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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第2章 踊る人形
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14.オペラ座に行こう

しつこいですが、タイトルを変更しました。


旧『魔術師たちの黙示録』→新『夜明けを告げる魔法使い』です。


しばらくは併記しておこうと思います。ご迷惑をおかけいたします。









 フォンターナ侯爵の屋敷に調査に行った3日後。ルクレツィアたちは本当にオペラ座に来ていた。ルクレツィアは完全にアルバ・ローザクローチェ仕様で、シルバーブロンドに首元まである黒いドレスにマントを羽織り、繊細な模様の入った、顔の上部分を覆う仮面をつけていた。


 さらに、手には身の丈より長い銀の杖。これがアルバ・ローザクローチェとしての正装に欠かせないものであるが、おかげで全体的に銀色である。


 お供はフェデーレとヴェロニカ、リベラートの3人。馬車でオペラ座に乗りつけた時点で、一行は目立っていた。


 仮面をつけたルクレツィア、やたらとオーラを放っているフェデーレ、マントのフードを深くかぶったヴェロニカ。唯一普通に見えるのはリベラートだけ。これで目立つなと言う方が無理である。


 とはいえ、オペラ座へは簡単に入ることができた。注目をひきまくったのは仕方がない。初めから覚悟していたことである。


 だが、オペラ座の廊下で絡まれるのは予期していなかった。


「……アルバ・ローザクローチェが、オペラ座に何の用だ」

「あら。これはリナウド公爵のご令息。ごきげんよう」


 唐突に話しかけられたルクレツィアは、嫌味っぽく言った。ちなみに、この嫌味っぽい口調はフェデーレをまねている。本人には言ってないけど。

 リナウド公爵子息ブルーノ。以前、フランチェスカに惚れ薬の入った香水を送った人物である。それ以前からあまり好きな相手ではなかったが、そのことがあってからはやや嫌いになったと言っても過言ではない。

 『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』から厳重注意を受けたはずの彼は、通常の騎士団に所属している。ルクレツィアたちの『夜明けの騎士団』は魔法騎士団であるが、それ以外の者が所属する騎士団だ。大きく分けて三つの騎士団に分かれており、第一騎士団は通称・近衛騎士団。宮中警護を担う騎士団に、ブルーノは所属している。


 全体的にその傾向はあるのだが、騎士団は魔法騎士団である『夜明けの騎士団』の騎士たちを敵視している傾向がある。魔法が関わっていると聞くと、どこにでも顔を出すからだと思うが、正確な理由はよくわからない。


 よって、アルバ・ローザクローチェは騎士団から敵意を受けやすいのだ。


「わたくしがオペラを見に来たからなんだと言うのです? 息抜きは必要でしょう?」

 小首を傾げてそう言うと、ブルーノはその整った顔をゆがめた。ルクレツィアを押しのけ、フェデーレが輝かんばかりの笑みを浮かべる。

「アルバ様が見てみたいと仰せられてね。そういう君は、どうしてここに? オペラを見に来たんなら、騎士団の制服でなくてもいいはずだよな」

 笑顔でブルーノをつつきに行くフェデーレ。確かに、言われてみればその通りである。ブルーノは近衛騎士の制服を着ていた。こちらはルクレツィアがアルバ・ローザクローチェの正装であるが、フェデーレたちは制服ではなく普通の正装である。ヴェロニカも、マントの下は普通のドレスだ。さすがに、白衣ではオペラ座に入れない。ドレスコードがあるからだ。


 痛いところをつかれたのかわからないが、ブルーノはフェデーレの質問に黙り込んでしまった。さすがにかわいそうに思い、声をかけて予約してある個室に行こうと声をかけようとしたが、その前に声がかかった。


「アルバ様! お久しぶりですね」


 とても聞いたことのある声だ。声のした方を見ると、兄のアウグストが笑みを浮かべてこちらに歩いてきていた。なるほど。ブルーノは彼の護衛だったらしい。

 のんきに声をかけてきた兄に呆れつつ、ルクレツィアは笑みを浮かべた。


「お久しぶりですね、アウグスト殿下。このような場所でお会いできるとは」


 ちなみに、ルクレツィアは基本的に宮殿で生活しているので、アウグストに最後に会ったのは昨日の晩餐の時だ。国王一家はよほどのことがない限り、全員で食事をとるようにしている。


