54.消えた
その知らせを受けた時、ルクレツィアはラ・ルーナ城に戻ってきたところだった。15代目アルバ・ローザクローチェとしてではなく、ルカ・ディ・サンクティスとして黒魔術を乱用していた魔術師を捕らえにいったのだ。ルクレツィアが赴くような案件ではなかったが、黒魔術と聞くと気になってしまう今日この頃だ。
「フランチェスカが、いなくなった?」
「ああ……って、大丈夫か?」
「え、ええ」
報告をもたらしたのはフェデーレだった。よろめいたルクレツィアを支えたのも彼だった。だが、ルクレツィアが男性恐怖症であることを思い出したのか、パッと手を放した。
「すまん」
「いえ……ありがとう」
それ以上の衝撃を受けていたからか、嫌悪感はなかった。深呼吸して落ち着いたルクレツィアは「どういうこと?」とフェデーレを見上げた。
「いや……詳しいことは、何も。俺も、お前に伝えるために教えられたのだと思うし……」
「じゃあ、王宮に行くわ」
「いや、ちょっと待て! その格好で行くのか!?」
「……それもそうね」
呼びとめられたルクレツィアは、自分の恰好を見下ろして納得した。黒い『夜明けの騎士団』の制服を着たままだった。着替えて裏口から回るより、15代目アルバ・ローザクローチェとして正面突破した方が速いだろうか。
そうと決まれば話は早い。
「ヴェラ! 私の杖とって! フェデーレ、行くわよ」
「俺も!?」
「私を1人で行かせる気?」
驚いてみせたフェデーレにそう尋ねると、「そうだな……」とフェデーレは納得した。少し腹が立つ。いまだに、ルクレツィアの単独行動禁止命令はとけていない。
ルクレツィアの気が立っているのを感じたのだろう。ヴェロニカはルクレツィアに杖だけ渡すと、われ関せずとばかりに引き下がって行った。ルクレツィアは杖を持ち、仮面をつけると馬車ではなく乗馬でイル・ソーレ宮殿へと向かった。
宮殿についたルクレツィアは、「入れてくださる?」の一言で無事に宮殿内に侵入した。どうやら、ルクレツィアの様相が仮面越しでもわかるほど鬼気迫ったものであったようだ。フェデーレは完全についてきているだけである。
その後、国王たちに話がある、と言って使用人に聞いてみたのだが、彼らの行方を知っている人はいなかった。首をかしげていると、カルメンが小走りでやってきた。
「ひっ……アルバ様!」
「あら。こんにちは」
カルメンがあわてた様子でやってくるのを見て、逆に頭が冷えてきたルクレツィアである。いつも通り『姫様』と呼びそうになったカルメンであるが、今のルクレツィアの恰好は『15代目アルバ・ローザクローチェ』であるので、寸前で呼びなおすこととなった。
「国王陛下たちが、どちらにいらっしゃるかご存知?」
「そのことなのですが……姫様のお部屋の方にいらっしゃいます」
「姫様……って」
私か。私の部屋か。ルクレツィアは心の中で思いっきり突っ込みを入れた。
カルメンに先導され、ルクレツィアの部屋の前まで来た。表向きには、ルクレツィアは部屋の中にいることになっている。自分の部屋に、他人として入るのは新鮮な気持ちである。
「俺は入れないな……」
「入ったら怒るわよ」
ルクレツィアはそう言ったが、無理やり連れてきたのに輪に入れないフェデーレに対し、少し申し訳ない気持ちにもなった。
「長くかかるようでしたら、帰ってくださっても構いませんよ」
少しばかりの親切心からそう言ったのだが、フェデーレはニコリと笑って、ルクレツィアと同じく外面仕様で言った。
「いえ。私にはお構いなく」
「……そう」
なら本当に構わないからね! と思いつつ、カルメンに従って自室に入る。中には、家族が勢ぞろいしていた。一番奥のソファに座っている父が立ち上がった。
「来ると思っていたぞ」
カルメンが背後で扉をしめた。とりあえず、言っておかねばなるまい。
「……私の部屋を、勝手に会議室にしないでください」
