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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第4章 魔の楽譜
30/91

29.好きなところ

フェデーレ視点になります。









 突然だが、フェルステル帝国に留学に行っていたフェデーレは、バイラー侯爵子息ハインリヒと知り合いであった。友人と言ってもいいかもしれない。フェルステル帝国の皇太子は正直に言って『くそがき(16歳)』だったが、ハインリヒは誠実で聡明な少年だった。ちなみに、年はフェデーレのひとつ下。


 彼がルクレツィアのことを聞いてきたとき、フェデーレは思わず顔をしかめそうになった。社交界では基本的に猫をかぶっているフェデーレだが、その仮面がはがれそうになったのである。

 一応、ルクレツィアの男性恐怖症についても言い添えておいたが、それでもルクレツィアに声をかけに行ったハインリヒは正直勇者だと思う。思わず睨んでしまったが。


「どういたしましたの? フェデーレ様」


 その時踊っていた令嬢に尋ねられ、フェデーレはとっさに愛想笑いを浮かべた。令嬢の頬がポッと赤く染まる。

「いえ。友人を見かけたので、何をするんだろうと思っただけですよ。不安にさせてしまったのならすみません」

「い、いえ。そんな……」

 令嬢が恥ずかしそうに微笑んだ。彼女から目をそらし、ちらりとハインリヒの方を見ると、ああ、やはり。ルクレツィアと彼女のそばにいた第3王女フランチェスカとおしゃべりをしていた。なんだか楽しそうである。いらいらしたが、それをこらえて顔には笑みを浮かべた。


 何人目だかの令嬢と踊っていると、不意にハインリヒとルクレツィアが眼に入った。なんと、ダンスフロアに出てきている。慣れていない様子のルクレツィアだったが、ステップは踏めているのでハインリヒのリードで優雅に踊れている。



 あいつ……! 俺より先にルーチェと踊りやがった……!



 フェデーレの心情としてはこんな感じであったが、これは彼女に声がかけられないフェデーレ自身のせいでもあるので、完全に逆恨みである。

 一曲分踊り終わると、ルクレツィアはハインリヒに手を引かれてダンスフロアから離れて行った。軽度とはいえ男性恐怖症である彼女は、一曲が限界だったのだと思う。


 そして、2人はバルコニーに出た。それを恨みがましくにらんでから、フェデーレは次の令嬢の手を取った。

 曲の半分ほど踊ったころだろうか。魔法の出現を感じた。ルクレツィアと同じく知覚魔法の弱いフェデーレであるが、さすがにこれだけ近ければわかる。しかも、おそらくルクレツィアの魔法。彼女の魔力は独特なのである。


「ビアンカ様。申し訳ありませんが少し失礼します」

「フェデーレ様!?」


 踊っていた少女ビアンカが驚きの声を上げるが、フェデーレはすでにルクレツィアたちのいるバルコニーに向かっていた。懐に隠していた短剣を抜く。

 案の定、バルコニーに座り込んだルクレツィアが動揺したのか魔法陣を作り上げていた。おそらく「攻撃しなきゃ」という心理が働いたのだろうが、ハインリヒが彼女の攻撃を食らったらひとたまりもないだろう。フェデーレはすんでのところで滑り込み、魔法陣の核を斬りつけ、その魔法を破壊した。


「ルーチェ、大丈夫?」


 騒ぎに気が付いたのだろう。第1王女のオルテンシアがルクレツィアを回収に来た。フェデーレはホールに戻り、同じく様子を見に来ていたアウグストに言った。

「ルクレツィア殿下の体調が悪いようです。今、オルテンシア殿下がルクレツィア殿下の側にいます」

「ああ、なら大丈夫だね」

 この国の王太子はそう言って微笑むと、ホール内に向かって「何でもありません」と言うことを説明し始めた。その間にオルテンシアがルクレツィアを連れてバルコニーから個室に移動した。


 フェデーレはバルコニーに残されたハインリヒに声をかけた。


「ハインリヒ。ちょっといいか?」

「ああ……」

 ハインリヒは疲れたような笑みを浮かべてうなずいた。そのままフェデーレがバルコニーに出て、ホールに続く硝子戸を閉めた。

「お前、殿下に何したんだ」

「いや……その。こんな機会、もうないと思って、告白プロポーズしようとしたんだけど……」

 フェデーレは思わず半眼になった。ハインリヒが「身分が足りないのはわかってるよ」と言った。別に、侯爵家なら王女の降嫁先として身分が足りないわけではない。ただ、侯爵家でもハインリヒはフェルステル帝国貴族なので、この国を出られないルクレツィアにとって嫁ぎ先とはなりえない。


「……そうではなくて、だな。俺、一応事前に殿下は男性恐怖症気味だって話をしたよな?」

「……聞いたけど、大丈夫そうに見えたんだ……」


 普通に話している分にはルクレツィアが男性恐怖症かわからないだろう。当時に比べてだいぶ症状が改善されている。突然触れると振り払われるが、目立つのはそれくらいだ。

 フェデーレは一つため息をついた。


「……殿下は、昔、『愛している』と言ってきた男に殺されかけたことがあるんだ」

「は!?」


 聞いただけでは意味が分からないだろう。自分のものにならないくらいなら殺してしまおうと思ったらしいが、その心理はさすがのフェデーレも理解できない。詳しく語るのはルクレツィアが嫌がるだろう。なので、詳細は省く。

