35.お迎え
お茶会は夕方になってからお開きとなった。客を全員見送り、ルクレツィアはぽつりと一言。
「疲れた」
すると、オルテンシアがくすくすと笑った。
「普段、社交をしないからね。お兄様やお母様に振り回されていたし」
「だって、私よりルーチェの方が頭脳ゲームが強いからね」
「だって紹介してほしいと言われたんですもの」
似たようなことを言う母とその息子。ルクレツィアは「ふぅ」とため息をついた。
「どうしてあんなに話しかけられたのか、よくわかりません」
「そうですか? ルーチェお姉様は格好いいですもの」
答えになっているようななっていないようなことをフランチェスカが言った。彼女はルクレツィアの左腕に抱き着く。
「フェルステルの皇太子を正論で論破したと聞きましたわ」
「正論と言うか、常識を言っただけね」
「凛としていて美しかったと聞きましたが」
「ジェレミア。あなたは一体何を聞いたの」
妹と弟にツッコミをいれ、ルクレツィアは両腰に手を当てた。
「以前、フェデーレがフェルステルの皇太子を『くそがき(16歳)』呼ばわりしていたけど、ちょっとわかる気がしたわ」
「おや。彼も結構口が悪いね。私も気持ちはわかるけど」
アウグストが微笑んで暢気に言った。フランチェスカが「そうなんですよぉ」とむくれる。ちなみに、この兄弟五人プラスその母は、サロンのソファに座って会話中。その周囲では使用人たちが片づけを始めている。
「ずれたことばっかり言ってくるんですよ。それに、他の人と話しているのに割り込んできたり。仮にも皇太子だから邪険にもできなくて、適当に相槌を打ってたんですけど、気が付いたらルーチェお姉様に当たりに行ってるし……」
「ああ、それで」
ルクレツィアは出会いがしらに失礼だった理由を察してうなずいた。エミリアーナが「何か言われた?」とルクレツィアに尋ねた。
「『地味』って言われましたけど、あれはフランと比べていたんですね」
「……そんな冷静に」
比べる対象だっただろうフランチェスカに今度はツッコまれた。彼女と比べればルクレツィアは地味だ。他の令嬢も地味に見えるだろう。だから、別に腹も立たないのだが。ドレスに負けてると言われたのはちょっとショックだったが。
「私と同じくらいの年ですよね、彼。なんと言うか、子供ですよね。私も子供ですけど」
と、15歳ジェレミア。自覚があるだけましである。彼は女性とみるとほめたたえる妙な癖はあるが、逆に言えば暴言を吐かないので紳士である。
「フェルステルは帝国だけれど、皇太子にうちの娘をあげることはないから安心なさい」
エミリアーナの言葉に、フランチェスカがほっとした表情になった。ルクレツィアはこの国を出られないので、皇太子に嫁ぐとしたら必然的にフランチェスカになってしまうのだ。
「それで、どうだった? 気になる人はいたかしら」
首を左右に振る婚約者のいない4人。オルテンシアが「ま、そうよね」と苦笑した。アウグストとジェレミアはずっと男性たちと話をしていたし、フランチェスカはいろんな人に声をかけられていたが、全て同じ態度で対応していた。ルクレツィアに至っては論外。
「でも、ルーチェはモンタネールのエンリケ王子と話が合っていたようね」
そばで見ていたオルテンシアが言った。話が合うと言うか、趣味が似ているというか。そう言うと。
「あら、そう言うのは大事よ。外見がきれいとか、かわいいと言うより、趣味が合う方が長続きすることが多いわね」
と母エミリアーナの言。すべてがそうではないけどね、と続けられる。
「傾国の美女だとか、絶世の美少女だとか。そういったものも武器だけれど、やはり、話が合うと言うのが一番だわ。ルーチェは人の話を聞いてくれるし、必要なときははっきりものを言うわね。女の人は、そう言う人を好むの」
なんか話が変な方向に行っている。
「私、女ですが」
「ええ。きっと、男装すればモテるわよ」
「……男装したら、劣化お兄様になると思うんですけど」
ルクレツィアは兄アウグストと似ている。ルクレツィアの方がやや見栄えがしないが、顔立ちはよく似ているのだ。
「劣化はしないと思うから、よく似た雰囲気になるかもしれないね」
アウグストが苦笑気味に言った。その言い方が何となく気の抜けるような言い方だったため、ルクレツィアは苦笑して受け流した。
△
「ルーチェ。ルクレツィア。起きてくれ」
少々乱暴に肩を揺さぶられ、眠っていたルクレツィアは目を覚ました。思わず剣呑に自分を起こした人物を見ると、何と父、つまりはこの国の国王だった。ルクレツィアは上半身を起こした。
「どうしたんですか、父上……ふぁ」
きりっとして尋ねたかったのに、あくびが漏れた。父は「起こしてすまん」とルクレツィアの頭をなでた。
デアンジェリス王国第23代国王クレシェンツィオは銀髪に青い瞳をした偉丈夫である。体格はいいが、顔立ちは割と繊細な美形で、王太子アウグストと第2王女ルクレツィアはどちらかと言うと父親似になる。
国王としての責務をしっかりこなすよい王であるが、家族に振り回されがちでもある。
「ルーチェ。シアとフランとジェレミアが、リナウド公爵家の夜会に行ったのを知っているか?」
「……? ええ。お姉様から聞きましたから」
オルテンシアとフランチェスカ、ジェレミア、それに、ブルダリアス王太子ジョスランはリナウド公爵家で行われている夜会に行っている。オルテンシアとジョスランはお目付け役のようであるが、フランチェスカとジェレミアは若い世代との交流も目的としている。
