40.炎の魔女でも熱を出すらしい
第5章に入ります。閑話的な章です。
「むう」
ルクレツィアはむくれて手元にあるノートを無意味にぱらぱらとめくっていた。ここはラ・ルーナ城。いつものように、彼女はそこにやってきたのだ。1人で来るのはダメだと言われたので、いつもの隠し扉の所でエラルドと合流。そのままラ・ルーナ城に来たのだが……。
「むう」
「何うなってるんだ、お前」
聞きなれた声がして、ルクレツィアはむくれたまま振り返った。思った通りの人物、フェデーレがそこにいた。彼もちょくちょくラ・ルーナ城に顔を見せる。『夜明けの騎士団』との取り次ぎ役を担うメリディアーニ公爵家の長男である彼は、れっきとした魔法剣士でもあるのだ。ちなみに、当主である彼の父、ジョエレのぎっくり腰も治ったので、取り次ぎの役目は彼とフェデーレの二人で担うことになっているようだ。
「『アウローラ』について調べたから、ヴェラに意見を聞こうと思ったんだけど、彼女、風邪ひいたんだって」
「この時期に? つーか、ヴェロニカが?」
珍しいこともあるもんだな、とフェデーレも驚きながらルクレツィアの向かいのソファに座った。
まだ秋口だ。やや南方にあるデアンジェリスでは、この時期はまだ温かい。まあ、朝と夜はそれなりに冷え込むのだが……。そう思いながら、ルクレツィアは「そうなの」とうなずく。
「それで、私は立ち入り禁止なんだって」
「ああ、うつるからか。王女様も大変だな」
「たぶん、フェデーレも立ち入り禁止だよ」
「俺はもともとあの魔境に足を踏み入れようとは思わん」
フェデーレはきっぱりと断言した。あっけにとられたルクレツィアが「魔境」と小さくつぶやいた。
しかし、言いえて妙かもしれない。ヴェロニカの研究室は混とんとしていて、何が出てくるかわからない。前に、スライムが出現したことがある。周囲のものが溶けだしたので、ヴェロニカが問答無用で燃やしたけど。
研究室と自室は同じところにあるはずだ。寝室は、研究室の奥にあるはず。ヴェロニカは、そこにも物を置いているし、わけのわからないものも多く所持している。だから、フェデーレの言葉もあながち外れではない。
「まあ、言いえて妙かもね……今はリベルがヴェラを見てるから、話しを聞いてくれる人がいなくて」
ふう、とため息をつくと、フェデーレが何故かうろたえた様子を見せる。時々挙動不審になるのはなぜなのだろう。
「……俺でよかったら、聞くが」
ルクレツィアはじっとフェデーレを見た。彼に話したところで、理解できるかは謎だ。それに、ヴェロニカが調べたと思われる、『夜明けの騎士団』での記録と照らし合わせないと意味がない。
しかし、ヴェロニカに報告する前の最終確認と言うことで、話してみるのもいいか、と思い、ルクレツィアは「じゃあ、聞いて」と言って話しはじめた。
『アウローラ』と言う名は、デアンジェリスでは一般的な名前である。曙の女神の名であり、『オーロラ』の語源であるとされる。
デアンジェリス王国建国のころ、『アウローラ』と言う名前の人物は、王族の名簿には存在しなかった。しかし、『アウローラ』と『初代アルバ・ローザクローチェ』が同一人物ならば、彼女は王族で、初代国王の子供であるはずだ。少なくとも、歴史上はそう言うことになっている。
と言うわけで、初代国王アルフォンソの血縁者を調べることにした。
ざっとデアンジェリス王国の成り立ちを説明すると、もともと、この辺りはかつて存在した大帝国の一部だった。その大帝国が崩壊し、現在のデアンジェリスやフェルステル帝国、ブルダリアスができると言うわけだ。フェルステル帝国はその大帝国の皇帝の子孫が治めている。
そして、デアンジェリスのある地域を治めていたアルフォンソは、混乱する領内を平定し、まとめ上げた。ここに、アルフォンソを頂点とした王国が成り立つのである。
国王となったアルフォンソには、七人の子供がいた。彼には妻が2人いたのである。その中で、王女は2人。しかし、そのどちらも名前は『アウローラ』ではなかった。
王族名簿には違う名で載っている可能性もあるが、抹消された可能性もある。今はそうではないが、かつては『夜明けの騎士団』に所属した王族は、名が抹消されることもあったのだ。
しかし、ルクレツィアは『夜明けの騎士団』ができたころのことを知りたいのだ。その頃は、どうだったのだろうか。
『夜明けの騎士団』は、当時、軍と共に戦に同行していた魔術師たちを新たにまとめ上げるために創設されたと言われる。そのトップとして、国王と血縁のある王族を置くのは自然なことだったのだろうと思う。
今の『夜明けの騎士団』の体制を作ったのは『初代アルバ・ローザクローチェ』。おそらくそれは、『アウローラ』のこと。
