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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第6章 吸血鬼
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51.解決?










 耳をつんざく銃声とともに、ディアナが持っていた鈴が壊れ、床に落ちた。どうやら鈴を狙撃されたらしい。「あら」とディアナは驚いた表情で壊れた鈴を見下ろした。


「無駄なことを」


 そう言い、再び魔法を使おうとした彼女に、ルクレツィアはとびかかった。その時飛び越えた炎をは熱かったが、気にしない。足払いをかけ、彼女の体を押し倒す。両肩をおさえ、動けないように足で胴体を拘束する。


「ファウストと違って、あなたの肉体は自前なのよね」


 命の水を飲んでいるということは、きっと、そういうこと。自分の姿のまま、彼女はずっと生きている。

 肉体と魂は連結している。つまり、生きたまま魂が肉体間を移動しているファウストとは違い、ディアナは肉体を殺せばそのまま死ぬ可能性が高い。


「あら。あたくしを殺すおつもり? 天下のアルバ・ローザクローチェが、手段を選ばないのね」

「あなたを捕まえるのは難しいと判断した。ゆえに、これ以上国民に手を出されるくらいなら、あなたを殺す」


 ルクレツィアは自分の上に魔法陣を作り出した。そのまま、自分ごとディアナを貫くつもりだった。


「ルーチェ!」


 ファウストと対峙しているヴェロニカの声が聞こえた。ルクレツィアはぎゅっと目を閉じ、魔法陣から自らを貫く剣を召喚しようとした。


「馬鹿か!」


 ついさっき聞いたような罵りと共に、さっきと同じ人が駆け抜けてくるのが見えた。フェデーレだ。

 彼は魔法陣を破壊すると、ルクレツィアが拘束しているディアナを引きこった。その顔を見て、フェデーレは顔をしかめる。


「……先ほどは世話になったな」

「あら。いい男ね」


 ディアナが何故か嬉しそうに言った。この女、いい感じにくるってるな。……中身は残念だけどね、と突っ込まずにルクレツィアはそう思った。


「でも、残念ね。これくらいであたくしたちは捕まらないわ」


 魔法でフェデーレの体が吹き飛ばされた。壁に衝突して頭を打ったのか、そのままずり落ちた体がぐったりしている。ルクレツィアは悲鳴を上げて駆け寄った。


「フェデーレ! 大丈夫!?」

「あら、15代目の恋人だった? これは失礼」


 恋人じゃないし、失礼とか、ディアナも思っていないだろう。ルクレツィアは思わずディアナを睨み付けた。


「ディアナ」

「了解。じゃあね、15代目。あたくし、あなたのこと、結構好きかもしれないわ」


 ファウストに呼ばれ、ディアナは指を鳴らした。ヴェロニカが火炎魔法を発動させ、ルクレツィアは魔法陣から大量の剣を召喚してディアナとファウストがいたあたりに降らせた。だが、手ごたえはない。


「……瞬間移動魔法か。敵ではあるが、見事」


 ヴェロニカが淡々とした口調で言った。瞬間移動魔法は強力な移動魔法と座標を指定する知覚能力がいる。つまり、そうそうない能力で、しかも潜在能力である可能性が高い。


 むむぅ。厄介。


 というか、それより。


「ヴェラ。フェデーレが気を失っちゃったんだけど」


 ヴェロニカは眼鏡を押し上げ、


「僕に言うな」


 とのたまった。確かにそうだ。ヴェロニカは治癒魔法が使えないのだから。


 頭を打っていると思われるので、動かさない方がいいだろう。ルクレツィアはそっとフェデーレの頬をつつく。起きない。


「おいおい。動かすなよ。頭打ってるんだろ」

「あ、それ、私の銃」

「まず言うことがそれかよお前!」


 そばまで来ていたリベラートがフェデーレの容体を見ながら言った。彼はルクレツィアが所持していたはずの銃を持っていた。珍しく魔法銃ではなく、実弾のものだ。先ほどディアナの鈴を狙撃したのは彼だったらしい。

