45.最近、妙な雰囲気になることがある
お久しぶりです。と言うほどでもありませんが、『夜明けを告げる魔法使い』復活です。
秋になり、だいぶ涼しくなってきたころ、その事件は起こった。
「吸血鬼?」
「そんなものが実在するのか?」
「……被害者の血が抜かれているから、そう呼ばれているだけです」
兄と父の疑問に、ルクレツィアは冷静に答えた。ルクレツィアは、と言っても、彼女は今、王女としてここにいるわけではなかった。
ここは、イル・ソーレ宮殿の国王執務室。父が山積みになった書類の向こうから、ソファに座るルクレツィアを見ている。ルクレツィアがいると聞いてやってきたらしい兄アウグストは、彼女の向かい側に座っている。
父クレシェンツィオと兄アウグストは、貴族の男性がきる衣装をきっちり身に着けている。対するルクレツィアは、ドレスではあるが、その上にマントを羽織り、杖を持ち、銀髪をなびかせた15代目アルバ・ローザクローチェの姿を取っていた。髪と杖以外は全体的に黒い。
ここには15代目アルバ・ローザクローチェがルクレツィアであると知っているクレシェンツィオとアウグストしかいないので、仮面はかぶっていない。
「まあ、確かに最近、巷で聞くよね。魔術師が、血を抜かれて死んでいるって」
「そうなんです。それで、首筋や腕に、こう、丸い小さなふたつの傷跡が」
「まんま吸血鬼だね」
冷静に、しかし微笑みながら言ったのはアウグストである。クレシェンツィオは静かにルクレツィアの話を聞いている。
「今のところ、何人被害を受けているんだ?」
「公式に発表されているだけで、3人。しかし、非公式のものを含めると5人に上ります。そのうち1人がうちの魔術師です」
「……そうか」
クレシェンツィオは息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかった。そう。連続殺人事件と思われる、この事件。被害者の1人は『夜明けの騎士団』の魔法剣士だった。傾向として魔力のあるものが狙われているので、『夜明けの騎士団』から被害者が出ても不思議ではないのだが……。
「後手に回っている状況ですね。気分が悪い」
重々しく、ルクレツィアはため息をついた。
魔力のあるものが亡くなると、その魂は体を離れ、ゴーストとなることがある。今のところ、そんな報告は受けていないが、そのうちそんな情報も出てくるかもしれない。
「だが、仕方がないだろう。魔法事件は、事前に防ぐことが難しい」
「それはそうなんですが」
慰めのようなクレシェンツィオの言葉を聞いて、ルクレツィアは少し眉をひそめた。その通りであるが、アルバ・ローザクローチェとして責任は感じる。
「確かに、やり口が似ているなら連続殺人の可能性が高いが、それだけでやってくる『アルバ・ローザクローチェ』ではないだろう?」
「……」
父の的確なツッコミに、ルクレツィアは少しの間沈黙する。それから、ようよう口を開いた。
「これまでの事件では、魔力を持つ人間が狙われ、その血が抜かれています。お父様とお兄様は、王族にして強力な魔力を持つことで知られていますから」
「狙われるかもしれないから、忠告に来てくれたってこと? 優しいね」
アウグストがニコリと笑ってそう言った。ルクレツィアは肩をすくめる。
「それが、役目ですし。今のところ、貴族の被害者が1人だけ……例の、『夜明けの騎士団』の魔術師ですね。それと、気になるのが……」
ルクレツィアは少し顔をしかめた。
「殺される魔術師の魔力が、だんだん大きくなってきているのです」
例えば、1人目の魔力が10だったとしたら。次は20、次は30、と言う風に増えていっている。このまま殺人事件が続けば、アウグストたちにまで手が及ぶ可能性は無きにしも非ず。
「その大量の血が、どこに行ったかも気になりますし……」
殺された5人分の血液。魔術師の血は魔力を持つと言われ、魔法実験には最適だと言われている。自分の血を実験に使用することは認められているが、他人の血となると許可制になる。
もっとも、許可はほとんどおりない。血を使えば呪詛を行えるし、下手をすれば遠地に居ながら相手を呪い殺すこともできるからだ。
さらに、血を使って生命体を作れば、それは血の提供者と『つながり』を持つことになる。これは『同期』と同じで、それよりももっと危険なものである。
今のところ、血を抜かれた者はみんな死んでいる。そのため、今のところ『つながり』を持つ不安はないが、万が一がある。
王都で暮らす一般市民の平和を護る。それが、15代目アルバ・ローザクローチェたるルクレツィアの役目なのだ。
魔力は遺伝する。現在の王家はかなり魔力が強い。国王クレシェンツィオ、王太子アウグスト、第2王女ルクレツィアは強大な魔力を持つ。王妃を含め他4名はさほど魔力はないが、王妃エミリアーナの生家も、魔力の強い家系だ。
狙われている人間の魔力が上がってきているということは、最終的に、彼らに害が及ぶ可能性もあるのだ。
「とりあえず、警備を強化しておきます。貴族の間で噂が広まった場合は、対応をお願いします」
生真面目な口調で父に頼み込むと、彼は頼もしくうなずいた。
「わかった。お前も気を受けろよ」
「肝に銘じましょう」
そう言ってルクレツィアは仮面を身に着けると、杖を持って颯爽と立ち上がった。仮面を身に着けた瞬間に、彼女の意識はルクレツィアからアルバ・ローザクローチェへと切り替わった。
「それでは陛下。わたくしはこの辺りで。何か異変がありましたら、またお知らせに参りますので」