だが結局、王族の歴史を調べても、『アウローラ』に関すると思われる記述は発見できなかった。
「ダメだったということか」
「まだ話は終わっていないわ」
途中でツッコミを入れてきたフェデーレにツッコミ返し、ルクレツィアは話を続けた。
『アウローラ』が王族名簿に載っていないことはわかった。『夜明けの騎士団』側からの歴史は、ヴェロニカが調べてくれる。とすれば、自分は何をしようか。
とりあえず、ルクレツィアはデアンジェリス王国創立のころの歴史をさらえることにした。
何故なら、ファウストは言ったからだ。『アウローラ』は『国に殺された王女』であると。
と言うことは、国が成立してしばらくしてから、何か大きな事件か事故があったはずなのだ。ファウストこの言葉からして、事件の可能性が高いだろうと思う。
デアンジェリス創立期に起こった事件、および事故はいくつかある。
大帝国を再建しようと、大帝国にデアンジェリスが攻め込まれたこと。魔術師による連続殺人事件。大寒波。飢饉。そして疫病。
ざっとあげるとこんな感じ。もちろん、『国の関係で死ぬことがあるかもしれない』ものをピックアップさせていただいた。
一番可能性がありそうなのは大帝国再建のために攻め込まれた戦乱だろうか。しかし、これはあまりにも亡くなった人が多すぎて判断が付かない。連続殺人事件でおとりをして死んだ可能性もあるが、これは『国に殺された』とは言えないだろう。
ここで、ルクレツィアは考える。『国に殺された』ということは、おそらく、国王の命令などでその力を使いすぎたのではないだろうか。
魔力には、限界がある。強大な魔力を有するルクレツィアやヴェロニカですら、魔法の使い過ぎで昏倒することがあるのだ。魔力が枯渇した状態で、さらに魔法を使おうとしたらどうなるだろうか。簡単だ。魔力の代わりに命が削られるのである。
つまり、魔法の使い過ぎは死に直結するのだ。ルクレツィアはそこまでして魔法を使った経験はないが、いつか、そんなことをする日も来るのかもしれない。
その線で行けば、大寒波と疫病も候補に入る。寒波は魔法により、気候を温暖にしようと考えた、とも考えられる。疫病は単純に治癒力の使い過ぎ。
ちなみに、起こった順としてはルクレツィアがあげた順番、そのままである。戦役と連続殺人事件の間に10年くらい間が開いているが。その後、大寒波、飢饉、疫病は連続して起こっている。
「と言うところまで調べて力尽きた」
「中途半端すぎないか?」
「歴史学者ではないのよ、私は」
自分でも気にしていたところを突っ込まれ、ルクレツィアは少し顔をしかめた。フェデーレは首をかしげる。
「確かに、『国に殺された』というのと、『アウローラ』が『初代アルバ・ローザクローチェ』であるのとをあわせて考えれば、戦役か大寒波、それか疫病の対策で亡くなった可能性が高いが……」
「でしょ」
ルクレツィアが微笑んでみせると、フェデーレは唇の端をひくひくさせて、少し顔をそむけた。
「どうしたの?」
「……何でもない」
ややあって、彼はルクレツィアのほうに顔を戻した。
「ヴェロニカも調べてるって話だし、照合してみれば何か分かるかもな」
「そうね……ヴェラが復活したら、聞いてみるわ」
彼女がそう言ったところに、リベラートがやってきた。彼は「やっぱここにいたか」と微笑みながら近づいてきた。
「リベル。ヴェラは?」
「眠ったから出てきた。たぶん、ただの熱だな。生活習慣の乱れが原因だと俺は見た」
「……ああ、そう」
『夜明けの騎士団』の全員に、生活習慣の乱れは言えるのではないかしら、というツッコミを、ルクレツィアはしなかった。
「……熱か。炎の魔女でも熱を出すんだな」
「あ、それは俺も思った」
フェデーレとリベラートの言葉である。ちょっとひどい、と思ったが、ルクレツィアも同感であった。
「でも、火は熱いってヴェラ言ってたよ。夏は暑いから嫌いだとも言ってたわ」
炎を操るからと言って、暑さに強いわけではないらしい。まあ、治癒術を使うからとって、怪我や病気をしないわけではないのと同じような理由と考えていいだろう。
「治るまで、どれくらいかかりそう?」
「ヴェラの体力なら、5日はかかるな。だから鍛えろって言ってるのに」
リベラートが呆れた口調で言った。ルクレツィアは苦笑を漏らす。そして彼女は、次のフェデーレの発言に怒った。
「どこぞの王女のように、鍛えても剣の腕が微妙なままのやつもいるけどな」
このとき、ルクレツィアはフェデーレを後ろから蹴飛ばそうか本気で迷った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そんなわけで、この章はヴェロニカ不参加です。




