03.アルバ・ローザクローチェ
少し、『夜明けの騎士団』について説明したいと思う。前述したとおり、夜明けの騎士団は魔法事件対策騎士団だ。主に魔法使い、魔術師、魔法剣士と言われる人たちが所属する。
公には、その構成員は不明だとされる。千人以上いるとも、百人にも満たないともいわれる。顔ぶれも不明で、誰が所属しているのかは基本的に秘密とされている。
だが、『夜明けの騎士団』には必ず1人は王族が所属する。その1人がルクレツィアなのである。だが、ルクレツィアが『夜明けの騎士団』に所属しているころは国家機密となる。これは、古くからの掟であり、ルクレツィアにもいまいち理由はわからない。
本部は水の都最大の湖の中にあるラ・ルーナ城。多くの人が出入りしているが、それをわざわざ気に留める人はいない。人が気にしなくなるように魔法がかけられているのだ。その魔法が効かないのは、出入りを許可されたものだけ。
さて、そんな夜明けの騎士団であるが、魔法事件専門であっても依頼は来るはずだ。その依頼を、誰が受け取るのか? それがメリディアーニ公爵家なのである。
メリディアーニ公爵家は、唯一、『夜明けの騎士団』に所属していることが明確にわかっている家だ。理由は単純で、彼らは代々『夜明けの騎士団』と依頼者の取り次ぎ役なのである。
『夜明けの騎士団』に所属していると言っても、協力者の立場と言って差し支えない。魔法事件に関わるわけではないし、ただの取り次ぎ役なのだ。
しかし、このフェデーレは違った。メリディアーニ公爵家の跡取りであり、すでにセレーニ伯爵位を得ているはずの彼は、正しく『夜明けの騎士団』に所属していた。一応魔法剣士の部類に入るだろうか、彼は。
そのため、ルクレツィアはこの城でフェデーレとよく顔を合わせる。ルクレツィアもフェデーレも、そう簡単に『夜明けの騎士団』とのかかわりを断つことができない。と言うことは、死ぬまで彼との腐れ縁があると言うことだ。ルクレツィアはため息をついた。
「そう言えば、久しぶりに王都に帰ってきたが、なんだか甘いにおいがするな」
「……何言ってるのよ、あんた」
ルクレツィアが突然妙なことを言い出したフェデーレを睥睨する。だが、ずっと黙っていたヴェロニカは違ったようだ。
「甘い匂い? ルーチェ」
「……わからないわよ。ずっと王都にいるからかしら」
とりあえず、ありえそうな理由を述べてみる。ルクレツィアとしては「そんな馬鹿な」と言う感じだが、外に出ても何も感じないのは確かだ。
「俺は4か月ぶりだしな……ルーチェが何も感じないのは、ずっと王都にいるせいかもなぁ」
「ルーチェと呼ばないでちょうだい」
ルクレツィアは再びフェデーレを睨み付ける。ルーチェと言うのは、ルクレツィアの愛称である。光を意味する『ルーチェ』の名。ルクレツィアはこの愛称を気に入っていたが、フェデーレに呼ばれると思うとあまりいい気分はしない。
「というか、あなた、なんでラ・ルーナ城にいるのよ」
ふと思って尋ねると、フェデーレは人の悪い笑みを浮かべる。
「後程お会いしましょう、って言っただろ」
「……ほんとに会いに来るなんて思わないわよ」
確かに、イル・ソーレ宮殿で『後程お会いしましょう』と言われた。しかし、まさかラ・ルーナ城にまで会いに来るとは……いや、むしろこの城での方が会いやすいのは認めるが。
「……ルーチェ。フェデーレが嗅いだという王都の甘い香りについて調べさせることはできるか」
何やら考え込んでいたはずのヴェロニカが尋ねた。ルクレツィアはうなずく。
「大丈夫よ。最近はそんなに立て込んでないし。昨日、魔術師を取り逃がしちゃったけど」
「ほう。15代目アルバ・ローザクローチェともあろうものが、魔術師を取り逃がしたのか」
