も、今も宮殿で下働きをしている。もしかしたら、もう少し地位が上がるかもしれないそうだ。フォルキット侯爵子息にもらった金は、全て寄付してしまったそうだ。変なところで潔い青年だ。
しかし、ルクレツィアとフェデーレはそんな事を気にしている場合ではなかった。がっつり説教を食らっていた。ヴィルフレードからの笑顔の重圧と、ヴェロニカからの淡々とした正論、リベラートの心からの愛ある怒りはかなり堪えた。
「あら、やっていますね」
東洋式の『セーザ』による説教をアルバ・ローザクローチェの執務室で受けていたルクレツィアとフェデーレの元に、さらに人がやってきた。車いすに乗ったシーカ女伯爵ジリオーラだ。車いすを押しているのはエラルドである。
「ジル。珍しいねぇ」
「ヴィルが怒るのも珍しいわね」
公式の場ではないからか、旧知の仲であるヴィルフレードとジリオーラが砕けた口調で会話を交わす。ルクレツィアは恐る恐る口を開いた。
「あの……そろそろ足が」
「……同じく」
フェデーレも訴えたが、ジリオーラは微笑んで言った。
「あら。駄目よ。これから私も説教するんだから」
身分はルクレツィアの方が高いが、彼女から見てルクレツィアはある意味弟子にあたる。そのため、普段は砕けた口調で話すことが多い。
そんなジリオーラの説教は独特だ。学校の授業みたい、と称されることが多いようだが、あいにくルクレツィアは学校に行ったことがないのでわからない。方針としてはヴィルフレードにやや近い気がする。
「2人とも。勝手に宮殿を抜け出したあなたたちがどこに行ったのか隠すために、私がどれだけ苦労したか、わかる? 決断力があるのはいいことだけれど、時と場合を選ぶべきだったとは思わない? この場合、本当はどうすべきだったのかしら?」
「……一度、ラ・ルーナ城によるべきでした……」
城に寄らずに行こう、と言ったのはルクレツィアだ。それに関してはルクレツィア自身に非があるので、フェデーレをかばう所存ではある。
「それも一つの方法でしょう。しかし、その前にアウグスト殿下や国王陛下、もしくは私に知らせてもよかったんじゃないかしら。そうしていれば少なくとも、フランチェスカが殿下が突然帰ってきてあわてることもなかったし、あわてて言い訳を考える事態にもならなかったわ」
「……おっしゃる通りです」
ルクレツィアとフェデーレが声をそろえた。ジリオーラがため息をつく。
「とにかく、あなたたちもフランチェスカ殿下も無事でよかったわ。ルーチェ。あまり無茶を言って、フェデーレや周りのみんなを困らせないこと。フェデーレも、あまりルーチェに振り回されないのよ」
「……はい」
「わかりました……」
しょんぼりしている2人を見て、車いすから手を伸ばしたジリオーラは2人の頭をなでる。
「まあ、若いうちは何事も経験よ。失敗することも重要だから、あまり落ち込み過ぎないようにね。死ななければ、何とでもなるわ」
死にかけた人間が言うと説得力が違うが、ジリオーラに言われても笑えない。むしろ、心に何かずしん、とくる。
「……伯爵。2人とも、微妙な表情になっているのだが」
「あら」
ヴェロニカに指摘され、ジリオーラはくすくすと笑った。ちなみに、ヴェロニカは幼いころにジリオーラに面倒を見てもらった自覚があるため、彼女にあまり強く出られないらしい。
実は、彼女は最強なのではないかと思うルクレツィアであった。
まあ、それはともかく。
「あ、足が……しびれてっ」
ルクレツィアは体勢を崩して床に手をついた。崩れた足がびりびりして、立てそうにない。フェデーレは何とか耐えているが、涙目である。
とりあえず、一言言っておこうか。
「ごめんねぇ、フェデーレ……巻き込んで」
しびれに耐えながらだったので、妙に間延びした口調になったが、ちゃんと聞き取れるのでオッケーだ。フェデーレからも返事が来た。
「いや……俺も納得してついて行ったから、気にするな。だが、次があったら力づくででも止める」
「わかった……」
そこに、エラルドがフェデーレの足をつつきに来た。ちなみに、ルクレツィアの足はヴェロニカがつついている。2人に言わせると、心配したのだから、それくらいの権利はあるのだそうだ。
△
その後、足のしびれから回復してイル・ソーレ宮殿に戻ったルクレツィアは、戸惑ったようなカルメンに遭遇した。
「どうしたの?」
「いえ……その、これ……」
そっと差し出されたのはハンカチだった。フェデーレに借りたやつだ。そう言えば、返さなきゃなぁと思って何となく広げると、そのハンカチが裂かれているのに気が付いた。故意的に裂いたのではなく、何かに引っかかって避けたのだろう。
「たぶん、姫様のホルスターに……」
「ああああ~」
ルクレツィアは泣き声のような悲鳴をあげた。つくろえなくはないだろうが、ハンカチを作ろうってどうなんだろう。つくろえたところで、不恰好になるだろう。
ルクレツィアは普段着でも、大腿もしくは足首に銃を入れたホルスターをつけている。昨日は足首だったが、急いで着替えたのでホルスターの角にでもハンカチが引っかかったのだろう。ということは、元のワンピースも裂けてるってことか……。ハンカチはワンピースのポケットに入っていた。
「どうしよう……」
説教から解放されたルクレツィアは、実に平和的なことで悩むことになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
説教と言えばジャパニーズ・セーザですよね~、というのはどうでもよく。
この作品はあと3章分ほどを計画しているのですが、この先は連日投稿ではなく、書けたら随時投稿の形をとっていきたいと思います。私生活の方で忙しくなってしまうので、申し訳ありません。
たぶん、書けたら随時更新の方式でも、午前7時に予約投稿にすると思います。
よろしくお願いします。




