01.デアンジェリスの次女姫
なんだかたくさん人の名前が出てきますが、特に覚えなくても大丈夫です。
デアンジェリス王国王都フィオーレにあるイル・ソーレ宮殿は、デアンジェリスの王族が暮らす城であり、この国の政治の中心でもある。『太陽』を意味するイル・ソーレは、本当にこの国の顔と言うわけだ。
その荘厳なる宮殿の中を歩く女性がいる。長い髪はくすんだ茶色。ウェーブがかっていると言うよりは寝癖のように髪がうねっている。背は高いが猫背で、何となく自信がなさ気。うつむいているため顔はよく見えない。着ているドレスもさえないオリーブグリーンでツーシーズンほど前の流行の型である。そんな彼女を見て、宮殿にいる貴族たちは言うのだ。
「ああ、地味姫が来たぞ」
「第2王女ルクレツィア姫か……」
「ほかのご兄弟は美形なのにな」
「背ばかり高くて、おかわいそうに」
「よくあんな姿で人前に立てるものだわ」
「しっ。聞こえるわよ」
男性貴族も女性貴族も好き放題言ってくれる。彼女はため息をつくのをぐっとこらえた。
デアンジェリス王国第2王女ルクレツィア・メルチェーデ・デ・ロレンツィ。年は18歳。外見は説明した通りで、冴えない姫君、地味姫などと呼ばれている。明らかに猫背と自信がなさそうな様子が原因だと思われるが、これは本人の問題である。
そもそも、ルクレツィアは基本的に引きこもりだ。病弱だと言う話で、宮殿の自室にいることが多い。今日、部屋を出てきたのも書庫に用があったためだ。何の用もなければ、部屋から出ない。……表向きは。
「……姫様。あいつら……!」
「おさえなさい、カルメン。気にしてないから」
「姫様が気にしなくても、私が気にします!」
小声でそんな会話を繰り広げる。カルメンはルクレツィアの侍女なのだが、何と言うか、ルクレツィアを崇拝している節がある。ルクレツィアに言わせれば、「どうしてこうなった」と言う感じだ。
「とにかく、押さえて。騒ぎを起こさないで」
言葉だけ聞けば気が弱いのだろうか、と思うだろうが、声音はそんな様子はない。だから、少々不自然である。
カルメンがむっとしながらも押し黙った時、近くで歓声が上がった。ルクレツィアが驚いて立ち止る。立ち止った後、後悔した。
「お帰りなさいませ! いつお戻りになりましたの?」
「ご無事なお姿を拝見できてうれしいですわ!」
「ああ、とても素敵ですわ。フェデーレ様……!」
うっとりした令嬢たちの声が聞こえた。彼女らはルクレツィアをさげすんだその口で、彼を称賛している。確かに、彼は美形だ。しかし、ルクレツィアに言わせれば。
「帰ってきやがったのか、あの男……」
「姫様。素が出ています」
こんな感じだ。カルメンにつっこまれるくらいの拒否反応が出る。
今のつぶやきが聞こえたとは思えないが、立ち止っていたルクレツィアに彼が気が付いた。
「ルクレツィア様。お久しぶりです。フェデーレ・デル・メリディアーニ、ただいま帰国いたしました」
そのまま帰国しなければよかったのに、と思いつつ、ルクレツィアは顔を上げた。彼女の目の前に1人の美男子が立っていた。
背丈は女性にしては背の高いルクレツィアが見上げなければならないほど高い。金髪碧眼と言う、どこの童話の王子様だ、と言う外見で、目元は涼やかで口元には笑み。貴族の正装がよく似合っていらっしゃる。
「……お久しぶりです、セレーニ伯爵。無事のご帰国、うれしく思います」
セレーニ伯爵は、メリディアーニ公爵の従属爵位だ。そう。このフェデーレはメリディアーニ公爵の長男。つまり、後継ぎである。年はルクレツィアより一つ上の19歳で、彼女とは切っても切れない縁がある。
「そんな他人行儀な。私のことはフェディと呼んでくださればいいのに」
「……」
思わず無言で睨み付けると、フェデーレはその爽やかな風貌には似合わないにやり、としか言いようのない笑みを浮かべた。これだからこの男は!
