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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第3章 笑う肖像画
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19.来る社交シーズンの準備

第3章です。









 デアンジェリス王国王都フィオーレには、この国を代表する美術館がある。『フィオーレ・ガレリア』だ。直訳するとフィオーレ美術館となる。そのままだ。

 そろそろ訪れる社交シーズンに向け、フィオーレ・ガレリアも特別展覧会を企画するなど、集客方法を考えていた。


 その企画の一つとして、歴代国王の肖像画を集めた特別展示を行うことにした。準備は進められており、特別展示場にはすでに肖像画が飾られていた。


 となると、当然警備も厳しくなる。特別展示で使用する肖像画は高名な画家が描いた作品ばかりなのだ。あまり考えたくないが、売り払えばかなりの値段いなる。

 そのため、特別展示場の前には昼夜と構わずに警備員が常駐し、数時間おきに見回りが行われる。公開が迫っているので、みんなピリピリしていた。


 その夜の警備員は、まだ若い青年だった。警備と言っても、ただ展示場の前の椅子に座っているだけなので、それほど大変ではない。まあ、展示が公開されれば話は別だろうが。

 ふと、青年は異変を感じた。ここには自分1人しかいないはずなのに、話声が聞こえた気がしたのである。しかも、特別展示場の中から。

 窃盗団でも入ったのだろうか。そうであれば、自分が責められてしまう。そう思い、青年は魔法道具の明かりを持って特別展示場の中に入った。

 見る限り、特に怪しげな影は見つからなかった。それでも、話声は聞こえる。どういうことだろうか、と思いながらも足を進める。広い特別展示場。歩くたびに声は大きくなっているから、向かっている方向は間違っていないのだろう。


 と、その時。


「はははははは!」

「!?」


 唐突に、笑い声が響いた。周囲を見渡しても誰もいない。しかし、確かに近くから笑い声が聞こえる。


 そして、彼は気が付いた。


 歴代国王の肖像画が、笑い声をあげていた。
















 ルクレツィアは自分の部屋で社交界で使用するドレスの微調整を行っていた。仮にも王女なので、既製品をそのまま使うことはできない。そのため、ドレスはすべてオーダーメイドだ。


「あなたが作ると、何もかもシンプルになってしまうから、わたくしの方で手を加えておいたわ」

「っていうか、なんでいるんですか、お母様」


 豪奢に波打つ金髪に明るい翠の瞳をした美女。王妃エミリアーナだ。つまり、ルクレツィアの母親にあたる。とはいえ、ルクレツィアと似ているのは目の色くらいだ。


 エミリアーナは顔立ちのはっきりした派手な美人だ。ルクレツィアの姉妹であるオルテンシアとフランチェスカは完全に母親似。ルクレツィアは父親似なのである。小柄だが出るところは出ている母は、本人によるととてもモテたらしい。と言うか、今でもモテる。40歳くらいの年齢だと思うのだが、容色は衰えておらず、オルテンシアたちと並べば母娘ではなく姉妹に見えるほどだ。

 ルクレツィアの素朴な疑問に、我の強い母は口元に笑みを浮かべた。


「放っておいたらあなた、いつまでも地味な装いでしょう? どうせだからわたくしが見立ててあげようと思って」

「見立てるっていうか、もうドレス出来てるんですけど。と言うか、明らかに私が注文したものと違うんだけど……」

「王妃様から要望がありまして。ルクレツィア殿下に似合うように飾り立てろと」


 仕立て屋のご婦人が真剣な表情で暴露した。いや、この人は普通の人であるので、王妃に逆らえなくて当然なのだが……。

 ルクレツィアはドレスを見てうなった。今シーズン用にルクレツィアが注文したのは3着分。もしかしたらもう少し注文する可能性もあるが、取り急ぎ必要な分は3着だと考えたのだ。


 しかし、実際に持ってこられたドレスは7着もあった。どういうことか尋ねれば、王妃の命令らしい。エミリアーナはこの機会に普段着用のドレスも入れ替えろと言った。どうにも、ルクレツィアの普段着は不評である。

 できてしまったものは仕方がないので、ルクレツィアはすべてのドレスで最終調整を行ってもらった。エミリアーナは満足そうである。

「シンプルなのも似合っているけど、そちらの方が似合うわよ、ルーチェ」

「……ならいいのですが」

 何度も言うが、ルクレツィアは着飾ることは嫌いではない。きれいなドレスを着てうれしいと思うし、それが自分に似合っているのならなおさらだ。だが、どうしても今更感がある。


「今回の社交シーズンで、できればフランの婚約者の目星もつけたいの。姉であるあなたの婚約者がいないままフランの婚約者を選ぶわけにはいかないでしょう? だから、あなたにもできるだけ夜会に出てほしいのよ」

「!? でも……」


 エミリアーナの言葉を聞いたルクレツィアはぎゅっと唇をかみしめる。エミリアーナの言うことは正しい。妹が婚約するのに、姉が婚約していないのはおかしいだろう。物事には順番があるのだ。それを言うなら長兄のアウグストも婚約者はいないが、彼は男なので話はまた別なのだろう。

 妹フランチェスカは16歳だ。そろそろ、婚約してもいい頃である。王女ならば、政略結婚は避けられない。フランチェスカは母に似た美少女なので引く手あまただろう。


「まだ男の人が怖い?」


 幾分優しげな口調でエミリアーナが尋ねた。ルクレツィアは「少し」と答える。仕立て屋のご婦人に微調整を行ってもらいながら、ルクレツィアはぽつりと言った。


「普通に会話することならできますけど……やっぱり、触られるのは、ダメで」


 このままではだめだと思っているが、そうそう直るものではなかった。男性と会話することならできれば、触られるのは本当にダメだった。慣れていると思っていたフェデーレ相手でも、突然触れられて手を振り払ってしまったくらいだ。

