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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第5章 テンペスト
45/91

44.約束と思い

第5章の最後はフェデーレ視点です。












「――――……」



 目の前で眠りこけている少女を見て、フェデーレは思案した。この女、どうすべきか。


 変装用の魔法を解いているので、髪は銀髪のまま。長いその髪は半ばほどで束ねられている。青いワンピースを着て、肩には白いショールを羽織っているが、眠りに落ちた時に体勢が崩れたためか、右肩からずり落ちていた。


 怜悧な印象をもたらす目は閉じられ、長いまつげが影を落としている。そうすると、少し幼く見えた。


 とりあえず、危ないと思ったので、立ち上がって彼女の手の中にあるマグカップを取り上げてテーブルに置いた。そのまましゃがみ込んで、下から彼女、ルクレツィアの顔を見上げた。


 どうして、彼女は自分の姿について卑屈になるのだろうか。彼女は、ルクレツィアは、こんなにも美しいのに。


 思わず、目の前の白いおもてに手を伸ばす。その手が彼女の顔に触れようかと言う瞬間。



「お前、何をしとるんだ」



 フェデーレはびくっとした。かかった声は父の物だった。手を伸ばした状態で静止する、と言う情けない状況のフェデーレは、口元をひきつらせながらそちらを見た。


「……父上」


 やはり、父のジョエレだった。ジョエレはため息をつき、息子に言った。


「そう言うことを相手が寝ているときにするのは卑怯だぞ」


 さっと手を引いたフェデーレは立ち上がり、父に言い返そうと口を開いた。しかし、その前にジョエレの方が再び言葉を発する。


「怒鳴るな。姫様が起きる」


 確かに。フェデーレはルクレツィアの眠りを妨げるつもりはさらさらなかったので、口を閉じた。この辺り、自分や父親よりも、フェデーレはルクレツィアを優先していると言えるかもしれない。


「……」


 沈黙した息子を見て、ジョエレはひとつうなずく。それから、思い出したように彼は言った。


「そう言えば、またお前に縁談が来ている」

「いりません」

「そう言うと思ったから断っておいたが……だが」


 ジョエレが鋭くフェデーレを睨む。彼は重々しく口を開いた。


「忘れるなよ。自由にできるのは、お前が20歳になるまでだ。お前がどう思っていようと、お前は私の後継ぎだからな」

「……わかっています」


 貴族である以上、フェデーレは様々な制約に縛られる。さらにメリディアーニ公爵家の後継ぎであることもあり、その制約はさらに強くなる。後継ぎを残すのも、貴族の役目なのだ。


 となると、どうしても妻を娶らなければならない。ジョエレはフェデーレがルクレツィアに思いを寄せていることを知っているから、ここまで放っておいてくれたが、さすがにいつまでもそう言うわけにはいかない。フェデーレには弟がいるので、彼が家を継ぎ、フェデーレは独立すると言う手もあるが、基本的に家は長男が継ぐものである。


 20歳まで。フェデーレが自由にできるのは。それが、フェデーレとジョエレとの間の契約だった。表情を引き締め、フェデーレは父に言った。


「わかっています。ちゃんと、覚悟もしています」

「つまり、姫様はお前に振り向いてくれなさそうと言うことか」


 自分の父の容赦ない言葉に、フェデーレはその場にくずおれた。その通りである。たぶん、ルクレツィアはフェデーレのことを、仲の良い友人くらいにしか思っていない。せめて、親友位に思ってくれていたらうれしいが……。



「……相変わらずメンタルが弱いな、お前……」



 ジョエレに呆れた口調で言われたが、こればかりは仕方がない。基本的に強気のフェデーレのメンタルが弱くなるのは、ルクレツィアに関するときだけだ。

「とりあえず、姫様を仮眠室にお連れしよう」

「…………あ、俺がやるんですね。なるほど……」

 ジョエレが無言でじっと見つめてきたことで、やっと察したフェデーレである。だが、立ち上がってルクレツィアに向かって手を伸ばしたところで、停止した。

「お前がやらんのなら私がやる」

「! いえ、俺が運びます」

 とっさにそうは言ったものの、彼女に触れるのはためらわれる。起きていないとはいえ、彼女は男性恐怖症で、男に触られるのを嫌がる。


 最近は改善されてきたのか、たまにフェデーレと手をつなごうとする。何でも、自分からなら大丈夫らしい。ということは、フェデーレから手をつなごうとしたら振り払われるのだ。


 慣れるため、だと思うのだが、ルクレツィアが手をつないでくるので、顔が赤らむのを止められない。それほど、フェデーレはルクレツィアが好きなのだ。


 それに、さっきは彼女を後ろから抱え込んだ。あまりにも強い風に、彼女の細い体は吹き飛ばされそうだった。彼女も自分が飛んでいきそうだと思ったのだろう。フェデーレの手を拒まなかった。あの時の彼女の体の感触が、まだ手に残っている。


「~~~~っ!」


 フェデーレは唇を引き結び、表情筋に力を入れながらルクレツィアの体を抱き上げた。ひざの裏に手を入れ、横抱きにする。動かされても、ルクレツィアが眼を覚ますことはなく、平和そうに寝息を立てている。ちょっと腹が立った。こっちはこんなに緊張しているのに!


