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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第3章 笑う肖像画
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24.異空間にて

フェデーレ視点となります。













 歩いていたはずのルクレツィアが掻き消えた。少なくとも、フェデーレにはそう見えた。


「いったい……?」


 アウグストも戸惑ったようにルクレツィアがいたはずの方向を見ている。ブルーノも戸惑い、男3人が動揺している中、紅一点のヴェロニカが眼鏡を押し上げつつ冷静に言った。

「異空間に取り込まれたな」

「異空間? ああ……ルーチェが言っていた、あれか」

「それだ」

 フェデーレは納得し、とりあえずうなずいた。ふと、アウグストがヴェロニカに尋ねた。


「ルーチェが消えたわけではないのかい?」

「いえ。消えたのは私たちの方でしょう。ルーチェは空間認識能力が高いので、異空間に取り込まれる可能性は低いのです」

「ああ。なるほど……」


 アウグストも魔法剣士で、ルクレツィアの兄だけありかなりの魔力を有する。そのため、ルクレツィアの得意な魔法については理解できるようだった。

 唯一ついて行けないブルーノは不満そうであるが、ひとまず無視することにした。この空間から出る方法を考える方が先決である。

「ヴェロニカ、どうする。俺が魔法破壊を行うか?」

「いや……さすがにこの空間は切れないだろう。斬るなら、魔法の核を見つけ出さないといけない」

「核?」

「簡単に言うと魔法陣だ。ほら、ルーチェが魔法を使うとき、魔法陣が浮かび上がるだろう。あれが現実空間と異空間の出入り口なんだ。ただ、この魔法は使用者の能力に依存するからな。外にいるルーチェが出してくれるのを待つ方が早い気もするが……」

「ヴェロニカにはできないのか」

「今、使用者の能力に依存すると言っただろう。僕はただの炎の魔女だ。あまり期待しないでくれ」

 どうやら、この異空間を構成している魔法とヴェロニカの火炎魔法は少し種類が違うらしい。なので、同系統の魔法を持つルクレツィアが出してくれるのを待つ方が早いと判断したらしい。


「あの、ルーチェとは……」


 1人置いて行かれているブルーノがついに口をはさんだ。こちらの話が終了したと考えたからだろう。アウグストが微笑んで口を開こうとしたが、その前に「しっ」とヴェロニカが自分の唇に人差し指を当てた。

「それは後で。何かお出ましです」

 一応敬語であるが、ヴェロニカが使っているせいかどこか変だ。普段のヴェロニカは毒舌かつ不遜なのである。そのため、敬語であってもやや不遜な割合が大きいかもしれない。


 知覚魔法に優れたヴェロニカが言うなら間違いない。そう思い、フェデーレも剣を抜いた。ただならぬ気配を感じたのだろう。ブルーノもアウグストも剣を抜いた。

 今更であるが、アウグストはかなりの魔力を持つ魔法剣士だ。護るべき対象ではあるが、もしかしたらブルーノより頼りになるかもしれない。



「ははははははっ!」



 笑い声が響いた。これが依頼内容にあった笑う肖像画の笑い声だろうか。ヴェロニカがざっと周囲を見渡し、ひとつの肖像画に向かって杖の先を向けた。その肖像画が燃え上がる。もう容赦ないほどの火炎魔法だった。

「ヴェロニカ、いいのか!?」

「問題ない。どうせ現実空間に重なった、現実とは別空間だ」

 冷静に状況を口にし、ヴェロニカは肖像画があった方に近寄った。肖像画の有った壁に触れる。ヴェロニカが焼いたので黒ずんでいた。


「魔法痕があるな……」


 フェデーレは、つぶやいたヴェロニカの方に人のような影が突撃していくのが見えた。

「ヴェロニカ!」

「っ!?」

 ヴェロニカは防御姿勢を取ったが、人影の攻撃で吹き飛ばされ、壁に激突した。防御魔法が出ていたので大丈夫だとは思う。ヴェロニカは肉弾戦に弱い。ルクレツィアも白兵戦があまり得意ではないが、ヴェロニカは戦闘のほとんどを魔法に頼っている、根っからの魔女なのである。

「ヴェロニカ! 無事か!?」

「……っ! 問題ない!」

 返答があったので、フェデーレはとりあえず彼女のことは忘れることにし、人影だと思ったものに剣先を向けた。

「殿下はお下がりください」

「おや。私も戦力になると思うけどねぇ」

 アウグストは肩を竦めつつもフェデーレの言葉に従って後ろにさがった。ブルーノが彼をかばうように前に立った。

 フェデーレは人影を観察し、驚きに目を見開いた。


「ルーチェ?」


 黒いマントに銀髪。マントの下は黒いドレスで、顔の上半分には銀色の仮面。右手には身の丈よりも長い銀の杖。そして、口元には笑み。


 15代目アルバ・ローザクローチェの恰好をしたルクレツィアと同じに見えた。


「違う。ここは作られた異空間。僕たちの知るルーチェは現実世界にいるはずだ。おそらく、この女はルーチェのコピーだ。本物ではない。遠慮なく攻撃しろ」

 口元に流れた血をぬぐいながら、ヴェロニカが復活して近づいてきた。


「愛する女と同じ姿をしていると攻撃できないか?」

「んなっ!?」


 ヴェロニカの発言にフェデーレはうろたえた。背後にはルクレツィアの兄もいるのに! ここで『愛する女=ルクレツィア』と考えるあたりフェデーレもヴェロニカの言葉の罠にはまっている。

