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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第1章 甘い香り
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09.甘い香りの結末

とりあえず、これで第1章が完結です。







 完全に朝日が昇ったころ、ラ・ルーナ城から『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』の仲間たちが派遣されてきた。一睡もしていないルクレツィアは床に座って舟をこいでいたが、仲間たちがやってくるとパッと立ち上がった。


「ご苦労様。早速だけど、この人たちをお願い。魔法であやつられていたみたいなの」

「わかりました」


 魔術師たちはしっかりとうなずくと、ルクレツィアたちが昏倒させた、操られていた人間たちの禁呪を解いていく。その様子を見ながら、ルクレツィアはふと思って尋ねた。

「そう言えば、どうしてヴェロニカ、あの魔術師を逃がしちゃったの?」

「わざとじゃない」

 ヴェロニカは相変わらずの無表情で答えた。

「あの魔術師が中から駆け出てきたとき、唐突に強い風が吹いたんだ。前もあの魔術師を追っていた時に、風が吹いたな? たぶん、犯人は同じだと思う」

「姿の見えない協力者かぁ」

 これは厄介なことになりそうだ、と思ったルクレツィアに、地下にあった研究施設の危険物撤去が終わったことが告げられた。ルクレツィアは早速ヴェロニカと共に地下研究室に入った。ちなみに、フェデーレは宮殿へ報告に向かっているのでいない。


「あら。結構そのまま残ってるのね」

「僕たちが突然来たから、重要なものだけ持ち去って、残りは置いていったのだろうな」


 ルクレツィアの素朴な疑問に、ヴェロニカはさらりと答えた。ルクレツィアはなるほど、と納得する。

 地下の研究室は、壁などは普通の部屋のようである。しかし、所狭しと魔法道具が置かれ、机の上は実験道具で一杯、しかも、鉢植えに『ウェヌス』が栽培されていた。


「間違いないな。ここで香水を作っていたんだ」


 ヴェロニカが残っている実験道具をいくつか手に取り、においをかいでいった。ルクレツィアは、残されていた注文書類のようなものを発見した。めくっていると、注文した人の名前一覧であった。


「うわぁ。結構な人が購入していたのね……回収、間に合うかな……」

「まあ、地道にやっていくしかないだろうな」


 ヴェロニカの無慈悲な言葉に、ルクレツィアは肩をすくめた。ここは国王陛下の権力を借りようと思う。貴族なら、それで差し出すはずだ。


 ルクレツィアは改めてその地下室を見渡す。やはり、普通の部屋を急遽実験室にしたとしか思えない。そもそも、ルクレツィアたちがあの香水作りの魔術師を初めに追いかけていた時は、彼は別の所に拠点を持っていたはずなのだ。

 まあ、その拠点は『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』で制圧しているから、別の拠点がいるのは当然であるが。


「姫様!」

「どうしたの?」


 上の階にいたはずの魔術師が駆け下りてきた。彼は息を整えてから言った。

「どうやら、市街地で魔術師が1人亡くなっているようで……おそらく、この地下室を使っていた人物かと」

 ルクレツィアはヴェロニカと目を見合わせた。2人は階段を駆け上がり、情報を持ってきた魔術師に現場まで案内させることにした。ルクレツィアは顔を知られるわけにはいかないので、顔の上半分を覆う仮面をつけた。怪しすぎるが、代々のアルバ・ローザクローチェはみんなこんな感じだ。アルバ・ローザクローチェは王族から排出されるが、その正体は代々不明なのである。


 その魔術師が亡くなっていたのは、花街からそれなりに近い場所であった。抜け出して、何とかここまで逃げたものの、何者かに殺されたようだ。

「魔法で殺されているな」

「ヴェラからこの魔術師を逃がした『協力者』の仕業かな」

「そう考えるのが妥当だと思うが……何故逃がしたのに、すぐに殺したんだ?」

「……確かに……」

 口封じか、と考えたが、それなら、ヴェロニカの結界に苦戦している間に殺してしまえばいいのだ。しかし、そうならなかった。何故だ?


「……相手は、この魔術師が持っている何かを受け取ろうと考えていたのかもしれない」


 ルクレツィアは思いついたことをそのまま口に出した。ヴェロニカも肩を竦め「ありうるかもしれないな」と言った。


 この辺りは人払いされているとはいえ、もう、ここで魔術師が死んでいることは知られている。人の口に戸を立てることはできない。おそらく、電光石火の速さでこの話は王都中に広まるだろう。


 魔術師の遺体は『夜明けの騎士団』で回収した。魔術師と言うのは厄介で、死後もその魔法が残ってしまうことがあるのだ。その魔法が人々に影響を与えないようにいくつかの魔法を上がけしてから埋葬することになる。

