36.デアンジェリスの三姉妹
室内は、思ったより人口密度が高かった。
まず、オルテンシア、フランチェスカ、ジェレミアの3人。それに、オルテンシアの付添いできていた婚約者のジョスラン。さらにフランチェスカを追ってきたのだろう、カスパー。さらに、ルクレツィアとチェスの対局をしたエンリケ。計6人。
ほかにも、護衛や側近がついてきているはずだが、別室にいるようだ。
「お……アルバ様。よかった……」
おそらく、お姉様! と叫ぼうとしたのだろう。フランチェスカがほっとした表情で声をあげた。オルテンシアもややほっとした表情をしている。おお、こんなに頼りにされたのは初めてだ。
「アルバ様! いつお会いしても光を発しているかのような美しさですね!」
そして、ぶれないな、弟よ。今のルクレツィアはアルバ・ローザクローチェなので、彼女は微笑んで「ありがとうございます」と返答した。
「……ふんっ。仮面で顔なんて見えないだろうが」
カスパーがそう吐き捨てるのが聞こえた。ルクレツィアは笑みを浮かべたまま口を開く。
「初めまして、ですね? わたくしはアルバ・ローザクローチェ。この国の魔法責任者です。以後、お見知りおきを」
杖を持ったまま優雅にお辞儀する。『夜明けの騎士団』はデアンジェリス国内でないと通用しない。そのため、ルクレツィアが外国の人間にアルバ・ローザクローチェとして名乗るときは、『魔法責任者』と名乗ることにしていた。ちなみに、グランデ・マエストロだと『魔法軍指揮官』になる。
「魔法責任者? なんだ、それは」
「魔術師たちを管理し、魔法事件を担当する総責任者のことです。我が国では、アルバ・ローザクローチェとその人物を呼んでいるんですよ」
「そ、そうなのか」
カスパーの問いに模範解答をしたのがジェレミアだ。彼も、ただの女性を口説く王子ではないと言うことだ。すらすらと答えたジェレミアに、カスパーが少し引き気味。
「なるほど。この国では魔法に関する制度が発達しているのですね。初めまして。私はエンリケと申します。モンタネールの第2王子です」
「初めまして、エンリケ王子殿下。どうぞアルバとお呼びください」
エンリケが手を差し出したので、ルクレツィアはその手を取って握手をする。しつこいが、ルクレツィアは手袋越しだ。
「……私は、ブルダリアス王太子ジョスランと言う。オルテンシアの婚約者だ」
「存じています。以前、お姿を拝見したことがあります」
続いてジョスランとも握手。アルバ・ローザクローチェとして話をしたのは初めてだが、姿を見たことはある。……確か。あれ、ルクレツィアとしてだったかな。
最後に、全員の視線がカスパーに移動する。視線の集中を受けて、ようやっとカスパーも名乗った。
「……フェルステル帝国皇太子カスパーだ」
「フェルステルと言えば、魔法大国ですね。付き添いのセレーニ伯爵は、皇太子殿下の国に留学していたことがありますよ」
「……知っている」
「さようでしたか。以後、よろしくお願いいたします」
ルクレツィアは微笑んだが、カスパーは彼女を睥睨するに終わった。心なしか、フェデーレも機嫌が悪い気がする。
そこにノックがあった。フェデーレが代表して外に出て、話を聞いて戻ってきた。
「アルバ様。馬車の用意ができたそうです」
「わかりました。では、宮殿までお送りします」
ルクレツィアが声をかけると、ジョスランがオルテンシアに手を差し出した。それを見てカスパーがフランチェスカをエスコートしようとするが、エンリケに先を越される。
馬車は2台用意されていた。男女に分けて使用するためだ。未婚の男女が密室ともいえる馬車に一緒に乗るのはよくないこととされる。まあ、あまり気にする人はいないのだが、今回は全員王族なので、念のため。
