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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第6章 吸血鬼
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46.グランデ・マエストロ

そう言えば、この話のブックマーク登録が130件を超えていました。

登録してくださった皆さん、読んで下さっているみなさん、本当にありがとうございます!













 『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』の当代グランデ・マエストロはヴィルフレード・ディ・サンクティスという36歳の男性だ。ルクレツィアの母であるエミリアーナの異母弟にあたるので、ルクレツィアにとっても叔父にあたる。


 柔らかな金髪に濃い緑の瞳はたれ目気味。誰がどう見ても美形だと言うであろう彼だが、36歳とは思えぬ童顔であった。たぶん、ルクレツィアの兄と言っても通じるくらいだ。20代半ばから後半くらいにしか見えない。ルクレツィアはやや大人びて見えるので、兄妹きょうだいと言ってもきっと通じる。


 まあ、血がつながっているとはいえ、ルクレツィアとヴィルフレードはさほど似ていない。ヴィルフレードの出身であるサンクティス公爵家は傍流王族であるが、ルクレツィアは本流の王族の血筋がはっきり出ている顔立ちをしている。兄や父ほど美形ではないが、顔立ちの特徴は本流王族に相違ない。


 ちなみに、ヴィルフレードは未婚である。昔、『姪じゃなかったらルーチェと結婚するのにね』と言われたことがある。つまり、結婚する気はないのだ。


 彼は、人を成長させるのがうまい。彼は、ルクレツィアやフェデーレ、そしてアウグストの剣の師にあたる。この童顔のグランデ・マエストロは現在デアンジェリス最高峰の剣士であるのだ。

 この男は顔に似合わずマジで強い。フェデーレとアウグストが同時に斬りかかって返り討ちにするような男だ。しかも、魔力も高い。ホントにお前、人間か? と言うのがルクレツィアの感想である。

 強大な力を持つわりにのんきで人当たりがいいので、ヴィルフレードは慕われている。ルクレツィアもそれなりに慕われてはいるが、それは団員が妹や娘を見守る態度のような、生暖かい視線だと感じている。この差はいかに。


「というか、遅かったですね、帰ってくるの」


 ヴィルフレードと肩を並べて歩きながら、ルクレツィアは言った。やや後ろを不満げな表情のフェデーレが歩いている。

 フェデーレよりやや背が低いヴィルフレードは笑って答えた。


「全国津々浦々、いろんなところに行って来たからね」

「そうなんですか? というか、それ、何語ですか? それより、そこじゃなくて、帰還の知らせが来てから既にひと月近く経っていることを言ってるんですけど」


 立て続けに問いかけると、ヴィルフレードはやはり笑って「ルーチェはまじめだねぇ」と言った。それでも、団員から向けられるのは生暖かい視線です。


「あ~。実家に寄ったら、引き留められちゃって。ちょうど姪が来ていてね」

「マエストロの姪ってことは、私の従妹ですか」

「そうそう。魔力の強い子でね。しばらく面倒を見ていたんだ」

「……好きですね、マエストロ」


 思うに、ヴィルフレードはいい父親になると思うのだ。子供の面倒を見るのがうまいし。年は三十代半ばだが、とてもそうは見えないし、美形だ。結婚しようと思えばすぐにできるだろう。


 だが、彼はずっと独り身で、『夜明けの騎士団』に尽くしている。理由があるのかもしれないが、ルクレツィアは聞いたことがないし、聞こうとも思わない。


「それで、こっちも何かややこしいことになってるみたいだね」


 相変わらず柔らかな表情と声だったが、目が真剣になった。ルクレツィアもやや遅れてついてくるフェデーレも、表情を引き締める。


「噂によると、吸血鬼が現れたとか?」


 ルクレツィアはあまり使っていない自分の執務室の扉を開けながら、ヴィルフレードの言葉に答えた。


「ええ……情報統制が甘かったのは、私のミスです。申し訳ありません」

「ああ、責めているわけではないよ。事件の概要を聞くに、どちらにしろ、どこからか情報が漏れていたと思うし」


 生真面目な表情で謝罪したルクレツィアに、ヴィルフレードは軽く笑って答えた。彼は、フェデーレを振り返って言った。


「悪いけど、フェディ。ヴェラかリベルを連れてきてくれる?」

「わかりました」


 用を申し付けられたフェデーレは頭を下げてヴェロニカたちを探しに行った。まあ、この時間なら研究室にいるだろうし、すぐに戻ってくるだろう。


 ルクレツィアは執務室に入ると、とりあえず、お湯を沸かしはじめた。暖炉に火は入っていなかったが、魔法を使えば一発で火が入る。やかんに水を入れて、火にかけた。その間に、ヴィルフレードがお茶を入れる準備をしてくれる。


「ルーチェ。茶菓子はある?」

「……クッキーくらいならありますが」


 ルクレツィアは執務室を、正しく執務をするためにしか使わない。応接間もあるにはあるのだが、尋ねてくる人はそもそもほとんどいない。用がある人はメリディアーニ公爵を通してくる。よって、ルクレツィアの仕事は正しく書類を裁くだけなのだ。


 一応、お茶やコーヒーの用意はある。ルクレツィアはどちらも好きなので、両方置いてあるが、さすがにお茶菓子は常備していなかった。


「なんかもらってきますね」


 そう言ってルクレツィアは執務室を出て、食堂へと向かった。時間帯的に微妙であるので、厨房のパティシエはすぐにお茶菓子を用意してくれた。パンナ・コッタとティラミスである。それを傾けないようにトレーに乗せて執務室まで運ぶ。



