27.要するに大規模なお見合い
第4章です。
デアンジェリス王国第2王女ルクレツィアは、社交界にめったに出てこないことで知られる。引きこもりだとか、体が弱いとか、いやいや、兄弟に比べて容姿が劣る自分を恥じて出てこないのだとかさまざま言われているが、実際は『夜明けの騎士団』の活動に参加していてめったにイル・ソーレ宮殿にいないだけである。
しかし、本人があまり社交の場が好きではなく、王家主催の夜会などがあると『夜明けの騎士団』本部ラ・ルーナ城に逃げてしまうというのもある。
だが、今回ばかりはそうもいかない。王家が主催する最大級の夜会で、各国から賓客がいらっしゃるのだ。それは妙齢の王女や令嬢だったり、若い王子や子息だったりする。
つまり、王家が公認するお見合い。そう言って差し支えなかった。
最大の目的はいまだ相手のいないデアンジェリスの王子や王女の相手を見つけるためであり、そのため、婚約者のいる第1王女オルテンシア以外は強制参加となる。もちろん、ルクレツィアも参加していた。
とはいえ、男性恐怖症のきらいのあるルクレツィアは夜会が始まってからずっと壁の華に徹していた。壁沿いに立っているのではなく、ソファに座って優雅にお茶を飲んでいるのが彼女の身分の高さを知らしめている。
空になったティーカップをソーサーに戻し、ルクレツィアはホールの中央、ダンスフロアの方を眺めた。ちょうど、姉のオルテンシアが婚約者と踊っているところが見えたのだ。
しばらく彼女を眺めていると、今度は『夜明けの騎士団』の方でかかわりのあるフェデーレが眼に入った。いつも通り猫をかぶり、かわいらしい令嬢と踊っている。何となくむっとして、ルクレツィアは視線をそらしてポットからティーカップに紅茶を注いだ。
「お姉様。お茶だけではなく、こちらもどうぞ」
そう言ってワイングラスを目の前に差し出したのは妹の第3王女フランチェスカだった。ルクレツィアは微笑んで受け取った。
「ありがとう……フランは、踊らなくていいの?」
「踊りすぎて疲れたんです。お姉様のまわりなら、みんな遠慮して寄ってきませんから」
おおう。虫よけにされてしまった。遠慮のないフランチェスカの言葉に、ルクレツィアは苦笑した。デアンジェリスではルクレツィアの性格が知られているので、確かにみんな、遠慮してやってこない。
「でも、今日のお姉様はとてもお美しいです。そのドレス、お姉様によくお似合いですわ」
「……ありがとう。でも、フランには負けるわ。今日も愛らしいわね、あなたは」
「まあっ。ほめても何も出ませんわ」
フランチェスカはくすくす笑って答えた。こういうさりげないしぐさもかわいらしいのだ。小柄だが女性らしい体形の彼女はスカートがふんわりと広がった妖精のようなドレスがよく似合う。ちなみに、色は淡い桃色と白である。髪にも大きめのリボンをつけているが、超絶美少女な彼女にはよく似合っている。
一方のルクレツィアは、以前仕立て屋から(母が)買ったブルダリアス王国で流行っているという、マーメイドラインのドレスを着ていた。体のラインが出るこのタイプのドレスは、背が高く細身の女性が似合う。その条件を満たしているルクレツィアは、問題なくこのドレスを着こなしていた。
いつものルクレツィアならタンスの肥やしにしてしまうところだが、どうせなら一回くらいは着てやろうと思い、思い切って着てみたのだ。どうせ誰も見ていないし、着飾ってもあまり意味はない気がしたけど。
「せっかくきれいな格好をなさっているのですから、踊ってくればよろしいのに」
唇をとがらせながらフランチェスカが言った。彼女が持っているグラスの中身はどうやらシャンパンらしく、グラスの中で泡がはじけた。
男性恐怖症と言えど踊るくらいはできる。できれば知っている男性がいいが、知らない相手でも一曲踊りきるくらいはできるだろう。それくらいはメンタル強化されているつもりだ。それ以上一緒に居たら、泣きだすかもしれないけど。
「わたくしはいいから、フランは楽しんできなさいな」
「次に行くなら、お姉様と一緒に行きますわ」
遠回しに自分はこのまま休んでいる、と宣言したフランチェスカである。彼女狙いの貴族の子息たちはがっかりだろうな。ルクレツィアが近くにいるから、うかつには近寄れないし。そう思って苦笑しながら、ルクレツィアはワインを一口飲んだ。
休むことを宣言したフランチェスカの愚痴にしばらく付き合っていると、ダンスフロアの方から若い男性が近づいてくるのが見えた。ダンスフロアに背を向けているフランチェスカからは見えていないようだ。しかし、ルクレツィアの視線に気づいたか、フランチェスカが振り返った。彼女がささやいてくる。
「フェルステル帝国の方ですわ。確か、お名前はバイラー侯爵子息ハインリヒ様」
「ふぅん」
フランチェスカに声をかけようと思っているのだろう。そう思ったルクレツィアは軽く聞き流した。しかし、一応名前は覚えておこう。何かあった時のために。
フランチェスカによるとバイラー侯爵子息ハインリヒと言うらしい青年は、ルクレツィアとフランチェスカを見て微笑んだ。
「王女殿下。少しお話をさせていただけませんか?」
丁寧な口調で彼は言った。特に断る理由も思いつかず、ルクレツィアは「どうぞ」と微笑んだ。
「ありがとうございます、ルクレツィア殿下」
