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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第7章 その名を呼べば
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53.第3王女の縁談

第7章です。変なところで更新が滞り始める可能性ありです。すみません……(平身低頭)!






  ……――――心から呼べば、その声は必ず届く。強く思って名を呼べば、必ず助けは現れるから









 今まで何度も言ってきたが、ルクレツィアはあまり接近戦が得意ではない、その問題点として剣術があまり得意ではないことがあげられる。中距離戦までなら自身の魔法でカバーできるため、剣術を後回しにしてきたともいう。


 一応剣術の訓練は受けているため、型をなぞることはできる。だが、普段主な攻撃方法として使っていないため、接近戦になった時に自分ごと貫こう、とか考えてしまうわけだ。


 さすがにそれはないな、と思ったルクレツィアは、最近少しであるが、剣術の訓練をしている。ラ・ルーナ城で行うことが圧倒的に多いが、今日はイル・ソーレ宮殿で兄を相手に訓練をしていた。


 やや細めの刃を持つ剣を片手に、ルクレツィアはアウグストに向かって行った。鋭い突きを繰り出し、そのまま身をひねって横なぎに剣を振るう。だが、全てアウグストに受け流された。

 ほぼ剣術初心者と言ってもいいルクレツィアが、アウグストを相手にするには無理がある。彼は、王太子でありながらすぐれた剣士でもあるのだ。

 結果はと言えば、決着がつく前にルクレツィアがギブアップした。体力的な問題である。


「うん。ルーチェ。結構根本的な問題だったね」

「……そうみたいです」


 ルクレツィアは刃をつぶした模擬剣を手にうなずいた。アウグストはけろりとした表情でうなずいた。


「君は魔女だから、いざと言う時に逃げられるほどの腕があれば十分だよ」

「……それが、前回逃げられなくて」


 魔女ディアナを捕らえた時、ルクレツィアは彼女を近距離から仕留めるすべを持っていなかった。そのために、彼女を逃がしてしまったとも考えられるのだ。

 ルクレツィアの言葉を聞いたアウグストは、わざとらしくもにっこり笑った。


「大丈夫だよ。フェデーレとエラルドにはきつ~くお灸をすえておいたからね」

「……そうですか」


 顔が引きつるのを自覚できた。さしものヴェロニカもおののいていたアウグストの制裁だ。いったいどんなのもだったのかと言う興味もあるのだが、誰もが口を閉ざしているので詳細は不明のままだ。

 結局のところ、15代目アルバ・ローザクローチェであるルクレツィアに、元から近距離で戦闘を行う必要はないのだ。懐まで入り込まれた時に逃げ切れるだけの技量があれば、それでいい。

 『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』のみんなに言われたことと同じことをアウグストにも言われ、ルクレツィアは少し顔をしかめた。彼女が言われていることは、正しいので反論もできない。

 とりあえず、これ以上の稽古は無謀なので、ルクレツィアはアウグストに礼を言ってカルメンを連れて自室に戻った。その間、カルメンに文句を言われた。


「姫様がやるようなことではないと思いますわ」

「まあ、仕方がないよ。それは」


 ルクレツィアは苦笑してカルメンに答えた。自室に入ったルクレツィアは、汗を流そうと風呂に入った。昼過ぎのこんな時間から贅沢に湯を使えるのは、王族の特権だろう。


 髪まで洗って(銀髪に戻した)風呂から上がってきたとき、別室に控えていたリンダが飛び込んできた。


「姫様、フランチェスカ様がお見えなのですが……」

「フランチェスカが?」


 髪を乾かしていたルクレツィアは、驚いてリンダを見つめ返した。てっきり待っていると思ったのに、浴室にストロベリーブロンドの少女が駆け込んできた。


「お姉様! かくまってください!」

「は? と言うか、湯上りなんだけど……」

「構いません!」


 いや、フランチェスカが構わなくても、ルクレツィアが構う。ルクレツィアが困っていると、さらなる闖入者がやってきた。


「何してるの、フランチェスカ!」

「だってぇ……」


 涙目になるフランチェスカが相変わらず愛らしいが、ひとつ言わせてくれ。


「フランもですけど、母上も何してるんですか」


 フランチェスカを追って駆け込んできたのは、母エミリアーナだった。
















 とりあえず、ルクレツィアがバスローブから着替え、さらに髪を茶色にして浴室から出ていくと、フランチェスカとエミリアーナは人の部屋で絶賛口げんか中だった。しかも、ギャラリーが増えている。


「ですから! わたくしはまだ結婚したくないのです!」

「何を言っているの! これは、国と国を結ぶ、大切なものなのよ!?」

「でも……!」

「でも、じゃありません!」


 珍しく、厳しい口調でエミリアーナはぴしゃりと言った。ルクレツィアは少し離れて座っている姉オルテンシアの元に向かった。


「お姉様」

「あら、ルーチェ。邪魔して悪いわね」


 ひとかけらもそう思っていないであろう口調でそう言われ、ルクレツィアは思わず顔をしかめる。だが、その表情はすぐに消して無表情で尋ねる。


「フランの婚約者が決まったんですか?」

「ええ。そうなんだけど、フランは嫌がってるの」

「そうみたいですね……ちなみに、相手はどこの誰ですか?」

「エルシアのジェイムズ王」

「ああ……遠いですね」


 感想としてはそんな感じであった。エルシアは海を越えるので、おいそれと行くことができる場所ではない。その点、ブルダリアスは陸続きで地理的にも近いので、オルテンシアの里帰りは比較的簡単であろう。


