10.建国祭
第2章です。
突然ですが、タイトルを変更しようかな、と思っています。
現タイトル『魔術師たちの黙示録』→『夜明けを告げる魔法使い』の予定です。
相変わらずネーミングセンスがありませんが、主人公であるルクレツィアが『魔術師』ではなく『魔法使い(魔女)』なので、タイトル的におかしいかな~と思っていました。
1週間以内に変更すると思います。
と言うか、他にいいタイトル、ありませんかね……。
6月に入ると、まず建国祭がある。建国祭にはつきものだが、デアンジェリスでも祭典がある。王族として、ルクレツィアも祭典に参加する予定だった。
デアンジェリスの建国祭の祭典は、この国最大の聖堂、パルヴィス大聖堂で行われる。大聖堂なので正装して行かなければならないのは当然だが、もう一つ、建国祭の時だけは決まりがあった。
服装に、何か白いものを取り入れなければならないのだ。
それは上着でも帽子でも靴でも何でもいい。とにかく、何か一つ白いものがいるのだ。
そして、王族は例年、全身白で出席する。今年もそうで、ルクレツィアも自室で毎年建国祭の時期に届けられるパールホワイトのドレスを着ていた。装飾品はネックレスだけ。こちらも、ダイヤモンドで濃い色ではない。
毎年ドレスのデザインは違うのだが、今年はデコルテの深いタイプだった。袖は手首のあたりでふわりと広がるタイプ。レースがあしらわれており、スカートはたっぷりと膨らんでいる。ティアードスカートで、シンプルながらもかわいらしいドレスだった。
侍女のカルメンに髪を結い上げてもらい、白い花の髪飾りをつけた。髪の色は相変わらずくすんだ茶髪だが、鏡を見れば、それでもよくできているのではないかと思った。
「よし。ありがとう、カルメン」
「いえ。姫様を美しくするのは私の生きがいですから。……元の銀髪でしたら、もっと白が映えましたのに」
「それだと、全身真っ白になってしまうわ」
ルクレツィアは苦笑し、化粧台の鏡の前から立ち上がった。大きな鏡の前でもう一度確認するが、問題はない。行くのは大聖堂なので化粧は控えめであるが、少なくともドレスに負けているという残念な現象は起きていなかった。
「姫様。準備ができ次第、鈴蘭の間で待機しているように、とのお達しです」
侍女の1人であるリンダがそう伝えてくれたので、ルクレツィアはカルメンだけを連れて鈴蘭の間に向かった。鈴蘭の間は用途が広く、応接間や客室、果ては会議室に使われることもある。連れてきたカルメンは部屋の前で待機だ。
鈴蘭の間には先客がいた。ルクレツィアの姉妹である第1王女オルテンシアと第3王女フランチェスカだ。2人とも、ルクレツィアとデザインの似た白いドレスを着ていた。
「……帰る」
その2人を見た瞬間、ルクレツィアはそう宣言した。オルテンシアが「ちょっと待ちなさい」と立ち上がる。
「来たばかりでしょう。突然どうしたの?」
オルテンシアに呼びかけられ、反射的に足を止めてしまったルクレツィアは振り返ってもう一度自分の姉妹を見て――――ため息をついた。
毎年、建国祭の祭典のときのドレスは、姉妹で似たデザインにされることを忘れていた。姉妹3人で、細部こそは違うものの、大元は同じデザインのドレス。余計にいたたまれない気がした。
オルテンシアとフランチェスカは、とても美人なのである。もちろん、ルクレツィアも自分が不器量だとは思っていない。どちらかというと、美人な方には入るだろう。しかし、彼女の姉妹はレベルが違うのだ。
そう。オルテンシアとフランチェスカは『神がかった』美貌なのである。もっと俗的に言えば、『派手な』美人。対するルクレツィアは造作はそれなりに整っているものの、ただの美人。
そんな3人が、似たようなドレスを着て並べばどうなるか? もちろん、ルクレツィアが劣って見えるに決まっている。いや、今更姿かたちで彼女らに勝とうとは思わないが、多くの人が参加できる祭典で、多くの人に見比べられると思えば、逃げ出したくもなる。
ルクレツィアはそれほど恰好を気にする方ではないが、年ごろの娘として、着飾るのは好きだし、今回の祭典用の恰好だって、それなりに気合を入れたつもりだ。実際に、自分の部屋で鏡を見たときはそう思った。
しかし、かすかにあった自信を打ち砕くこの2人の美人っぷり。救いは、この2人はどちらも祭典中の座席はルクレツィアの隣でないことだろうか。
とりあえず観念し、1人がけのソファに座る。向かい側のソファに座っていたフランチェスカが神がかった美貌に笑みを乗せた。あ、見惚れそう。
「ルーチェお姉様、とてもおきれいですわ」
「ありがと……でも、いたたまれないからやめて」
自分よりきれいな人にそう言われても微妙な気持ちになるだけだ。ルクレツィアがため息をついたとき、ノックがあってから扉が開いた。
「おや。まだ君たちだけかな」
柔らかな口調でそう言いながら入ってきたのは長兄のアウグストだ。アウグスト・クレメンテ・デ・ロレンツィ。20歳のオルテンシアより二つ年上で、この国の王太子である。青みがかったシルバーブロンドにアイスブルーの切れ長の目をした彼は、一見怜悧な切れ者であるが、中身は大概おっとりしていた。いや、切れ者ではあるけれど。