「わざわざ、すまないな」
「いえ」
ルクレツィアは首をかしげて口元に笑みを浮かべ、一礼して国王の執務室を出た。
アルバ・ローザクローチェは、デアンジェリスの魔法界に置いて強い権限を持っている。国王に対して頭を下げずともよいほどに。
そのため、ルクレツィアは第2王女であるが、父である国王と同等の力を持っている権力者でもあるのだ。
執務室の外では、剣呑な雰囲気を漂わせる近衛騎士たちと、ルクレツィアの護衛としてついてきたフェデーレがにらみ合っていた。その様子を複雑な面持ちのリナウド公爵子息ブルーノが見守っている。
「……何をしているのですか、あなたたちは」
思わずツッコミを入れてしまった。銀の髪と仮面の女が現れたことに気が付いた彼らは、はっとして居住まいを正した。
「アルバ様。会談は終了いたしましたか?」
「ええ。帰りますよ、セレーニ伯爵」
笑顔で声をかけてきたが、目が笑っていないフェデーレに声をかけ、ルクレツィアはイル・ソーレ宮殿内を歩き出す。背後から近衛騎士たちの鋭い視線が突き刺さるが、いつものことなので気にしない。
アルバ・ローザクローチェが登城してくることはほとんどない。伝令はメリディアーニ公爵家の者が務めることが多いし、彼女が登城してくることはつまり、何か大きな事件が起こっていることを意味する。
なので、アルバ・ローザクローチェは『災厄』の象徴として見られることもある。
「アルバ・ローザクローチェか……今度は、何が起きるのか……」
「初めて見ました。きれいな方ですね」
「仮面で、顔なんてわからないだろう……」
アルバ・ローザクローチェの恰好は、ほとんど素肌が出ないので、顔立ちがどうなっているのかはわからない。なので、『15代目』は印象的なシルバーブロンドを記憶されることが多かった。
さまざまな視線を浴びながらも、『夜明けの騎士団』の紋章が描かれた馬車に乗り込んだ。いつものように、動き出した馬車に覗き見・盗聴防止の魔法をかけてから仮面を取った。そのまま馬車のクッションに寄りかかり、垂れてきた前髪をかきあげた。
「お前、ホントに公私の差が激しいな……」
「フェデーレに言われたくないわ」
公私の差が激しいのはフェデーレも同じだ。そう言う意味で、この2人は本当に似た者同士なのだ。
と言うことは、ルクレツィアがフェデーレを嫌うのは、同族嫌悪と言うやつだろうか。まあ、別に、本当に嫌いなわけではないのだが……。
「とりあえず、お父様とお兄様に警告だけしてきたけど、正直、あの2人のことはそれほど心配していないのよね」
「そりゃ、王族においそれと手を出そうと言うやつはそうそういないだろうな」
ルクレツィアの向かい側、つまり、進行方向と逆向きに座ったフェデーレが腕を組んでうなずいた。
「つまり、危険なのはお前の方だな」
アルバ・ローザクローチェは王族であるが、魔力が高いものが選ばれることで知られる。ルクレツィアは現王の第2王女であるが、必ずしもアルバ・ローザクローチェが王の子や兄弟であるとは限らない。例えば、王の兄弟の息子がアルバ・ローザクローチェだったこともある。ちなみに、先代のアルバ・ローザクローチェは現王クレシェンツィオの叔父にあたるので、ルクレツィアの大叔父にあたる。……たぶん。
豆知識はともかく、普通、王族は単独で外を歩いたりしない。イル・ソーレ宮殿に誰かが侵入すれば、ルクレツィアが気づく。そのため、クレシェンツィオやアウグストが危険にさらされることがない、と思う。
対するルクレツィアは、単独で外を出歩くことがある。最近はファウストのせいで単独行動は慎んでいるが、外出頻度で言えば、王族の中でルクレツィアはダントツだろう。そして、魔力も高い。
……うん。やばいわ。
自分でもそう思った。ルクレツィアは強大な魔力を持つ魔女であるが、戦闘力は実はさほど高くない。特に、接近戦になるとだめだ。
先代アルバ・ローザクローチェに言われたことがある。ルクレツィアの能力は戦術的ではない。戦略級の魔法であるのだと。効果範囲は王都すべてを覆えるほどであるし、リミッターを外せばおそらく、街ひとつを壊滅させることも可能だ。試したことはないけど。
つまり、何が言いたいかと言うと、近距離戦に持ち込まれたら、ルクレツィアになすすべはないと言うことである。一応、体術剣術の訓練も受けているが、あまり身につかなかった。受け身くらいなら取れるが。
「……これ、お兄様の側にいる方が安全なような気がするんだけど、どうかしら」
「別に王太子殿下じゃなくても、俺の側にいれば安全だろ」
フェデーレからのそんな返答に、ルクレツィアはキョトンとした。言った本人であるフェデーレも驚いたような表情でルクレツィアを見つめてくる。いや、何故お前が驚く。
妙な雰囲気が漂う中、馬車が停車した。ルクレツィアはほっとして腰を浮かせた。
だが、フェデーレが先に降りて手を差し出してくれた。先ほどの妙な雰囲気を引きずりつつも、ルクレツィアはその手を取って馬車を降りた。
うん。やっぱり妙な雰囲気……。フェデーレとは喧嘩しているくらいがちょうどいい気がする。
そこに、この雰囲気をぶち破る暢気な声が聞こえた。
「ルーチェ、フェディ。久しぶり~!」
どうやら、ルクレツィアたちがいない間にグランデ・マエストロが帰還したようだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
いや~。投稿できてよかったです。また、6章終わったら更新が滞る可能性を否定できませんが……できるだけ、頑張ります!




