47.急転
「…………」
「……まあ、アレだ。被害者も8人目となると、感慨もひとしおだな」
「…………それ、どこからつっこめばいいのかしら」
ヴェロニカと並んで現場で仁王立ちしながら、ルクレツィアはため息をついた。今日のルクレツィアはルカ・ディ・サンクティス仕様である。設定としては、ヴィルフレードの従妹。正確には、姪だけど。
そして、今日。ヴィルフレードが帰ってきてから3日。すでに8人目の被害者が出た。しかも、今回は2人同時だ。死亡検分をしたリベラートによると、やはりきっかり半分、血液を失っているらしい。しかも、その血液が外に流れた形跡はなく、やはり誰かが持ち去ったのだろうと言うこと。
「実際の所、血液って何を作るのに使うの?」
戦闘力はさほど高くないものの、それでもやはり、戦闘タイプの魔術師であるルクレツィアは、研究者であるヴェロニカに尋ねた。彼女は眼鏡のブリッジを押し上げると、少し考えてから口を開く。
「まあ、使用方法はいろいろあるが、一番有名なものとしては『命の水』の生成だな」
「命の水……って、賢者の石の?」
「賢者の石は存在しない」
「……たまに、ヴェラと会話が成立しないわよね」
これはわざとなのか、本気なのか迷うところである。天才と馬鹿は紙一重と言うが、これもそうなのだろうか。
「まあ、賢者の石は存在しないが、命の水に限りなく近いものを作ることはできる」
「命の水って、不老不死のあれでしょ」
「不老不死のそれだ。と言っても、本当に不老不死を作り出すわけではない。まあ、せいぜい、年を取りにくくするくらいだな」
「……へぇ~」
それでも十分にすごいと思うのだが。確かに、とある高貴な女性が処女の生き血を浴びることで若さを保てると信じていて、何人もの少女を殺害した、と言う逸話はある。さらに、美しい女性は同じく美しく若い女性の生き血をすすっているのだ、と言われることもある。
つまり、血は強い力を持っていると思われているのだ。
そこで、今までの被害者を思い出してみる。
そう言えば、性別にこだわりはないようだが、一様に若い男女が狙われている。調べただけでも、最年長者で21歳。そして、一様に顔立ちが整っていた。
思わず、ルクレツィアはぶるりと震えた。ルクレツィアは強力な魔力を持つ、18歳の魔女だ。兄弟に比べれば地味であるが、それなりに整った顔をしている。
これは……本気でまずいのかもしれない。
今まではただ、魔力の高い人、という縛りだったから、ルクレツィアだけでなく、ヴェロニカやリベラート、ヴィルフレードも当てはまっていた。しかし、21歳以下の魔力の高い人、になると、ルクレツィア他数名しか当てはまる人物がいない。
これは怖い。当たる確率が一気に跳ね上がった!
恐怖を感じたルクレツィアは、ついに提案した。
「おとり作戦を敢行しない?」
「ちょっと待て。お前、怖いんじゃなかったのか」
冷静かつ的確なツッコミを入れてきたのはフェデーレである。ルクレツィアは深くうなずいた。
「その通りよ。だから、さっさと終わらせましょう。私に恐怖を提供するのはファウストだけで十分だわ」
「待て。男性恐怖症はどうした」
「それはノーカウントで」
ヴェロニカにもつっこまれたが、それは別枠だ。とりあえず、男性恐怖症に対しては命の危機を感じないので。
ルクレツィアの判断基準は、命の危機を感じるか、否かであった。
「前々から考えていたのよ。私が条件にあてはまるのなら、私をおとりに使えばいいわ。みんな反対すると思ったから言わなかったけど」
「当然だ」
「馬鹿か、君は」
フェデーレとヴェロニカから毒舌が飛ぶ。今回に限ってはヴェロニカの方が発言がひどい。
「まあ、ちょっと落ち着け、2人とも」
例の4人組、つまり、ルクレツィア、フェデーレ、ヴェロニカ、リベラートの最後の1人、リベラートが声をあげた。
「とりあえずルーチェ。俺も反対だ」
「あんたもかっ」
リベラートにも反対され、ルクレツィアは憤慨してマグカップのショコラ・ショーを飲み干した。それを見たリベラートが、新しくショコラ・ショーを継ぎ足しくれる。シナモンも入れて、少し風味を変えてくれる。
うん。この気遣い。リベラートはいい母親に慣れるだろう。……男だけど。
思わず現実逃避したルクレツィアである。
「一番簡単で、手っ取り早いと思うんだけど」
「ダメだ。危ない。やると言うなら、俺がやる」
確かに、フェデーレも19歳で美麗な若い男であるが。
「魔力が足りないじゃないの」
ルクレツィアも、フェデーレの魔力が多ければ迷わずに彼をおとりにしている。近距離戦に関しては抜きんでているし、ルクレツィアたちは後方から援護すればいい。もともと、そう言う能力の持ち主なのだ。ルクレツィアが前衛になるのが間違っている。
