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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第2章 踊る人形
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16.歌劇団の実態












「歌姫ジルダ。あなたの放出した魔力が、貴族たちの屋敷の人形を動かしていたことはご存知ですか?」


 名指しされたはかなげな美女は、首を左右に振った。彼女は意識して魔力を放出していたわけではない。だから、知らないのは当たり前だ。

 だが、アルバ・ローザクローチェが来たことで捕まるのではないかと焦った座長が歌姫ジルダを責めはじめた。


「お前っ! 何をしているんだ! 知らなかったでは済まされんのだぞ! お前のせいで公演ができなくなったらどうするんだ! お前は多くの人間に迷惑をかけたのだぞ!」

「すみません……っ」


 泣きそうな表情で、ジルダは謝った。エラルドが止めてやれ、と言わんばかりに見てくる。そんな目をしなくても止めるつもりだった。


「落ち着いてくださいな、座長さん。おそらく、ジルダさんは魔法訓練を受けたことがないのですよね。ですから、魔力がコントロールできないだけです。今回は故意的なものではありませんでしたので、厳重注意とこれから魔力制御の訓練を受けてもらえば、公演停止などにはいたしませんよ」


 首をかしげて座長に向かって言う。ちなみに、ルクレツィアはアルバ・ローザクローチェの役目についている間は、実年齢プラス五歳くらいの印象で行動している。落ち着いて、が合言葉だ。

 座長がほっとした様子で「ありがとうございます」と感謝を述べた。ルクレツィアは口元に相変わらずの笑みを浮かべながら、遅いな、と思っていた。そろそろ、王太子の命を受けた騎士団が来てもいい頃だと思うのだが。


 そう思った矢先、赤い制服を着た騎士たちが駆け込んできた。王都の警吏を担う第二騎士団である。その中に何人か白い制服も見えた。こちらは第一騎士団、つまり近衛騎士団である。


 おそらく、分隊長であろう。一番身分の高そうな第二騎士団の男性が座長に歩み寄った。彼に書状を渡す。


「あなたの逮捕令状が出ています。ご同行願います」


 演技なのかわからないが、座長は驚いた様子を見せた。何故かルクレツィアの方を見る。


「そんなはずはありません! 捕まるなら、ジルダのはずです! ねぇ、アルバ様!?」


 思わぬ言葉に、ルクレツィアに視線が集まった。しかし、彼女は動揺せずに落ち着いた口調で言った。


「ジルダの魔力放出に関してはわたくしの管轄ですが、あなたの逮捕に関しては管轄外です。騎士団の方からお話をお聞きくださいな」


 そう。詐欺関連の話は管轄外。だが、第二騎士団の騎士たちに睨まれた。しかし、いつものことなのでルクレツィアは肩をすくめるだけで終わった。だが、第二騎士団の騎士に尋ねられた。


「そう言えば、何故閣下がこちらに?」

「わたくしはこちらの歌姫に用があっただけです。お気になさらず。ジルダ、少しお話をお聞きしてもよろしい?」

「は、はい」


 舞台の上で堂々としている姿を見ているからか、そのどこか気弱な姿が異様に映った。もしかして、ルクレツィアも人にはこんなふうに思われているのだろうか。

 座長が騎士たちに拘束され、事情聴収、その他団員の持ち物調査などが行われている間に、ルクレツィアはジルダに話を聞くことにした。


「おそらく、あなたが魔力を放出していたのはわざとではないと思います。何か思いつめていることでもありましたか?」


 ルクレツィアはちらちらと座長の方を見ているジルダに問う。あまりにも彼女が気にするので、ルクレツィアは言った。

「彼は、わたくしにも助けることができません。ああ……もしかして、彼が行っていたことが気になっていました?」

「あ、ええ。その……」

 ジルダの様子に、ルクレツィアは図星であったことに気が付いた。ルクレツィアは苦笑する。


「ジルダさんは魔力が結構強いですね。でも、魔法訓練は受けていないのでしょう?」


 ルクレツィアの言葉に、ジルダはうなずいた。やはり、そうだと思った。魔力があっても、ちゃんと訓練を受けなければ魔法を使うことができない。これは当然の話だ。訓練を受けなければ、魔力をコントロールすることができないのだから。

 本当は、魔力を持っているのに訓練を受けないと言う状態は危険なのである。魔力が暴走しても自分で止めることができないからだ。そのため、デアンジェリスでは魔力があれば独自に魔法訓練を受けるか、魔法学術院に入学するのが一般的だ。まあ、それも浸透しているとはいえず、年に数回は魔法未訓練者による魔力暴走事故が起きる。今回の踊る人形事件は、その軽度な事故と考えるべきだろう。


「そう言った魔法訓練を受けていない方が何かに気を取られ過ぎると、『同期』と呼ばれる現象が起きるんです。おそらく、ジルダさんは念動力系の力が強いのだと思いますが、その同期と言う現象が起きると、気になっている対象に魔法現象が起きるんです。今回は特に事故などは起こっていませんから、注意勧告で終わりますが、魔法訓練は受けていただくことになると思います」