「やはり難しいかしら」

「ダメなら神の家に入るから気にしないでください」

「それも、ねぇ。まあ、どちらにしろあなたはこの国からは出られないのだけど」

 エミリアーナがため息をついた。アルバ・ローザクローチェとしての役割があるルクレツィアは、デアンジェリス王国を出ることはできない。つまり、普通の王女のように政略結婚で国外に嫁ぐことはできないのだ。嫁ぐなら国内の貴族に降嫁することになる。


 だが、ルクレツィア本人も男性恐怖症気味だし、デアンジェリスの貴族男性たちはオルテンシアやフランチェスカと言う美女を知っているので、その姉妹でありながら彼女たちほど美人ではないルクレツィアを娶るとは思いにくかった。


 結婚できなさそうなら神の家に入る、とルクレツィアは言ったが、実際に彼女は神の家に入ることはないだろう。おそらく、新しい戸籍を用意し、別人としてアルバ・ローザクローチェを続けることになる。神の家には『ルクレツィア』という名前だけが記されることになるはずだ。たぶん。


「はい。よろしいですよ」

「ありがとう」


 ご婦人に調整を終えたことを告げられ、ルクレツィアは少し微笑んで礼を言った。すると、ご婦人は言いにくそうに告げた。


「その。よろしければ、もう一着試していただけませんか? 最近ブルダリアス王国で流行っているタイプのドレスなのですが……」


 ブルダリアスと言えばルクレツィアの姉オルテンシアが嫁ぐ予定の国だ。なので、ルクレツィアは「それはお姉様に着てもらった方がいいのではないかしら」と提案した。しかし、ご婦人は首を左右に振る。

「いいえ。ルクレツィア殿下だからこそ似合うのです」

「いいじゃない。着てみれば?」

「お母様!?」

 ルクレツィアは驚いて母の顔を見る。エミリアーナは笑顔で深くうなずいた。

「彼女がこれだけ言うのだから、きっとあなたに似合うのよ」

「ええ! もちろんです」

 仕立て屋のご婦人は意気込んでうなずいた。その勢いと母に勧められたのもあり、ルクレツィアはとりあえずそのドレスを見てみることにした。


「いかがですか?」

「……」


 そのドレスを見て、ルクレツィアは沈黙した。何度か見たことのある形のドレスではあった。袖のないビスチェタイプで、上からショールやボレロを羽織ることもできるらしい。いや、そこではなく。


 色は淡い緑と白。体の線に沿う形で作られており、膝上のあたりまではぴったりとしているが、そこから下はふわりと裾が広がっている。見た感じ、前より後ろの裾の方が長い。


 ご婦人はにこにこと解説した。


「いかがでしょうか。マーメイドラインと言うタイプのドレスです。背が高く、細身の女性に似合う傾向があります」

「……」


 確かに、ルクレツィアは長身で細身だ。もしかして、ルクレツィアと同じような体型の人が考えたのだろうか。確かに、長身の女性に似合うデザインであると思う。問題は、これを着ると目立つと思われることだ。


「あら。いいんじゃない? 色もあなたの眼の色に合わせたんだろうし」


 エミリアーナが嬉しそうに言った。確かに、色はルクレツィアのアイスグリーンの眼に合わせられている気はする。と言うことは、ルクレツィアが着ることを想定して作ったということで……そうなると、断りづらい。

「……じゃあ、とりあえず着てみることにする」

「どうぞどうぞ!」

 ご婦人はルクレツィアの返答に顔を輝かせた。体の線に沿うように作られているので、着るときに破らないかちょっと心配だった。彼女の体形に合わせて作られているのでそんなことはなかったが、着脱が少々大変そうではある。


 そして、そんな面倒をものともしないほど、そのドレスはルクレツィアに似合っていた。


「あらぁ。似合うじゃない」

「よくお似合いです、ルクレツィア殿下」

 王妃もご婦人も満足そうだ。大きな姿見の前で確認してみたが、ルクレツィアも納得するほど似合っていた。これだけ似合うドレスを着たのは初めてかもしれない。

 コンコンコン、とノックがあった。次いで、「ルーチェ、いる?」という兄アウグストの声。いつも妙なタイミングで現れるな、と思いつつ中に入れていいものか迷っていると、エミリアーナが勝手に近くにいたリンダに指示して部屋のドアを開けさせた。


「ありがとう……あれっ、ルーチェ。よく似合ってるね」

「……ありがとうございます……」


 目が合った瞬間に褒められて、ルクレツィアはもごもごと礼を言った。天然のきらいがある兄の言葉はストレートなので、兄弟なのに照れる。

「と言うか、お邪魔でしたか」

 珍しく空気を読んだアウグストの言葉は母エミリアーナに向かって発せられた。ルクレツィアとエミリアーナが似ていないと言うことは、ルクレツィアと似ているアウグストもエミリアーナと似ていないと言うことである。特に、兄アウグストは父を若くして線を細くした感じなので、本当に母から生まれたのか疑問に思うことがある。いや、これを言ったら両親に殺されるけど……。


「ちょうど終わったところよ。ご婦人シニョーラ、全て買い取りますわ」

「!? お母様、何で勝手に決めてるんですか」


 あわてて止めに入ったが、エミリアーナはさっさと仕立て屋のご婦人に売買契約の書面を渡してしまった。まあ、腐るものでもないし、いいか、とルクレツィアはあきらめた。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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