17.詐欺事件の謎
みなさん、ハッピーバレンタインです。
まあ、この作品はバレンタインに乗っかりませんが(笑)
ルクレツィアとエラルドがジルダを連れてラ・ルーナ城に到着したのは夜中を過ぎてからだった。いろいろ試してみたのだが、ルクレツィアの力ではジルダを元の姿に戻すことはできなかった。
「ヴェラ。どうなってる?」
ラ・ルーナ城での情報統括を頼んだヴェロニカが眼に入り、ルクレツィアは仮面をはぎ取りつつ駆け寄った。ヴェロニカはまず「お帰り」と彼女に言った。
「思ったより遅かったな……と言うか、妙な連れがいるな?」
「成り行きで……それで、そっちはどうだった? できれば簡潔に頼むわ」
「ああ。簡潔に言うと、だまされて買わされた宝飾品類はすべて魔法道具だった。しかも、本物の宝玉を使った魔法道具と見まがうほどのいい出来だ」
「それは……またややこしくなりそうね。それで、こっちなんだけど」
ルクレツィアは詳しい報告は後に回すことにし、ヴェロニカに助けを求めた。
「どうやら魔法で変質されてしまったようなのだけど、治るかしら?」
「……うむ」
ヴェロニカが難しい表情になりながらジルダに近づいた。ルクレツィアの拘束魔法に縛られている彼女の周囲を一周する。
「……例の、魔力を放出していた歌姫だな。何があった?」
「それはわからないわ。本人に聞いてみないと」
本当にわからないのだ。何故、彼女の体が半分変化してしまったのか。
「……今、総力をあげて回収した魔法道具を解析しているところなんだが……まあ、同時進行で調べてみようか。拘束魔法はそのまま。こっちにおいで」
ヴェロニカがジルダを手招きする。エラルドが軽く彼女の背を押し、隔離用の部屋に連れて行った。拘束魔法は解いて代わりに部屋に強力な結界魔法を書ける。『夜明けの騎士団』の中でも屈指の魔力を持つルクレツィアとヴェロニカによる魔法なので、そう簡単に破れないはずだ。
「さて。ルーチェ、お前、宮殿に戻るか?」
「さすがにこんな時間に戻らないわよ。このまま解析を手伝うわ。エラルドは休んでいいわよ」
「ううっ。すみません……」
遠回しに役に立たないことを告げられたエラルドは、自覚があったのでそのままさがって行った。その背中が少しさみしそうだった。
そして、ルクレツィアは初めて、詐欺に使われたという魔法道具を見た。
「はー。よくできてるわね。確かに、普通の人は言われなければ偽物とわからないかもしれないわ」
「偽物だと言っても、なかなか信じてもらえなかったよ」
リベラートが苦笑して言った。ルクレツィアはもっていた赤い石のはまったネックレスから視線を外し、彼の方を見た。
「よく回収してこれたわね」
「まあ、な。大変だったぜ。払った金は全額返金するっつっても、これはご利益があるからどうのって粘られたし」
どうやら、アウグストに言われたとおりのことが起こっていたらしい。これも精神魔法の結果だと思うのだが、洗脳魔法は、一度相手を信頼してしまうとかかりやすい。お守りだと言う宝飾品のご利益があったことで、信じるようになってしまったのだろう。
「ちなみに、どんな効果があったの?」
「子供の成績が上がったとか、手がけている事業の業績が上がったとか、そんなレベルのものだ。すべて偶然だと思うのだが……」
「少なくとも、子供の成績はその子の頑張りでしょうよ」
宝石鑑定のために呼ばれていたフェデーレの言葉に、ルクレツィアは苦笑した。業績が上がったのは経済操作の為、子供の成績は家庭教師が良かった場合なども考えられるが、そのすべてがこの宝飾品のおかげであるとは考えにくかった。
「この魔法道具、宝玉に似せて精巧に作られているけど、魔法自体はそんなに強くないわね。あらかじめかけた魔法を定着させるものなのかしら」
「おそらく、試作品なんだろうな」
ヴェロニカもいくつか宝飾品を手に取りながら言った。リベラートによると、一応、詐欺被害者たちが洗脳されていないか確認してきたが、もともと詐欺師たちを信頼していたその思いを増幅されていただけなので、離れていればそのうち元に戻るだろうとのことだった。
「何がしたいのか私にはわからないわ」
ルクレツィアが困ったように言うと、ヴェロニカが眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。
「これは仮説になるが、ルーチェが連れてきたあの異形の姿となった歌姫。彼女は、この宝玉の能力を強化したものを埋め込まれたのではないか? その上で、日々魔法をかけられた……おそらく、キメラのように、他の強い生き物の特徴を魔法で定着させられた……のかもしれない」