意地悪気に言うフェデーレに、ルクレツィアは本気で魔法を叩き込もうか迷った。
15代目アルバ・ローザクローチェ。デアンジェリス第2王女ルクレツィアの別の呼び名である。
初代アルバ・ローザクローチェは、『夜明けの騎士団』の創始者である。初代国王の息子であると言われ、見ての通り、その名は騎士団の名称に名を残している。
とはいえ、これは偽名だとされる。ローザクローチェは薔薇十字を示す。アルバ・ローザクローチェは訳すと『夜明けの薔薇十字』の意味であり、これが偽名でなければ何なんだと言う話である。
国王一家のファミリーネームは、王国創立時代から一貫してロレンツィである。初代はアルバ・ローザクローチェは初代国王の子であると言われるが、誰かはわかっていない。現在の15代目アルバ・ローザクローチェがルクレツィアだと知られていないのと同じである。
創立時点から、アルバ・ローザクローチェの正体は秘匿されている。おそらく、その方が何かと動きやすいからだろう。魔術師に影響力のあるアルバ・ローザクローチェが誰か知られれば、みんな、その人物にすり寄ろうとするだろう。基本的に、魔法は便利なもの、とみなされているのだ。
伝統として、王族からアルバ・ローザクローチェは輩出される。その時代の最も魔力の高い王族が『夜明けの騎士団』に所属するのだが、その人物が必ずアルバ・ローザクローチェとなるとは限らない。ルクレツィアはたまたま、初代アルバ・ローザクローチェの魔法がかけられた杖に選ばれた。だから、15代目アルバ・ローザクローチェとして、14代目から役目を引き継いだ。
アルバ・ローザクローチェは、『夜明けの騎士団』の象徴だ。しかし、その権力は『夜明けの騎士団』のグランデ・マエストロをも凌駕すると言われる。実際に、15代目アルバ・ローザクローチェであるルクレツィアは、魔法関連に関しては、王権をも凌駕する権力を持っている。
つまり、事実上の『夜明けの騎士団』の長はアルバ・ローザクローチェ。グランデ・マエストロはアルバ・ローザクローチェが不在の時に指揮を預かっているだけであり、参謀や宰相と言った立場に近いのだろう。
「余計なお世話だわ。そう言うなら、あなたが捕まえればいいでしょう」
ルクレツィアはフェデーレの言いようが頭に来ていたが、冷静にそう切り返した。しかし、フェデーレは「ほう」と意地悪く笑った。
「俺が同行していいのか?」
ルクレツィアは楽しげな彼を睨み付け、「好きにすれば」と素っ気なく答えた。
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ルクレツィアは、ラ・ルーナ城にある自分の執務室に向かった。たまに書類などが大量に積み上げられているが、今はきれいに片付いている。基本的に、ルクレツィアは実働部隊であり、書類整理はそれ専門の職員が行っている。もちろん、アルバ・ローザクローチェとして最低限のことはしているが。報告書や始末書をまとめ上げるとか、そんなレベル。
一度執務室に戻ったルクレツィアは命令書を出してきて、それにペンで命令内容を書く。ヴェロニカに言われた、王都内の甘い香りについての調査だ。協力者の力を借りれば、そんなにかからないだろうとルクレツィアは踏んでいた。
「そう言えば。私は宮殿内のことについて調べようかしら」
ふと思いついてつぶやく。声に出してから、そうしよう、と思った。命令書をかきあげ、事務員に渡しておく。これで、今日中にルクレツィアの命令が行きわたるはずだ。
簡単にラ・ルーナ城の現状を確認する。グランデ・マエストロがいれば役割を分担できるのだが、現在、グランデ・マエストロは出張中だ。そのため、1人でも最終確認くらいはルクレツィアが行わなければならない。
