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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第3章 笑う肖像画
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20.フィオーレ・ガレリア








 ドレスはすべて買い上げたものの、夜会用のドレスだったため、ルクレツィアが着替える間、用があってきたアウグストは部屋から叩き出された。エミリアーナは「最初のパーティーが楽しみね」と言って、仕立て屋たちと一緒にルクレツィアの部屋から退散していく。

 普段着用のドレスに着替えたルクレツィアは、カルメンにアウグストを呼んでもらった。


「先ほどは失礼いたしました、お兄様」

「いや。かわいかったよ」

「……ありがとうございます」


 ニコリと微笑みながら言われた言葉に、ルクレツィアは何とも言えない表情になる。この兄には『かわいいと思うのは主観』と言われて以来、ほめられたらあまり逆らわないことにしている。


「それで、何かご用ですか?」


 いつものようにシンプルなデザインのワンピースのルクレツィアは、アウグストと向かい合うようにソファに座った。アウグストは向かい合わせに座った妹を見てニコリと笑った。


「実は、明日、フィオーレ・ガレリアの特別展示を見に行くんだ。今年は歴代国王とアルバ・ローザクローチェの肖像画だって」

「行きません」


 何となく話の見えたルクレツィアは即座にそう訴えた。王族となれば、当然公務がある。しかし、ルクレツィアはほとんど参加していない。『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』の一員として活動しているからだが、周囲はただの引きこもり王女だと思っている。それではいけない、と周囲は簡単そうな公務にたびたびルクレツィアを連れ出そうとする。

 別に、公務を行うのはいいのだ。しかし、何故美術館。確かに芸術は嫌いではない。むしろ好きだ。だが、何故よりによって歴代アルバ・ローザクローチェの肖像画を見なければならないのだ。と、15代目アルバ・ローザクローチェは思う。自分を美化された絵なんて見たくない。


 その思いをくみ取ったのかアウグストは苦笑し、「そうじゃないよ」と首を左右に振った。

「君を誘おうと思ったのは理由があってね。その特別展示場から夜に誰かの笑い声が聞こえるらしいんだ」

「? 警備員が笑っていた、とかではなく?」


 特別展示ともなれば飾られるものはそれなりに高価なはずで、そうでなくても警備の厳しいフィオーレ・ガレリアはさらなる警備員を雇っているはずだ。その中の誰かが夜中に笑いの発作でも起こしたのではないか。

 しかし、ルクレツィアにこの話が来た時点で、何となくオチはわかるというものだ。

「それが、どうやら肖像画が笑っていたらしいんだ」

「……」

 ルクレツィアは眉根を寄せて少し考えた。兄がのんびりと「しわになってるよ」と眉間を人差し指で押してきた。顔の筋肉を緩め、ルクレツィアは考えたことを口にした。


「……魔女としての見解を述べさせていただければ、人をかたどったものが動いたり、しゃべったりと言う現象はそんなに珍しくありません」


 先月の踊る人形事件などがその例だ。人形と言う人をかたどったものは、時に魔法道具として使用される。人に形が似ているから、魔法を通しやすいのだ。


 まあ、それはともかくだ。


「それに、そんな情報は『夜明けの騎士団』に入ってきていません。どうしてお兄様の方が先にご存じなのですか?」

 魔法事件はまず初めに『夜明けの騎士団』に入ってくることが多い。メリディアーニ公爵家を通して最速で依頼が伝えられるからだ。それ以外でも、魔法関連の苦情は『夜明けの騎士団』本部ラ・ルーナ城に寄せられる。

 そのため、アウグストの方が先に情報を握っているという状況が不思議だったのだ。彼は整った顔に笑みを浮かべ、小首をかしげて見せた。

「私は多くの人と接するからね。会話の中で、そうした情報をもらうこともあるんだよ」

「……そうですね」

 基本的に対人能力の低いルクレツィアにはできない情報収集方法である。いや、何とかしなければならないとは思っているのだ。一応。


「というわけで、気にならないかい?」

「……」


 気にならない、と言ったらうそになるだろう。沈黙したルクレツィアに、アウグストは追い打ちをかけてきた。


「ああ、そう言えば、先月、君のお願いを一つ聞いてあげたね」

「~~っ! わかりました! ご一緒させていただきます!」

「そう来なくっちゃ」


 アウグストはむくれた妹を見て微笑んだ。腹黒いのではなく、天然でこういうことを言ってくるから兄はたちが悪いのだ。
















 翌日のルクレツィアは淡い青の五分袖のドレスを着ていた。上品なデザインのドレスで、普段着ではなく外出用のものだ。さすがに公務に出かけるのに、いつものやる気のない恰好はないなー、と思った結果である。

 髪もちゃんと結い上げる。デアンジェリスで流行っている派手なドレスに比べるとやや地味であるが、自分で見る限り似合っているので問題ないと判断した。


「姫様、お似合いです」


 ルクレツィアの姿を見ながら微笑んだカルメンに、ルクレツィア本人は苦笑した。

「ありがと。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

「はい。頑張ってください」

 ぐっと両手を握ってエールを送ったのは同じく侍女のフェビアンだ。ただの公務で、何をがんばれと言うのか。まあ、確かにルクレツィアの目的は特別展示場に魔力的異変がないか調べることであるが。