「以来、彼女は男性恐怖症だ」

「……そう、なんだ」

 実は、助けに入ったのはアウグストだったが、現場を最初に見つけたのはフェデーレだった。ルクレツィアを殺そうとした彼は面倒見の良い人だったので、フェデーレも何度か世話になったことがある。

 自分ではどうしようもないと思った当時のフェデーレは、アウグストを呼びに行った。今思えば、よくもそんな冷静な判断ができたものだと思う。当時14歳のフェデーレはすでにルクレツィアに惹かれていて、現場を見たとき殴り込みに行こうかと一瞬思ったくらいなのに。

 しかし、結果的にフェデーレはアウグストに助けを求めに行った。間に合ったからよかったものの、もしフェデーレがアウグストを呼びに行っている間に彼女が死んでいたらと思うとぞっとする。


 結局、王族を殺しかけたことで彼は家名を剥奪され、貴族社会から追放された。今は平民としてどこかで生きているはずだ。


「……思うに、ルクレツィア殿下は自分に『愛を告白する男』が怖いんだ」


 フェデーレがぽつりと言った。そうであるならば、説明がつく。男性恐怖症であるルクレツィアが普通に男性と話すことができ、自分からなら相手に触れることもできる理由。彼女が、ハインリヒに思いを告げられて取り乱した理由。

 彼女は、愛を告白してきたハインリヒに、かつて自分を殺しかけた男を思い出したのだろう。そして、当時できなかったが今ならできる『魔法攻撃』を行おうとしたのだ。

 フェデーレの説明を聞いたハインリヒは顔をゆがめ、泣きそうになっていた。これにはフェデーレもぎょっとする。


「お前、どうした?」

「私は……ルクレツィア殿下に嫌われたかな?」

「いや、それくらいで嫌う殿下じゃないと思うが。しばらく避けられるかもしれないな……」


 短気ではあるがそう簡単に人を嫌うルクレツィアではない。フェデーレも面と向かって「嫌い」と言われたことがあるが、それはすねている感じで、本当に嫌いというよりは怒っている感じだった。彼女が本気で嫌う人間が、この世にどれくらいいるのだろう。

「ならよかった……というか、フェデーレ、ルクレツィア殿下に詳しくない?」

 ほっとしたハインリヒがふと思いついたように尋ねてきた。もちろん、こういう場合の返答も考えてある。


「俺も、ルクレツィア殿下も魔術師だからな。それなりに交友くらいある」

「君、ほとんど魔力がないじゃないか」

「魔法破壊は立派な魔法だ」


 正確には、技術だけど。そこにはつっこまずに、ハインリヒが肩をすくめた。

「魔法は奥が深いね」

 それには激しく同意する。

「そう言えば、助けてくれたんだよな、ありがとう」

「ああ」

 フェデーレが割って入らなければ、ルクレツィアの魔法はハインリヒを直撃していただろう。そうなると、ルクレツィアも悲しむ。フェデーレは双方のために魔法破壊を行ったと言っても過言ではない。


「ハインリヒ。一つ聞いてもいいか?」

「うん。何?」

「……お前、ルクレツィア殿下のどこに惹かれたんだ?」


 尋ねると、まじめな表情をしていたハインリヒは『なんだ』と言わんばかりの表情になった。


「とても魅力的な人じゃないか」

「……まあな」


 それは否定しない。しかし、フェデーレがルクレツィアを魅力的だと思うのは、彼女との付き合いが長いからだと思っていた。短気だが寛容で思いやりのある姿とか、すねた時の仕草とか。アルバ・ローザクローチェとして頑張っている姿を見ると、助けてやりたくなる。


 だが、ハインリヒは建国祭のときに初めて彼女を見たと言っていた。要するに、一目ぼれに近いのだと思う。フェデーレはルクレツィアが魅力的であると言うのに賛同するが、他の貴族子息たちは違うようだ。絶世の美女と美少女を姉と妹に持つルクレツィアは、容姿で劣っているとみられることが多い。フェデーレは系統の違いだと思うのだが。

 オルテンシアは妖艶と言っていいし、フランチェスカは可憐だ。同じようにたとえるなら、ルクレツィアは怜悧。本人はそれを気にしているようだが、フェデーレは彼女はオルテンシアやフランチェスカにも負けていないと思う。


 しかし、一目ぼれするならやはり、オルテンシアやフランチェスカが相手であることの方が多い気がした。やはり、少々派手な見た目が眼を引くのだろう。


「それと、笑った顔がかわいらしくて」

「……」


 付け足された言葉に、フェデーレは沈黙した。確かに、ルクレツィアのはにかみ笑いは可愛い。


 しかし、それだけの理由でルクレツィアに声をかけに行ったハインリヒは本当にすごいと思う。そう言うと、もっともな言葉が返ってきた。


「だって、話してみないと本当はどんな人かわからないでしょ」


 その通りである。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


何度も言いますが、フェデーレ視点だと書くのが楽しいです(笑)


二次試験前期日程、2日目がある方は今日も頑張ってくださいね!

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