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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第4章 魔の楽譜
31/91

30.ファウスト

ルクレツィア視点に戻ります。











 ゆっくりと、目の前の青年が近寄ってくる。


「やはり君は、アウローラの依り代にふさわしい……」

「それ以上近寄らないで!」


 ルクレツィアが鋭く叫ぶと、突然現れた青年は近づくのをやめた。杖がないので心もとないが、それでもルクレツィアの魔法は高威力だ。できれば宮殿内で使いたくはない。


「そんなことを言うってことは、『フィオーレ・ガレリア』にいた人と同じなのかしら。外見が違うようだけど」


 震える声を何とか絞り出す。不法侵入してきたその青年は、『フィオーレ・ガレリア』で服だけ残して消えた青年と同じことを言っている。しかし、あの時と外見が違った。髪や目の色くらいなら魔法でもごまかせるが、顔立ちや骨格まで違うので、もはや別人である。

 ルクレツィアの問いに、青年はうっすらと笑みを浮かべた。

「話が早くて助かるよ。アウローラの依り代」

「その呼び方、やめてくれない?」

 ルクレツィアが訴えると、彼は本気で不思議そうに「何故?」と首をかしげた。この男。本気で槍をぶち込んでやろうか。


「肉体は依り代に過ぎない。だから、依り代と呼んでも問題ないだろう?」

「なら、あなたのその体もただの依り代なのかしら?」

「そうだね。君に攻撃されれば、また新しい依り代を探すよ」

「……」


 ルクレツィアは少し考えた。彼の言っていることは本当なのだろうか。本当なら、彼は人間としての肉体を持たないただの精神体ということになる。精神体を倒すには精神系魔法しかない。


 そして、もう一つ問題が。見るまで思い出せなかったが、『彼』はルクレツィアを殺そうとした少年の成長した姿に見えた。実際にそうなのかもしれないが、確かめるすべがない。

 ルクレツィアは思い切って尋ねた。


「後学のために、あなたの名前を聞いてもよろしいかしら」

「……ファウスト、とでも呼べばいい」

「ふざけてるの、あなた」


 ファウストとは古代の偉大な魔法使いの名である。名前はアルバ・ローザクローチェと名乗るくらいふざけている。


 話は変わるが、ルクレツィアの魔法は独特である。彼女は空間認識能力が高く、自分の魔法の効果が及ぶ範囲を自分の領域として認識し、その中で魔法を行使する。そのため、ルクレツィアの能力を『領域干渉フィールド・インターフェレンス』と便宜的に呼ぶ人もいる。

 今回の場合、夜会が行われているホールを中心とした半径2kmがルクレツィアの領域だ。その中ならば、知覚魔法の低いルクレツィアであっても、誰かが自分の領域に入ってきた、出た、ということがわかる。


 ルクレツィアの領域に『入って』きたのは、彼女の侍女のカルメンであった。魔力持ちは比較的人物が特定しやすい傾向があり、特にカルメンは慣れ親しんでいるので入ってくればすぐにわかる。


「カルメン! そこにいる!?」

「!?は、はいっ!」


 カルメンの返答が聞こえた。扉のすぐ前まで来ているようだ。ルクレツィアはそのまま叫んだ。

「お兄様かフェデーレを呼んできて!」

「わ、わかりました!」

 カルメンの足音が遠ざかっていく。ルクレツィアは近づいてきた青年・ファウストを見て足元に槍を一つ突き刺した。


「近づかないでと言ったわ!」

「君の領域内ならどこでも魔法陣から攻撃魔法を繰り出せる召喚系魔法か。特殊だが、行えるのは物理攻撃のみ」


 ファウストがルクレツィアの能力を的確に評した。ルクレツィアの魔法効果の及ぶ範囲であれば無敵のように思える能力であるが、死角も存在する。まず、ルクレツィアが領域内で召喚できるのは物理的なものだけということ。槍や、剣、矢などがそれにあたる。物体であればいいので、水や氷、炎なども召喚可能であるが、召喚されるものの具現化はルクレツィアの脳内イメージにかかっている。そのため、実際に形を把握しやすいものの方が召喚しやすいのだ。