「申し訳ありませんが、ルクレツィア様。私は陛下に挨拶に行かなければ。また後程お会いしましょう」
そう言ってフェデーレはルクレツィアの手を取った。ルクレツィアは反射的に手をひっこめた。フェデーレは一瞬驚いた顔になったが、「ああ、そうでしたね」と微笑むだけにとどまった。
「約束を忘れないでくださいね、ルクレツィア様」
彼はルクレツィアにそうささやき、謁見の間へと向かった。残されたルクレツィアに令嬢たちの怨嗟の視線が突き刺さる。
とりあえず、ルクレツィアはカルメンを連れて自室に撤退することにした。
△
「ったく。毎回毎回何なのよ、あの男は!」
私室に戻った瞬間、ルクレツィアは吐き捨てた。気の弱そうな様子はどこへやら。背筋も伸び、ソファにクッションをたたきつけた。
「怒るのはそこですか!? 姫様に対する誹謗中傷の方が許せません!」
「それは私には直接関係ないでしょう。あの男はどうしても私に関わってくるから腹が立つのよ!」
カルメンとルクレツィアでは怒る対象が違った。カルメンはルクレツィアをさげすんだ貴族たちに対して怒っているが、ルクレツィアは最後に現れた美男子、フェデーレに怒っていた。
ルクレツィアはソファに勢いよく腰かけると、前髪をかきあげた。くすんだ茶髪の下から、アイスグリーンの双眸が現れる。切れ長気味のその目は、どちらかと言うと気が強そうで、同時に氷のような怜悧さも兼ね備えていた。
そして、地味姫、冴えない姫君と呼ばれる割には整った顔立ちをしている。正しく、ルクレツィアの気が弱そうに見えるのは、その態度のせいなのだ。ルクレツィアが気が弱そうに振る舞っているのには事情がある。
ノックがあった。ルクレツィアの外出中は部屋に控えていた侍女の1人、ファビオラが応対する。彼女は、ルクレツィアを振り返ると、言った。
「姫様。オルテンシア様とフランチェスカ様がおいでですが……」
「お通しして」
ルクレツィアは短くそう言うと、立ち上がって少ししわの寄ったドレスをはたいた。
入ってきたのは20歳前後の女性と、10代半ばほどの少女。どちらも華やかな顔立ちをしていて、一目で姉妹であるとわかる。ルクレツィアは2人をまぶしげに見つめた。
「ごきげんよう、お姉様、フランチェスカ。今日はどういったご用件で?」
「ごきげんよう、ルクレツィア。あなた、今日もそんな格好なのね……」
「お望みであれば着飾りますが。まあ、わたくしには必要ありませんから」
ルクレツィアはあっけらかんとしてそう言うと、2人にソファに座るように勧めた。2人が並んで座り、ルクレツィアはその向かい側に1人で座る。カルメンたち侍女がテーブルにお茶と茶菓子を出した。
ティーカップを傾けながら、ルクレツィアは向かい側の2人を見る。うん。今日も自分の姉妹とは思えないほどの美貌っぷりだ。
オルテンシア・アデリーナ・デ・ロレンツィはデアンジェリス王国の第1王女。ルクレツィアより二つ年上で20歳。すでに、他国の王太子に嫁ぐことが決まっている。たっぷりとしたプラチナブロンドに吊り上り気味の二重の眼は蠱惑的にサファイアブルーの光を放っている。体つきも豊満で、これぞ傾国の美女! と言った感じの人だ。
もう1人はフランチェスカ・クラリッサ・デ・ロレンツィと言う。デアンジェリス王国第3王女で16歳。社交界に出たばかりであるが、その花も恥じらう美貌から、『花の妖精』と呼ばれている。ストロベリーブロンドに淡い空色の瞳の美少女だ。オルテンシアに比べてたれ目気味ではあるが、この二人はひと目で姉妹とわかるくらい似ている。
驚くべきことに、この2人とルクレツィアは父親も母親も同じ姉妹なのだ。と言うか、デアンジェリス王は妻が1人しかないので、兄弟全員が同じ両親を持つのは当たり前の話ではある。
言ってしまえば派手な美貌であるオルテンシアとフランチェスカに比べ、ルクレツィアは容姿は整っているものの、平凡であると感じる。それなりに端正な顔立ちをしていると自負しているが、どうしても、目の前の2人に比べると怜悧な印象が強く、『美貌』と言うよりは『地味』な印象が強くなる。
