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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第6章 吸血鬼
51/91

50.女神の名前

ルクレツィア視点に戻ります。











「むっ」


 目を覚ますと、石の台の上に寝かされていた。これは、どう考えても儀式に使う聖壇。なんと言うところに寝ているのだ、私。しかも体が痛い。

 寝ていた時間は、たいして長くないと思う。仰向けに足をそろえ、さらに腹の上で手を組み合わせた状態で眠らされていたルクレツィアは、とりあえず起き上がろうと腹に力を込めた。


「……っ」


 起き上がれなかった。力を抜き、はあ、と息を吐く。おそらく、この祭壇に身体拘束の魔法陣が描かれているのだろう。魔法陣が彫られているとしたら、解くのは難しい。ついでに、魔力をおさえるための魔法式も組み込まれているようだった。完全に相殺されてはいないが、あまり魔術がうまく使えない。

 とりあえず、深呼吸をした。呼吸を整える。頭も正常に働かなければ、魔術は思うとおりに使えない。とりあえず、組まれた手を外すところから始めよう。


 細かく魔法式を展開し、魔法陣に編み上げる。それに魔力を流し込み、何とか手の自由は効くようになった。手が使えれば、魔法も使いやすい。そう言えば、杖はどこに行った。

 指で空中に魔法陣を描き、強制的に身体拘束の魔法陣を無効化した。魔力ががっぽり持って行かれ、かなり体に負荷がかかったが、まあ動けるようになったのでいいだろう。ひょい、と聖壇から降りた。


 と言うか、仮定的に聖壇と呼んでいたのだが、本当に聖壇だったので、ルクレツィアはどう反応していいのか迷った。


 マジか。黒魔術使う気満々じゃないか。心の中でツッコミを入れた時、背後から声がかかった。


「さすがだな……」


 なんだか聞き覚えのある男の声だ。ルクレツィアはとっさに距離を取る。振り返って認めたその顔は、かつてルクレツィアを殺そうとした男のもの。つまり、その男の体を乗っ取っている自称『ファウスト』だ。


「その度胸。魔力。さすがは、アウローラの依り代……」

「あなた、いい加減どつくわよ」


 会うたび会うたび同じ言葉。というか、ここはどこだ。水音が聞こえるので、水路の近くのようであるが。ついでにじめっとしているので、地下祭壇かな。


「っていうか、なんであなたがここにいるの? あの魔女は?」

「ディアナのことか?」

「ディ、ディアナ……」


 こいつら、壮大な名前を自分に付けるのか? と思ったが、ファウストはともかく、ディアナはアウローラと同じく、女性の名前として一般的だった。ただし、女神の名だけど。いや、アウローラも女神の名前か。


 月の女神ディアナと、曙の女神アウローラ。面白いな。


 いや、面白くないな。状況的に。


「たぶん、その人ね。私の仲間は無事なんでしょうね?」

「……私は、お前が傷ついていなければ、それでいい」


 言葉だけ聞くとロマンチックであるが、要するにアウローラの肉体となるルクレツィアの体に傷がついてほしくないだけなのだ、この男は。

 足元から冷気が上がってきた。儀式の為か知らないが、ルクレツィアは知らない間に着替えさせられており、足元は裸足だった。床、冷たい。


 そのことからも、やはり水路の近くだろうと推測した。


 普段、ルクレツィアが絶対に着ないようなオフホワイトのドレス。あまり膨らまないスカートをおさえ、ルクレツィアは数歩後ろにさがる。


「念のため聞くけど、私をどうするつもり? どうして私は、連れてこられたのかしら」

「……決まっている。君は、アウローラの依り代だ」

「つまり、あなたとディアナと言う魔女は共謀しているということね」


 ルクレツィアはそう結論づけた。そうでなければ、ルクレツィアをディアナがさらったのに、ファウストがここにいる理由が成り立たない。


「……取引をした。ディアナを手伝う代わりに、君を連れてきてほしいと……」


 淡々とした、そしてゆっくりとした口調で、ファウストはそう言った。


「準備は整っている。聖壇に戻れ」

「そう言われて、聞く馬鹿はいないと思うわ」


 ルクレツィアは魔法陣を召喚し、ファウストに向かって槍をふらせた。逃げる間もなく、食らったら死ぬほどの槍の量だったが、ファウストはけろりとしていた。だが、想定済みである。ファウストの魔力は、ルクレツィアの比ではない。


 勝てないことはわかっているので、ルクレツィアは魔法陣が攻撃を行っている間に駆けだした。逃げるつもりである。ここは王都の中か、外か。それもわからないが、とりあえずここにいるよりは野宿する方が安全である気がする。


 裸足で走るので、足が冷たいし、痛い。ついでにドレスも裾が長くて邪魔だ。一度立ち止まり、ドレスの裾を裂く。そして、あたりを見渡た。


 どこかの通路だ。先ほどの聖壇のある部屋からそんなに離れていないはず。絶対にファウストは怪我もしていないはずなのに、彼は追いかけてこなかった。

 ルクレツィアは空間認識能力に優れている。よっぽどのことがなければ、彼女は迷子にならない。


「……こっちかな」


 分かれ道に差し掛かったルクレツィアは目星をつけて、また走り出す。だが、目の前に現れた人物に、ルクレツィアは足を止めた。


「本当に逃げ出したのね。油断ならないこと」


 黒髪の魔女、ディアナだ。顔半分以上ルクレツィアより背が低い。現在ルクレツィアが着ている白いドレスとは対照的な、黒と赤のドレスを着ていた。年齢は二十代半ばほどに見えるが、ファウストと共犯であるあたり、実年齢は不明である。ついでに、彼女が若い魔術師の血を集めているのだとしたら、とんでもない長寿である可能性もあるのだ。