侍女は残してあるが、彼女らが国王に逆らえるはずがないのだ。
ルクレツィアはそう言い置いた後、マントを外して近寄ってきたファビオラに預ける。杖も彼女に預けた。その様子を見ながら、父クレシェンツィオが言う。
「とはいってもなぁ。私たちが全員入れて、他の人間を除外できる場所など、そうそうないのだぞ?」
「お姉様のお部屋でもよろしいではありませんか」
「いや。侍女から話が漏れることもあるからな。その点、お前の所の侍女は満点だ」
「……ああ、そうですか」
ルクレツィアはため息をつき、空いている一番手前のソファに腰かけた。カルメンが素早く紅茶を出してくれた。ルクレツィアは仮面を取り、集まっている家族を見た。
「……本当に、フランチェスカがいなくなったのですね」
ルクレツィアの右手の二人掛けソファに座っているのは、王妃エミリアーナと第1王女オルテンシア。左手のソファには王太子アウグストと第2王子ジェレミア。
第3王女フランチェスカだけが、いない。
「ちゃんと伝令が行ってくれてよかった。フランがいなくなったと聞けば、必ずやってくると思っていた」
そして、実際に『15代目アルバ・ローザクローチェ』が宮殿にやってきたと聞き、カルメンを使いに出したようだ。手際の良さに呆れる。
「それで、私は詳しい話を何も知らないのですが」
「ああ、そうだな……アウグスト」
「はい。父上」
クレシェンツィオに話をふられ、アウグストが語りだした。
「フランチェスカは、今日の午前中、友人であるラーナ公爵令嬢、マルキーニ侯爵令嬢と宮殿のサロンでお茶会をしていた。それは、様子を見に行ったから間違いない」
「見に行ったんですか」
「見に行ったんだ」
何となく、令嬢たちの思惑を邪推してしまったが、アウグストがニコリと笑ったので、とりあえず受け流すことにした。
「それで数時間後、昼食の時間に侍女が呼びに行ったら、フランチェスカは姿を消していた」
「……ちょっと待ってください」
ルクレツィアはとりあえず、頭の中を整理しようとこめかみを揉んだ。
「フランは、ラーナ公爵令嬢と、マルキーニ侯爵令嬢と共にお茶会をしていたのですよね」
「そうだよ」
「で、昼食の時にはもういなかった、と」
「そういうこと。ルーチェは理解が早いね」
「いや、これはもう、そんな問題ではないと思うのですが」
話が飛び過ぎていて理解できない。
「午前中、フランがご令嬢お二人と宮殿を出たという記録は?」
「ないね。ラーナ公爵令嬢とマルキーニ侯爵令嬢は、そのまま二人でショッピングに出かけたみたいだけど……」
兄よ。その情報が抜けているのだ。序論と結論だけ言われても、ルクレツィアは超人ではないから理解できない。いや、魔女ではあるけど。
「宮殿を辞した時刻は?」
「午前11時だね。一時間半くらい、歓談していたことになるかな」
ほうほう。
「その時点で、フランはまだ宮殿に?」
「フランチェスカの侍女によると、令嬢たちが退出したころにはまだいたみたいだよ。そのあと、一人にしてくれと言われて、フランチェスカを部屋に残して使用人たちは退室したそうだ」
「……つまり、宮殿内で白昼堂々と誘拐を働いた不届きものがいると言うわけですね」
この宮殿はルクレツィアの魔法でおおわれているが、誘拐を彼女に悟られずに働くことは、実は不可能ではない。なぜなら、彼女の魔法は。領域内に誰かが侵入しても、慣れ親しんだもの、もしくは、魔力の強いものでないと認識できないからだ。これはおそらく、ルクレツィアの知覚魔法の低さに関係するのだろう、と言うのがヴェロニカの見解であった。
ルクレツィアの言葉を聞いて、クレシェンツィオは少し顔をしかめた。何かと思っていると、アウグストがふと顔を引き締めて言った。
「フランが、自分から出て行った可能性もあるね」
「……いや、私じゃないんですから」
自分から宮殿を出ていくのは、ルクレツィアくらいだろう。フランチェスカは、自分の立場をよく理解しているため、家出すると言うことはないと思う。