そして、アウグストは造作だけならルクレツィアとよく似ている。ただし、ルクレツィアよりアウグストの方が数倍美形だった。怜悧な美貌とでもいえばいいのだろうか。ルクレツィアも明らかにその系統の顔立ちであるが、美麗度では確実に負けている。
「姉上たち、よくお似合いです。きれいですね」
さらりとそんなことを言ったのは、末子で第2王子であるジェレミア・エジェオ・デ・ロレンツィである。淡い金髪に淡い緑の瞳をした女顔の少年で、彼はオルテンシアとフランチェスカ寄りの派手な美貌だ。ちなみに、年はフランチェスカより一つ年下で15歳だ。
ちなみに、アウグストとジェレミアも全身白い。これも毎年恒例で、タイプの違う美貌の2人に、やはり似通ったデザインの礼服を着せている。ルクレツィアは生まれてきた順番の関係上、この2人の間に座ることになる。
男2人の間でも、比べられるものは比べられるだろうな……と、ルクレツィアは憂鬱になった。それでも、挨拶は忘れない。
「お久しぶりです、兄上。ジェレミアも、久しぶり……」
「最近は『騎士団』の方が忙しかったと聞いているから、仕方がないよ。それにしても、浮かない顔だね、ルーチェ」
アウグストは笑みを浮かべて立ち上がって挨拶をしたルクレツィアの頭をなでた。と言っても、髪型が崩れるので軽くたたいた、と言った方が正しいかもしれない。
「よくわからないけど、あまり悩み過ぎないようにね」
「……はい」
ルクレツィアがうなずくと、アウグストは少し目を細めて微笑んだ。何となく、大丈夫だよ、と言われている気がした。
しばらく待っていると、王と王妃がやってきた。ルクレツィアたちの両親だ。2人が合流したので、何台かの馬車に分かれてパルヴィス大聖堂に向かう。この大聖堂は、宮殿の敷地外にあるのだ。
大聖堂の上座、王族用の席で大司教の話しを聞く。それが、建国祭の祭典の主な内容になる。王族たちの席と対になるように、大司教が説教を行う祭壇を挟んだ反対側に、二つ席がある。そちらは、『夜明けの騎士団』のグランデ・マエストロ、アルバ・ローザクローチェの席になる。マエストロは王都に不在。ルクレツィアは王族側で参加しているので、そちらの席は空だった。
そして、広い大聖堂には平民たちも入ることができる。前の方と壁側にある上の方のボックス席は貴族専用だ。しかし、半分より後ろなら平民たちも参加することができる。王と王妃を前に、その後ろに、アウグストを中心に、彼の左手にオルテンシア、右手にルクレツィア。オルテンシアの隣はフランチェスカ。ルクレツィアの隣はジェレミアだ。
大聖堂がいっぱいになり、立ち見の人も出てくる。大司教の演説が始まってもうつむき加減なルクレツィアに、アウグストが言った。
「ルーチェ。顔を上げないと。せっかくの祝いの場なんだから」
「……はい」
「いい子だね」
ルクレツィアが言われたとおりに顔を上げると、アウグストが微笑んだ。演説の最中なので、頭をなでると言うことはしない。
大司教の演説は長い。延々と祝福の言葉を言い回しを変えて言っているだけなのだが……。そのため、参加者の中には毎年寝てしまう人がいる。
表情の硬いルクレツィアを笑わせようとしたのか、アウグストとジェレミアが寝てしまった貴族やうつらうつらしているご婦人を示すが、2人の妙な心遣いに、ルクレツィアは苦笑いを浮かべるだけだ。気の使い方が間違っている気がするのはルクレツィアだけだろうか。
しかし、ふと視線を感じて一般参列者が並んでいる辺りを見ると、ひとりの参列者と目が合った。黒髪に瑠璃色の瞳の女性。一見男性にも見えるが、大聖堂に入るためにちゃんとした格好をしてきたのだろう。ドレスを着ていた。ヴェロニカである。彼女の隣の男性も『夜明けの騎士団』の1人だ。
ルクレツィアが気づいたことに気付いたのだろう。2人が軽く手をあげて合図してきた。ルクレツィアは少し頬を緩ませ、見つからないように小さく手を振った。
「そうそう。その顔」
「笑った方がかわいいですよ、姉上」
アウグストとジェレミアが両側から囁いた。ルクレツィアはジェレミアに向かって「ありがと」と言うと、もう一度ヴェロニカたちの方を見た。彼女らは、すでに大司教の方を向いていた。
ルクレツィアも、大司教の方を見た。演説が続いている。
ヴェロニカたちが見に来ているのなら、しっかり勤めを果たそう。ルクレツィアはそう思い、それ以降はうつむかずにずっと顔を上げていた。おかげで首がつかれた。
その日は、王都では祭りがおこなわれる。昔、マエストロに連れられて一度だけ行ったことのあるルクレツィアは、それがとても楽しかったのを覚えている。だが、王族たちは祭典のあと、近親者たちだけを招いて晩餐会となる。ルクレツィアは再び憂鬱になりながらもちゃんと参加していた。
そして――――その夜。一つのオペラが開幕した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ネーミングセンスがないので、サブタイトルを考えるのも一苦労です。いっそ数字だけにした方がいいだろうか、とか思っています。