 そこで気が付いた。両手がふさがっているので扉が開けられない。



「マエストロ~! 両手がふさがっているので、開けてくださ~い」


 そう中に声をかけると、扉が開いた。開けてくれたのはヴィルフレードではなく、リベラートであった。


「お。言ってくれれば、俺達が持ってきたのに」

「忘れてたのよ」


 そんな会話をしながら、リベラートがルクレツィアの手からトレーを取り上げる。トレーを預けたルクレツィアは、執務室に入って扉を閉めた。


「ああ、ちょうどお茶が入ったよ」


 にこっと笑ったのはヴィルフレードであるが、実際にポットを持っているのはフェデーレである。ヴェロニカは家事に関して信用皆無なので、そもそも座ったままだ。

 そして、大皿に盛られたパンナ・コッタとティラミスを小皿に分けるのはリベラート。



 ……なんだ、この混沌とした空間は……。



 とりあえず、ルクレツィアはフェデーレに声をかけた。


「フェデーレ、かわる?」

「いや、いい。注ぐくらいなら俺にもできる」

「そうよね……」

「僕はコーヒーがいい」

「ヴェラは黙ってて」


 すかさず口を挟んできたヴェロニカにツッコミを入れ、ルクレツィアは空いているソファに腰かけた。ヴェロニカの向かい側である。隣には、紅茶を入れ終えたフェデーレが座った。

 上座にはヴィルフレード。このメンバーで集まると、必ず彼が上座になる。年長者だからかもしれないが、たぶん、彼がグランデ・マエストロだからだろう。


「じゃあ、作戦会議と行こうか」

「ああ。作戦会議だったんですか」


 そろそろツッコむのが面倒になってきたルクレツィアは、適当に受け流した。何故か、ヴィルフレードがいるとルクレツィアはツッコミに回ってしまう。たぶん、みんなヴィルフレードに遠慮してツッコミを入れないからだ。

 とりあえず、ヴェロニカが簡単に事件について説明する。


「最初の事件が起こったのが、今から一週間前。王都の西街区で発見されました。ゴミ捨て場で死んでいるのが発見され、近くの住人が騎士団に通報。その後、こちらに情報が回ってきました」


 そのため、発見が早朝だったにもかかわらず、『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』が駆けつけたのは昼も間近になってからだった。

 しかも、現場が片づけられていたため、十分な調査ができなかった、とヴェロニカが珍しく怒っていた。

 その後、第2騎士団が収容していた遺体を、アルバ・ローザクローチェの強制捜査権に基づき、リベラートが調査してきた。かなり嫌な顔をされたが、明らかに魔法が関係していると思われるのに、自分たちで解決しようとして行き詰った第2騎士団も悪い。

 リベラートの検分によると、その遺体は血が半分なくなっていたらしい。場合によるが、それだけの血液がなくなると、当然死に至るだろう。


 2人目以降はまっすぐ『夜明けの騎士団』に連絡が来るようになったので、強制調査を行うことはなかった。5人目に至っては『夜明けの騎士団』の団員の1人だった。


「う~ん。うちの団員にも被害が出てるんだね……ルーチェ、1人で外を歩いちゃだめだよ」

「いろいろあって、最近は1人で外出していません」


 最終的に、ヴィルフレードからもそう言われるルクレツィアである。自分でも『やばい』とは思ったが、どれだけ信用がないのか、自分。


「いろいろ?」


 ずっと王都にいなかったので、状況を把握できないヴィルフレードが首をかしげた。30代半ばの男がそんなことをしていると思うと微妙な気持ちになるが、外見が外見なので、微妙に似合っている。

 すると、ここぞとばかりにヴェロニカたちが現状の説明を始めた。かつてルクレツィアを殺そうとしたマルツィオの体にファウストが入り込んでいるという話をすると、ヴィルフレードは「う~ん」とうなった。


「実は、マルツィオが暮らしているはずの街を見に行ったんだよね」


 どうやら、そんな寄り道をしていたために、ヴィルフレードは帰ってくるのが遅くなったらしい。というか、寄り道し過ぎだ。


「そうしたら、彼がいた痕跡はなく、街は荒廃していた……」

「……」


 沈黙。何、そのホラー。ゴーストタウンになっていたということだろうか。


「セッティ公爵領は南の方ですよね。かなり潤沢な地だと思いましたが……」


 フェデーレが首をかしげつつ尋ねる。さすがに、こういうことはフェデーレが詳しい。ルクレツィアもそれなりに知っているが、フェデーレには負ける。


「そうなんだよね~。そう簡単に荒廃するような街じゃない。誰かが、意図的に荒廃させたんだろうと思う」

「……」


 再び沈黙。ヴィルフレードの言葉は不吉すぎた。


 だが、ファウストならやりかねない。彼は、『アウローラ』を取り戻すためなら、何をすることもいとわないだろう。恐ろしい。


「まあ、これに関しては保留だね。とりあえず、吸血鬼事件を何とかしようか」


 これには、全員深くうなずいた。


 それにしても、ヴィルフレードが帰ってくると、決定権が必然的に彼に行くので楽だ。まあ、その分、ツッコミをしなければならないのだが……。












ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


読み返してみると、どうやら『カヴァレリーア』とルビを打たれるべきところが、『カヴァリエーレ』となっていることがあるようです。

見つけたらご一報くださるとうれしいです。

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