馬車に乗り込もうと言うところで、カスパーが尋ねてきた。
「おい。私の側近たちは?」
「殿下の側近の方たちは、まだ取り調べの最中だそうですよ。朝までには解放しますので、ご心配なく。まず先に、御身をイル・ソーレ宮殿へとお運びいたします」
カスパーに反論する隙を与えずに馬車に押し込む。実はルクレツィアは詳しいことをまだ何も知らないのだが、とりあえず、魔法事件なので魔術師たちが魔法関連の影響を受けていないか調査しているのだと思う。王族は、王族だから先に解放されたのだろう。
「フェデーレ、あなた、どうする? 残る?」
「俺も行こう。俺が残っても、役に立てないからな」
「そうね。なら、外をお願いしてもいい? 私、お姉様とフランと一緒に馬車で行くわ」
「わかった」
フェデーレがうなずいてくれたので、ルクレツィアは馬車に乗り込む。1人でも移動できるように、彼女は乗馬の訓練も受けていたが、今回、その役目はフェデーレに譲ることにした。どうしても、外を警戒する役が必要になるのだ。
「お邪魔しますね」
誰が見ているのかわからないので、ルクレツィアは『アルバ・ローザクローチェ』を継続させて馬車に乗った。オルテンシアとフランチェスカが進行方向向きに座っていたので、ルクレツィアはその向かい側に座る。
馬車窓から確認すると、馬に乗ったフェデーレが軽く手を上げるのが見えた。ルクレツィアも手で合図を送り、ややあって馬車が動き出した。
まず、ルクレツィアは盗聴防止用の結界を馬車に張り巡らせた。御者にも声が聞かれないようにし、馬車窓のカーテンを閉じてから仮面を取った。
「大丈夫です。盗聴防止の結界を張りました」
そう言うと、オルテンシアとフランチェスカが息を吐いてクッションに寄りかかった。
「良かった。いつ帰れるかと思っていたのよ。魔術師たちには引き留められるし……」
「それは申し訳ありません。後で言っておきます」
ルクレツィアは苦笑してオルテンシアにそう答えた。おそらく、この状況で魔術師の護衛なしに移動するのは危険だと考えたのだろう。そのため、魔術師の多いリナウド公爵邸に引き留めたのだと思う。狙いが誰か、わからないから。
しかし、王族を引き留めるとはなかなか不敬だ。たぶん、ヴェロニカだな。
「ルーチェお姉様が来てくれてほっとしましたわ。どうなっているんですか?」
フランチェスカに尋ねられたが、ルクレツィアは肩をすくめた。
「実は、詳しいことは私もフェデーレも知らないのよ。お父様にたたき起こされて、お姉様とフランを迎えに行ってくれって言われて」
「あら。そうだったの。何が起こったか、簡単にでよければ話すけど」
「お願いします」
察しの良いオルテンシアがそう申し出てくれたので、ありがたく乗っかる。実は、彼女らと同じ馬車に乗ったのはそれが目的でもあった。おそらく、ルクレツィアの目的にフェデーレも気づいているはずだ。だから、彼は彼女が馬車に乗ることにあっさりと了解を示したのだろう。
「途中までは普通だったと思うわ。わたくしは、ジョスラン様と踊っていてね」
オルテンシアが思い出すように顎に指を当てる。ルクレツィアは辛抱強く彼女が思い出すのを待つ。
「そしたら、突然、お客様が倒れてしまったの」
「突然?」
話が省略された気がするが、オルテンシアには魔力がないので、魔力関連のことだとわからないのかもしれない。一応、フランチェスカにも尋ねたが、彼女もオルテンシアと似たような返答をした。
突然倒れたということは、精神感応系魔法だろう。ルクレツィアにこの手の魔法力はほとんどないが、『夜明けの騎士団』には何名か、精神感応系魔法を持つ人間がいる。この能力は完全に個人の潜在能力に左右されるため、人を昏倒させるほど強力な魔法を発するのは、魔法使いと呼ばれる、元から精神魔法を持っているものだけだろう。
