15.事件の実態について
とてもしつこいですが、タイトルを変更しました。
旧『魔術師たちの黙示録』→新『夜明けを告げる魔法使い』です。
しばらくは旧タイトルを併記しておきます。ご迷惑をおかけします。
帰る前にも近衛騎士たちと一悶着あったオペラ座での一件だが、アウグストは妹の願いを真剣に聞いてくれたらしい。3日ほどで、例の歌劇団の調査を終えたアウグストを、ルクレツィアはイル・ソーレ宮殿の自室で迎えることとなった。
「詐欺集団?」
「そう。主に上流貴族を狙った金品詐欺師たちだね。座長がそのボス」
アウグストの言葉の選び方が微妙だとか、そう言うツッコミは今更入れない。
「じゃあ、後援は?」
どうしてもオペラ座で公演を行おうと思ったら、貴族や中級富裕層の後ろ盾が必要になる。歌劇には金がかかるのだ。
「ああ。被害にあった貴族たちが後援になっているね。一応一覧にまとめてきたけど、見る?」
「見ます」
ルクレツィアはアウグストから渡された資料に早速目を通した。指でなぞるように貴族の名前を追って行くと、あることに気が付いた。
これ、全部フェデーレの所に『踊る人形』の依頼を出した人たちだ。
ルクレツィアが最初に彼から依頼の内容を聞いた後も、着々と依頼数は増えており、現在全部で12件の依頼が来ている。そのすべての家が、詐欺にあっているのだろうか。
だとしたら、腑に落ちないことがある。
「彼らはなぜ詐欺被害にあいながらも後援をやめないんでしょうか」
尋ねると、アウグストから思いがけない返答があった。
「彼らは、自分が詐欺被害にあったと気付いていないんじゃないかな」
ルクレツィアは首をかしげた。
「そんな事ってあるんですか?」
「ない、とは言い切れないよ。ほら、周りがどれだけ騙されているって言っても、当の本人は『そんなことない!』って言うことあるじゃないか」
「ああ……ありますね」
魔法が関連しているとそう言うことが多い。マインドコントロールと言うか、単に顧客の方が相手を心酔しているというか。占い師や霊媒師などが相手の場合、被害者は『騙されていない!』と言い張ることが多い。
だから、相手が詐欺師だとはいえ、アウグストの予想はありえなくはなかった。
まあ、実際に魔法によるマインドコントロールを受けているのなければ、詐欺に関することは『夜明けの騎士団』の管轄外だ。他に、詐欺に使用されているものが魔法道具であったりすればルクレツィアたちが出張ることになるが、それもよくわからないと言う話だった。
「何でも、宝飾品の模造品を『おまじない』として販売しているらしいけど。これが本当にお守り代わりになるらしいね」
マジか。それはばっちり魔法道具ではないか。しかも、正規の手続きを踏んでいないので安全性がわからない。仕事が増えてしまった。
最高級の宝飾品と偽った魔法道具を高額で売りつけているらしい詐欺師集団。これは、『夜明けの騎士団』と通常の騎士団の間でいさかいが起きそうな気がする。魔法はルクレツィアたちの管轄だが、詐欺被害は騎士団の管轄なのだ。
「……わかりました。お兄様、忙しい中、ありがとうございました」
「君たちのおかげで治安が守れているからね。ルーチェ」
兄を見送ろうと立ち上がったルクレツィアは、その兄に声をかけられて首をかしげた。アウグストはニコリと微笑む。
「がんばって。それと、無茶はしないように」
その言葉に、ルクレツィアは苦笑して答えた。
「肝に銘じておきましょう」
△
いつも通りやたらと忠誠心厚い侍女たちに見送られ、ルクレツィアはラ・ルーナ城に来ていた。とりあえず、現在動ける戦闘力のある魔術師や魔法使いたちを招集する。魔法が使えるからと言って戦闘力があるとは限らないところが何とも言えないところだ。
「問題が発生したわ。王都で起こっている詐欺事件に魔法道具が関わっているかもしれない。リストをもらって来たから、すぐに調査にあたって。二人一組で動くこと。いいわね」
これはほとんど戦闘能力のない魔法研究家たちを護るためだ。魔法道具を調べるには、どうしても魔法研究家を連れて行かなければならない。しかし、彼らの中には戦闘力のないものも多い。そのため、戦闘力を持つ魔術師や魔法使いたちに護衛させなければならない。
ラ・ルーナ城には常に一定の人数の魔術師や魔法使いたちがいる。魔法研究家は、出張でもない限りずっと城の研究室で研究を続けている。そんなわけで、ラ・ルーナ城には事務職員以外にも常に百人程度の魔術師たちが存在した。そのほかはデアンジェリス王国全土に散っている。絶対数が少ない魔術師・魔法使いたちであるので、こればかりは仕方がない。
全員を放出することもできないので、詐欺被害・踊る人形被害にあっている屋敷一つにつき2人派遣することにした。できるだけ貴族出身の魔術師に行ってもらうようにした。相手が貴族だからだ。もちろん、フェデーレとリベラートも行かせる。ただ、ラ・ルーナ城で情報を統括する存在が必要なので、ヴェロニカには残ってもらうことにした。
「なら、お前はどうするんだ?」
ヴェロニカはルクレツィアが城に残って情報をまとめるものだと思っていたらしい。だが、ルクレツィアは別のことをしようと思っていた。
「私はエラルドを連れてオペラ座へ行くわ」