ヴェロニカにしては自信なさげだ。確かに、これは調べてみないとわからないだろう。フェデーレが顔をしかめた。
「それでは、強力な魔法戦士ができてしまう。キメラは言葉を理解できないが、人間が元になっているのなら、言葉が理解できる……」
「そう。強力な軍隊ができるな」
ヴェロニカがフェデーレの言葉を肯定した。想像してみると、とても戦いづらい相手だ。もともとが人間であると思うと、手を出しあぐねてしまう。
「まあ、彼女のことは僕たちに任せておけ。詐欺関連のことはお前に任せる」
何故か任せられたルクレツィアはそれでもうなずいた。適材適所と言うやつである。おそらく、詐欺関連のものはアウグストから報告が入るはず。
「あ、そう言えば」
詐欺で思い出した。
「その詐欺の首謀者らしき人だけど、誰かに頼まれたって言ってた。でも、相手の顔も名前もわからないんだって」
「はあ?」
フェデーレがどこぞの騎士と同じような反応をした。いや、しかし、気持ちはわかる。
「そいつの言うことが本当なら、頼んできたってのは魔術師か?」
ルクレツィアが普段使っている魔法の中に、自分の外見の印象を本来のものとは違う風に認識させる認識変化魔法がある。それを使えば、名前も顔も覚えていないけど接触した相手、というあいまいな状況が作り出せる。
「前の香水の時もそうだったけど、確実に後ろで糸引いてる奴がいるんだよねぇ。そいつじゃないかなって、勘」
「勘か」
フェデーレにつっこまれた。だが、魔法使いの勘は馬鹿にならないので、フェデーレはツッコミを入れるだけで終わった。
もしも、本当に黒幕がいるとしたら、以前ヴェロニカが言ったように、そいつを引きづり出せばいい。方法は難しくても、やることは簡単なのだ。
△
1週間ほどたち、まず詐欺関連の方の結果が出た。歌劇団の座長は一貫して『頼まれてやっただけ』と言う態度を貫いているらしい。それでも、実際に詐欺を行ったのは事実なので、刑罰は下される。しかも、その頼んできた相手の特徴を何一つ覚えていなかったので、実刑は重いものとなると思われる。
なお、貴族に宝飾品を買わせるときに何人か団員も巻き込んでいた。その中の1人が歌姫ジルダだったようだ。ジルダは座長に拾ってもらった恩があるため、拒否しにくかったようだ。
そして、一つ問題があった。
「詐欺で得たはずの金がない?」
ルクレツィアはティーカップをソーサーに戻しながら兄アウグストの顔を見た。怜悧なその顔は、その顔立ちによく似合うまじめな表情を浮かべており、発言もいつもよりまともなので、アウグストはかなり切れ者に見えた。
「ああ。どこを探してもないそうだ。座長に聞いたところを探しても出てこない。最終的に本人を連れて行っても『あったはずの場所にない』と言い出す始末だ」
「……それって」
「おそらく、彼に詐欺を『頼んで』きた相手が金だけ回収したんだろう。座長も騙された、と言うことだね」
ふう、とアウグストが息を吐いて紅茶を飲んだ。そのしぐさの優雅なこと。
「ま、それでも詐欺を行ったことは事実。手加減はしないよ」
「さすがはお兄様です」
ルクレツィアは微笑んでうなずいた。うん。おっとりしているがやるときはやる。それがアウグストだ。
妹が微笑んだのを見て、アウグストも相好を崩す。せっかく怜悧な印象だったのに、それだけで台無しになった。
「ルーチェ。やっぱり君は笑っていた方がかわいいよ」
「かわいいと言うのはフランのような子のことを言うんですよ」
兄弟たちはことあるごとにルクレツィアをほめてくれるが、この意見だけはルクレツィアも譲れない。かわいらしい外見と言えばフランチェスカだろう。
「美人、と言うのは客観的だけど、かわいい、と言うのは本人の主観だからね。私には君がかわいく見えると言うことだ」
「な、なるほど」
思わずアウグストの意見に納得してしまったルクレツィアである。確かに、かわいい、と思うのは主観かもしれなかった。誰に聞いても美人な人は美人だが、かわいい、と言うのは本人の感性によるところが大きい。
「だから、私としては可愛らしい君を見ていたいから、笑っていてほしいものだね」
「……善処します」
ルクレツィアは苦笑し、アウグストに対しては同じような返答ばかりしているな、と思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
着々と戦争の準備が進んでいる気がしますね……。