02.ラ・ルーナ城
本日3話目。ここでも切りよくないですが、今日はここまでです。
突然であるが、ルクレツィアの侍女は全員魔術師である。と言うか、魔術師を集めて侍女にしたのだから当然である。
「と言うわけで、私はラ・ルーナ城に行ってくるから、イレーネ、よろしくね」
「わかりました」
うなずいた侍女は、ルクレツィアの現在の髪色よりも若干明るい茶髪をした少女だ。ルクレツィアよりもやや低いものの、背丈も同じくらい。背格好も似ていた。顔立ちも何となく似ており、あっさりしたそこそこ整った顔立ちだ。眼の色だけは違い、彼女はとび色の瞳をしている。
彼女は、ルクレツィアの影武者だ。ルクレツィアの遠縁の親戚にもあたるので、似ていてもさほど不思議はない。必要となれば、これから宮殿を出るルクレツィアの代わりに『ルクレツィア』を演じることになる少女である。
「カルメン、ファビオラ、リンダ。いざと言うときは助けてあげてね」
「もちろんです」
代表してカルメンが言った。残り2人の侍女、ファビオラとリンダもしっかりとうなずく。
ルクレツィアの侍女はこの4人だ。少ない、と言う人もいるだろうが、現実としてこれで回っている。ルクレツィアが身の回りのことは大体自分でできるからだろう。
それに、あまり侍女の数が多くても困るのだ。ルクレツィアには秘密があるから。秘密を知る人は少なければ少ないほどいい。
「じゃあ、ちょっと出てくるわね」
「行ってらっしゃいませ」
侍女たちは主人に向かって頭を下げた。活動的なワンピースに足元はブーツに着替えたルクレツィアは、絵画の裏にある隠し戸を開くと、隠し通路に入った。その通路は下に下にと階段が続いており、ルクレツィアはそれを下って行く。下るのはいいが、上るのは大変だ。
下まで降り、暗い通路をカンテラで照らしながらまっすぐに進む。現れた扉を開けば、そこは宮殿の外だ。
もともと、この通路は宮殿の緊急避難用の通路なのだと思う。最近では知られてない隠し通路も多そうであるが。
ルクレツィアは迷わず宮殿の外に出て、大通りを南下する。三つ目の大きな通りとの十字路で右に曲がり、今度は西に進む。
その先、水の都の中にある最大級の湖の中心にそびえるのがラ・ルーナ城。イル・ソーレ宮殿と対になる宮殿だ。ただ、華美なイル・ソーレ宮殿とは違い、ラ・ルーナ城は楚々とした感じだ。存在感をできるだけ消しているともいう。それでいて上品なこの城を、ルクレツィアは気に入っていた。
ルクレツィアは正面門から堂々とラ・ルーナ城に入城した。
「こんにちは」
「こんにちは、姫様」
城の職員にあいさつをすると、彼らも笑顔で返事を返してくれる。ルクレツィアが堂々と歩けること、城の人間たちがおおむねルクレツィアに好意的であることがイル・ソーレ宮殿との違いである。
「ヴェロニカはいるかしら」
仲の良い魔法研究家の名前を出すと、ルクレツィアに呼び止められた男性は、「研究室にいますよ」と笑顔で答えてくれた。
「ありがとう。頑張ってくださいね」
「ありがたきお言葉です」
男性が微笑んだ。もう一度彼に礼を言って、ルクレツィアはいつも彼女が使っている研究室に急いだ。
「ヴェラ。入るわね」
ルクレツィアは返事を待たずにその研究室の扉を開いた。中にいた女性が振り向く。
「む、ルーチェか。ノックをして返事を待ってから入れ」
「だって、ノックをしてもあなた、気づかないじゃない」
「……それは否定できんな」
そう言って、その女性は眼鏡のブリッジを押し上げた。
ヴェロニカ・カトー、23歳。明らかに名前がデアンジェリス風ではないが、彼女は生まれも育ちもデアンジェリスのはずだ。両親が異国の人なのである。
ヴェロニカは魔法事件を専門に担う騎士団、通称『夜明けの騎士団』に所属する魔女であり研究者だ。肩のあたりで切りそろえた黒髪に瑠璃色の瞳をした女性で、中性的な美人である。ルクレツィアは女性にしては長身の方に入るが、ヴェロニカはそんな彼女よりも背が高かった。
「それで、どうした。昨夜取り逃がした魔術師なら、まだ情報が入ってきていない」
「ああ、それじゃないの。実は、フランからこれを預かっていてね」
ルクレツィアはそう言ってフランチェスカから預かっている香水瓶を見せた。ヴェロニカが「ほう」と面白そうに声をあげた。
「魔法で調合されているな」
ヴェロニカはひと目見ただけでそう言うと、香水瓶のふたを開けてにおいをかいだ。すごい度胸だ。ルクレツィアですらにおいをかぐのはためらったのに。
「なるほど。一種の惚れ薬だな。少量ではほとんど影響はないが、つけ続けると強力な惚れ薬となる。即効性ではないからな、ばれにくい」
「本当に惚れ薬なのね……バカな貴族もいたものだわ」
「フランチェスカ王女は誰からこれを?」
「リナウド公爵子息のブルーノからもらったって言ってたわ」
「あのバカ貴族か」
「その馬鹿貴族よ」
ヴェロニカの毒舌に、ルクレツィアはうなずいて返した。ひとまず、香水瓶はヴェロニカが詳しく解析するためにあずかることにした。
「ルーチェ。昼は済ませているか?」
「まだよ。こっちで食べようと思って」
「ちょうどよかった。僕もこれから昼食に行こうと思っていたところだ」