 リベラートは器用な人で、特別得意な魔法はないものの、何でも器用にこなす。なのだが、射撃までできるとは思わなかった。


「大丈夫だな。軽い脳震盪を起こしているだけだ」

「よかった」


 リベラートの診断を聞いて、ルクレツィアがほっとして息を吐いた。その時、肩に何かかけられた。振り返ると、白衣のヴェロニカが上から覗き込んでいた。どうやら、ヴェロニカがマントをかけてくれたらしい。白いドレスはシンプルかつ上品なものだったが、確かに、この時期には寒そうだ。


「つーかお前、はだしじゃないか! 靴どうした」

「いや、知らない間に着替えさせられてて……と言うか、私の所持品は? 銃のほかにも、特に杖とか、杖とか、杖とか」

「ああ。マエストロが回収してたぞ。俺たちとは別ルートでお前を探していたはずだけど」


 リベラートがそう言った。というかこの場所、どんだけ広いんだよ。


 とりあえず、杖は無事らしい。よかった。ルクレツィアはほっとして再び息を吐いた。


 小さなうめき声を漏らして、フェデーレが体を起こした。痛むのか高等部に手を当てている。


「いてぇ……」

「あ、大丈夫?」


 フェデーレは覗き込んでいるルクレツィアを見て驚いたようだ。一瞬びくっとした。一度深呼吸して、彼も尋ねた。


「お前も、大丈夫か?」

「うん」

「なら、いい」

「う、うん……」


 なんだろう。同じようなことをファウストにも言われたが、彼に言われた時とは全く異なる気持ちになった。なんだかドキドキする。


「そこ、何ラブコメってるのかな」


 完全にスルーしているヴェロニカや、苦笑気味のリベラートとは違い、直球でつっこんできたのはヴィルフレードだ。手に持った銀の杖で自分の肩をたたいている。顔は笑っているが、目は笑っていない。フェデーレがびくりと震えた。


 一方のルクレツィアは。


「あ、私の杖!」


 ルクレツィアは立ち上がるとヴィルフレードの元へ駆け寄った。彼は笑顔で杖を差し出す。手元に戻った初代アルバ・ローザクローチェの杖を見てほっとするとともに、ディアナに言われたことを思い出した。



『あの子は、アウローラは、犠牲になったのよ。この国を護ろうとして、生贄となった』



「ねえ、ヴェラ」

「ん?」


 相変わらず仁王立ちのヴェロニカがルクレツィアを見て首をかしげる。


「初代アルバ・ローザクローチェは、どうして亡くなったんだっけ」


 アウローラ=初代アルバ・ローザクローチェではないか、と言う推論を立てた時、ルクレツィアは王族の資料を、ヴェロニカは『夜明けの騎士団』の資料をあたることに決めていた。何度か報告をしあったが、真新しいことは特にわからなかった。