 ルクレツィアは思わず彼女から離れるように後ろにさがった。ディアナは吊り上り気味の眼を細める。


「別に、殺したりしないわよ。そう言う約束ですからね」

「……あら、ありがとう。ところで、私の杖はどこ?」


 何とか声を絞り出すと、ディアナはふう、と息をついて笑った。


「性格まで似ているのね。ここまで似ていると、生まれ変わりなんじゃないかと思ってしまうわね」

「……何の話?」


 ディアナはやはりくすくすと笑う。


「アウローラの話。初代アルバ・ローザクローチェ。彼女がどうして亡くなったか、知っている?」

「……いいえ」


 『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』の創設者である初代アルバ・ローザクローチェの話は語り継がれているが、彼女がどうして亡くなったのか、そう言えば、気にしたことがなかった。

 正直に首を左右に振ったルクレツィアに、ディアナは笑みを見せた。



「あの子は、アウローラは、犠牲になったのよ。この国を護ろうとして、生贄となった……あら」



 ディアナが眼をルクレツィアの背後に向けた。つられて振り向くと、音もなくファウストが立っていた。


 これは逃げ切れる気がしないな……。


 ファウストは明らかにルクレツィアより強い魔法使いであるし、ディアナはファウストには劣るとはいえ、ヴェロニカやルクレツィアと真正面から張り合えるくらいの魔力を持った魔女である。これで逃げ切れたらすごいと思うのだ。


 その時、ふと頭の中で声が聞こえた。




 ……――――心から呼べば、その声は必ず届く。強く思って名を呼べば、必ず助けは現れるから




 頭の中に響くような、不思議な声だった。反響し過ぎていて、男の声か女の声かもわからない。聞いたことがある気もするし、ないような気もする。

 しかし、その内容には覚えがある。先代アルバ・ローザクローチェが行っていたではないか。心から思って名を呼べば、その声は必ず届くのだと。それで、ルクレツィアも助けられたことがあるはずだ。

 忘れていた自分に愕然としつつ、退路を塞がれたルクレツィアは、彼女五指に会話をするファウストとディアナを交互に見た。


「余計な話はしなくていい」

「いいじゃない。少しくらい」

「15代目は、すぐに『消滅』する。余計なことは知らなくていい」

「……あなた、本当にやるつもりなのね」


 ディアナが少し呆れ調子で言うのが聞こえた。それにしても、ファウストがそう言うと言うことは、ディアナの言う初代アウローラの話は本当なのだろう。


 だが、考えるのは後だ。ルクレツィアはその名を呼ぼうとして、口を開いたが、すぐに閉じた。


 思った。ファウストは、ルクレツィアにアウローラの魂を入れようとしている。なら、その器たる自分の体を壊してしまえばいいのではないだろうか。


 幸いと言うか、ルクレツィアにはそれができる力がある。相手に向けてではなく、自分に向けてであるならば、魔法を使う隙もある。

 苦しみたくはないので、一気に行こう。そう決めた時だった。

 ルクレツィアのまわりを、鮮やかな炎が囲った。当たり前であるが、触れると熱い。


「お前がファウストか。僕が対面するのは初めてだな」


 身の丈ほどの杖を持ったヴェロニカが悠然と歩いてきた。黒いマントが彼女を魔術師っぽくしている。こちらも魔女っぽいディアナとはいい勝負だ。

 ファウストがいる側から歩いてきたヴェロニカは、少し距離を置いて立ち止った。ヴェロニカはこちらが悲しくなるくらい肉体的に弱いのである。なので、距離を置いたのだろう。

 ヴェロニカがファウストを相手にしてくれるとしたら、ルクレツィアはディアナを何とかすべき? そう思って、炎越しにディアナを見た。


「ひとつ、聞きたいんだけど」

「あたくしに答えられること?」


 話しかけられ、何故かとてもうれしそうな様子でディアナが尋ね返した。ルクレツィアはうなずく。


「これまでの亡くなった8人の魔術師。殺したのは、あなた?」


 そう尋ねると、ディアナは軽く声をあげて笑った。


「血をもらっただけよ。命の水を作るのに必要なのよね。あと少しで完成なの」


 やはり、ディアナが犯人か。ルクレツィアが睨み付けると、ディアナは「でも、変ね」と首をかしげた。


「あたくしが血をもらったのは、7人のはずだわ」

「!?」


 では、あと1人は、どうして亡くなったのだろう。


 ルクレツィアの脳裏に、便乗犯、と言う単語が浮かんだ。


「……もう一つ。その命の水、どうするつもりなの?」

「もちろん、あたくしが飲むのよ。こう見えて、年を取っているものでね。若さを保つためには、そうするしかない」

「……ああ、そう」


 ディアナがいくつかは知らないが、デアンジェリス建国時から生きていると言われても、たぶん驚かない。

 ディアナはルクレツィアとファウストを通り越し、ヴェロニカを見た。


「あの子も、強い魔力を持っているわね。厄介だわ」


 ディアナが手にしていた鈴を振った。ルクレツィアが攫われてきたときと同じように、脳を衝撃が襲う。精神魔法だ。


「……っ! この……っ!」


 さしものヴェロニカも、精神魔法で片膝をついていた。杖を支えに、何とか上体を起こしている。ルクレツィアもしゃがみ込んで、痛む頭を抱えた。

 そう言えば、フェデーレとエラルドは大丈夫だろうか。魔法剣士である二人は、気を失っていた。イル・ソーレ宮殿の前だから、誰かに保護してもらえたと思うのだが……。


 その時、銃声が響いた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ついに50話目まで来た。通算51話だけど。私、頑張った……たぶん。

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