48.一斉捜査
一斉捜査と言っても、『夜明けの騎士団』の『一斉捜査』は少し変わっている。知覚魔法を持つ魔術師を集め、王都中を探索するのだ。
もちろん、科学的分野から理論的に結論を導く方法もとられるが、その役割を担うことの多いヴェロニカは、魔法捜査のほうに回されているので、ヴィルフレードがその役割を担うことになった。
そして、ルクレツィアはと言うと。
「壮麗な聖堂も、人がいないとさみしいわね」
「……まあ、確かに、俺とエラルドとお前だけだし」
ルクレツィアの独り言ともとれる言葉に、フェデーレが律儀にそう返してくれる。たぶん、ルクレツィアが緊張していることがわかったからだろう。
ルクレツィアが訪れていたのは、建国祭にも訪れたパルヴィス大聖堂。実は、この大聖堂は王都のほぼ中心に位置するのだ。
ここで、ルクレツィアは彼女の最大の特徴ともいえる魔法を行使する。学術名では『領域干渉』と呼ばれている魔法。
今のところ、この魔法の行使者はルクレツィアのみであり、似たような魔法は存在するが、ルクレツィアほどの高性能ではない。
初代アルバ・ローザクローチェの杖を持ち、大聖堂の聖壇に立ったルクレツィアは、目を閉じ、胸の前で杖を握る。ちなみに、大司教様にはご退席いただいた。この辺りは『夜明けの騎士団』の特権を使わせていただいた。当代の大司教は割と協力的な人で、快く場所を貸してくれた。
ルクレツィアの魔法は、彼女から円状に魔法が広がる。今回は王都すべてを領域可に置くので、仕方なくイル・ソーレ宮殿を覆っていた魔法はとかざるを得なかった。さすがに、王都全土となれば、その範囲は広大すぎる。
ルクレツィアには、知覚魔法はない。それは確かだ。ただし、領域可に置いた場所の『情報』を読み取ることができる。と言っても、全てではない。
例えば、誰か、魔力が強い人がここからここに移動した、とか。誰かが、こんな魔法をここで使った、とか。魔法に関連することが何となくわかるだけだ。ついでに、領域から出入りする人間も把握できる。
使いようによっては便利であるが、全く同じ魔法は今のところ見つかっていないので、ルクレツィア意外に使用されることはないだろう。
領域となる大きな円の、中心にあたるのがルクレツィアだ。そのため、王都をすべてのみこむには、ルクレツィアは王都の中心にいる必要があった。
ゆっくりと広がって行った領域が、ついに王都全土を包み込んだ。ルクレツィアはゆっくりと目をひらく。彼女の銀髪とマントが魔力の波に大きくうねった。
「いかがですか、姫様」
視認できるほどの魔力の流れと、彼女の足元にある金色の魔法陣に触れないようにしながら、エラルドが声をかけてくる。彼は筆記用具を手に待ち構えていた。ルクレツィアはついっと手を伸ばした。
「南東、ここから2キロ。水路脇の水車小屋」
すごいスピードでエラルドがルクレツィアの読み上げた場所を書き写す。さらに、ルクレツィアは言葉をつづけた。
「さらに南西。ここから1・5キロ。移動中の魔法物体」
フェデーレがなんじゃそりゃ、と言わんばかりの表情になったが、気にせずにエラルドは書記を続け、ルクレツィアは領域内の魔法情報を読み上げる。
「さらに……」
その時、ルクレツィアは全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。この方向は。
ルクレツィアは魔法を解除し、何も言わずに即座にその場から駆けだした。
「姫様!?」
「おいっ!」
エラルドとルクレツィアの焦ったような声が聞こえた。単純に走ったのなら彼らの方が速いに決まっているが、初動が段違いに早かったルクレツィアは、彼らを一気に引き離し、大聖堂の外に出た。
外に広がるのは、満天の星空。今は夜だ。『夜明けの騎士団』はその性質上、どうしても夜に動くことが多い。
護衛2人をぶっちぎったルクレツィアは、夜の空を駆けていた。いつもの空中走行である。そして、たどり着いたのはイル・ソーレ宮殿。
今は、ルクレツィアの魔法が解かれている。しかし、王都すべてを包み込んだのなら、もちろんこの宮殿も対象に入っている。そして、ルクレツィアは違和感を察知した。
そう。力の強い魔術師が、宮殿付近に潜伏している。ルクレツィアの魔法は、魔法を感知することに関しては知覚魔法を上回るかもしれない。いや、ルクレツィアの執念がなせる業かもしれないが……家族に手は出させない、と言う。
「本当に来たのね」
そう言った女性は、ルクレツィアがおののくほどの美女だった。姉のオルテンシアや妹のフランチェスカを『派手な美人』と称したことのあるルクレツィアであるが、彼女ら2人はまだまだ正統派な美少女、および美女だったのだと思えるほど、その美女はど迫力だった。
