34.お茶会です。
何気なくブックマーク件数を見たら、111件になっていました。ぞろ目だ、すごい。
登録してくださった皆さん、ありがとうございます。
そして、今日はひな祭りですね。さすがにうちはもう、ひな人形は出してませんが、菱餅とか雛あられとかは食べたいですね(笑)
おそらく、現在この宮殿に泊まっている各国からの賓客の方々のほとんどがお茶会に参加したのではないのだろうか。そう思うほど、サロンは人であふれかえっていた。
あまり人前に出てこないことで有名であるらしいルクレツィアの周囲には、その珍しさからか人が集まっていた。美人で有名な貴族の令嬢や王女。さらにはデアンジェリス王家とのつながりを求める他国の王子たち。おかげでルクレツィアは引き気味だ。
美人で有名な令嬢や王女は、兄弟に容姿で劣ると言うルクレツィアを見に来たのだろう。同時に、ルクレツィアの隣にいれば自分がより美人に見えると言う効果がある。何となくわかっていたが、再確認するとため息が漏れた。
ならばせめて話し上手であるとかセンスがいいとか、趣味があればいいのだが、ルクレツィアはどれも微妙だ。魔法に関してなら語れるが、普通の世間話はできない。センスは微妙と言われるし、趣味は射撃と言うと引かれるだろう。しいて言えば読書も趣味であるが、たぶん、普通の女性が好んで読むような本ではない。
「ふ~ん。確かに、地味だな」
そんな言葉が聞こえて、ルクレツィアはそちらを見て、思わず目を細めた。印象としては『地味』のほかに『怜悧』と言われることが多いルクレツィアのそんな表情を見て、相手の少年は少しひるんだ。
ルクレツィアの反応には理由がある。『地味』と面と向かって言われたのは初めてであるが、それは本人にもやや自覚があるため、ちょっとため息をつきたくなるだけだ。
そうではなく、相手の少年を見てルクレツィアは思わず目を細めたのだ。
少年の名はカスパー。フェルステル帝国皇太子だ。彼の魔法大国に留学していたフェデーレ曰く『くそがき(16歳)』である。それを思い出したのだ。
いくら『くそがき』でも皇太子。比較的身分の低い貴族の令嬢や子息がカスパー皇太子のために席を空けた。彼は遠慮なくルクレツィアの向かい側に座った。
「パッとしないな。ドレスに負けてるぞ。その髪も冴えなさすぎだろ」
そう言ってカスパーは自分の金髪を見せつけるようにかきあげた。その人の生まれ持った顔も髪の色も、生まれ持ったものなので否定するのは間違っている。まあ、ルクレツィアの髪の色は正確には地毛ではないのだが。
「……」
ルクレツィアが黙っていると、カスパーが「核心をつきすぎて声も出ないか」と何故か偉そうに言った。ルクレツィアは何度か瞬きしてからゆっくりと口を開いた。
「名乗らない方にかける言葉はありません」
もちろん、ルクレツィアは彼がカスパーだと知っている。しかし、そう言うことではなく、人に話しかけるときの常識として、名を名乗ってから話しかけるものだ。名乗らないことは、相手が自分の名前を知っていて当然だと言う傲慢にも見えるため、社交界ではそう言う人間は非常識だとされる。
ルクレツィアの常識的な言葉に、周囲にいる何人かがかすかに同意を示した。カスパーはむっとした表情になる。
「……フェルステル帝国皇太子、カスパー・ゴットハルト・ヴァン・シュタインメッツだ」
「わたくしはデアンジェリス王国第2王女、ルクレツィア・メルチェーデ・デ・ロレンツィです。初めまして、カスパー皇太子」
「知っている」
「知っていても、お話しするのは初めてです。その場合は名乗り合うのが基本です」
「では、名乗ればよかっただろう」
「話しかける側が名乗るのが常識でしょう?」
再び、周囲からの同意。カスパーは周囲がルクレツィアに味方したことで悔しそうだ。悔しそうと言うか、癇癪を起こしそう。
