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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第6章 吸血鬼
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49. キメラって、存在するんだ

フェデーレ視点になります。ご了承ください。













「――――――……ィ! フェディ! フェデーレ!」



 何度も名を呼ばれ、フェデーレははっと目を覚ました。何故か、彼はイル・ソーレ宮殿前の地面に横たわっていた。


「大丈夫か? ルーチェはどうした」


 フェデーレをゆすり起こしたリベラートが問うた。その問いに、一気にフェデーレの脳は覚醒した。


「ルーチェ……ッ!」


 身を起こそうとしたが、激しい頭痛が襲って頭を抱えた。リベラートがフェデーレの肩に手を置く。


「急激に体を動かすな。おそらく、精神魔法を食らっている」

「精神魔法……」


 覚えがあった。あの、黒と赤の魔女。一見してわかるほど、彼女は強い魔力を持っていた。おそらく、ルクレツィアやヴェロニカと張り合える。


 フェデーレは優秀な魔法剣士であると言う自覚がある。エラルドもそうだろう。しかし、魔法剣士と言うのは、通常の魔術師と違い、多種多様な魔術を操ることはない。そのため、精神魔法に弱い傾向があった。

 もちろん、例外はある。魔法剣士であっても、魔法耐久を上げるための魔術は習うし、魔力が高いと耐性が高い傾向があるからだ。フェデーレは魔術は習っていたが、元の魔力が低いために精神魔法をもろに食らったと思われた。なぜなら、ルクレツィアを見つけた後の記憶がさっぱりない。


 魔法破壊は、デアンジェリス王国内に置いてフェデーレ、そして、ヴィルフレードのみが使用できる高等技術であるが、魔法破壊では精神魔法は破壊できない。つまり、フェデーレはあらゆる意味で、精神魔法に弱いのだ。


 だが、今回の場合、それは言い訳にしかならない。なぜなら。



 ルクレツィアが、いない。



「大体の事情は、先に目を覚ましたエラルドから聞いた。飛び出していったルーチェもルーチェだが、止められなかったお前たちも同罪だ」

「……覚悟している」

「お前もエラルドも、言うこと同じだな」


 リベラートはそう言って立ち上がった。フェデーレもゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡すと、少し離れたところでエラルドがヴィルフレードとヴェロニカに責められ……いや、話しているのが見えた。

 ヴェロニカがフェデーレに気づき、寄ってきた。


「無能」

「……おっしゃる通りです……」


 たった一言、女性にしては低い声で言われた。だが、精神魔法を前にフェデーレが無能だったのは事実なので、否定できない。


「ルーチェは、攫われたのか?」


 フェデーレが尋ねると、ヴェロニカが「違うだろうな」、と腕を組みながら答えた。


「おそらく、自分からついて行ったんだ。ルーチェは転んでもただでは起きん。かどわかされそうになったのなら、何かしらの抵抗を見せるはずだ」


 一通り調べてみたが、そんな痕跡はなかったらしい。だとすれば、ルクレツィアが自分からついて行ったとしか考えられない。


「……たぶん、姫様は私たちを人質にとられて、それでついて行ったんだと……」

「俺達の立場って……」


 エラルドと2人でがくりと肩を落とす。エラルドに事情を聞いていたらしいヴィルフレードが顎に指を当てて考える姿勢を取る。


「まあ、護衛としてついていた君たちの落ち度ではあるけど、僕が付いていても結果は同じだったような気がするからね。ルーチェに大切だとは思われている、と前向きに考えたほうがいいよ」


 後半はこれ、フェデーレに対するセリフのような気がした。どう反応すればいいかわからず、フェデーレはとりあえずうなずいた。


「吸血鬼の件もそうだけど、ルーチェも探さなければならない。たぶん、エラルドたちが目撃したと言うドレスの小柄な女性が吸血鬼事件の犯人なんだろうけど」


 つまり、ルクレツィアを探して行けば、吸血鬼事件に片が付く公算が高いと言うわけだ。


 アルバ・ローザクローチェであるルクレツィアがいない以上、グランデ・マエストロであるヴィルフレードは、彼女の身柄ではなく、吸血鬼事件の解決に尽力しなければならない。彼としても苦しいところであるだろう。