 アウグストが先にエントランスで待っているのを見て、ルクレツィアは心もち速足になった。走るのははしたないこととされるのだ。


「お待たせしました、お兄様」

「そんなに待っていないよ。今日もかわいいね、ルーチェ」


 今日も三つ編みの兄にいつものようにほめられ、ルクレツィアははにかむように微笑んだ。アウグストが差し出した手を取り、ルクレツィアは馬車に乗り込んだ。


「てっきり杖を持ってくると思ったんだけど、手ぶらだね」


 悪気ない口調でアウグストが問うてきた。最近、よく言われる気がする。

「杖はちょっと目立つので。銃はもってますけど」

 さすがに、スカートの下なので見せることはできないが。兄とはいえ、異性がいるのにスカートをめくりあげるのは気が引ける。しかし、危なくなくれば遠慮なくスカートをまくりあげて足のホルスターに収められている銃を引き抜く所存である。


 まあ、それはどうでもよく。馬車がフィオーレ・ガレリアに到着したので、ルクレツィアはアウグストに続いて馬車を降りた。2人の王族が来るこの時間だけは、正面玄関立ち入り禁止となっている。特別展示場も今日は一般客は立ち入り禁止で、明日から一般公開らしい。一般展示には普通に客が入っている。

 正面入り口で出迎えてくれたのは、ガレリアの館長だった。大げさにアウグストとルクレツィアを歓迎し、特別展示場に案内した。


「今回の特別展示は歴代国王、アルバ・ローザクローチェの肖像画です」


 案内係の学芸員が愛想よく説明を開始する。ニコニコと説明を聞いているアウグストの後ろで、ルクレツィアはざっと周囲を見渡した。何となく、絵画の配置がおかしい気がした。

 ルクレツィアはため息をつき、学芸員が説明している肖像画を見た。デアンジェリス初代国王アルフォンソの全身肖像画である。



 デアンジェリス王国が成立に成立したのは、今から500年ほど前だ。初代国王アルフォンソが周辺地域を統一したことからこの国は始まる。アルフォンソは魔術師であったと言われ、そのため、この国は魔術的に発展しているのだと言われる。

 そして、初代アルバ・ローザクローチェは彼の子供だと言われている。しかし、初代アルバ・ローザクローチェの正体がわからないため、事実は不明だ。まあ、ほとんどの歴代アルバ・ローザクローチェは正体不明なのだが。



 ちなみに、現在の国王は23代目であるが、知ってのとおり、ルクレツィアは15代目アルバ・ローザクローチェである。

 この数字の不一致は、国王とは違い、アルバ・ローザクローチェは代々引き継がれるものではないからだ。アルバ・ローザクローチェはいる年代もあるし、いない年代もある。ルクレツィアが普段使用している杖は、初代アルバ・ローザクローチェのものといわれ、この杖は使用者を選ぶ。その杖に選ばれたものが『アルバ・ローザクローチェ』を名乗るのだ。


 ふと、歴代アルバ・ローザクローチェの肖像画が眼に入った。アルバ・ローザクローチェは全身像しかない。そして、父の肖像画がある時点で何となく気づいていたが、『15代目アルバ・ローザクローチェ』の肖像画もあった。兄に断ってからルクレツィアはアルバ・ローザクローチェの肖像画を見に行った。

 自分を模していると思われる『15代目アルバ・ローザクローチェ』の肖像画の前に立った。



 ……うーん。どうも私ではない気がする。



 ルクレツィアの感想である。ルクレツィアは堂々と女性の恰好で人々の前に出ているため、『15代目アルバ・ローザクローチェ』は女性を模していた。特徴的な長い銀髪に、左手に杖を持っている。さらに黒いマントに銀の仮面。特徴だけあげればルクレツィアと同じであるが、何と言うか、雰囲気が違う気がする。しかし、特徴はよくとらえられていると思った。まあ、見えているのは口元くらいだけど。

 さらにさかのぼり、『初代アルバ・ローザクローチェ』の絵画を見てみようと思った。その移動中に、ルクレツィアはふと違和感を覚えた。なんと言うか、目ではこの空間が見えているのに、感覚としては二つの世界が重なっているような、そんな感覚。


「ルクレツィア王女殿下は『アルバ・ローザクローチェ』の肖像画に興味がおありですか?」


 突然間近から声が聞こえ、ルクレツィアはざざっと後ずさりした。男性の声だったので、知らずに拒否反応が出てしまったのである。後ずさってしまってから、これは失礼だったな、と思った。

「すみません、驚いてしまって……」

「いいえ。私の方こそ、急に声をおかけしてしまって申し訳ありません」

 話しかけてきたのは館長だった。ルクレツィアはなんとか笑顔を浮かべて答える。

「わたくしも魔術師ですから、気になると言えば気になります」

「そうなのですか。では、学芸員を呼んで、解説でも……」

 館長が機嫌よくそう言うのを聞きながら、ルクレツィアは『初代アルバ・ローザクローチェ』の肖像画を見上げた。


 こちらも気になるが、何より気になるのはこの違和感だった。空間が二重に感じられる、この感じ。


 正体がよくわからず、ルクレツィアはため息をついた。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ガレリアは『ギャラリー』と同じ意味ですね。何度か『レガリア』と打ち間違えた……。

ルクレツィアは別に人見知りではないので、ちゃんと他人と話せる子です。男の人がちょっと怖いだけです。

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