もういい。あきらめた。この2人を前に、容姿を比べることの無意味さを感じた。
「あなたね。せっかくきれいな顔をしているのだから、せめてそのドレスは何とかしなさいよ。流行遅れよ」
オルテンシアがズバリと言った。フランチェスカもうなずいている。
「そうですわ。わたくしに任せていただければ、もっとお似合いのドレスを選んで差し上げますのに……!」
「さっきも言いましたけど、無意味です」
ルクレツィアは取りつく島もなく言った。オルテンシアとフランチェスカはがっくりする。
「あなた、まだ自分の顔のことを気にしてるの? 確かに、わたくしたちとは顔立ちの系統が違うけど、お兄様とはそっくりじゃない!」
「そこに問題があるんですよ! お姉様やフランと比べられて、遠回しに『特徴がない』と言われたわたくしの気持ちが2人にわかりますか!?」
ルクレツィアはオルテンシアとにらみ合った。先にルクレツィアの方が視線を逸らした。
「それに、わたくしはあまり目立つわけにはいきませんから、これくらいでちょうどいいんです」
「……違う意味で目だっていますわ……」
フランチェスカにつっこまれたが、それは自覚している。ルクレツィアにとって、顔立ちを覚えられる方が問題なので、あれくらいがちょうどいいのだ。
「それで、2人は何をしにいらっしゃったんですか」
「そうそう。フラン」
オルテンシアがフランチェスカをつついて促す。フランチェスカは布にくるんだ小さな瓶を出してルクレツィアの前に置いた。
「この香水なのですが。どうにも、ただの香水にしてはおかしい気がするのです」
「なるほど」
ルクレツィアは香水瓶を取り上げた。これはいいものと安いものの間くらいの価格であるが、香水とは、古くから魔術に使われるものでもある。
「見ただけじゃわからないわ。でも、確かに微量の魔力は感じる。媚薬かしら?」
ルクレツィアは魔術師であるが、魔法研究家ではないので詳しいことはわからない。とりあえず、フランチェスカから預かることにした。
「それで、これ、誰にもらったの?」
「リナウド公爵子息ブルーノ様です」
「……なるほど」
ルクレツィアは香りを嗅いでみる、などと言うことはせずに、フランチェスカに言った。
「これ、借りてもいいかしら? 魔法研究家に解析してもらうわ」
「もちろんです。よろしくお願いします」
フランチェスカの了承を得て、ルクレツィアは香水の瓶をカルメンに渡した。後で研究者の所に持って行くのだ。
「そう言えば、ルクレツィア。フェデーレが帰ってきたようね」
突然オルテンシアが話題を振った。ルクレツィアは顔をしかめつつも答えた。
「ええ。先ほど会いました。帰ってこなくてもよかったのに……」
「……あなたたち2人、相変わらずのようね」
オルテンシアが呆れて言った。ルクレツィアにしてみれば当然です! と言ったところだ。
芳しい反応を引き出せなかったので、フランチェスカの付添であるオルテンシアはさっさと立ち上がった。
「まったく。つまらないわねぇ。気にならないの? 美形じゃない」
「むしろ美形は私の敵です」
絶対に自分がフェデーレの隣に立てば見劣りする。そんな相手は嫌だ、とルクレツィアは思う。
「あなたの思い込みも強いわねぇ」
「何のことですか。フラン。何か分かったら知らせるわ。また変なものをもらったら相談に来なさい」
「そうしますわ」
オルテンシアに続いて立ち上がったフランチェスカにそう声をかければ、彼女は微笑んでしっかりとうなずいた。どことなくはかなげな容姿であるのに、しっかりしているのがフランチェスカである。
2人がルクレツィアの部屋を出た後、彼女はフランチェスカが置いて行った香水瓶を眺めた。
「調べるなら……やはり、あそこよね」
ルクレツィアは自分の侍女を全員呼び出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ここまでだとわけわからないので、もう1話今日中に投稿します。本当は、この話と次のやつで1話だったんです。