 おそらく、ジルダは座長の詐欺について知っていたのだと思う。そのため、詐欺の被害者たちのことが気にかかり、その結果、その被害者たちの家の人形が動くことになったのではないか。ルクレツィアはそう考えた。


 こちらの話がいったん終わったので、少し沈黙が流れる。しかし、そこに座長の叫び声が聞こえてきた。

「俺が計画したわけではない! 金になると言われて、頼まれてやっただけだ!」

「だから、その頼んできた相手は誰かと聞いているんだ!」

「知らない男だ! 顔も名前もわからない!」

「はあ!?」

 これは事情聴収をしている騎士の気持ちが少しわかるかもしれない。顔も名前も知らない相手の頼みを引き受けるとは。ルクレツィアはため息をついた。

「エラルド、少しジルダさんと一緒にいてください」

「わかりました」

 エラルドにジルダを任せるとルクレツィアは座長たちの方に近づいた。


「本当に何もわからないんですか?」

「捜査の邪魔をしないでください」


 事情聴収を行っていた騎士が迷惑そうに言ったが、ルクレツィアは無視した。本当に『何もわからない』のであれば、『頼んだ』という相手は魔法を使える可能性がある。

 まだはっきりしたことはわからないが、回収されたお守りだと言う宝飾品が魔法道具だとすれば、それを作った魔術師か魔法使いがいるはずだ。その人物が、裏で糸を引いている可能性がある。そうであるならば、そこはルクレツィアたちの出番となる。


「ああ! 俺のせいじゃない! 確かに貴族たちをだましたが、俺は主犯ではない!」


 座長はさらに叫ぶが、その証拠がなければ座長が主犯として捕まるだろう。記憶をのぞけば何か分かるかもしれないが、あいにく、『夜明けの騎士団』にも記憶を探れる魔術師は少ない。一応、頼んでみるつもりであるが、おそらく成果はないであろう。


 ここで打ち止めかぁ。最近、消化不良の事件が続くなぁ、と思っていると、唐突に背後で異質な魔力を感じた。ルクレツィアはさほど知覚能力が高くないが、さすがにこれだけ近ければわかる。


「アルバ様! っ!」


 エラルドが叫び、ついで息をのむのがわかった。ルクレツィアが振り向くと、ちょうどエラルドが舞台の壁に叩きつけられたところだった。ジルダがいたはずの場所に、異形の姿の女性が立っていた。もちろん、ジルダ本人だろう。


 右半身が異形の姿を取っていた。眼は赤く、顔は黒い。腕は黒く光り、堅そうだ。これでエラルドをたたきつけたのだろう。


「な、何だ、これは!?」

 第二騎士団の騎士が声をあげた。団員を移動させていた騎士たちが戻ってきていて、異形の姿のジルダを囲んだ。

「待ちなさい! これはわたくしに任せていただきます」

「何を言っている!」

 立場的にはアルバ・ローザクローチェの方が上であるはずだが、騎士たちは彼女の言葉を聞こうとしない。

「化け物だ。殺さないと……」

 何故その結論に飛びつくのかわからなかった。ルクレツィアは彼らを無視することにして床に杖をたたきつけた。金色の魔法陣が異形のジルダを縛り上げる。

「手柄を横取りする気か!」

 ふざけた言葉に、ルクレツィアは不快気に眉をひそめた。まあ、仮面をしているから見えないけど。

「一番手っ取り早いでしょう。あなたたちになんとかできたとも思えませんしね」

 さらりとそう言うと、騎士たちが色めきだった。ルクレツィアはエラルドに歩み寄る。

「大丈夫ですか?」

「はい。ご心配には及びません」

「それならよかったです」

 ルクレツィアは口元だけで微笑み、異形の姿となってしまったジルダを見た。


「たす……けて……」


 左半分、それだけは、本来のジルダのようだ。左目が涙を流していた。しかし、これはルクレツィアにはどうすることもできない。

 彼女の右半身がルクレツィアの拘束魔法を破りそうだったので、ルクレツィアは魔法陣の数を三つに増やした。


「閣下。彼女も引き渡してください」


 第二騎士団の騎士が言った。例の、おそらく一番偉い騎士だ。ルクレツィアははっきりと言った。


「いいえ。彼女に関しては、わたくしどもの管轄だと考えます。よって、引き渡すことはできません」

「ですが、そちらの本部には牢獄がないでしょう」

「ええ。ですが、それは理由になりません。彼女の変化は、魔法による変質です。ですから、わたくしが預かるのが筋と言うものでしょう。それに、わたくしがこの拘束魔法を解けば、彼女はあなた方を襲うでしょう。それでも引き渡せと言いますか?」


 ルクレツィアは騎士とにらみ合った。普段であれば目をそらしてしまうが、自分がアルバ・ローザクローチェである、と思えばいくらでも耐えられるから不思議だ。


 最終的に騎士団側が折れた。当然である。ルクレツィアの主張は正当なものであるからだ。


 何とか話をつけたルクレツィアは、エラルドに言った。


「では、彼女をラ・ルーナ城に連れて行きましょう」












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第2章もそろそろ終わりですね~。


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