だが、果たして本当にそうだろうか。ルクレツィアはふと思った。
フランチェスカは、エルシア王国に嫁ぐのを嫌がっていた。もしかしたら、嫁ぐのが嫌で家出してしまった可能性もある。
「とにかく、近衛騎士団と第二騎士団に、極秘でフランの捜索をさせている。これで見つかればいいんだが……」
「そうですね……と言うか、よく考えれば、これは騎士団の領分ですね。私が出てくるところではありませんでした」
父の言葉を聞いて、自分は魔法事件を取り扱う騎士団の責任者だったと思い出した。ルクレツィア、というか『夜明けの騎士団』は、魔法事件が関わらなければ動くことはできない。
基本的には。
何事にも、例外はあるのだ。
「いや。あなたに来ていただきたかった。『15代目アルバ・ローザクローチェ』」
クレシェンツィオが改まった口調で言った。ルクレツィアの背筋は自然と伸びる。
「『夜明けの騎士団』にも、捜索に協力していただきたい」
「なるほど」
ルクレツィアの口元に笑みが浮かんだ。その笑みを見たオルテンシアが体を震わせたが、ルクレツィアは気づかなかった。
「フランチェスカは輿入れを控えている。できれば、内密に片をつけたい」
「そうですか……我が騎士団と、そちらの騎士団の仲が悪いことを承知で依頼いたしますか」
含み笑いで冗談半分に言うと、目の前の国王陛下は「頼む」と頭を下げた。ルクレツィアは口元に指を当てる。
「冗談です。陛下。わたくしとあなたは、何人にも頭を下げてはならぬのです。頭を下げれば上下関係が生まれる……わたくしたちは、互いであっても、決して頭を下げてはならないのですから」
「ルクレツィア」
咎めるようにエミリアーナはルクレツィアの名を呼んだが、彼女ははっきりと言い切った。
「わたくしは『15代目アルバ・ローザクローチェ』です。妃殿下」
魔法界において、国王並みの権力を持つルクレツィアだ。たとえ家族であっても、公私はきっちり分けるつもりだった。
「我が騎士団は、この王国の影の部分を担う。内密に、と言うのであれば、必ずや内密にフランチェスカ殿下を見つけ出しましょう。このわたくしの命に代えても」
『夜明けの騎士団』としてのプライドもあるが、もしもフランチェスカが本当に自分から出て行ったのだとしたら、縁談関係で間違いないだろう。フランチェスカがエルシア王国に嫁ぐのは、ルクレツィアがこの国を出られないせいだ。そんな罪悪感が、ルクレツィアにそんなセリフを吐かせた。
「感謝する、アルバ殿。さすれば、魔術師を何名か貸していただきたい」
「わかりました。どのような者がお望みでしょう? みな、わたくしの言うことなら、死んでも守りますよ」
「心強いな。できれば、知覚系魔法を持つ魔術師を5名ほど。それに、いざと言う時に備えて魔法剣士と魔法使いを貸していただきたい」
「承知しました。すぐに手配いたしましょう。一人はヴェロニカでよろしいですか? 知覚魔法を持つ、優秀な魔女ですが」
「異国風の彼女だな。構わん。貸していただけるのであれば」
「ええ。大丈夫です。うちの者たちは癖が強いですから、そこだけはご了承を」
「わかっている」
「それは重畳」
クレシェンツィオとルクレツィアの間でとんとん拍子に話が決まっていく。それを、エミリアーナが複雑そうな表情で見ていた。
最後に、ラ・ルーナ城に戻ろうと立ち上がったルクレツィアに、クレシェンツィオは言った。
「すまないな、巻き込んで」
「いえ。これが役目でもありますから。それに」
ルクレツィアは、3日前、縁談を嫌がって駆け込んできたフランチェスカを思い出した。
「もしかしたら、彼女がいなくなったのは、わたくしのせいかもしれませんから」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
何とか、第7章くらいは終われそうです。よかった……。