「巻き込まれた!?」
視界の隅でエラルドが悲鳴を上げたが、気にしない。相方はフェデーレでもよかったのだが、上流貴族の彼には、貴族たちの屋敷に行ってもらうことにした。エラルドも貴族であるが、五男なので権力はほぼないのだ。
「何をしに行くんだ?」
フェデーレが首をかしげた。そんな仕草も相変わらず絵になる。見ているだけなら眼福である。まあ、それはともかく。
「何って。あの歌劇団の歌姫が魔力を放出しているのだから、それを確認しに行くのよ。今日が公演最終日だしね」
その言葉に、ああ、なるほど、と言う感じで周囲がうなずいた。だが、フェデーレは眉をひそめた。
「それ、魔法研究家の誰かを連れて行くべきじゃないか? ヴェロニカとか」
「……まあ、それも考えなくはなかったけど、やっぱり私……と言うか、アルバ・ローザクローチェが行った方がいいと思うしね。大人数で行きたくはないし、私の魔法を考えると接近戦が得意な魔法剣士を連れて行きたいし」
フェデーレとどっちにしようかちょっと迷ったんだけど、と付け加えると、フェデーレが形容しがたい表情になった。どこか嬉しそうな、だが、困っているようにも見えるそんな表情。
「ま、そんなわけだから行ってくるわ。大丈夫よ。どうせ、お兄様から情報が行った騎士団も来るでしょうし」
この場合の騎士団は、通常の騎士団を指す。『夜明けの騎士団』も騎士団ではあるが、正しくは魔法騎士団と言った方がいいだろう。
ただ、先ほども言ったが、心配なのは通常騎士団とのいさかいが起きないか、と言うこと。ルクレツィアならアルバ・ローザクローチェであるのでいくらでも力押しができる。彼らも魔法世界の頂点に君臨する人間をそうそう無碍にはできないだろう。これはルクレツィアなりに考えた配置なのである。
「……まあ、へまをしないようにせいぜいがんばれ」
「失礼ね!」
ルクレツィアがフェデーレにかみついた。しかし、時間がないのでいがみ合いはここまでだ。
「じゃあ、みんな、よろしくね。認可されていない魔法道具を見つけたら回収するのよ。あと、また人形が動き出すかもしれないから、そうなったらできるだけ結界を張るようにしてちょうだい」
了解! と魔法騎士たちが元気に答えた。ルクレツィアは苦笑し、エラルドに声をかけた。
「じゃあエラルド、行くわよ」
「はぁい……」
彼は半泣きであったが、ルクレツィアについてラ・ルーナ城を出た。
△
とはいえ、ルクレツィアは公演を止めるつもりはなかった。今日が最終日であるので、座席が満席で、この歌劇団のオペラが素晴らしいのは事実。みんなの楽しみを奪うつもりはなかった。
そのため、ルクレツィアとエラルドはオペラ座の裏口から中に入った。舞台袖でオペラが終わるのを待つ。今日も、歌姫は魔力を放出していた。
「……何となく、悲しそうに歌いますよね、あの歌姫」
エラルドが舞台袖から舞台を見ながらぽつりと言った。ルクレツィアも彼女の方に顔を向ける。
「まあ、悲恋の物語だしね。役になりきっていると思えば」
「いや、そう言うことではなくて……魔力が悲しそうと言うか」
「……意味が分からないわ」
ルクレツィアが首をかしげると、エラルドは忘れてください、と苦笑した。自分でも何を言っているのかわからなくなったようだ。
オペラはもう最終幕だ。最後は、歌姫演じるヒロインが悲劇の曲を歌いあげて終わる。そののびやかな歌声を聞き、ルクレツィアは目を閉じた。舞台幕が降りて行く。満場の拍手が聞こえた。
「……行きましょうか」
ルクレツィアは仮面を付け直し、黒マントをひるがえした。舞台幕が下りきったのを確認して、彼女は出演者と座長など、関係者のほとんどが上がっている舞台へと足を踏み入れた。
「全員、その場を動かないでいただけます?」
ルクレツィアは斜め後ろにエラルドを従え、悠然と歩きながら言った。彼女に言われたとおりに動きを止めた彼らは、舞台の中央付近に立った仮面の怪しい女を見つめる。
「初めまして。わたくしは15代目アルバ・ローザクローチェ。先日は舞台を拝見させていただきました」
口元に笑みを浮かべながら、ルクレツィアは舞台にいる人々を見渡す。
デアンジェリスに住むものなら、誰でも知っているアルバ・ローザクローチェ。正体が誰かわからない偉大なる魔法使い。童話にもたびたび登場する存在が今、彼らの目の前にいるのだ。
「わたくしが本物か、信じるかどうかはあなた方次第……ただ、わたくしは確かに『夜明けの騎士団』の騎士であると言っておきましょうか」
彼女が手に持つ身の丈より長い銀の杖が舞台のライトを反射した。魔法を使ったわけではないが、数人が身を引くように後ろにさがった。
「わたくしが来たということは、魔法事件が発生したと言うことです。身に覚えのある方はいらっしゃいますか?」
尋ねてみるが、これで誰かが反応すれば逆にびっくりである。予想していた通り、誰も名乗り出なかった。ルクレツィアは微笑む。
「でしたら、こちらから名指しさせていただきますね」
そうして、彼女は歌姫の名を呼んだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
前々から思っていましたが、ルクレツィアも結構性格悪い。