特に問題はなさそうなので、最後にヴェロニカの所に顔を出して宮殿に戻ろう。そう思い、ルクレツィアは再びヴェロニカの研究室に向かった。今回はちゃんとノックをしたが、やはり返事はなかった。勝手に中に入る。
「ヴェラ」
「ん。ルーチェか。だから、ノックをしろと」
「今回はちゃんとしたわよ……」
少し呆れながら、ルクレツィアが言った。ヴェロニカは「そうか」と言うと持っていた試験管を戻した。
「ちょうど、お前が持ってきた香水を調べているところだ。2日もあれば、大体のことがわかるだろう」
「早いわね。ありがとう。ところで、私は宮殿に戻るわ。あまり長いこと不在にもできないし」
そう言うと、ヴェロニカは「それがいいだろうな」と言いながら眼鏡のブリッジを押し上げた。
「気を付けて帰れよ。玄関までは送ってやる」
「ありがとう、ヴェラ。大好きよ」
「ああ。知っている」
基本無表情であるヴェロニカが少し微笑む。絵だけ見れば恋人同士のようだが、2人は女性同士であった。
ヴェロニカと共に城の玄関口まで行くと、たまたまフェデーレと遭遇した。思わずルクレツィアは顔をしかめる。彼もこちらに気付くと、割と穏やかに声をかけてきた。
「宮殿に戻るのか」
「ええ。あちらで調べたいこともあるし」
ルクレツィアも何気なく返答すると、フェデーレが少し眉根を寄せた。美形はそんな仕草も様になるから腹立つ。
「お前1人でできるのか? 手伝ってやろうか」
内容を考えれば親切なはずなのに、その少々傲慢な言い方に、少々短気であるルクレツィアはカチンときた。
「結構よ。お世話様。ヴェラ、またね」
「ああ。会えるのを楽しみにしている」
ヴェロニカがひらひらと手を振る。ルクレツィアも手を振りかえし、フェデーレの方は見ないようにして城から出た。イル・ソーレ宮殿を出た時と同じ隠し通路を通って部屋に戻る。
「ただいま。何か不都合はなかった?」
「お帰りなさいませ、姫様。大丈夫ですわ。誰も訪ねていらっしゃいませんでしたし」
出迎えてくれたカルメンが笑顔で答えた。ルクレツィアは絵画をもとの位置に戻す。
「みんな、ご苦労様。早速なんだけど、頼みたいことがあるの」
「何でもお申し付けくださいませ!」
仮に『死ね』と命じても、ルクレツィアの為ならば死にそうなカルメンの勢いに押されつつも、ルクレツィアは口を開いた。
「フェデーレが、『王都で甘い香りがする』って言っていたの。宮殿内でも甘いような香りがしないか、気を付けてほしいの」
「甘い香り、ですか。どうしてまた」
ルクレツィアの影武者であるイレーネが首をかしげた。ルクレツィアは外出用の身軽なワンピースのまま、国宝級のソファに腰かける。
「そう言えば昨夜、私も甘い香りを嗅いだのよ。王都内で」
「夜の見回りの時に、ですか」
質問したカルメンに、「そうよ」とルクレツィアが答えた。彼女は足をくみ、指を顎に当てて少し考えるそぶりを見せた。
「もしかしたら、あれが関係あるのかもしれないわって思って。宮殿内でも広がっているのなら、問題だわ。アレ、嗅いだら頭がボーっとしたし」
ヴェロニカに指摘されなければ、あのまま甘いにおいをかぎ続け、どうなっていたことか。彼女には感謝してもしきれない。
「宮殿内に広まったら大変だわ。みんな、気づいたことがあったら、些細なことでも私に知らせるように」
「了解です」
侍女たちが即答した。相変わらずの忠義っぷりに、ルクレツィアは苦笑するしかなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『夜明けの騎士団』は魔法対策騎士団。魔法関連の事件を請け負います。
『夜明けの騎士団』を国と考えるなら、アルバ・ローザクローチェは国王、グランデ・マエストロは宰相ですね。ちなみに、グランデ・マエストロはグランド・マスターと同じ意味です。