ヴェロニカの一人称は『僕』である。いろいろひねくれてしまった結果であるのだが、ルクレツィアは深く突っ込まないことに決めていた。
ラ・ルーナ城は『夜明けの騎士団』の本部だ。魔法使いや魔術師、魔法剣士たちが所属する『夜明けの騎士団』の全貌は謎に包まれている……とされている。誰もがこのラ・ルーナ城が本部だと知っているが、誰も入ろうとは思わない。最も、入ろうとしても、許可なき者は城の周りにめぐらせた結界にはじかれてしまうだろう。
『夜明けの騎士団』はデアンジェリス王国の魔法事件を担当する。すべての魔法使い、魔術師、魔法剣士たちがこの騎士団に所属しているわけではないが、優れた技能を持っている者はすべて勧誘の声がかかる、らしい。
ヴェロニカはその聡明さと魔法センスゆえに忌避された存在だった。平民でありながら、たった8歳でこの国一の魔法学術院に合格し、14歳で首席として卒業。その後すぐに『夜明けの騎士団』に所属することになった。
本人は言わないが、天才的な頭脳を持つ彼女を、彼女の両親も魔法学術院も持て余していた。そのため、『夜明けの騎士団』が彼女を引き取ることになって、ご両親も学術院もほっとしたのだろう。そのせいか、ヴェロニカは里帰りをしようとしない。
話は戻るが、ラ・ルーナ城には食堂がある。この城に住み込みで働いている職員もいるので当然である。昼を少し過ぎた時間帯である今は、ちょうどみんなが昼食を終えて立ち去るころだった。
「こんにちは、姫様」
「今日は茶髪なのですね」
すれ違った職員がそんなことを言ってくる。まるでルクレツィアの髪の色がころころ変わるような言い方だが、それはない。
ヴェロニカと向かい合って昼食をとっていると、不意に髪を触られた。
「お前、今日もこの色なのか」
どこかで聞いたようなセリフであるが、ずいぶんとげがある。ルクレツィアはスプーンを持ったまま振り向き、その言葉を発した男にスプーンを突きつけた。
「余計なお世話よ、フェデーレ・デル・メリディアーニ! 突然髪を触らないでちょうだい!」
「言えば触らせてくれるのか?」
「そんなわけないでしょう!?」
ルクレツィアは無断で自分の隣に座った男を睨み付けた。イル・ソーレ宮殿でも出会ったフェデーレである。しかし、ルクレツィアと同じく、彼も様子が違った。
相変わらず、腹が立つほどの美貌である。しかし、爽やかに見えたその美貌も、今は腹黒そうに微笑んでいる。そう。これがこいつの正体である。
爽やかな仮面をかぶった腹黒。もっと俗的にいじめっ子と言ってもいいかもしれない。ヴェロニカも大概毒舌であるが、彼の場合はもう暴言の域であるとルクレツィアは思っていた。
とはいえ、切れない縁によるそれなりに長い付き合いである2人だ。ルクレツィアはひとまず怒りを吐き出すと、隣に座ったフェデーレに尋ねた。
「っていうか、帰ってくるの、早かったわね。あと2ヶ月はあっちにいるものだと思っていたわ」
「なんだ? さみしかったのか?」
こいつはこうしてにやにやとからかってくるような男なのだ。令嬢方、見た目にだまされるな。
「馬鹿言わないで。火炎魔法でぶっ飛ばすわよ」
すでにお決まりのやり取りだ。ちなみに、ルクレツィアが本気でフェデーレを魔法でぶっ飛ばしたことはない。蹴っ飛ばしたことはあるけど。
フェデーレは肩をすくめると、まじめに答えた。
「聞いてると思うけど、俺の父がぎっくり腰になってな……」
「ああ。ジョエレ様ね。きっとストレスのせいね……」
「それはわからんが。だから、俺が呼び戻されてな」
「せっかくの留学だったのに、残念ね。っていうか、あなた、弟もいるじゃない。ジョエレ様の代わりなら、弟君でもいいじゃない?」
「お前、俺の弟、まだ12なんだけど」
あら、そんなに年が離れていたかしら、とルクレツィアはごまかすように笑った。それは長男のフェデーレが呼び戻されるかもしれない、と思った。
セレーニ伯爵とも呼ばれるフェデーレ・デル・メリディアーニ公爵子息は、年明けから5月に至る今まで、隣国である魔術大国フェルステル帝国に留学していた。少なくとも半年の期間、つまり6月ごろまでは留学している予定だったのだが、予期せず彼の父、メリディアーニ公爵がぎっくり腰になり、仕事をこなせなくなったため、留学していたフェデーレが呼び戻されたようだ。
なお、フェデーレには弟妹が1人ずついる。妹の方はルクレツィアの弟と同い年のはずだ。
「まあ、納得はしたわ。メリディアーニ公爵家の役割はちょっと特殊だものね。そのおかげで、私はあんたとの縁が切れないんだけどね」
ルクレツィアはじろっとフェデーレを睨んだ。すると、フェデーレは唇の片方を吊り上げて笑う。
「うちは『夜明けの騎士団』の取り次ぎ役だからな」
さらりと答えを言ったフェデーレに、ルクレツィアは本当に縁は切れないのだなぁ、と内心ため息をついた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
とりあえず、できるところまで連日更新で行きたいと思います。頑張ります。
ダメそうだったら活動報告の方でお知らせします……。