 エルシア王国は島国である。現在のジェイムズ王は父王の急逝により即位した年若い王だ。ルクレツィアの情報が正しいのなら、まだ30歳に届いていないはずである。それでも、フランチェスカと10歳以上の年の差があるはず。


 まあ、一回りくらいの年の差での政略結婚は珍しくない。


「そうなんです! ルーチェお姉様! 遠いんです!」


 ルクレツィアの感想を聞いて俄然勢いづいたフランチェスカである。


「お姉様たちと会えなくなるんです!」

「会えなくはならないと思うけどね……」


 そう言って苦笑するのは春にブルダリアスに嫁ぐことが決まっているオルテンシアだ。オルテンシアの婚約者であるブルダリアスのジョスラン王太子は、まだ王太子であり、彼女には猶予をもうけられたが、エルシア王ジェイムズは王なので、猶予はもうけられないだろう。


「わたくし、そんな遠いところには行きたくありません……!」


 悲痛な声で訴えるフランチェスカに、ルクレツィアは罪悪感を覚えた。


 フランチェスカは第3王女で、ルクレツィアは第2王女。本来の順番なら、この話はルクレツィアに回ってくるはずなのだ。そして、ルクレツィアであれば「嫌」とは言わずに淡々と嫁いで行っただろう。

 だが、ルクレツィアは『アルバ・ローザクローチェ』だ。この国を出ることはできない。そのため、この話はフランチェスカに回ってきたのだろう。


「フラン。お願いだから、そんなこと言わないで」


 エミリアーナがため息をついて言った。ルクレツィアは立ち上がり、フランチェスカの足元に膝をついた。


「フラン。大丈夫。あなたが助けを呼べば、必ず私が助けに行く。心から私の名を呼べば、その声はどんなに離れていても、私にまで届くから」


 罪滅ぼしではないが、本当にそのつもりだった。すぐに駆け付けることはできないだろうが、助けを呼ぶ声が聞こえれば、何を置いても助けに行く所存だ。


 フランチェスカは納得したようではなかったが、あきらめてオルテンシアに連れられてルクレツィアの自室を出て行った。残ったエミリアーナとは言うと。


「悪かったわね、あなたの部屋で口論なんかして」

「何事かと思いました」


 ルクレツィアは、エミリアーナに手招きされ彼女の隣に座った。エミリアーナは王女にしては皮膚の堅いルクレツィアの手を握る。


「本当はね。あの縁談、あなたに来たものだったの」

「……は?」


 そんなぶっちゃけ話をされても困るのだが。まあ、どちらにしろ、ルクレツィアは嫁ぐことはできないけど。


「ジェイムズ王は、魔術に興味があるみたいね」

「……」


 そっちか。いや、ルクレツィアの噂を聞いて、ほしいと思う人はいないと思うけど。


 デアンジェリス王国の3人の王女。その中で、第2王女ルクレツィアのみが魔術師であることは、諸外国で結構有名らしい。魔術に興味があると言うのなら、ルクレツィアを指名してきても不思議ではないのかもしれない。


「ちなみに、どうやって断ったのですか?」

「ルクレツィアは男性恐怖症で、外国に嫁げるほど強くはありません、と答えたわ」

「……はあ」


 確かにルクレツィアは男性恐怖症であるが、そこまで重症ではない。外交の道具として嫁げ、と言われたら嫁ぐ覚悟があるくらいには軽傷であると思う。


「そうしたら、ならフランチェスカをよこせと言われて」

「……そうなのですか」


 つまり、フランチェスカは外国に嫁げないルクレツィアのとばっちりを受けたことになるのだ。ルクレツィアの顔が曇ったのを見て、エミリアーナは笑った。


「大丈夫。あなたのせいではないわ。どちらかと言うと、そこまでしてこの国の魔法技術が欲しいジェイムズ王のせいね」


 魔法と言えば、魔術大国フェルステル帝国が有名であるが、あの国には年ごろの皇女がいないのだ。そのため、デアンジェリス王国に話がめぐってきたのだろう。

 ジェイムズ王は、どうしてそこまでして魔術の力が欲しいのだろう。


「さっき、フランを説得してくれてありがとう」

「……いえ。私の代わりに嫁ぐことになるのですから、これくらいは」


 誰が否定しても、結局はそう言うことなのだ。ルクレツィアは首を左右に振ってそう言った。エミリアーナの目元が和む。


「あまり気に病むことはないわよ」


 そして、ルクレツィアは久しぶりに母に頭をなでられた。









 その3日後。フランチェスカは、イル・ソーレ宮殿から姿を消した。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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