だが、そこに救いの神……ではなく、皇太子の保護者がやってきた。
「殿下。こちらにいらっしゃいましたか。勝手にいなくならないでください」
「御身に何かございましたらどうするのですか」
カスパーの側近たちだ。その中の1人はハインリヒである。側近は学友から選ばれることも多く、おそらく、ここにいる3人の側近は全員カスパーと対して年が変わらないだろう。
「お前たち、どこにでもついてくるから鬱陶しいんだ!」
カスパーが喚いたが、まあ、少し1人になっただけでこの被害だからな。心配でついて行くのも納得できる。
「ルクレツィア殿下、失礼いたしました」
「いえ。お気遣いなく」
気にするな、とばかりにルクレツィアはそう答えた。後で聞いたのだが、カスパーはフランチェスカに気があるらしく、話しかけたかったらしいが、彼女の周囲には人が多く、話しかけられなかったらしい。そのため、ルクレツィアにやつあたりに来たらしかった。意味が分からない。たぶん、ルクレツィアが何を言われてもあいまいに笑っているだけに見えたからだと思うが。実際、カスパーが来るまでは、彼女はずっと聞き役だった。
「ルクレツィア様。御見それしましたわ」
「毅然とした態度で、思わず見とれてしまいました」
「凛とした態度が素敵でしたわね」
カスパーが保護者達に連れて行かれたあと、それまでとは打って変わり、ルクレツィアに積極的に話しかけてきた。先ほどまでは彼女を巻き込んでただ世間話をしているくらいな感じだったのに。
明らかにルクレツィアを見下していた人もいるだろうに、何なのだろうか。話しかけられて、ルクレツィアは物理的にも身を引いた。
「ルーチェ。ちょっといいかな」
「お兄様」
ルクレツィアはほっとしてアウグストの顔を見上げた。手招きするので、ルクレツィアは周囲に礼をしてアウグストの方に歩み寄る。
「どうしたんですか?」
「ああ、うん。ちょっと付き合ってくれる? 男の人ばかりだけど」
「……」
思わず上目づかいで睨み付けると、「私が隣にいるから大丈夫だよ」と言われた。
「あ、姉上」
ジェレミアがアウグストと一緒にいるルクレツィアを見て微笑んだ。
連れて行かれた辺りは、本当に男の人ばかりだった。その中にオルテンシアの姿を発見してちょっとほっとするが、隣には婚約者であるブルダリアス王太子ジョスランがいた。彼の方は見ないようにしてルクレツィアはアウグストに肩を押されて1人がけのソファに座った。向かい側にはアウグストと同世代ほどの見える男性が座っていた。ちなみに、とある国の王子である。
そして、間のテーブルにはチェスボードが置かれている。ゲームの途中のようで、ルクレツィア側にある白がやや押され気味だ。
「それで、アウグスト。あんたの妹姫じゃないか?」
「そうだよ。第2王女のルクレツィアだ。ルーチェ。こちら、モンタネール王国第2王子のエンリケ」
モンタネールはデアンジェリスのやや南西にある国だ。そこの第2王子らしいエンリケは、立ち上がり、ルクレツィアに向かって手を差し出した。
「モンタネールのエンリケと申します。お見知りおきを、ルクレツィア姫」
「……デアンジェリスのルクレツィアと申します。よろしくお願いします」
差し出された手を取らずにルクレツィアは名乗った。アウグストが困ったように微笑む。
「ごめん。妹は少々人見知りでね」
おそらく、事情を知っている人も多いだろうが、人前で男性恐怖症、と言うわけにもいかず、アウグストは苦笑を浮かべてそう言った。エンリケは気を悪くした様子もなく「そうか、それはすまなかった」と笑って座り直した。
「で、彼女が?」
「そう。私の代わり」
アウグストがぽん、とルクレツィアの両肩に手を置いた。『代わり』って、どういうこと?