「……それは、僕も不思議だった。どれだけ当たっても、初代アルバ・ローザクローチェがどうして亡くなったのか、その記載はない」


 ただ、こつ然と、本当に唐突に、その名が歴史の中から消えるのだ。


「……そう」


 ルクレツィアは目を伏せ、そして開いた時にはいつもと同じ表情だった。


「ディアナ……さっきの赤と黒のドレスの魔女ね。彼女が、魔術師たちの血を奪って回ってたみたい。命の水を作ってるらしいわよ」

「……ほお。実年齢はいくつなんだろうな」


 やはり女性と言うか、ヴェロニカの疑問はルクレツィアと同じだった。だが、この話には続きがある。


「ディアナ曰く、彼女が血を採取したのは7人だけらしいんだけど」

「……犠牲者、8人じゃなかった?」

「ええ。そう聞いていますね」


 ヴィルフレードがヴェロニカに確認を取る。やはり、この中では彼女の記憶力が一番頼りになると考えられているようだ。


「……便乗犯かぁ」


 リベラートがつぶやいた。しかし、これは『夜明けの騎士団』の領分ではないだろう。王都内の警備を担う第二騎士団に任せるべきだ。


「……まあ、それは僕から届け出を出しておくよ。とりあえず、ここを出ようか。地下だし、冷えるねぇ、ここ」


 ヴィルフレードがのんきにそう言って歩き出そうとする。それに続こうとして、ルクレツィアはふと気が付いた。


「そう言えば、足が冷たい」


 自分、今裸足だった。地下だから冷えるのは当たり前。水路の近くなのも、冷えるのに拍車をかけている。

 自覚したとたん、ぶるぶると体が震えだした。


「さ、寒っ!」

「温めるか?」

「燃えそうな気がするから、いいっ」


 ヴェロニカが親切心からかそう言ってくれたが、彼女の強力な魔法ではルクレツィアが燃えてしまう気がする。


「その足で歩くのもね……ルーチェ、抱き上げても大丈夫?」

「マエストロは家族の範疇なので、大丈夫」


 母の異母弟であるヴィルフレードはルクレツィアの叔父。家族の範疇である。ルクレツィアの判断基準は、家族であるか、そうでないか。

 ヴィルフレードはルクレツィアの肩にさらに自分のマントをかけると、そのまま片手で抱き上げた。基本的に男性恐怖症であるルクレツィアは、幼いころに父親や兄に抱き上げられた記憶しかない。なので、とても新鮮な感じがした。

 ついでに、人肌に触れているのであったかい。


「危ないから、杖は僕が持とう」

「あ、うん」


 手を差し出したヴェロニカに、ルクレツィアは杖を預ける。そのまま、とりあえず地下を出た。すると、そこは水車小屋だった。


「姫様! ご無事でしたか」


 エラルドがルクレツィアを見て喜びをあらわにした。まあ、すぐに真顔になって、「どうしてマエストロに抱きかかえられてるんですか」なんて聞かれたが。

 どうやら、エラルドは外を監視していたらしい。知覚魔法のあるヴェロニカやリベラートがルクレツィアを探しに来るのは当然として、エラルドかフェデーレか。残るのはどちらかで結構もめたような気がした。勝手な推測だけど。


「犯人は?」

「逃げられたわ」


 ヴィルフレードに抱えられたまま、エラルドにそう答える。彼は「そうですか」と少し顔をしかめた。


 ちなみに、ルクレツィアを探しに来てくれた五人には馬で来るという選択肢はなかったらしく(ちなみに、ヴェロニカは乗馬ができない)、迎えの馬車が来るまでルクレツィアたちは待ちぼうけとなった。脳震盪を起こしたフェデーレと、馬に乗れないヴェロニカも同乗する。つまり、他の三人は馬で帰った。


「結局、吸血鬼事件は解決しなかったというわけか」


 フェデーレが憂鬱そうに言った。今日の間に二度も気を失って、気落ちしているらしい。


「まあ、しばらく様子見だな。あの女が血を集めるのをやめれば、事件は収束していくと思うが」


 ヴェロニカが眼鏡を押し上げながら冷静に言った。ルクレツィアは苦笑いを浮かべた。


「目の前にしながら、とらえきれなかった私も私だしね」


 そう言って、ルクレツィアは毛布を羽織り直し、隣に座っているヴェロニカの肩に頭をもたれかけた。


「やっぱり、殺せばよかったのかしら」


 そうつぶやくと、ヴェロニカの向かい側にいるフェデーレがぎっとルクレツィアを睨んだ。


「お前、自分ごと刺そうとしただろうが」


 何となくむっとして言い返す。むくりとヴェロニカの肩から起き上がった。


「だって、それくらいしないと勝てないと思ったんだもの」


 ついでに、ファウストに『消滅』させられなくて済む。まあ、どっちにしろ死んでしまうけど……。


「たとえそうだとしても! ……お前がいなくなったら、悲しむ人がいるんだ」


 その時のフェデーレの表情を見て、「あ、彼はきっと、自分がいなくなったら悲しんでくれるんだ」と思った。だから、ルクレツィアは笑ってこう言った。


「……ありがと」


 馬車が、ラ・ルーナ城についた。


 その夜が明けるころ、案の定、ルクレツィアは熱を出した。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


気付けば、もう51話。

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