38.人工魔法石
さすがにそろそろ、第4章の終わりが見えてきました。
「で、聞いてくれ。これなんだが」
リベラートが再び、手に持った腕輪を見せてくる。リナウド公爵邸で気を失ったマッツカート公爵子息の腕から抜き取ったものだ。ルクレツィアはあくびを手で隠しながらそれを見る。
突然気を失ったというマッツカート公爵子爵を含む3人は、ラ・ルーナ城の医務室に移動させられている。ルクレツィアたちがいるのも、ラ・ルーナ城の多目的会議室だ。
夜中にたたき起こされたまま、結局夜明けを迎えたルクレツィアは非常に眠い。頬杖をついてけだるげにリベラートの話を聞く。
「『動く人形事件』の時の、魔力定着の人工魔法石に似てないか?」
ニヤッと笑ったリベラートの言葉で、ルクレツィアは一気に目が覚めた。確かに、あの時の宝石に似ている。手元にあったマグカップを持ち、中のコーヒーを一口すすってからルクレツィアは口を開いた。
「と言うことは、あの時の石が、回収しきれていなかったということ?」
「それか、それとは別にまた出回っているんだ」
「先ほど、モンテ伯爵令嬢とダミアーニ子爵夫人の装飾品も調べてきた。令嬢はイヤリング、夫人はネックレスが人工魔法石を使用したものだった」
リベラートの見解の後に、ヴェロニカが簡単にそう告げた。つまり、気を失った人たちは人工魔法石を身に着けていたということになる。
「ほかの人たちは持ってなかったの?」
「それは今、フェデーレが確認しに行っている」
だからフェデーレはいないのか。ルクレツィアが眠くてボーっとしている間に、いろいろ話が進んでいたようだ。頬をつねって目を覚ます。
「おいおい。あんまりつねるなよ」
リベラートが焦ったようにルクレツィアに注意を飛ばしてくる。彼女は「眠いから、いいの」と若干意味不明な言い訳をした。
「でも、その石をつけていたから気を失ったってことは、その石と音楽が対応していたっていうことになるわね」
小首を傾げながら言うと、「まあそうなんだろうな」とヴェロニカがうなずく。ここには、楽団から取り上げたすべての楽譜が置いてあった。
楽団の指揮者によると、新しい楽譜は郵便で送られてきたらしい。一目見て気に入った指揮者は、それを演奏の中に取り入れた。ちなみに、提供者は『F』と言うらしい。
提供側が名を名乗らないのはよくあることだ。しかし、今『F』と聞くとどうしても思い浮かべてしまう名がある。
ファウスト。
もちろん、ただのルクレツィアたちの想像である。魔術師であろう彼が作曲までできるとは思えないのだが……。楽器を弾ける魔術師は多いが。
一応、音楽に詳しいものに確認してもらい、新曲らしい楽譜を引っ張り出した。もちろん、フェデーレにも確認してもらっている。魔法関連の調査はできないのに、こんな時だけこき使われる彼は不憫なのかもしれない。
ざっと楽譜を確認してみたが、不審な点は見つからなかった。弾いてみないとわからないとか、だろうか。
「……ヴァイオリンでも借りてこようかしら」
「弾くのか?」
「チャレンジャーだな」
ヴェロニカとリベラートにそんなことを言われ、ルクレツィアは肩をすくめた。そこに、フェデーレが戻ってくる。
「お疲れさま」
何となくげっそりしているフェデーレと、彼の後をついてくるエラルドに声をかける。どうやら、エラルドは作業を手伝わされたらしい。
「どうだった?」
ヴェロニカが尋ねると、フェデーレは疲れたような口調で答えた。
「一応全員確認してきた……夜会時、人工魔法石を身に着けていたのは3人だけだった。その時付けてはいなかったが、持っていたものがいたから回収してきた」
「おお。お疲れさん」
リベラートもねぎらう。エラルドが苦笑気味に「まさか手伝わされるとは思いませんでしたよ」と言った。
フェデーレがテーブルに置いた袋の中身を、ヴェロニカが確認した。おそらく、中身は人工魔法石だろう。
倒れた3人だけがその時人工魔法石を身に着けていた。では、後は音楽と関係があるか調べるだけ。
