55.フランチェスカの行方
『夜明けの騎士団』……それは、デアンジェリス王国の魔術師組織、魔法事件を主に取り扱う騎士団であり、そして、王家の影の部分を担う騎士団でもある。王家の敵を排除し、王家の依頼があれば、魔法が関係しなくても動く、というのが主な内容となる。
ずっと部屋の外で待っていてくれたフェデーレを伴い、ルクレツィアは一旦出てきたラ・ルーナ城に戻った。こちらも王都近郊に出かけていたが戻ってきていたヴィルフレードを捕まえ、簡単に事情を説明する。
「なるほど……フランがねぇ」
「誘拐されたという可能性が高いけど、自分から出て行った可能性も捨てきれません」
「う~ん。確かに、宮殿内の厳重警備を考えれば、抜け道を知らないと宮殿から出られないよね」
ヴィルフレードが言う抜け道とは、ルクレツィアがラ・ルーナ城に来るためにたびたび使っている抜け道のことだ。同様の隠し通路がイル・ソーレ宮殿にはいくつもある。フランチェスカも王族なので、ありかは知っているはずだ。
だが、他の貴族は知らない。王家から他家に嫁いだ王女は多数いるが、たとえ抜け道を通ったとしても誰にも目撃されずにフランチェスカをかどわかすのは難しいと思われる。なぜなら、フランチェスカの部屋に隠し通路はつながっていないからだ。
「地道に情報収集を行っていったほうがいいかもしれないね」
「あ~、やっぱりですか」
そう言うのはヴィルフレードが得意そうだ。
「知覚系魔法を持つ魔術師ね……君の判断で貸し出せばいいと思うけど、証拠を一つ一つ集めて行った方がたどりつくのが早い気がするね」
「まあ、フランチェスカは魔力がありませんから、知覚魔法だとほとんど特徴がつかめないんですよね……」
ルクレツィアの魔法では魔力のないフランチェスカを感知することは難しい。しかし、知覚魔法でならできる。ただし、ルクレツィアと同じく、『魔法』という個性を認識しやすいようだ。そのため、ただの人を見つけるのは結構苦労するらしい。
まあ、知覚魔法にもいろいろ種類があるので、一概にこう、とは言えないのだが。
「じゃあとりあえず、リベルとヴェラを貸すことにします。リベルがいれば、いろいろフォローしてくれるでしょう」
リベラート本人が聞いたら「ちょっと待て!」と思いっきり突っ込みを入れてきそうなセリフであるが、残念ながら彼はこの場にいなかった。
「ねえ、ルーチェ」
「はい?」
次にとるべき対応を検討していたルクレツィアは、ヴィルフレードに話しかけられて顔を上げた。彼は、何故かにっこり笑っている。
「彼女が家出したとして。向かう場所はどこだろう?」
そう言われて考えた。確かに、自分から出て行ったとしたらフランチェスカはどこに行ったのだろう。
フランチェスカは深窓の姫君、といって差し支えないだろう。フットワークの軽いルクレツィアとは訳が違う。辻馬車の乗り方も知らないだろうし、かといって歩き続けられるわけがない。明らかに身分の高い娘とわかる少女が歩いていれば、売り飛ばされてしまうかもしれない。
それくらいは、フランチェスカはわかっているはずだ。
オルテンシアが落ち着いていて社交慣れしているように、ルクレツィアが冷静に物事を考えられるように、フランチェスカも自分の状況を冷静に分析することくらいはできるはず。
とすれば、近場でかくまってくれそうなところ。つまり、ラ・ルーナ城を目指す。
ラ・ルーナ城には結界が施されていて、一般人には感知されないようになっている。しかし、これまた王家が……というか、『夜明けの騎士団』に属する者(この場合はルクレツィア)が渡した『許可証』を持っていると、中に入ることができる。王族は全員これをもっているので、フランチェスカがラ・ルーナ城にたどり着くことは可能だろう。
しかし、来ていない。もしかして、ルクレツィアがいるから来ないのかとも思ったが、よく考えてみればフランチェスカは、エルシア王からの縁談が、もともとルクレツィアに来たものであると知らないのだ。だとすれば、避ける意味がない。
だが、彼女はここにいない。つまり。
「誘拐された可能性の方が、高い……?」
「まあ、僕はそう考えるけどね」
ヴィルフレードに同意されてしまうと、余計そんな気がしてくる。ルクレツィアは目を閉じた。
自分が早急にすべきこと。魔術師をクレシェンツィオに貸し出す。そして、自分は何をする?