「倒れた人、誰かわかります?」
「ええ……確か、1人はモンテ伯爵令嬢だったと思うわ。あと、マッツカート公爵のご子息。それに、ダミアーニ子爵夫人」
「……きょ、共通点がない……」
「わたくしも考えてみたけど、共通点はわからないわね」
オルテンシアが苦笑したところで、ようやくイル・ソーレ宮殿についたようだ。一度馬車が止まり、門が開くのを待つ。
ルクレツィアはその様子をこっそりと見て、もう一度仮面を付け直した。それを見て、フランチェスカが何故かため息。
「せっかくのきれいなお顔ですのに、隠されてしまうのですね……」
「……フランに言われても嫌味にしか聞こえないんだけど」
半分冗談、半分本気で言うと、フランチェスカは言葉通りに受け取ったようで「そんなことありません」とむくれる。
「銀の髪も怜悧なお顔も、とてもきれいですのに」
「……まあ、私はフランみたいな顔が良かったけどね」
いかにも女の子らしくてかわいらしい。どうせ女ならば、そんな顔が良かったと思う。別に、今の自分の姿も嫌いではないが。少しだけ、そう思うことがある。
門を通過した馬車が宮殿の前で止まった。御者が馬車の扉を開けたのに従い、ルクレツィアは最初に馬車から出た。
「どうぞ」
そして、彼女は口元に笑みを浮かべ、まず姉に向かって手を差し出した。オルテンシアは微笑んでその手を取り、馬車から降りた。続いて妹の方だ。
「えっと。ありがとうございます」
次姉であるルクレツィアにエスコートされると言う奇妙さに、フランチェスカは戸惑ったようだ。あとから男性陣が乗っている馬車が到着した。そちらとオルテンシアたちが合流している間に、ルクレツィアは馬から降りたフェデーレに尋ねた。
「問題はありませんでしたか?」
「ええ。大丈夫ですよ、アルバ様」
誰に呼ばれてもそうだが、特にフェデーレに『アルバ様』と呼ばれるとむず痒い気持ちになる。いつも喧嘩しているせいだろうか。
それはともかく、ルクレツィアが迎えに行った六人(本当は三人だ)が宮殿の使用人たちに連れられて中に入ったのを見ると、マントの裾をひるがえした。
「さて。戻りましょうか」
「了解です」
フェデーレもさも当然、と言うようについてくる。門番に挨拶をして宮殿の敷地外に出たところで、ルクレツィアはマントを取って手に持った。
「どうしたんだ?」
「さっき気が付いたんだけど、マントしてると走りにくい」
素直に答えると、フェデーレは一瞬言葉につまり、「……まあ、そうだろうな」と言うにとどまった。これから空中走行をする予定なので、ルクレツィアの気に障ることを言ったら置いて行かれると思ったのだろう。魔力の少ないフェデーレでは、自力で走行補助の魔法を使用できないのだ。
そこで、ルクレツィアはふと思いついた。
「手をつないで走る?」
ルクレツィアなりの嫌がらせである。以前、手をつなごうとしたら嫌がられたのを思い出したのだ。フェデーレが2・3歩後ずさる。
「お前……男に触られるのが怖いんだろ」
「自分で触る分には問題ないわ」
胸を張って答えると、フェデーレは唇の端をひくひくさせた。らちがあかなさそうだと思ったルクレツィアは、彼の手ではなく手首をがしっと握った。手を握った時も思ったが、細身に見える体格の割には手が大きい。
「行くわよ」
そう言って、彼女はフェデーレを引っ張りつつ地を大きく蹴り、空中に飛び上がった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
考えてみれば、今回は魔法でドンパチって感じじゃないですね(いつもそうかもしれないけど)
なので、第5章は魔法をばんばん使っていこうと思って今書いてます。