ここに『夜明けの騎士団』の問題があるのだが、構成員が少ないのである。何が問題かと言うと、音楽関連の魔法を研究している魔術師は、今、たまたま出払っているのだ。
そもそも、王都にいつもいる魔術師と言うのも大体決まっていて、それはヴェロニカやリベラート、エラルド、それにフェデーレやルクレツィアだ。場合によってはこの5人ですら王都を出ることがある。
万年人手不足なのは仕方がない。『夜明けの騎士団』に入れるほどの魔術師はそうそういないのだから。
とにかく、解析できる人がいないので、ルクレツィアは実験してみるのが一番早いと思った。
「フェデーレ、エラルド。何か楽器は弾ける?」
2人は怪訝な表情になる。先に答えたのはエラルドだった。
「ピアノなら弾けますが」
「……俺はチェロなら弾けるけど」
「ん。いい感じにばらけてるわね」
フェデーレの解答も聞いて、ルクレツィアは満足げに微笑んだ。簡易演奏会をする気満々だった。
いざと言う時もヴェロニカとリベラートがいれば大丈夫だろうと言うことで、ルクレツィアの実験案は採用されたが、一つ問題があった。
3人とも貴族のたしなみとして楽器を演奏できたが、楽譜を初見で演奏できるほどの腕はなかった。
「……一分節分くらいなら」
フェデーレが訴えた。まあ、それくらいが妥当だろうと思う。ピアノのエラルドは何とか引けそうだが、チェロのフェデーレとヴァイオリンのルクレツィアはなかなかひどかった。いや、ルクレツィアは音楽になっているのでまだましだ。フェデーレに至っては不協和音である。だが、何となくそれっぽくなってきた。
「フェデーレにも苦手なものがあるのね」
「普通、貴族は楽器なんか弾かん」
フェデーレがイラついたようにそう言ってきたので、ルクレツィアは微笑んで「そうねー」と同意を示した。実際には、教養として学ぶ貴族は多い。
「ま、少しくらい苦手なものがあった方が親しみやすいと思うけどね」
そう言って肩を竦め、ルクレツィアは2人に覚悟はいいか尋ねた。2人ともこくりとうなずいて見せる。
「よし。じゃあ、実験スタートね」
ルクレツィアの声に合わせ、リベラートが指揮をとる。少なくとも初めの音を合わせなければ、その後がそろわないからだ。
合奏と言うには微妙な音楽が響いた。聞けなくはないが、無理して聞きたいとは思えない音色である。
それでも、人工魔法石は反応した。弱く、ほとんどわからない程度に明滅している。ヴェロニカがピクリと眉を動かした。
「もういい」
はっきりとヴェロニカが言い切った。不協和音と化しかけていた音楽は、そこで止まった。
「微妙だったわね」
「石の反応がか?」
「いや、音楽が」
ルクレツィアがフェデーレに遠慮なく言ってのけると、「それはお前が無茶ぶりしたからだろうが」と怒りの言葉をいただいた。まったくそのとおりである。付き合ってくれてありがとう。
「その石が音楽に反応したと言うことは、この楽譜は呪文の一種と言うこと?」
最古の魔法と言われる音楽。美しい音色は、精神魔法を使用するのにもってこいだろう。人は、美しい音楽に耳を傾けるものだから。
そう言う面では、今ルクレツィアたちが奏でた音楽は、美しい音楽の範疇にはいらないが、それでも石が反応した。おそらく、形としては、石が魔法陣、音楽が魔力の役割を果たしているのではないだろうか。魔法陣に魔力を注がなければ、魔術は発動しない。それと同じなのではないだろうかと思われる。
「ん。まあそうだろうな。楽譜に関しては専門外だから、専門家が帰ってきてから調べてもらおう」
ヴェロニカが楽譜についてはあっさり投げた。まあ、わからないものは仕方がないだろう。演奏しなければ大丈夫なのだから、彼女の考えは正しい。続いて、リベラートが手の中の石をもてあそびながら言った。
「こっちの石は調べておくぞ。おそらく、状況を見る限り、精神感応魔法……しかも、相手を操る洗脳魔法だな。それの魔法が組み込まれてるんだろ。それが不完全で、昏倒するに至ったのか……って、何だ?」