これはとてもよく理解できる。
しかし、現実として、フェデーレの魔力はさほど多くない。魔術師として活動できるくらいの魔力はあるが、『夜明けの騎士団』の魔術師としては格段に魔力が低い。これが現実。
よって、いくらフェデーレがやる気を見せても、彼はおとりにはなりえないのだ。
「フェデーレはともかく、ルーチェがおとりをするのは、メリットよりデメリットの方が大きい」
ヴェロニカが濃いコーヒーを口にしながら言った。最近、彼女がカフェイン依存症になりつつある。ニコチン依存症よりはいいけど……。それを気にしてか、リベラートはヴェロニカの意識をコーヒーではなく紅茶に持って行こうとしている気がする。成功してないけど。
「どうして? 引っかかれば一気に解決するわよ」
「ふむ。確かにそれはメリットだ」
ヴェロニカがうなずいて認めた。じゃあデメリットは? と尋ねると。
「まず、君は王女だ」
「……そうね」
「つまり、君はアルバ・ローザクローチェであり、強い力を持つ魔女であるが、同時に護られるべき存在でもあると言うことだ。つまり、失敗したときのリスクが大きい」
「……成功する可能性の方が高いよ?」
「まあな。だが、たとえ成功したとしても、王太子殿下から怒りの制裁を食らう」
「え、何それ」
初耳なんですけど。兄は一体何をすると言うのか。
「いいか。君の兄は、君が思っているよりシスコンだ」
ルクレツィアの肩をつかみ、真剣な表情でヴェロニカは言った。そんな事、真剣な表情で言うことではないと思うのだが。
「つまり、ルーチェをおとりにしたと知られれば、殿下は怒って、僕たちを責めるだろう……!」
「……いや、そんなに深刻に考えることなの、それ」
兄アウグストはにっこり笑って説教をしてくるタイプだ。おそらく、この辺りは剣の師であり叔父であるヴィルフレードに似たのだと思う。この2人、見た目はともかく性格は何気に似ている。
ルクレツィアは、アウグストから説教された記憶はあるが、怒られた記憶はない気がする。なので、『アウグストの怒りの制裁』と聞いてもピンとこないのだ。
「深刻だぞ。僕たちには。何しろ、相手は王太子だ。役職を取り上げる、などではなく、メンタルにじわじわ来る攻撃を仕掛けてくる」
「あー……」
それは否定できないかもしれない。ヴェロニカもリベラートもメンタルが強いが、アウグストの針でちくちくさすような精神攻撃は見事だ。確かに押し負けるかもしれない。
「つーかそれ、ヴェラたちにとってのデメリットじゃない」
「当然だろう。と言うか、普通に考えてもお姫様をおとりに使うことなんてできん」
「お、お姫様……」
ヴェロニカの口からそんなセリフが飛び出て、驚くルクレツィアであった。
「とにかく、おとり作戦は禁止。何かいい方法を考えるから」
リベラートがそう言ってルクレツィアにタルトの乗った皿を差し出した。それを受け取り、ルクレツィアはため息をつく。
「いい方法だと思ったのに」
「ああ。いい感じにぶっ飛んでるよな。普通、怖かったら遠ざかるものだ」
フェデーレが貶しているのか感心しているのか判断に困る口調で、同じく判断に困ることを言った。ルクレツィアはタルトを食べながら言う。
「失礼な、と言いたいところだけど、そうなのよねぇ。きっと、自分の努力次第で、解決できるものは、解決した方がいいのよねぇ……」
男性恐怖症もそうだ。ルクレツィアの努力次第で何とかなることではあるのだ、本当は。
だから、本当はそちらも何とかすべきなのだと思う。
ちなみに、おとり作戦に関してはヴィルフレードからもダメ出しを受けたので、決行はとりあえず、先延ばしされた。
△
とはいえ、2週間弱で八人の犠牲者を出したことで、王都は混乱しつつあり、王都住民に恐怖が広がりつつある。次は自分たちの番ではないか、と戦々恐々としている。
同時に、魔法対策を専門に扱っている『夜明けの騎士団』に不満が向き始めた。八人の犠牲者を出しても、まだ事件が解決しないのはどういうことか、ということだ。
後手に回っている自覚はあった。不満が『夜明けの騎士団』に向くこともわかっていた。ひいては、アルバ・ローザクローチェに。そして、これ以上先延ばしにするのは、治安的にも良くない。
9月下旬。最初の事件からちょうど2週間。
『夜明けの騎士団』は一斉捜査に乗り出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
賢者の石、と言うと『ハリ〇タ』とか、『ハ〇レン』とかですか。錬金術と言えば賢者の石でありますが、この世界では存在しないことになっています。