 ルクレツィアを仮眠室に放り込み、シーツをかけて部屋を出る。途中で、ジョエレは「やることがある」と言ってラ・ルーナ城を後にした。まだ外は風が強いらしいのだが、それでも行く父はすごいと思う。


「あ、フェデーレ」


 オープンの会議室の前を通ると、エラルドに声をかけられた。同じ貴族なのでそこそこ仲がいいのだ。友人と言ってもいい。


「姫様は?」

「寝落ちたから、仮眠室に運んだ」

「そうなんだ」


 エラルドは苦笑してうなずいた。彼は、ルクレツィアを姫様と呼ぶ。彼は伯爵家の五男で、フェデーレは公爵家の長男。彼女の呼び名に、その差が表れていると思われる。


「君の前で眠れるということは、姫様はフェデーレを信用してるってことだね」


 思いがけない見解を示したエラルドの顔をまじまじと見つめてしまった。整ってはいるが、美形ではない、どこか親しみやすいその顔立ち。

「……だと、いいんだが」

 そうだと、うれしい。決して眠かっただけ、とは思いたくない。


「そう言えば、フェデーレには話したっけ。私と姫様、現場に到着する前に、人工魔法石を目に埋め込まれた人形に遭遇したんだ」

「そうなのか?」


 その後、2人がフェデーレたちに合流したと言うことは、その人形は何とかしたのだろう。というか、ルクレツィアとエラルドの2人なら、戦力過剰と言ってもいい。

「うん。襲ってこなかったから、たぶん、あれは偵察用だったんだと思うけど……何を、見られていたんだろう」

「……」

 思わず沈黙した。確かに、偵察用だとしたら、何を見ていたのか。暴風雨か? そんなもの、自分で見に来い。ちなみに、人工魔法石の方は魔法研究家に預けられたらしい。


「ああ、あと、例の魔術師は恋人に振られた腹いせで暴れまわってたらしいよ。雨が降ってたから、ちょうどいいって思ったらしい」

「なんだ、その、はた迷惑な理由」

「ホントだよね」


 エラルドが苦笑してうなずいた。フェデーレもため息をつく。

「と言うことは、暴風雨とあの水使いの魔術師は関係がなかったということか」

「……どうなんだろうね」

 2人して首をかしげる。ややあって、エラルドが口を開いた。


「天候を人為的に変えるのは難しいよ。ヴェロニカや姫様にも、そんなことができるとは思えないし」


 できるとしたら、その人はもう、人間じゃないよ。


 エラルドのその言葉に、フェデーレの脳裏を一つの名がよぎる。先月、ついに遭遇した男。ファウスト。


 ルクレツィアを殺そうとしたマルツィオの姿をして、ファウストは現れた。一度彼女を殺そうとした男の姿で、彼は再び彼女を消そうとしている。


 守らなければ、と思った。彼女、ルクレツィアを。


「……そう言えば、外の様子は?」

「雨は止んだよ。まだ風は強いけど、そのうちおさまるだろうって言ってた」

 『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』にはお天気予報部門も存在する。まあ、勝手に天候の研究をしている魔法研究家たちが予報を出すだけだけど。おおむねあたるが、必ずしも当たるわけではない。


 フェデーレは、そうか、とうなずいた。おさまってきているならよかった。

「そう言えば聞いた? ヴェロニカも熱さがってきたって」

「そうか」

 フェデーレは微笑んでうなずいた。ルクレツィアはヴェロニカを慕っている。だから、ヴェロニカが回復したならよかったと思った。ルクレツィアが喜ぶ。


 もちろん、個人的にも心配していたが、『ルクレツィアが喜ぶから』という感情の方が大きい。


 誰にも否定できないほど、フェデーレはルクレツィアを愛しているということだ。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


短かったですが、第5章が完結しました。


申し訳ないのですが、ストック切れを起こしてしまい、連日投稿ができません。

また、プライベートが忙しいので、続きが出来上がり次第、投降する形をとらせていただこうと思います。

またストックができたら、連日投稿に戻すかもしれません。

早ければ、3月16日月曜日にお会いいたしましょう。


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