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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第4章 魔の楽譜
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37.音楽













 二度目の訪問は、一度目の訪問よりもあっさりと中に入ることができた。先ほどリナウド公爵邸に来たときは、オルテンシアたちを回収することが目的だったので、魔法事件に関しては触れなかった。しかし、二度目の今はそれの解明のために訪れた。

 と言うわけで、ルクレツィアとフェデーレは事件が起きたというホールに向かった。


「こんばんは、公爵。お邪魔しております」

「……ようこそおいでくださいました、アルバ・ローザクローチェ閣下。できれば、もっと華やかな場にお招きしたかったのですが」


 リナウド公爵は硬い表情で言った。逆に、ルクレツィアは朗らかな声音でいた。


「お上手ですね。わたくしは魔法による事件が起こったと聞き、立ち寄ったまでですのでお構いなく」

「……では、そういたしましょう。頼みます」


 代々騎士を輩出するリナウド公爵家だ。魔法の関わる事件にだけしゃしゃり出てくるルクレツィアたちに思うところがあるのだろう。関わる業務が明確に分かれていないのも問題なのだろうが、分けられないので仕方がない。


 しかし、今回は完全に魔法関連と思われる事件だ。リナウド公爵の方からラ・ルーナ城に依頼がいったらしい。そして、そのラ・ルーナ城からイル・ソーレ宮殿に連絡がいき、ルクレツィアがたたき起こされたということらしかった。

 調査に来ていたのは例によってヴェロニカとリベラートだった。護衛にエラルドともう1人魔法剣士がついている。

 ルクレツィアは調度品を調査しているヴェロニカに歩み寄ると尋ねた。


「何が起こったのですか?」

「ん? アルバ様はご存じないのか」


 ルクレツィアに気が付いたヴェロニカが首をかしげた。ルクレツィアは「わたくしは殿下たちを迎えに来ただけですから、何も聞いていません」と答えた。

 ふむ、とヴェロニカが復活した眼鏡のブリッジを押し上げた。

「どうやら、突然客人が倒れたらしい」

「それは聞きました」

 むしろ、オルテンシアに聞く限りはそれしかわからなかった。倒れた客人がどうなったのかもわからない。


「倒れた客人たちは今、リベルが見ています」

「なるほど」

「それで、僕はこちらの解析中です」

「……なるほど。納得しました」


 ひとまず状況を理解し、ルクレツィアはうなずいた。彼女も出されていた飲み物などを確認していく。

「一応、このホール内など、『場』に違和感がないか確認してみましたが、特に問題はなさそうでしたね」

「となると……やはり、魔術師が紛れ込んでいたか、摂取するものに何かが含まれていた、と言うことでしょうかね」

 だんだん敬語が崩れつつあるヴェロニカだ。リナウド公爵家の使用人たちがいるので、いつものように気安くできないのである。


 ふと、楽団の席がそのまま残っていることに気が付き、ルクレツィアはそちらに向かった。


「音楽は最古の魔法ともいわれますし、どうでしょうか」

「あり得るかもしれませんね。五感に働く音楽は、精神魔法を出現させやすい」

 ヴェロニカと白々しい会話をしながら、楽譜をいくつか取り上げる。以前の動く人形事件の時は、音楽は念動力を発生させたが、人が『聴く』ことのできる音楽は、本来、精神に作用しやすい。


「普通の楽譜スコアに見えるな……」

「いくつか見たことのない音楽がありますね。これとか」


 芸術がいまいち理解できないヴェロニカに対し、それなりに芸術に理解のあるルクレツィアは、自分が見たことのない楽譜をいくつか取り出した。


「もしかしたら、わたくしが知らないだけかもしれませんが……後で、セレーニ伯爵にも聞いてみましょうか」

「……そうですね」


 駄目だ。ヴェロニカの敬語がぎこちなさすぎて笑えてくる。いつも彼女はどれだけ不遜なのだろうか。ちなみに、ルクレツィアと一緒に再度この屋敷に来たフェデーレは、今、気を失ったという貴族たちの様子を見に行っている。


「魔術師様!」


 リナウド公爵邸の使用人がこちらに駆け寄ってきた。公爵邸の使用人とは思えないふるまいに、非常事態が起きたのだと認識する。ルクレツィアが「どうかしましたか?」と落ち着いた様子で聞く。

「マッツカート公爵のご子息様の様子がおかしいのです! すぐに来てください!」

 焦った様子の使用人に、ルクレツィアとヴェロニカは顔を見合わせた。そして、護衛として残っていた魔法剣士に言う。

「カルミネ。わたくしたちは様子を見てきます。こちらをよろしくお願いしますね」

「かしこまりました」

 丁寧に頭を下げ、彼は承った。ルクレツィアとヴェロニカは使用人の後について走り出す。

「こちらです!」

 使用人に案内された部屋は、扉が開け放たれていた。そして、中では。


「リベル!?」


 ルクレツィアとヴェロニカの声が重なった。まあ、ヴェロニカの声はやや平坦であったが、ルクレツィアは思いっきり驚きの声をあげた。リベラートが、マッツカート公爵子息に首を絞められていた。