ハインリヒは空いているソファに腰かけた。一応賓客扱いとはいえ、侯爵家の人間である彼が他国の王女に声をかけるのは分不相応と言うか、すごい度胸であると思う。
「ご存知かもしれませんが、フェルステル帝国から参りました、ハインリヒ・バイラーと申します。侯爵家の長男になります。どうぞお見知りおきを」
「ハインリヒ様ですね。わたくしはデアンジェリス王国第2王女ルクレツィアです。そちらは妹でフランチェスカです」
「初めまして」
フランチェスカは整った顔に可憐な笑みを浮かべた。ハインリヒがその笑みを見て、「かわいらしい方ですね」とこぼした。当然である。フランチェスカは少なくともデアンジェリスで一番の美少女なのだから。
何故か自分がほめられたように誇らしげな気持ちになっているルクレツィアに、ハインリヒは付け足すように言った。
「もちろん、ルクレツィア殿下もおきれいです」
「……ありがとうございます」
苦笑気味に礼を言うと、フランチェスカに睨まれた。ハインリヒがルクレツィアの方を見ているので、彼からは彼女の顔が見えないのである。ハインリヒの方もおざなりな態度に腹が立ったのか、少し顔をしかめた。
「お世辞ではありませんよ。そのドレスもとてもよくお似合いです」
「あ、ありがとうございます……」
先ほどフランチェスカにも、その前には両親や兄、姉、弟にも言われたが、それはドレスがきれいなんじゃなくて? と思うひねくれたルクレツィアであった。
ルクレツィアの発言が少々気に障ったかもしれないとはいえ、ハインリヒは穏やかな気性の人物であるようだった。ルクレツィアとフランチェスカに平等に話をふり、適度に笑わせてくれる。
彼はフェルステル帝国皇太子の側近としてこの国に来たらしかった。おそらく自分の相手探しも兼ねているだろうが、最大の目的は主君である皇太子の婚約者を探す事。もしかしたら、その皇太子に言われてデアンジェリスの王女と接触して来いと言われたのかもしれない。都合のいいことに、まだ相手のいない王女2人が固まっていたから。
それでも彼がいわゆる『いい人』であることには変わりなかった。だからルクレツィアはつい言ってしまった。
「ハインリヒ様。遠慮なさらなくてもよろしいですよ」
はっきりと目的を言っても構わない、と言う意味で言ったのだが、「そうですか?」と微笑んだ彼は違う意味にとらえたらしい。こんな言葉が飛び出してきた。
「それなら……ルクレツィア殿下、私と踊っていただけないでしょうか」
「……」
ルクレツィアは微笑んだまま固まった。まさかのこっちだった!?
「一曲だけで構いません。お相手願えないでしょうか?」
「……ええっと。わたくしですか? 妹ではなく?」
「お姉様、往生際が悪いです……」
ルクレツィアの確認の言葉に、フランチェスカが呆れてツッコミを入れた。いや、でも確認したくなる気持ちをわかってほしい。ルクレツィアは確かに美人の部類に入るが、フランチェスカと並んでいれば確実に見劣りする自覚がある。
「こういうことを言うのは失礼かもしれませんが、ルクレツィア殿下はずっと座っていらっしゃるので、その、悪目立ちされているような気がしまして」
「否定できませんわね」
フランチェスカが深くうなずいた。ルクレツィアも自覚があるけどすすんでやっているのだから放っておいてほしいところだ。
「いいじゃないですか、お姉様。一曲くらいなら」
それくらいなら大丈夫でしょう? とフランチェスカが眼で訴えてくる。睨まれているようで居心地が悪かった。
「で、では、一曲だけ、お相手をお願いできますか?」
フランチェスカからの圧力に耐えかね、ルクレツィアはハインリヒにそう返答した。ルクレツィアはフランチェスカの姉ではあるが、社交界から逃げ回っていたつけが回ってきた感じだ。誘いを受けた時のうまい振り方がわからない。
一方のハインリヒはルクレツィアの返答にほっとしたような、どこか嬉しそうな表情になった。ルクレツィアの方に手を差し出してくる。
「ありがとうございます。フランチェスカ殿下、お邪魔いたしました。……どうぞ、ルクレツィア殿下」
「フラン。またあとでね」
眼を輝かせて「はい」とうなずいたフランチェスカに苦笑し、ルクレツィアは差し出された手を取るのを少しためらった。
大丈夫。突然触られたわけでもないし、優しそうな人だし。
自己暗示をかけ、どうにかハインリヒの手を取った。拒否反応が起こらなかったので、自分で自分にほっとする。
ハインリヒはルクレツィアの歩幅に合わせてゆっくりと彼女をダンスフロアの方へいざなった。一応、ルクレツィアも王女なので、公の場に出るときは振る舞いを気にする。いつものように大股で歩くわけにはいかないのである。
見計らったように新しい曲が始まった。ワルツだ。有名な曲なので、ルクレツィアでも踊れるだろう。
だが、保険もかけておくことにする。
「あの、恥ずかしながらわらくし、あまりダンスは得意ではないんです」
事前にぶっちゃけておけば、後からいくらでも言い訳できると思ったわけだ。ルクレツィアの暴露にハインリヒは思わずと言う風に苦笑した。
「大丈夫ですよ。殿下は私に合わせていればいいのですから」
それもそうだな、とルクレツィアは思わず納得した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
関係ないですが、明日は国公立大学二次試験前期日程の日ですね。世の中の受験生のみなさん、頑張ってくださいね!!