 実は、フェデーレは、許してもらえれば自分1人ででもルクレツィアを助けに行こうかと思った。おそらく、護衛としての役目を果たせなかったエラルドもついてきてくれるだろう。

 しかし、この2人ではあの魔女の強力な精神魔法に対抗できない。どうしても、彼女と張り合おうと言うのであれば、魔術師が1人いるのだ。そのため、自力で助けに行くことはあきらめてヴィルフレードの指示に従うことにする。


 今頃、ルクレツィアは何をしているのだろう。どうしているのだろう。怖い目にあっていたりしないだろうか。泣いているのは……想像できないな。


 何となく、ルクレツィアなら拘束されていてもケロッとしていそうな気がする。そして、全てが終わってから腰を抜かすのだ。彼女は、そう言う少女だ。

 彼女が1人で耐えているのだと思うと、フェデーレは一瞬にして気を失った過去の自分を殴りつけたくなった。


「問題は、ルクレツィア本人が本気で隠れようとしているときです。あの子が本気で隠れたら、さすがの僕の知覚魔法にも引っかかりません」


 ヴェロニカがさほど困った様子も見せずに、困ったことを言った。眼鏡のブリッジを押し上げ、様子も落ち着いている。しかし、開口一番フェデーレをののしったことを考えると、かなり腹に据えかねているのだと思う。

 ルクレツィアが隠れよう、と思っていなくても、彼女を連れて行った魔女が、彼女を使って痕跡を隠そうとする可能性もある。

 ルクレツィアの空間認識能力に基づくその魔法は、彼女の『領域』を作るだけでなく、現実空間を別空間に切り離すこともできる。そうなれば、次元がずれてくるので知覚魔法には引っかからない。わかるのは、同じ能力を持つ者だけだ。


 つまり、今現在、ルクレツィアと似た能力を持つ者は少なく、そして、彼女ほど完璧な能力者はいないので、彼女が本気で隠れると、どこにいるのかわからないのだ。


「……と言うか、俺達、どれくらい気を失っていたんだ?」

「わからないけど……たぶん、そんなに長くはないと思う。1時間くらいじゃないかな」


 十分長い。と思いつつ、星を読んだエラルドに「そうか」とうなずいて見せる。1時間あれば、王都から出ることは可能だ。しかし。


「さすがに、魔術師の誰の知覚魔法にも引っかからずに王都を出るのは不可能と思われるな」


 ヴェロニカが意見した。うーん、とみんなでうなる。


 唐突に、エラルドが「あ」と声をあげた。どうした。何故か上着をごそごそしている。


「そう言えば、先ほど……ではありませんが、一斉捜査中の姫様が気になることを。あ、これだ」


 エラルドはパルヴィス大聖堂でルクレツィアの言葉を走り書きしたメモをヴィルフレードに渡した。リベラートとヴェロニカがその両側から紙を覗き込む。


「南東2キロ。水路脇の水車小屋。南西1・5キロ。移動中の魔法物体」


 リベラートが読み上げる。うん。やはり、移動中の魔法物体の意味が分からない。


「移動中の魔法物体って……魔術師か?」

「魔術師なら、ルクレツィアなら知覚できるはずだろう。能力発動中は『魔術師』は認識できると言っていた」


 リベラートとヴェロニカの会話である。と言うことは、正しく『魔法物体』なのだろう。とても気になる。


「南東2キロ、水車小屋か……手がかりもないし、行ってみるか」


 ヴィルフレード様、あなたは頭脳派ではなかったのか。と思ったが、ツッコミ入れない。手がかりがないのは確かなのだ。何しろ、魔女もルクレツィアも、痕跡を何一つ残していかなかった。魔女はともかく、ルクレツィア、徹底し過ぎだ。

