04.セレーニ伯爵の事情
今回はフェデーレ視点です。
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成り行きでヴェロニカと共にラ・ルーナ城から出ていくルクレツィアを見送ったフェデーレは、彼女の姿が見えなくなると、その場に座り込んで膝を抱えた。彼の心情としては、
またやってしまったぁぁぁあああっ!
と言う感じであろう。ルクレツィアがフェデーレを一度も振り返らずにイル・ソーレ宮殿へと帰って行ったのも彼の心に突き刺さった。
ヴェロニカはエントランスで膝を抱えて丸まってしまったフェデーレをちらっと見ると、彼に歩み寄り、その肩をたたいた。
「ま、元気だしな。今に始まったことじゃないだろう?」
ヴェロニカが慰めになっていない慰めを言った。フェデーレは俯けていた顔を上げてため息をつく。
「なんでこうなるんだ……」
「そりゃ、お前がひねくれているのと、ルーチェが短気だからだろ」
ヴェロニカに事実を言われて、フェデーレはまた膝に額を押し付けた。性格的に、2人は合わないのかもしれない。
ここまでくればわかるだろうが、フェデーレはルクレツィアのことが好きだった。しかし、フェデーレがひねくれており、しかも、少々舌鋒がきついため、その思いは伝わらない。一方のルクレツィアにも問題があり、彼女は少々短気であるのだ。そのため、2人が顔を合わせると口論になってしまう。
性格が合わないのだと言われてしまえばそれまでなのだが、好きなものは仕方がないではないか。
「……と言うか、ヴェロニカも結構毒舌なのに、なんで俺だけ……」
「男か女かの違いじゃないか? これでも僕は女だからな」
さらりと言われた。ヴェロニカは自分のことを『僕』などと言っているが、れっきとした女性である。ついでに中性的な、とてつもない美人である。自分が美形である自覚のあるフェデーレですら「ああ、負けたな」と思えるくらいの美人だ。ただ、性格が残念だけど。
「あと、顔じゃないか? 前に美形は敵とか言ってたぞ」
「それ、ヴェロニカと条件一緒じゃないか」
「なら、美男が敵なんだろ」
ヴェロニカが取りつく島もなく言った。フェデーレは再びうなだれる。彼は舌鋒がきついが、いわゆるヘタレであった。
ルクレツィアは男性恐怖症である。と言っても、大したことはない程度なのだが、手を握ると振り払われる。一度、罰ゲームでルクレツィアに後ろから抱き着こうとした『夜明けの騎士団』の男性騎士が背負い投げを食らっていたのを目撃してからは、不用意なことを避けようと思った。
フェデーレは、年明けから4か月ほど、フェルステル帝国に留学していた。デアンジェリスにとって隣国にあたる国で、魔術が非常に発展している。知識を強化するために、この国から出られないルクレツィアの代わりに行ってきた形になる。
4か月間。ルクレツィアに会えない日々がつらかった。会えば喧嘩になることはわかっているのだが、それでも会いたいと思うくらいには、フェデーレはルクレツィアが好きだった。
しかし、その思いは伝わらない。ルクレツィアが男性恐怖症で、そういったことを考えないようにしているのもあるが、フェデーレの言い方がきつすぎ、しかも決定的な言葉を言えないヘタレであることも関係している。
いつからルクレツィアのことが好きなのか。それは、もうフェデーレ自身にもわからない。
フェデーレの生家であるメリディアーニ公爵家は、代々『夜明けの騎士団』の取り次ぎ役を担ってきた家だった。そのため、王族の中から輩出される魔法騎士に選ばれたルクレツィアと初めて出会ったのは、かなり小さなころだ。そもそも、この2人、同じ師に魔法戦闘を学んでいる。
ともに育ったも同然の相手に、フェデーレが好意以上のものを抱くのは必然であったのかもしれない。少なくとも、ルクレツィアが社交界デビューするころには、すでにフェデーレは彼女が好きだったはずだ。
王女としてのルクレツィアは、みんなに普段の外見をさげすまれた。パッとしない髪の色や、兄弟たちに比べて劣る容姿をあざ笑っていた。みんな馬鹿だと思った。彼女の価値は、外見で決まるわけではないのに。
そもそも、ルクレツィアは美人だ。第1王女オルテンシアや第3王女フランチェスカのような、パッと目を引く大輪の花のような美女ではないのは確かだ。ルクレツィアは、静かに凛と咲く小さな花。見過ごしてしまいそうな、でも、見てみるととてもきれいな花だ。
貴族たちは、ルクレツィアのことをろくに見ずに彼女をさげすむのだ。彼女が男性恐怖症であることも、それに拍車をかけていると思われる。
フェデーレは自分だけがルクレツィアの美しさを知っているという優越感を抱いていたし、同時に、彼女がどれだけ美しいか、周囲に知らしめてやりたい、と思う気持ちもあった。
