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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第3章 笑う肖像画
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21.仮面の肖像画

ブックマーク登録数が100件となっておりました。

登録してくださった皆さん、読んで下さっている皆さん、ありがとうございます!











 アウグスト共にフィオーレ・ガレリアに行った翌日、ルクレツィアはラ・ルーナ城を訪れた。ガレリアで感じた違和感を報告するためだ。


 しかし、いつも世話になっているヴェロニカもリベラートも研究室にいなかった。仕方がないので、オープン会議室のほうに向かった。探し人はそこで見つかった。


「お、ルーチェ。チェリーパイを作ったんだが、食べるか?」

「……」


 テーブル一つを占領してリベラートとヴェロニカがパイを囲んでいた。ヴェロニカは席に座って新聞を読み、リベラートがナイフを持ってパイを切り分けている。何となく、役目が逆のような気がするが、本人がいいのなら放っておこうと思った。


「食べる……っていうかそれ、もしかしてリベルが作ったの?」


 歩み寄りながらルクレツィアが尋ねると、リベラートがうなずく。


「ああ。ただの趣味だけどな」

「趣味の領域を越えていると思うが。見事なものだな」


 新聞を置いて、ヴェロニカがリベラートにツッコミを入れた。リベラートは苦笑して「そうか?」と言った。確かに、店に置いていても違和感がないほどの出来である。

「と言うか、自分で作ったものを王族に勧めるのなんて、あなたたちくらいよねぇ」

「それでも食べるんだろ」

「食べるわよ」

 リベラートの言葉にうなずき、ルクレツィアはヴェロニカの隣に座った。リベラートがルクレツィアの前にパイの皿とコーヒーの入ったカップを置いた。

「ありがとう。いただくわ」

 一口食べて、ルクレツィアは驚いた。リベラートが料理上手なことは知っていたが、菓子作りまで上手だとは。


「おいしいわ」

「確かに、うまいな」


 ルクレツィアは顔をほころばせて言ったが、ヴェロニカは表情を一ミリも動かさなかった。さすがと言うか、何と言うか。


「何してんだ?」

「お、フェディもチェリーパイはいらないか?」

「……くれるなら食べるが」


 リベラートは気さくにたまたまやってきたらしいフェデーレも誘い、空いていたルクレツィアの隣に座った彼の前にパイの皿を置いた。彼もそれに手を付けて「うまいな」と感想を漏らす。


「それ、リベルの手作りらしいわよ」


 ルクレツィアが隣から情報提供すると、ちょうどコーヒーを飲んでいたフェデーレは吹き出しそうになり、コーヒーを無理やり飲みこんでむせた。

「おいおい、大丈夫か?」

 リベラートが彼の背中をたたく。フェデーレは背中をたたくリベラートに「大丈夫だ」と返した後、尋ねた。

「本当にお前が作ったのか? 多才だな、無駄に」

「うるせぇよ。趣味だ趣味」

 相変わらずのフェデーレの口調に、リベラートは「ほっとけ」とばかりに言い捨てた。ルクレツィアはそんな彼らに苦笑する。

「仲いいよねぇ。2人とも」

「まあな」

「それなりには仲がいいな」

 リベラートもフェデーレも仲がいいことは否定しないようだ。

「お前も、ヴェロニカにべったりだな」

「いいじゃない。余計なお世話よ」

 フェデーレに指摘されたルクレツィアは、パイを食べ終えたヴェロニカに抱き着いた。彼女がぽんぽん、と背中をたたいてくれる。迷惑をかける気はないので、ルクレツィアはすぐに彼女から離れた。


 フェデーレはちらちらとルクレツィアを見てきた。なんだか最近こうしてみられることが多い気がする。意味ありげに見られるのはちょっと居心地悪いので、今までのように嫌味を言われる方がまだいいかもしれない。


「……何よ」


 ついに耐えきれずに尋ねると、フェデーレはたっぷり間を置いてから言った。

「フィオーレ・ガレリアに行かないか?」

「ああ。昨日お兄様と行ってきたわ」

「……」

 フェデーレが沈黙した。ただ、彼に言われたことでルクレツィアは当初の目的を思い出した。


「そうよ。昨日、お兄様とフィオーレ・ガレリアに行ってきたのよ」

「今聞いた」


 ヴェロニカが新聞から目を上げずに言った。ルクレツィアは隣で固まっているフェデーレはひとまず無視することにして、ルクレツィアは魔法研究家であるヴェロニカとリベラートに向かって言った。


「おととい、お兄様がフィオーレ・ガレリアの特別展示場から笑い声が聞こえるらしいって言う情報を持ってきてね。昨日、実際に行ってきたの」

「肖像画関係か。まあ、珍しくないよな」

「人形よりは希少性は低いな」


 リベラートとヴェロニカが冷静に言った。先月の動く人形よりは肖像画が笑う方が珍しくない。二人はルクレツィアと同じ判断をしたようだった。人形のような三次元的なものを動かすのは少々難しいのだ。