 だが、今のルクレツィアは『ルクレツィア』ではなく、『15代目アルバ・ローザクローチェ』。アウグストはアルバ・ローザクローチェの兄ではない。そう言い聞かせながら、ルクレツィアはアウグストに対峙した。


 アウグストはルクレツィアの前まで来ると、黒い手袋に覆われたその手を取り、口づけた。男性恐怖症気味であるルクレツィアは、男の人に触られるのが苦手だ。しかし、手袋越しだし、何よりも血のつながった兄なので怖くはなかった。

 ルクレツィアも銀髪であるが、兄アウグストも青みがかった銀髪だ。アルバ・ローザクローチェは必ず王族から輩出されるので、王太子であるアウグストとアルバ・ローザクローチェが似ていてもあまり不思議ではない。ルクレツィアの方は仮面をしているし、兄妹だと気付かれることはないだろう。


 それにしても、相変わらずルクレツィアと似ているはずの顔立ちなのに、自分より美人な男である。涼やかなアイスブルーの切れ長の眼。通った鼻筋。黙っていれば怜悧な美形であるが、しゃべり始めると天然が入っていることがわかる。長めに整えている青みがかった銀髪は、三つ編みにされているので少し色が濃く見えた。


「よろしければアルバ様。ご一緒しても構いませんか?」

「……」


 アウグストからの思っても見なかった頼みに、ルクレツィアは口元に笑みを浮かべたまま沈黙した。思わず隣にいたフェデーレを見上げる。ブルーノを睨み付けていた彼は、ルクレツィアの視線に気づくと微笑み、「アルバ様のお心のままに」と言った。


 まあ、アウグストならアルバ・ローザクローチェのことを知っているし、問題ないだろう。そう思い、ルクレツィアは了承した。


「殿下! そのようなものたちと一緒になど……!」

 ブルーノが嫌そうにルクレツィアやフェデーレの方を見る。彼女たちがアウグストに何かするかもしれない、と思っているのだろう。だが、アウグストはもちろん引かなかった。

「何故だい? アルバ様もフェデーレたちも、ご自分の役割をしっかりとわかっている。私は、彼女たちと話をしたいだけだよ」

「ですが……!」

「ブルーノは部屋の外で待っていていいから」

「……仰せのままに」

 どうやら、ブルーノは自分が単なる護衛であることを思い出したようだ。憮然とした表情で騎士の礼を取った。では行きましょうか、とルクレツィアが歩き出そうとすると、アウグストがその手を取って自分の腕にからめさせた。

「まあ。ありがとうございます」

「いえいえ。アルバ様をエスコートできる機会など、そうそうありませんからね」

 アウグストはそう言って笑った。ルクレツィアもつられて笑みを浮かべる。


 向かったのはルクレツィアがアルバ・ローザクローチェの名で予約しておいた個室だ。アウグストも個室を予約していたはずだが、王太子とアルバ・ローザクローチェではアルバ・ローザクローチェの方が上位にあたる。そのため、こちらの個室に来た。アウグストは宣言通り、護衛を部屋の外で待たせたので、ルクレツィアは内心ほっとした。さらに、ヴェロニカが部屋に傍聴・覗き見禁止魔法、保護魔法をかける。


「これで大丈夫なはずだ。ルーチェは念のため仮面を取るな」

「わかったわ。ありがとう」


 ヴェロニカに言われて、ルクレツィアは口調をルクレツィアのものに戻す。もう慣れたが、どうしても違和感がある。暴露してしまうと、実はフェデーレと言いあっているときが一番、「ああ、自分だなぁ」と思う時だ。そう考えると、ルクレツィアは家族の前で遠慮しているのかもしれない。


「突然押しかけて悪かったね。フェデーレ、久しぶり。ヴェロニカも3か月ぶりくらいかな」

「ええ。お久しぶりです、殿下」


 フードをおろしたヴェロニカが表情は変えないままに言った。相変わらずの様子に、アウグストも苦笑気味だ。

「リベラートも、いつも妹が世話になっているね」

「いえ、こちらこそ。名を覚えていただけて光栄です」

 名前を呼ばれたことに、リベラートは驚いたようだ。確かに、ヴェロニカは魔法学術院時代から、『天才』として有名だが、リベラートは言ってしまえば普通だ。彼は魔術師であるのに、魔法方面の評価を受けることはあまりないから。