 フェデーレとエラルドが引きはがそうとしているが、うまくいっていないようだ。

 ヴェロニカが持っていた杖を床にたたきつけた。魔法により、リベラートに組みついていたマッツカート公爵子息が吹き飛ばされる。そして、巻き込まれるフェデーレとエラルド。


「大丈夫ですか?」


 巻き込まれて床に激突したフェデーレとエラルドは華麗にスルーし、ルクレツィアはリベラートの側にしゃがみ込んだ。床に引きずり倒されていたリベラートは、げほげほ咳き込みながら身を起こした。


「ああ……何とか生きてる。死んだかと思った……」

「人間はそう簡単に死なないから大丈夫ですよ」

「いや、息できなくなったら死ぬでしょうよ」

「そこ、頭の痛くなる会話をしている暇があったら、こっちを手伝え」


 ヴェロニカがもっともなツッコミを入れてきた。ルクレツィアとリベラートに向けて言ったようだが、実際にはルクレツィアに対してのセリフなのだろう。ルクレツィアは立ち上がると、フェデーレとエラルドに拘束されているマッツカート公爵子息を見た。


「精神魔法の影響でしょうか。通常の身体能力以上の力を引き出しているようです」


 冷静にそんなことを言えば、「何とかしてくださいませんかね」と苦心して拘束しているフェデーレから苦情が来た。ヴェロニカが右手の人差し指と中指をそろえ、こつん、とマッツカート公爵子息の額に当てた。その瞬間、彼が脱力する。

「さすがです。ヴェラ」

「お褒めいただき光栄ですね」

 精神魔法は個人の能力にほぼ依存するが、魔術として使用できないわけではない。魔法使いとしてのレベルが高いヴェロニカは、精神魔法も会得しているようだ。


「リベル、どうして首を絞められていたんですか」


 ルクレツィアが尋ねると、リベラートは苦笑した。


「いや……見覚えのあるもの付けてたから、取り上げようとしたんだよ。そうしたら、ああなった」

「ああ。意味が分からないな」


 ヴェロニカ、厳しい。リベラートはヴェロニカの鋭いツッコミにもめげずに、ベッドの上にあげられたマッツカート公爵子息の左腕から腕輪を一つ外した。それをルクレツィアたちに見せてにやりとする。


「見覚えない?」

「……」


 ルクレツィア、ヴェロニカ、フェデーレ、エラルドの四人は半眼でリベラートが得意げに見せつけてくる、大きな宝石のはまった腕輪を見つめた。ちなみに、ルクレツィアは仮面ごしなので半笑いにしか見えていない。


「そんな悲しい反応するなよ!」


「……どこまでふざけているんだ、あんたたちは」


 呆れた口調で言ったのは、この家のご子息ブルーノである。どうやら、足止めされている客たちの対応を終えて、『夜明けの騎士団』の様子を見に来たらしい。


「これはブルーノ殿。お邪魔しております」


 ルクレツィアが丁寧に頭を下げると、「そこじゃないですから……」とツッコミが入った。アルバ・ローザクローチェがルクレツィアだと知ってから、彼の態度がよそよそしい。別にいいけど。

「それで……彼らは大丈夫なんですか?」

「精神魔法をくらっていますが、幸い、軽度なものです。わたくしたちで十分解除できるでしょう」

 ルクレツィアの返答を聞き、ブルーノがほっとした表情になった。そこでふと、彼女は尋ねた。


「そう言えば、今日来ていた楽団はなんというところなのですか?」


 王家ともなれば楽団を所有していることも珍しくないが、貴族になると、存在する楽団に依頼して夜会などに来てもらう形となる。そのため、呼ぶ楽団のレベルによってその家のレベルがわかるとすら言われている。

 リナウド公爵家と言えば名家だ。さぞ良い楽団を呼んでいるのだろう。

「ああ……最近できたという楽団で、評判がいいと言うことで、ためしに。あと、新しくできたという音楽がいいと聞きましたね」

 こうしてまじめに答えてくれるあたり、彼は本当にまじめなのだろう。おそらく、他のメンバーも思っただろうが、『新しくできた』と言うあたりがとても怪しい。

「やっぱり、音楽のようですね」

「勘が当たったな」

「ヴェロニカ、敬語」

 ルクレツィア、ヴェロニカ、リベラートの順である。フェデーレとエラルドは調査に関してはほぼ門外漢なので黙りっぱなしだ。

 顔を見合わせた三人は決断した。


「ブルーノ殿。その楽団、借り受けられません?」

「……はあ。まあいいですけど」


 ブルーノが了承したことで、『夜明けの騎士団』によるリナウド公爵邸調査は終了した。結局、来ていた客人たちがすべて解放されたのは、明け方近くになってからのことだった。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回の事件は静かすぎます。そろそろ伏線を回収しきれるか不安になってくる私。

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