「それで、君は見に行ったのか」

「ええ。行ったわ」

 ヴェロニカの言葉にルクレツィアは深くうなずいた。眼を閉じて、その時のことを思い出す。


「昨日はまだ公開前だったから、私とお兄様の2人だけだったわ。今年は歴代国王と、アルバ・ローザクローチェの肖像画を集めた展示だったの」

「ほう。自分の肖像画を見てきたのか」

「見てきたわよ。仮面かぶってたけどね」


 ヴェロニカも大概毒舌である。眼を開いたルクレツィアはとりあえずスルーして話を続けた。

「私は知覚魔法があまり優れていないから、よくわからなかったんだけど。何となく、絵の配置がおかしい気がして……あと、場に違和感があったわ」

「『場』に違和感?」

 なんだそれ、と言わんばかりにリベラートが繰り返した。ルクレツィアは「場と言うか、空間かしら」と首をかしげる。


「なんだか、空間が二重に存在しているみたいで」


 ふむ、とうなずいたのは相変わらず新聞から目を上げないヴェロニカである。

「おそらく、ルーチェが言うのであれば、そうなのだろう。その特別展示場には現実の空間とは別に、異空間が存在しているんだ」

「それが、笑う肖像画とどう関係あるのかわからないんだけど」

「僕にもわからない」

 ヴェロニカはあっさりと投げた。リベラートを見るが、彼にも首を左右に振られた。


「ルーチェの魔法は独特だからな。知覚魔法と言うより、お前の高い空間認識能力で空間の違和感を認識したんだろ」

「そんなわけで、空間認識能力の低い僕たちには、二重の空間など確認できないと言うわけだ。絵画の配置の違和感くらいなら調べられるだろうが、空間のずれと笑う肖像画の関係など、僕たちにわかるはずがない」

「……そう」


 なんだかあっさり投げられた。ルクレツィアも魔法の調査ができないわけではないが、ヴェロニカやリベラートに比べると精度が落ちるのは仕方のない話だろう。ルクレツィアは使用する魔法の性質上、確かに空間認識能力が高いが、それだけである。

 まあ、いつもいつもヴェロニカたちを頼るのもどうかと思うので、ルクレツィアはもう少し自分で調べてみることにした。


 とりあえず、隣で固まっているフェデーレに声をかけた。


「フェデーレ。一緒にフィオーレ・ガレリアに行きましょうか」

「!?」

 そこで驚かれるのは不本意だったが、自分が男性恐怖症であるのを考えれば仕方がないかな、とも思った。
















 そんなわけで翌日。2日前にフィオーレ・ガレリアを訪れたばかりのルクレツィアは、今度はフェデーレと共にガレリアを訪れていた。一般公開が始まっているので、特別展示場も人でいっぱいである。


「すごい人ねぇ」


 身動きできないほどではないが、うっかりすると人とぶつかってしまいそうなほど混んでいる。王家主催の夜会と同じくらい混んでる。

「客寄せのための特別展示だからな。はぐれるなよ」

「気を付けるわ……」

 こんなに人が多いところで1人になりたくなかったので、ルクレツィアはフェデーレの服の袖を握った。2人とも恰好が貴族なので、貴族にあるまじきふるまいであるが、手を握るのはちょっとハードルが高かった。


「っ!」

「? どうかした?」


 フェデーレが息をのんだ気配がしたので尋ねたが、彼は「いや」と言って前を向いてしまった。ルクレツィアは首をかしげながらも歩調を合わせてくれる彼に続く。

「……これがお前か」

「似てないわよね。雰囲気が」

「特徴はよくつかめていると思うぞ」

 フェデーレの感想はルクレツィアのものと同じだった。『15代目アルバ・ローザクローチェ』の全身絵画は特別展示場の入り口付近にあるので、必ず目に入るのである。奥に行くにつれて、14代目、13代目、とさかのぼっていく。


「どうだ?」

「やっぱり、ちょっとおかしい。空間がダブって見える」

「……俺には分からないが」

「大丈夫よ。期待してないから」


 あっさりと言ったルクレツィアを、フェデーレは睨み付けた。ルクレツィアも彼を睨み付けたが、ちょうど『初代アルバ・ローザクローチェ』の全身絵画の前に来たので、それを見上げた。


「初代も銀髪か。絵画では、男か女かわからないな」

「初代に関しては性別論争もあるものね」


 初代アルバ・ローザクローチェは初代国王の子供であることは知られているが、それだけだ。息子だったのか娘だったのかすらわからない。ただ、剣を片手に戦った魔法剣士であったようだ。何しろ、フェデーレが使用する魔法破壊は初代アルバ・ローザクローチェが使用していた魔法だからだ。


「それで、フェデーレは何か感じる?」

「いや、さっぱりだな。絵の配置は確かに変わっている気がするが……」

「……まあ、あまり期待してはいなかったわ」


 ルクレツィアはため息をついてそう言った。フェデーレは完全に戦闘要員であるので、魔法解析関連のことではあまり期待していない。戦闘面では頼りにするけど。

 フェデーレの服の袖をつかんだまま、ルクレツィアは一度目を閉じ、また開いた。特別展示場を見る彼女の眼は、ここではなくどこか別のものを見ているようであった。



 ……うん。やっぱり、空間が二つ、重なり合っている気がする。



 二回見ることで、確証を得た。笑う肖像画についてはさっぱりだが、この特別展示場に何か魔法的なものがかかっているのは確かだ。それだけわかっただけでも収穫である。とにかく、何か対策をしなければならない、と思っていると、声がかかった。いや、声がかかったのはルクレツィアではなくフェデーレだ。


「セレーニ伯爵? 少し、よろしいでしょうか」


 声をかけてきたのは、またしてもフィオーレ・ガレリアの館長だった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ある意味デートでしたね。美術館デートです(笑)フェデーレがルクレツィアに袖つかまれてびくってなるところが、想像したらちょっとかわいかった。私は、はぐれそうになって友人の襟首つかんだことがあります(よい子は真似してはいけません)。


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