 しばらくして、オペラが開幕した。まだ異常は見られない。周囲に注意を払いながら、ルクレツィアは隣に座っているアウグストに尋ねた。


「お兄様は、どうしてオペラ座に? こちらに来たのはお嬢様たちから逃げたかったのだと理解できますけど」


 アウグストがルクレツィアに声をかけてきたとき、彼はたまたまオペラを見に来ていたのだろう貴族の令嬢たちに追いかけられていた。個室に入っても待ち伏せされるかもしれないと思ったのだろう。アルバ・ローザクローチェが一緒なら、たいていの人は遠慮してくれると考え、こちらに来たようだ。

 アウグストには婚約者も思い人もいない。と言うか、ルクレツィアの兄弟で婚約者がいるのは姉のオルテンシアだけである。

 そのため、王太子の妻の座を狙って、夜会に出ても貴族の令嬢に追い掛け回されている。ルクレツィアの姉妹を見ていてもわかると思うが、身分の高い女性は気が強いことが多い。怜悧な外見に反し内面がややおっとりしているアウグストは一般的な貴族の令嬢と気が合わないようだった。


「君が珍しくオペラを見に行くと言うからね。何かあるんじゃないかと思って、私も来てみたんだ」

「……そうですか」


 微笑んでのたまった兄に、ルクレツィアは呆れた視線を向けた。だが、仮面をしているためにその視線は伝わらなかったらしい。ついでに、ちょうど問題の魔力が発せられた。ルクレツィアは頭を切り替えて後ろの席に座っているヴェロニカに問う。


「どう、ヴェラ?」

「ああ。人形を動かしていた魔力と同質のものだな。発しているのは……あの歌姫か。美人だな」

「あの歌姫もヴェラには言われたくないと思うわ」


 確かに、魔力を放出している歌姫は美人だったが、ヴェロニカはその歌姫よりも美人だった。何でルクレツィアのまわりにはこんなにも美形が多いのだろうか。


「と言うことは、ルーチェの説によると自分の意志によって魔力を発しているわけではないと言うことか?」


 ルクレツィアの斜め後ろに座っているフェデーレの質問である。ルクレツィアは「たぶんね」と肩をすくめた。

「そのあたりの判断はヴェラとリベルに任せる」

 ルクレツィアとフェデーレはいわば戦闘要員なのだ。魔法に関する解析などは、魔法研究家たちに任せてしまうべきだ。その方が確実である。

「確かなことは僕にも言えないな。リベルはどう思う?」

「どっちかっていうと、俺は魔法陣とかが専門なんだけど……」

 そう言って、ヴェロニカに意見を求められたリベラートは遠回しに自分にはわからないと言った。誰も役に立たないこの状況。


「……お兄様的にはどう思われます?」

「うん。まず状況がわからないね。戦力が足りないなら力を貸すけど」

「……ですよね」


 たとえ兄であっても、『夜明けの騎士団』の騎士には守秘義務があるため、話すことができない。王族に影響が及ぶことであればまた別だが、そうでない場合はうかつに事件の内容を他言できない。

 一方でアウグストが強力な魔法を行使する魔法剣士であるのも事実だった。長子である彼は王太子であるが、そうでなければ『夜明けの騎士団』に所属していただろう。ルクレツィアとアウグスト。兄弟の中で、魔力を持つのはこの2人だけだった。


「この歌劇団に捜査協力を依頼して、受けてくれると思う?」

「無理だな」


 フェデーレ、ヴェロニカ、リベラートの3人から同時に返答があった。ルクレツィアは再び肩をすくめた。


「なら、やることはひとつね。お兄様、お願いがあるのですが」

「君がお願いとは珍しいね。なんだい?」


 何を頼まれるかわかっているはずなのに、アウグストは笑顔でそう尋ねた。ルクレツィアも口元に笑みを浮かべた。


「この歌劇団の後援を調べていただけます?」


 その相手によっては、武力行使も辞さないつもりのルクレツィアだった。おそらく、穏便に交渉、などと言うことはできないから。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ルクレツィアと15代目アルバ・ローザクローチェはすでに別人格ですね。

兄アウグストは天然自由人のつもり。腹黒いのではなく、天然のつもりです。


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