 この魔法はルクレツィアのイメージにより具現化されたものであり、ルクレツィアの魔力供給が切れれば具現化したものは消える。ヴェロニカに『効率の悪い魔法』と言われるほど、これは個人の力に頼った魔法なのである。


「ファウストと呼べばいいと言ったわね。あなた、本当に14代目を殺したの? 何故? なぜ殺す必要があったの?」

「……何故答える必要がある? 私のすることの邪魔をしたから、殺したに過ぎないのに」

「答えてるじゃないのよ」

「アウローラの杖を、君の物にする必要があった」

「……アウローラの杖?」


 たびたび出てくる『アウローラ』。名前からして女性であるが、そんな人は知らない。ましてや、その人の杖なんて……。


「あっ!」


 1人いる。正体不明どころか性別も不明。ルクレツィアと同じ銀の髪を持ち、杖を残した人物。


 初代アルバ・ローザクローチェ。デアンジェリスの初代国王の子とされ、『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』の創始者。


「アウローラは、初代アルバ・ローザクローチェ……」

「そう。そしてこの国に殺された王女だ」

「……!」


 ルクレツィアはじりっと後ろにさがる。その時、声が聞こえた。

「ルーチェ!」

「!」

 兄のアウグストだ。ルクレツィアとの会話に気を取られていたらしいファウストも彼らの到着に気が付く。ルクレツィアの方に手を伸ばし、何かの魔法を使用した。

「……っ!」

 体の力が抜け、目がかすんでくる。意識があいまいになり、彼女は床に倒れ込みそうになる。その前に、駆け込んできた人物に体を支えられた。


「フェデーレ! 許可する! 斬れ!」

「御意に!」


 どうやら、カルメンはアウグストとフェデーレ、2人とも捕まえてきたらしい。さすがはうちの侍女だ。フェデーレが魔法陣を展開しつつ剣で斬りかかった。

 しかし、ファウストが後ろにさがってそれをよけた。フェデーレが追撃しようとするが、ファウストが窓枠に足をかけたのを見て、間に合わない、と思った。


「……っ! このっ!」


 ルクレツィアは意識を集中して消えてしまった魔法陣を再展開。剣の雨をファウストに向かって繰り出した。その剣は音を立てて窓枠を破壊した。フェデーレが窓の下を覗き込む。

「やったか?」

「……いいえ。手ごたえがなかったわ」

 首を横に振ったルクレツィアは支えてくれたアウグストに礼を言って自分の足で立った。落ち着いてから、自分が緊張していたことを悟った。額に汗が浮かんでいたし、体が震えていた。


「ありがとう。助かったわ」


 ルクレツィアはフェデーレにも礼を言って、彼の手元の剣を見た。いつもの彼の剣ではなく、ホールにたどり着くまで飾られている剣の一つだ。権力者はその力の象徴として、ホールに武器を飾ることがよくある。イル・ソーレ宮殿の場合は回廊にも飾られているのだ。