 ヴェロニカはフェデーレを見て眼を細めて彼の前に杖を出した。


「できないのなら、僕がやろう。ああ……本気で暴れられるというのはいいねぇ」


 そう言って、彼女は凶悪な笑みを浮かべた。思わず、フェデーレは物理的に一歩引いてしまった。

「いいのかい? 彼女1人で」

「近くにいたら巻き込まれます。さがってください」

 背後からアウグストに尋ねられ、フェデーレは自分も下がりながら言った。彼よりむしろ、魔力の低いフェデーレやブルーノのほうが危険だ。

 ヴェロニカの周囲で魔法による炎が巻き上がった。一方、コピー・ルクレツィアの足元にも魔法陣が浮かんだ。強力な魔法による風圧に、フェデーレは左手を顔の前にかざした。


「君とは一度、本気でやりあってみたかったんだ!」


 嬉々としてヴェロニカが叫んだ。こんなに楽しそうな彼女を見るのは初めてかもしれない。


 ヴェロニカとコピー・ルクレツィアが杖をお互いに向けた。ヴェロニカの火炎魔法とコピー・ルクレツィアの冷却魔法が衝突した。オリジナル・ルクレツィアは冷却魔法はあまり得意ではないので、これが本物ではないとわかる。

 魔法同士が衝突し、爆炎を巻き上げた。

「うわぁ。すごい魔力だね」

「なんかついて行けないんですけど」

 アウグストとブルーノの声が聞こえる。何故かアウグストが楽しげなのが気になる。

「殿下。ブルーノと一緒にいてください」

 フェデーレは言い置くと、ヴェロニカに向かって叫んだ。

「ヴェロニカ! このままでは長引くだけだ!」

「わかっているよ、そんなことはぁっ!」

 戦闘狂のきらいがあるのか、ヴェロニカはさらなる波状攻撃を仕掛けていた。そろそろ熱さが半端ではないのだが。

「ヴェロニカ! 一瞬だけ攻撃をやめてくれ!」

「なんだと!?」

「いいから! 俺がケリをつける!」

 覚悟を決めてそう叫ぶと、ヴェロニカが嘲笑するように声を上げながら、杖をコピー・ルクレツィアの方に向けて火の玉を繰り出している。しかし、オリジナルの魔力が高いからか、コピー・ルクレツィアに魔法攻撃があまり効いていない。


 ならば、物理攻撃である。幸い、フェデーレには魔法破壊と言ういわば最終兵器がある。これは完全に才能であり、魔法の核を斬ることで魔法を破壊する高度技術である。魔力がそこそこあり、剣術に優れるフェデーレだからできる。

「わかったよ!」

 再び、ヴェロニカの火炎魔法がコピー・ルクレツィアを包み込んだが、杖の一振りで解除された。


「フェデーレ!」

「っ!」


 ヴェロニカに名を叫ばれるが早いか、フェデーレは剣を構えて走り出した。

「はぁっ!」

 気合と共に下段から剣戟を繰り出すが、杖で受け止められた。ルクレツィアによく似た彼女は、ニコリと口元に笑みを浮かべ、杖でフェデーレの剣を振り払った。杖は剣より長いものの、武器として使うこともできる。実際に、ルクレツィアもヴェロニカも、杖を武器として使用することがある。

 再び、フェデーレが切りかかるが、驚くべき反射能力で彼女は剣を受け止めた。力が拮抗したが、唐突に、コピー・ルクレツィアの左腕がありえない方向に曲がった。フェデーレは一度間合いを取り、剣を振りかぶった。


「っ! はぁっ!」


 フェデーレに袈裟切りにされ、コピー・ルクレツィアが光りを発し、そのまま光粒となって消えた。

 極度の緊張により上がった息を整えながら、フェデーレは振り返った。ヴェロニカが「大丈夫か?」と尋ねた。ここで気遣えるから、不遜でもヴェロニカは慕われるのだ。


「……ルーチェを斬ったようで、後味悪い」

「だろうな。僕は楽しかったが」


 すっかりいつも通りでヴェロニカが言った。この女は本当に何なのだ。というか、よく見たら彼女の眼鏡がない。

「眼鏡はどうしたんだ?」

「高温でとけた」

「……お前、意外と馬鹿だな」

「自分でも思ったよ」

 炎を繰り出していたのはヴェロニカの方なので、ヴェロニカは自分の魔法で眼鏡を溶かしてしまったことになる。一度ため息をつき、フェデーレはアウグストに尋ねた。

「大丈夫ですか、殿下」

 アウグストは剣を納めながら微笑んでうなずいた。


「私は無事だよ。それで、フェデーレ。ちょっと君に話があるんだけど」


 笑顔で王太子に肩を組まれ、フェデーレは顔をひきつらせた。嫌な予感しかしない。

 しかし、タイミングよく異空間が崩壊し始めた。魔力の低いフェデーレも感じられるほどはっきりと空間が崩壊していった。


 そして、現実空間では。


 何故か、本物のルクレツィアが部屋の隅で、杖の先を使って何かをつついていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ヴェロニカの一人称は『僕』ですが、王太子であるアウグストと話すときはさすがに自分のことを『私』と言っていますね。


関係ないですが、眼鏡はヴェロニカの本体のような気がします。


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