 というか、水車小屋の方はとりあえず、何かあるのはわかった。だから、気になるのは『魔法物質』の方だ。


 その正体は、水車小屋へと向かっている最中に明らかになった。








 その場のメンバー全員で移動していたのだが、どうしても、体力的に劣るヴェロニカがやや遅くなる。それでも、魔法で補助しているのでめちゃくちゃ遅いわけではない。この女は魔力が続く限りは一定の速さで走り続けられるという魔術師なのだ。蒸気機関車か、お前は。

 走るのに集中していたヴェロニカは、気づかなかった。気づいたのは、この5人の中で最も戦歴が長いヴィルフレードだった。


「ヴェラ、止まれ!」

「ぐえっ」


 ヴィルフレードがヴェロニカの襟首をつかんだ。せっぱつまったようなヴィルフレードの声音は珍しい。

 女性のヴェロニカはヴィルフレードに止められたが、男性陣はそのまま2人の脇を通り抜けてしまった。走る速度が速かったので、ブレーキがかけられなかったのだ。

 そして、それと衝突したのはよりにもよってリベラートだった。


「うわっ!」


 ほかの魔術師たちと同じく、接近戦に攻撃オプションがないリベラートは、それでもとっさに衝突物から距離を取った。フェデーレとエラルドは反射的に動き、2人同時に剣を突き出してそれを貫いた。


 赤い液体が舞う。血、血だ。


 フェデーレとエラルドがぶっさしたのは、灰色の獣だった。二人の攻撃によってこと切れたそれを見て、ヴェロニカが駆け寄ってくる。


合成獣キメラだ」

「キメラ?」


 フェデーレが思わず聞き返した。キメラって、存在するのか。


「ルーチェの言う『移動中の魔法物体』はこれってことか。確かに、魔法物体だしな」


 リベラートも上から覗き込みながら言った。


 キメラとは、いろんな生き物が混ざり合っているのではないのだろうか。このキメラは、大きな犬にしか見えない。牙はちょっと長いが。

 そう言うと、「この牙の長さを『ちょっと』と言うお前の感性を疑う」とヴェロニカに言われた。最近思うのだが、彼女が天然が入っているのだろうか。


「まあ、フェデーレの言うように、ベースは犬だな。ただ、魔術師の血が混ぜられている。そのため、暴走したようだ」


 本来の物とは違うものが混じって入るので、これもキメラの仲間なのだそうだ。学術的には少々違うらしいが、めんどくさいので『キメラ』と呼ぶことが多いらしい。


「こいつ、どっから出てきたんだ?」


 若干のサイコメトリーを持つリベラートがキメラに触れつつ首をかしげた。情報がはっきりしないらしい。そんな彼に、ヴェロニカがスパッと言った。


「心配するな。魔術師の血が使用されているということは、今回の事件に関わっている可能性が高い」

「……それもそうか」


 納得して、リベラートはうなずいた。ヴィルフレードも口元に少しだけ笑みを浮かべた。


「ヴェラ。それ、研究に使う?」

「素体としては珍しくないので、いりません」

「なら、一瞬で灰になるように燃やしてしまおう」

「了解」


 何やらヴェロニカの口から恐ろしい言葉が聞こえた気がしたが、それはサクッと無視することにした。強力な火炎魔法が、キメラを包み込んで一瞬で灰にした。


「じゃあ、ルーチェを迎えに行こうか」


 ヴィルフレードはそう言って、再び先陣を切って地を蹴る。その後を、フェデーレたちが続いた。


 そして。


 さほど経たずに、目的地に到着した。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


結構冷静なフェデーレ。普通に考えれば、ルクレツィアは死にそうにないですからね。何となく(笑)

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