なら、ルクレツィアも行けよ、と言う話になるが、代々騎士団に籍を置くリナウド公爵家を訪れるのは、アルバ・ローザクローチェ的に避けたかったのである。そんなこと言って、ただ行きたくなかっただけであるが……。
「それが、どうかしたんですか?」
ルクレツィアが首をかしげると、クレシェンツィオはぐっと眉を寄せた。そんな真剣な表情は、同じような顔立ちのアウグストではあまり見ることができない。
「どうやら、3人が魔法事件に巻き込まれたようだ。一緒にいたジョスラン殿は、他国からの来賓と言うことで解放されているのだが、調査権に基づき、シアたちはまだ捕まっているらしい」
「……」
ルクレツィアは思わず時計を確認した。うん。夜中の1時。ルクレツィアはもう一度あくびをして、ぐっと伸びをした。国王の前で不敬だが、許してほしい。
「とりあえず、お姉様たちを迎えに行けばいいんですね。わかりました」
「すまん。頼む」
「了解です」
魔法事件で捕まっているのなら、確実に『夜明けの騎士団』が関係しているはず。なら、ルクレツィアが迎えに行くのが一番簡単に物事が解決する。
「本当にすまんな、ルクレツィア……ところで、ひとつ、いいか?」
「なんですか?」
すでに立ち上がって髪を銀髪に戻していたルクレツィアは、束ねた髪を胸の前で持ちながらクレシェンツィオを振り返った。彼は青い目で真剣にルクレツィアを見ていた。
「お前、その格好はどうかと思うぞ。もう少し色気のある恰好をしないと、相手のやる気も萎え」
「何言ってるんですか、お父様!」
激しく余計なお世話である。ルクレツィアは今日のように夜中にたたき起こされ、そのまま魔法戦の中に放り込まれることもざらであるため、夜にもネグリジェのようなかわいらしいものではなく、シャツとスラックスと言う、女性としては少々残念な格好で寝ていることが多いのだ。
そして、自分の家族には残念な性格の人間しかいないのだろうか。ルクレツィアは憤慨しながら父を追いだし、カルメンに手伝ってもらって着替えはじめた。
△
シャツの上にベスト。黒いコートに、黒いマント。この時期には少し暑いのだが、仕方がない。足元は編み上げブーツで、弓矢を手に取った。仮面と銃も懐に隠しておく。
杖はラ・ルーナ城に保管されている。カルメンによると、宮殿の外に迎えが来ているため、合流してほしいらしかった。
と言うわけで、宮殿を堂々と出ることにした。
「頼むぞ、ルクレツィア」
「わかってます」
ルクレツィアは見送ってくれた父にそう返し、宮殿の門を出た。そこにはフェデーレが待っていた。おそらく、貴族でもない人が宮殿の前で待っているのは怪しく思われるからだろう。
「遅いぞ」
「これでも急いだわ。それで、何があったの?」
ルクレツィアはフェデーレから杖を受け取りながら尋ねた。さらに、リナウド公爵邸のある方向を確認する。
「いや……俺も屋敷からラ・ルーナ城に寄ってそのままここに来たからな。よくわからないんだが……何でも何人か倒れたらしい」
「おやまあ……。とりあえず、行きますか」
「ああ」
考えるのは後にして、まずは現場に向かう。ルクレツィアが宙に飛び上がると、フェデーレもそれに続く。空中に足を置くと、そこに魔法陣が浮かび、その魔法陣を蹴ってさらに前へ進む。と言うことを繰り返す。空中を走るための魔法である。空間固定と跳躍魔法の合わせ技。フェデーレも同じように走っているが、彼の走行を補助しているのもルクレツィアである。
普通に走るよりも、まっすぐ障害を飛び越えて行った方が速いのだ。人の多い時間だと変な目で見られるが、今は夜なので人目を気にする必要もない。よって、ルクレツィアたちは空中を走って移動することにしたのだ。
「っと、ここね」
ルクレツィアが地面に着地したのに少し遅れ、フェデーレも着地した。リナウド公爵邸についたのだ。
「ルーチェ、仮面」
「だから、ルーチェって呼ばないで」
なんだか久しぶりのような気がする会話をしながら、ルクレツィアは仮面をつけてリナウド公爵邸に入ろうとした。だが、門番に道をふさがれた。
「申し訳ありませんが、この屋敷に入る『許可』をお持ちですか?」
「あら。わたくしを追い返すと言うのですか。いい度胸ですね」
ルクレツィアは口元に笑みを浮かべてうそぶいた。門番がびくっとしたのを見て、「冗談です」と返す。
「わたくしは国王陛下の要請を受けて、中にいらっしゃるオルテンシア王女殿下、フランチェスカ王女殿下、ジェレミア王子殿下を迎えに来ました。セレーニ伯爵は付添いです。と言うか、すでに中にはわたくしの『騎士団』の騎士たちがいると思いますが?」
国王陛下の名が効いたのだろう。門番は不審がりながらも中に入れてくれた。フェデーレの顔も効いたのだろう。彼は顔が広い。普通に考えて、今のルクレツィアは仮面をつけて男装した怪しい女である。
執事に用件を告げるのは、フェデーレに頼んだ。彼の方がすんなり話を通してくれる気がしたのだ。そして、それは事実だった。
「私、信用ないのかしら」
「いや、前からつっこもうか迷っていたが、アルバ・ローザクローチェの恰好は相当怪しいぞ」
「……否定しないわ」
小声で会話しながら、ルクレツィアは肩をすくめた。
「こちらです」
執事が案内してくれた部屋に、ノックしてから入る。ルクレツィアは口元に笑みを浮かべた。
「お迎えに上がりました、殿下」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この章はほんとに長いです。普通はこんなものかもしれないけど……。