独り言のようにつぶやくリベラートを奇妙なものを見るような目で見る二対の眼。ルクレツィアとフェデーレである。口を開いたのはフェデーレだった。
「いや……リベラートも、ちゃんと魔法研究家なんだな、と思って」
ヴァイオリンを片づけながら、ルクレツィアもうなずいた。ともすれば、母親のような印象を抱くリベラートだ。そう言えば、魔法研究家だった、と彼の独り言を聞いて急に思い出した。
「お前ら……ひどいな……」
少し傷ついた顔でリベラートは言葉をつむぎだした。彼の隣で、ヴェロニカがにやりとしか表現しようのない笑みを浮かべた。
「まあ、日ごろの行いだな」
「ヴェロニカ。ちょっと使い方が変だよ」
例によって、エラルドからツッコミが入った。エラルドは、ぶれずに常識人だ。
そんなエラルドに苦笑を向け、ルクレツィアはぶり返してきた眠気にあくびをこらえた。
「……とりあえず、仮眠とって宮殿に帰るわ……」
「帰るときは声をかけろ。送っていく」
「はいはい。あなたが寝ていてもたたき起こしてあげるわ」
1人で出歩くな、と言われているルクレツィアは、フェデーレの申し出にそう軽口を返した。
△
それから3日ほどして、音楽関連の魔法研究家が1人帰ってきた。彼に楽譜を任せ、調べてもらう。調査結果は2日で出た。
「あたりだ。精神感応系魔法を巧妙に組み込んだ楽譜だ」
情報を持ってきたのはヴェロニカだった。調べてくれた魔法研究家は、かなりの出不精なのである。アルバ・ローザクローチェである自分に対していい度胸だ、と思わないでもないが、変人に付き合うよりはいいか、とルクレツィアは思うことにした。
「とりあえず、僕の魔法で燃やしておく。で、人工魔法石の方だ」
今日はルクレツィアとヴェロニカが2人だけでテーブルで向かい合って座っていた。手元にはコーヒーのマグカップが置かれている。
「やはり、魔法を定着させやすくするための魔法が組み込まれている。魔法式としては、楽譜と同じものが使われていたようだ」
「……と言うことは、その石と楽譜で対になっていたの?」
「そうなっていたかはわからないが、そうかもしれないな」
何とも曖昧な返事を返され、ルクレツィアは苦笑してコーヒーに口をつけた。
「こちらの石も、研究用に一つ残して僕の魔法で破壊しておく。完膚なきまでに、灰も残らないようにするから安心しろ」
「さらっと恐ろしいセリフよね、それ」
ヴェロニカが本気を出せば、人間を骨も残さず焼失させることも可能だ。実に恐ろしい魔女なのである。ついでに少々戦闘狂であることが、様々な証言からわかってきている。
「恐ろしいのは」
突然ヴェロニカがそう言いだしたので、ルクレツィアは自分の心が読まれたのかと一瞬ぎくりとした。
「これの性能を実験しているとしか思えないことだな」
どうやら、自分の考えが筒抜けだったらしいわけではないとわかって、ルクレツィアはほっとした。
「実験ってことは、それは試作品と言う事よね。いずれ、完成品ができるのかしら。できたら何に使うんだろう」
「さぁな」
そこを考えるのは自分たちではない、とヴェロニカは肩をすくめた。確かに、これらはルクレツィアから報告を受けた国王や王太子が考えるべきことだ。
……戦争でも、起こすのかしら。
精神魔法は、一見役に立たないように見えるが、かなり危険で強力だ。戦に使われたら……と思い、彼女は身震いした。洗脳魔法を使えば、死兵をいくらでも作り出すことができるだろう。
「とりあえず、わかったことは異常だ。質問は?」
「ありません。思いついたら、レポートにして提出するわ」
「行方不明になるから、口頭で伝えることをお勧めする」
ヴェロニカの研究室は本や書類であふれかえっているが故の発言だろう。ルクレツィアがレポートを提出しても、確かに行方不明になりそう。そして、5年くらいたったら出てくるのだ。
未来まで予測して、ルクレツィアは苦笑を浮かべた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なんか、だんだんルクレツィアのメンタルが強くなっていっている気がします。