「とりあえず、君がすべきことは」
悩んでいるルクレツィアを哀れに思ったのだろうか。ヴィルフレードがルクレツィアの考え事に水を差した。
「王都から、フランチェスカが出られないようにすること。アルバ・ローザクローチェの名において、検問を設けるべきだね」
「……なるほど。そうですね」
ルクレツィアは納得してうなずいた。フランチェスカが王都から出なければ、捜索範囲は狭まる。
ヴィルフレードに勝手に印を使っていいから、検問をもうけさせて、と指示をだし、ルクレツィアはヴェロニカたちの元に向かった。そろそろ、声をかけた全員が集まってきているはずだ。
「これは他言無用よ。フランチェスカ王女が行方をくらませたわ」
「家出?」
「いや、誘拐だろう」
魔術師たちは好き勝手に言ってのけている。リベラートが「姫さんの話を聞け~」と脱線しかけた彼らの意識を軌道修正してくれる。
「それで、国王陛下に依頼を受けた。フランチェスカを探してほしいって。みんなには、知覚魔法を使って王都を捜索してもらいたいの」
「って、この広~い王都をですか!?」
「大丈夫よ。私1人で王都すべてをカバーできてるんだから……」
「それは姫様の魔力が桁違いであるからこそできることをお忘れなくっ!」
魔術師たちが悲鳴をあげた。ルクレツィアは思わずため息をつく。魔術師たちは、キャラが濃いのだ。
「正直、私も魔法でフランチェスカが見つかるとは思ってない。でも、とにかく、何か手がかりだけでもいいからほしいの。だって、本当に何も手がかりがないのだもの」
ルクレツィアは両の腰に手をあて、魔術師たちの顔をずいっと見渡した。
「あなたたちが調べている間に、私は宮殿内を捜索する。何か手がかりを見つけてみせる。だから、あなたたちも何か手がかりを探して」
魔術師たちは顔を見合わせた。そして、ルクレツィアに向かってうなずいた。
「わかりました。やりますよ。だから、そんな泣きそうな顔しないでください」
投げやり気味に言われ、ルクレツィアは少し目を見開いた。ヴェロニカの顔を見る。
「私、泣きそうな顔してる?」
「してる」
ヴェロニカに肯定されると言うことは、本当にそうなのだろう。しかし、ルクレツィアは何に対して泣きそうになっているのかさっぱりわからなかった。妹が行方不明であること? 魔術師たちがなかなか言うことを聞いてくれなかったから? それとも……フランチェスカが家出だとしたら、それは自分のせいだと言う責任感のせい?
考えてもわからないことは考えない。ルクレツィアは首を左右にふり、魔術師たちに向かって微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」
魔術師たちは一様にうなずいて見せた。
△
宮殿内の捜索は、宣言通りルクレツィアが行うことにした。もちろん、ルクレツィア1人ではなく、フェデーレも一緒だ。この男は女性に対してとても効果を発揮するのである。
「フランチェスカ王女様ですか? 私が最後に見たのは、ご友人を見送られて、部屋に『1人にしてほしい』と言われる時まででしょうか」
「あの。私も同じです」
「そうですか。では、何か変わった様子などはありませんでしたか?」
「フランチェスカ様に、ですよね? う~ん。私は気づかなかったです」
「私も……あ、でも、少し考え事をしている様子でした」
「考え事?」
「悩んでるって言った方がいいんでしょうか……ここ2・3日、ふと見ると、宙を見つめてじっと考え事をされているような様子はありました」
「……ここ2・3日、というと、殿下に何かあったのでしょうか?」
「ええ! もう4日前ですね。フランチェスカ様の婚約が決まったんです!」
「へえ! それはおめでたい」
「でしょう!? でも、その後から、よね」
「うん……なんか、悩み事をされている様子を見せるようになったのは、その後のことです」
「そうなんですか……わかりました。貴重な話をありがとうございます」
「いいえ! セレーニ伯爵に頼まれたら、断れませんわ!」
「お役にたてたなら幸いです!」
「ありがとうございます……あ、そうだ。お礼、と言うわけではないですが、これを」
「わっ。ハンドクリーム?」
「ええ。私の母が愛用しているものなのですが、よく効くらしく。試供品ですが、差し上げます」
「わぁぁっ。ありがとうございます!」
「いいえ。こちらも、お時間を取らせてしまいましたからね」
そう言って、セレーニ伯爵ことフェデーレは微笑んだ。
「お疲れ、フェデーレ」
「ああ。ホントに疲れた……」
「うん。よくやったよ。ご苦労様」
本当によくやってくれたと思うので、ルクレツィアは遠慮なくねぎらった。
フェデーレが先ほど話を聞いていた相手は、フランチェスカの侍女である。『ルクレツィア』に対し、よそよそしい態度をとる侍女たちだが、フェデーレが相手だと態度を一変させた。これだから女は恐ろしいのだ……!
アルバ・ローザクローチェの恰好で宮殿に出入りすると、『何かありました』と言っているようなものなので、ルクレツィアは基本的に平時の恰好である。場合によってはルカ・ディ・サンクティスになりきる。
ルクレツィアは、離れたところからフェデーレとフランチェスカの侍女二人の話を聞いていた。思わぬ収穫があった。
「悩んでいるようだった、か……」
人が来ないような突き当りの廊下に引っ込み、壁に背を預けたルクレツィアは腕を組んで天井を仰いだ。フェデーレは向かい側の壁に背を預ける。
「婚約が決まったって言ってたよな。まだ非公式か」
「フェデーレが知らないと言うことは、そう言うことだね。正式に発表する前に、フランがいなくなっちゃったから……」
これは、彼女の無言の抗議なのだろうか。そう考えて、ルクレツィアはため息をついた。何となく、思考がマイナスの方向に向かっている。
「……心配か?」
唐突にフェデーレが尋ねた。唐突過ぎて、何を言われたのか一瞬わからなかったが、すぐにフランチェスカのことだと気が付いた。
「……当たり前でしょう。妹なのよ」
「そうか」
フェデーレはじろっとルクレツィアの全身を眺め(ちなみに、今日もグレーのワンピース)、言った。
「俺には、怖がっているように見えるけどな」
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