なんと言えばいいのだろう。漂う色気と言うか、妖艶さと言うか。波打つ黒髪に黒い瞳は蠱惑的。小作りな顔に、真っ赤なルージュ。ドレスは黒をベースに赤い指色が入っている。着る人を選ぶデザインだろうに、見事に着こなしている。やや小柄ではあるが、出るところが出ているナイスバディである。
なんというか、全てにおいてルクレツィアと対局の女性だった。ルクレツィアは銀髪碧眼で、長身で全てにおいて薄い。
「なんと単純なこと」
「単純で、悪かったわね」
美女に言われてちょっとムッとしてそう返した。実は、走っている間にルクレツィアも頭が冷えた。これは、ルクレツィアをおびき寄せようとしているのではないだろうか。
よく考えなくても、宮殿の側に立っているだけなら、別に危険はないのだ。物見遊山で宮殿を見に来る観光客は多い。まあ、夜中に来る人はいないけど。
つまり、ルクレツィアの早とちり。勘違い。
いや、勘違いじゃないかもしれないのだが。
少なくとも、この美女は魔女だろう。すさまじい魔力を持っている。しかも、年齢不詳。人の血液から命の水が作られるという以上、怪しすぎるだろう。
と言うか、護衛2人を置いてきてしまったルクレツィアである。なんて自分は馬鹿なんだろう、と思いつつ、杖を持ったまま美女に対峙する。
「お前が当代アルバ・ローザクローチェね……そう。よぉく似ている。あの男がお前にこだわるのもわかるわね」
何の話だ、何の。何度も言うが、ルクレツィアは戦闘力がさほど高いわけではない。魔法威力は高いが、それは戦略向きの魔法であり、こういった接近戦にはあまり向かないのだ。
うん。自分、馬鹿だな。
フェデーレに『馬鹿か、お前は!』と怒鳴られる幻覚を見た気がした。と。
「馬鹿か、お前は!」
本当にその通りにセリフが聞こえたのでびっくりした。フェデーレとエラルドが駆けつけてきた。怒鳴ったのはもちろんフェデーレである。
「姫様。ご無事で何より」
エラルドがいつも通りの口調でそう言ったが、目が怒っている。いや、ごめんて。
「誰だ、この女」
「よくわからないけど、魔女だと思う」
フェデーレにそう答えながら、ルクレツィアも美女を見つめ返す。彼女は赤い唇に弧を描いた。
「役者はそろったわね」
どん、と体を衝撃が襲った。攻撃を食らった、とかそう言うことではなく、精神的な攻撃だった。彼女は精神系魔術師なのかもしれない。
ルクレツィアはその魔法性質と魔力の強大さから、あまり精神系魔法が効かない。だが、フェデーレとエラルドは違う。
「フェデーレ、エラルド!」
自分も片膝をつきながら、ルクレツィアは叫ぶ。何とか意識を保っているエラルドとは違い、フェデーレは精神魔法で昏倒したようだった。
精神魔法は攻撃魔法とは違い、魔法破壊は不可能だ。つまり、フェデーレは精神魔法に弱いことになる。悪いことをした……。
一見して、魔術師の使用する魔術は判断できない。そのため、相手がどんな魔法を使うか、と言うのは重要な情報になってくる。例えば、ルクレツィアの魔法は珍しく、威力が大きいが、先に情報さえ仕入れておけば対策を立てることもできるのだ。
頭の中できーん、と音がする。金属音のようで、頭が痛い。
「さすがに、耐えるわね」
感心したように美女が言った。彼女は、手に鈴のようなものを持っており、それを揺らすと魔法が発動するようになっているようだ。ルクレツィアも魔法を使用しようと意識を集中させたが、それに気づいた美女が鈴を振り、あえなく失敗した。
「さて。取引だ。当代アルバ・ローザクローチェ」
「……」
ルクレツィアは無言で美女をねめつける。ちなみに、釣り目気味のルクレツィアは、眼力に定評がある。
だが、美女の眼力の方が強かった。
「お前、あたくしと共に来い。そうすれば、その男二人は解放する。ちなみに、このままこの鈴の音を聞き続ければ、その2人の精神は崩壊するだろう」
「……っ」
ルクレツィアは唇をかんだ。何でもないように言ってくれるが、それは事実だ。特に、魔力の低いフェデーレは危ない。
外傷なく、人を殺す事すらできる精神魔法だ。その力は天性のものに限られる。ここまで強い精神魔法を使う子の美女は、おそらく天性の精神系魔術師なのだ。
ルクレツィアは振り返って2人を見た。エラルドも、気を失っている。
ごめん。ホントごめん。
心の中で謝りつつ、ルクレツィアは静かにうなずいた。
「わかった……でも」
「でも?」
「2人に手をだしたら、承知しないわ」
ルクレツィアの言葉に、美女はコロコロと笑った。
「肝に銘じよう」
「……」
こいつ、自分に似ているかもしれない、と思ったルクレツィアであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
関係ないけど、精神魔法ってすごく書きづらい。