だが、フェデーレは貴族たちの反感を買うわけにはいかなかった。メリディアーニ公爵家が、『夜明けの騎士団』との取り次ぎ役を担っているからだ。それに、フェデーレは素直ではなかった。好きな子をいじめる子供の如く、ルクレツィアを怒らせてばかりいた。
結果、思いが通じないと言う現状に至っているのだ。
「まあ、元気だせ。他の男たちとは口論などしないのだから、ある意味お前、ルーチェの特別だ」
「……」
相変わらず、ヴェロニカの言葉は慰めになっているのかわからない内容である。宮殿の貴族たちはルクレツィアを表面上は敬いながらも心の中ではさげすんでいるため、ルクレツィアとは会話をしない。
『夜明けの騎士団』に所属する男性職員たちの中にも貴族はいる。しかし、彼らは彼女と共に戦っているがゆえにルクレツィアのことを尊敬している。会話はするが、その会話は平穏なものだ。
考えてみれば、ヴェロニカの言うように、ルクレツィアが口論するのはフェデーレくらいだ。それくらい嫌われているとも考えられるが、彼女は嫌いなら無視するだろう。
あ、なんかちょっと慰められた気がする。
「ありがとう、ヴェロニカ。言い方はどうかと思うが、ちょっと慰められた」
「ああ。ルーチェが怒る理由がわかる気がする。あの子は短気だからねぇ」
ヴェロニカがため息をついた。これは性格なのだから、ある程度は仕方がないと思ってほしい。まあ、気を付けるが……。
「それでだな、フェデーレ。王都で嗅いだという甘い匂いはどんな匂いだった?」
突然話が変わったが、フェデーレは気にせずに答えた。
「どう、と言われても困るが。そうだな。菓子などの甘ったるい匂いではなく、花の香りのような甘さの匂いだった気がする」
「花の香りか」
ヴェロニカが一つうなずいた。彼女は礼を言って立ち上がると、フェデーレをついっと見下ろした。
「そんなところで小さくなっていたら、出入りの人間に蹴飛ばされるだろうから気をつけろよ」
ヴェロニカの忠告に、フェデーレはあわてて立ちあがった。確かに、フェデーレはエントランスの中心ではないが、端ともいえない場所に座り込んでいた。
「先に言えよ!」
「気づかないお前が悪い。よかったな、人通りが少ない時間帯で。というか、そう言う態度がルーチェを怒らせるんだぞ」
一気に言い切られた。ヴェロニカの指摘に、エントランスの脇に退いていたフェデーレは、今度は座り込むのではなく、壁に手をついてうなだれた。言葉が嫌味っぽいのは自覚済みだ。
しかし、ヴェロニカも大概毒舌であるのに、何故ルクレツィアに拒否反応が出ないのかわからない。言葉のきつさで言えば、フェデーレとヴェロニカはいい勝負であると思うのだが。ついでに、ルクレツィアもあまり言葉が優しいとは言えない。同族嫌悪と言うやつか?
やはり、最大の違いは性別なのだろうか? ルクレツィアは男性恐怖症だからと言って女性が好きと言うわけでもないだろうが、この調子だと、いつか本気で『ヴェロニカと結婚する』と言われそうで怖い。
そんなことを冗談でも言われたら、立ち直れない気がする……。
毒舌のくせに、メンタルの弱いフェデーレであった。
ちなみに、ルクレツィアがヴェロニカを慕うのは、ヴェロニカは毒舌であっても相手を思いやっているのがわかるからなのだが、フェデーレは気づかなかった。フェデーレの口調は単純に馬鹿にされているような気がするらしい。
「まあ、頑張ってみれば。あれでもルーチェは王女だからな。公爵家の跡取りのお前なら、身分的にもつり合いが取れる」
ヴェロニカが抑揚のない口調で言った。もちろん、頑張るつもりだが、頑張れば頑張るほどルクレツィアのフェデーレへの印象がマイナスになる気がした。
しかし、ヴェロニカが続けた言葉に、フェデーレの気分降下は止まった。
「『夜明けの騎士団』みんなで生暖かく見守ってやるからな」
一瞬、その言葉が頭を貫かなかった。フェデーレが意味に気付いた時、ヴェロニカはすでに歩き出していた。その後を追いかける。
「おい、ヴェロニカ! 今の、どういうことだ!」
もちろん、『夜明けの騎士団』全体がフェデーレのルクレツィアに対する思いを知っているということだ。わかりやすいのである。彼は。
これで何故ルクレツィアに通じないのか、はなはだ謎である。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
どうやら私は、性格残念なヘタレが好きなようで、フェデーレの心情を書くのはとても楽しかったです。
フェデーレもルクレツィアも、気が強いから思いが伝わらない。最大の問題は、フェデーレがヘタレであること。頑張れ、フェディ。