「お兄様、ごめんなさい。突然呼びつけてしまって……それに、窓枠も壊してしまいました」

「いや、それは別にかまわないんだけどね」


 アウグストはルクレツィアに向かって少し微笑んだ後、不意にまじめな表情になった。


「さっきの男は? 彼は、確か……」


 アウグストは口をつぐんだ。ルクレツィアを殺しかけた男の名を思い出したのだろう。確かに、ファウストの外見はルクレツィアを殺そうとした少年と同じなのだ。

「……ファウスト、と名乗っていました」

「ファウスト? なんだそれ。ふざけてるのか?」

「それを言うなら、アルバ・ローザクローチェも相当ふざけてるけど……」

 ルクレツィアと同じ感想を述べたのはフェデーレである。しかし、いつも通りの彼の様子がルクレツィアを少し落ち着かせる。

「詳しいことはわかりませんが、『フィオーレ・ガレリア』で私がとどめをさしたはずの男と同じようです」

「あの時の? でも、外見が」

「私が見た時と違う姿になっていました」

 アウグストの不自然に途切れた言葉のあとに、ルクレツィアはそう続けた。だが、詳しいことをこんなところで話すわけにはいかない。

「とりあえず、ここを出ようか。さっきの物音を聞いて、すぐに人が集まってくるよ」

「はい」

 アウグストの言葉にルクレツィアとフェデーレがうなずいた。部屋を出ると、廊下ではカルメンが待っていた。フェデーレがかっぱらってきた剣を元の位置に戻している。


「カルメン、ルーチェを部屋まで連れて行ってくれ。理由は体調不良ということにしておくよ」


 後の言葉はルクレツィアに向けられたものである。カルメンとルクレツィアは静かにうなずいた。さらに、アウグストはフェデーレにも指示を出す。


「君はこのままラ・ルーナ城に知らせてきてくれる? 魔術師を何人か派遣してほしい」


 おそらく、事情を知っているフェデーレを会場に戻さないための方便だろう。ラ・ルーナ城に連絡をつけるだけなら、テレパシー能力を持つカルメンにもできる。しかし、アウグストはあえてそうしなかった。


「ルーチェ。構わないか?」


 いまだにグランデ・マエストロが返ってこないので、相変わらず『夜明けの騎士団』の最高指揮権はルクレツィアが持っている。そのため、フェデーレが彼女に同意を求めたのは当然と言えた。

「ええ。もちろんよ。あなたが好きな人を見つくろって来ればいいわ」

「ああ。わかった」

 ルクレツィアとフェデーレの間でも契約が成立したところで、アウグストはルクレツィアとフェデーレをそれぞれ自室とラ・ルーナ城に追いやった後、先ほどの物音の説明と、国王夫妻に状況を伝えに行くようだ。

「それじゃあ、ルーチェ。安心してお休み。フェデーレは気をつけなよ」

「はい」

「御意に」

 ルクレツィアとフェデーレがうなずくのを見て、アウグストはホールの方に向かって行った。その方向から少し話声が聞こえることにルクレツィアは気が付いた。


「姫様」


 カルメンに呼ばれ、ルクレツィアは苦笑して「今行くわ」と踵を返した。向かう方向が同じなので、必然的にフェデーレと並ぶことになる。明らかにフェデーレがルクレツィアに歩調を合わせてくれているけど。

「ルーチェ。さっきの男、もう宮殿内にはいないのか?」

 フェデーレはルクレツィアの魔法について知っているので、そんなことを尋ねてきた。今のルクレツィアはこの宮殿のすべてを魔法でカバーしているわけではないので、首を左右に振った。


「少なくとも、私の魔法効果内にはいないわ。……というか、現れた時もいなくなった時も、私の領域に『入った』とか、『出た』とかいう感じが伝わらなかったの」

「……どういうことだ? 魔力のあるものはわかりやすいんだろう?」

「わからないものはわからないの。目の前にいた時も、『領域内にいる』と言う感じはしなかったわ」

「……虚像だった、ということか?」

「さあ……」


 ルクレツィアもフェデーレもそろって顔をしかめる。訳が分からなさすぎてちょっと気持ち悪い。

「じゃあ、俺はラ・ルーナ城に行ってくる」

「ええ。気を付けてね」

 分かれるところでそう言われたので、ルクレツィアは一応彼にそう声をかけた。まあ、フェデーレなら絶対大丈夫だと思うけど。

 声をかけられたフェデーレは何か言いたそうな顔になったが、結局止めたようだ。明らかに別のことを言おうとしたはずなのに、彼はこう言った。


「ああ、気を付ける。お休み」

「ええ。お休み」


 王族のプライベートスペースに入ったルクレツィアは、カルメンに何と話しに尋ねてみた。

「フェデーレ、最後に何を言おうとしたのかしら」

「……わからない姫様は、相当鈍感ですよ」

「そう?」

 ルクレツィアにはカルメンのようなテレパシー能力はないから、普通わからないと思うけど。そう思ったが、反論はしないルクレツィアであった。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


実際には、ファウストさんは錬金術師と言われていたそうです。16世紀の人ですね。メフィストフェレスを呼び出したんだそうです。

ゲーテの戯曲などで有名ですが、私的にはやはりワーグナーの音楽ですね。最初に思い浮かぶのは。


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