「姫が、アウグストの代わりにそこから私と対局するんですよ」
エンリケの言葉に、ルクレツィアは背後にいるアウグストを見上げた。彼が「うん。頑張って」と無責任にも応援してくる。それでも見つめ続けていると。
「だって、三連敗は国の威信的にも避けたいじゃない?」
どうやらすでに二連敗中だったらしい。負けるのは兄なので、別に国の威信も関係ないと思うが。
だが、ルクレツィアが途中参戦すると言うことで周りにギャラリーが集まってきた。ルクレツィアはざっと盤面を見て、エンリケに尋ねた。
「わたくしからですか?」
「ええ。そうですよ」
うなずかれたので、ルクレツィアはポーンを一つ手に取って前に進めた。そのポーンが早速黒のビショップにとられた。それでもルクレツィアは落ち着いて駒を進めていく。
しばらく無言で駒を進めていたが、エンリケが腕を組んだ。
「これは……」
しばらく悩んでから、エンリケは黒のナイトを動かす。白のクイーンがナイトを取る。その白のクイーンが取られる。ルクレツィアがビショップを動かした後、黒のビショップが一気に白の陣地に攻め込んできた。ルクレツィアは黒のビショップをほったらかしにし、白のルークを前進させる。
エンリケが黒のクイーンを動かした。
「チェック」
ルクレツィアは白のナイトで黒のクイーンを取った。黒のビショップが動き、チェックをかけてくる。ルクレツィアはルークを横移動させ、ビショップを取った。
「チェックメイト」
追い込んでいく過程をすっ飛ばし、ルクレツィアが宣言した。エンリケが覗き込むように上から盤上を見た。残っている駒は明らかにルクレツィアの方が少ないが、確かに詰んでいた。
「姉上、さすがです」
すかさずほめてくるジェレミアもさすがである。
アウグストはもちろん、ルクレツィアも有事において軍の指揮官として働かなくてはならない。そのため、戦略的思考を養うためにチェスを学ばされる。これについては、実際に指揮の経験があるルクレツィアの方がアウグストより強いのは当たり前なのである。
しかも、ルクレツィアは絶対数の少ない魔術師たちの指揮官だ。そのため、少ない数からの逆転の方法もいくつか考えられる。顔を上げると、エンリケが微笑んでいた。
「……いや、驚いた。強いな、姫」
「こういうのは得意なので」
運に左右されないゲームは割と得意だ。しかし、ルクレツィアを鍛えてくれたヴェロニカがシャレにならないほど強いので、彼女は自分が強いとは思っていない。
「思い切りよく捨て駒にするから、驚きましたよ」
「所詮ゲームですし……陣形を整えないと、エンリケ様には勝てませんから」
アウグストが先に対局していたということは、彼の癖が盤上に残っているということだ。それをなくすには、次々と駒を捨てるのが一番早かった。
「さすがだね、ルーチェ。昔からこういうの得意だよね」
「……まあ、お兄様よりは得意かもしれません」
ルクレツィアはこてん、と首をかしげてアウグストを見上げた。エンリケが笑ってルクレツィアに話しかける。
「姫。東洋の『将棋』というゲームを御存じか?」
「『しょうぎ』? 『囲碁』なら知ってますけど」
『しょうぎ』は初めて聞いた。親が東洋人であるヴェロニカはいろいろな東洋のゲームを教えてくれたが、『しょうぎ』は聞いたことがなかった。『囲碁』は白と黒の石を順番に置いていくゲームで、やたらと複雑だ。ヴェロニカはこれも強い。頭脳ゲームで彼女に勝てる者がいたら教えてほしい。
「『囲碁』を差せるのですか。ぜひ一度、滞在中に対局しましょう。私のまわりには打てるものがいないんですよ」
「は、はあ……」
「エンリケ。妹は人見知りだって言っただろう」
アウグストがルクレツィアをかばうように言った。もう兄に任せてしまおうと思い、ルクレツィアは口を閉ざした。
再び、とんとん、と肩をたたかれる。今度は母エミリアーナだ。
「ルーチェ。ちょっといらっしゃい。紹介したい方がいるの」
「……」
ルクレツィアは無言で立ち上がった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ルクレツィアの妙な知識は、すべてヴェロニカ経由です。