「まあ、詳しいことを調べるのはそちらに任せるわ」

「わかっている。とにかく、今はここから脱出せねばな」

 遺体のあった周辺では、未だに『夜明けの騎士団』の魔法研究者たちが現場検証を行っているが、ここにいてもルクレツィアは役に立たない。むしろ、早く王宮に戻らなければならない。ヴェロニカはただの付添である。


 とはいえ、立ち入り禁止区域周辺に集まっている住民たちを避けて歩くのは簡単だった。仮面をつけた魔術師と、マントを羽織った長身の男か女かわからない魔術師が近づくと、住民たちは無言で彼女らを避けたからだ。

「王宮に戻るか?」

「いや、その前にあの娼館の女主人はどうなったか見に行くわ」

 ルクレツィアの返答に、ヴェロニカは「そうか」とうなずき、先にラ・ルーナ城に入った。女主人の所在を聞くと、現在、取り調べが終わって監禁部屋に入れられているらしい。


 ラ・ルーナ城に牢屋はない。正式な処罰が決まれば、別の騎士団の牢に移ることになる。


 ルクレツィアは、ヴェロニカを伴って女主人が入れられている部屋に向かった。中に入ると質素かつ簡素であるが、清潔なベッドの上に、女主人は膝を抱えて丸くなっていた。


「こんにちは。わたくしにも、話を聞かせていただける?」


 女主人はルクレツィアの声にピクリと反応を示したが、顔を上げなかった。気にせずにルクレツィアは質問を口にした。


「どうしてあの魔術師をかばったの? どうして自分の娼館の者たちを洗脳して操ったのかしら。どうしてわたくしたちに向かって攻撃してきたの?」


 矢継ぎ早の質問に、女主人はのろのろと顔を上げた。その目は血走っており、正直言って怖い。

「…………ったから」

「ん?」

「あんたたちが憎かったからに決まってるでしょう!」

 女主人はキッとルクレツィアとヴェロニカを睨み付けた。


「あんたたちは、あたしらに何もしてくれなかった! なのに、あんたたちはしっかり国に認められて、面白いはずがないだろう!? 力があるのなら、あたしたちを助けてくれたっていいじゃないか!」


 ルクレツィアは思わず目を細めた。他の国でもそうだが、国に申請すれば魔術師、および魔法使いたちは基本的には保護してもらえる。しかし、あくまで『基本的には』だ。申請しても保護を受けられない場合がある。そもそも、保護してもらえることを知らないものを多いだろう。


 最近では、だいぶ魔法体系が確立されてきており、魔法を有益なものとして保護する姿勢を見せる国が多い。しかし、昔からの偏見だろうか。魔法を『悪いもの』と断定してしまう人間も多いのだ。


 デアンジェリスでは、『夜明けの騎士団』という魔法事件対策を中心とした組織があるので、諸外国より魔法の受け入れは進んでいると思う。それでも、偏見があることは確かだ。


 もしかしたら、この女主人は外国の生まれなのかもしれない、と思った。


「……確かに、あなたたちを保護できなかったわたくしたちにも非はあるわ。でも、それは人を洗脳していい理由にはならないわね」

「いい子ぶりやがって! だいたい、あの子らを洗脳したのはあたしじゃないよ! あの地下にいた魔術師だ!」


 女主人の叫びに、ルクレツィアとヴェロニカは顔を見合わせた。思わぬ事実が判明してしまった。


 女主人との面談を終え(と言うか、彼女が興奮し始めたので強制的に撤退させられた)、ルクレツィアはヴェロニカと並んで階段をのぼりながら彼女に尋ねた。

「あの魔術師、精神感応系魔法を持っていた?」

「いや……そんな様子はなかった気がするが」

「だよね。私も、攻撃系魔法が強い気がした」

 ルクレツィアもヴェロニカも考え込む表情になる。


 魔法と一口に言っても、様々な種類がある。例えば、ヴェロニカは強力な火炎魔法を駆使する魔女だ。魔法使い、および魔女と魔術師の違いは固有の先天的魔法能力を持っているか、それとも、術式を編み上げないと魔法を行使できないかの差によるものだと言われている。

 精神感応系魔法はこの固有魔法に入ると言われており、精神感応系魔法を持つ者はすべからく魔法使い、もしくは魔女だと考えられる場合が多い。


 もちろん、魔法式を組み立てて魔術として使用することもできる。だが、どうしても固有魔法よりも威力が劣ってしまうのだ。


 そして、洗脳できるほどの強い精神感応魔法を持つのは、基本的に固有魔法だけだ。


 原則として、固有魔法は1人につきひとつ。多くてふたつだろう。しかも、向き不向きがあるので、攻撃系の魔法の威力が強かったあの香水作りの魔術師には、普通に考えて洗脳できるほどの強い精神感応魔法は使えないはずなのだ。

 考えてみれば、香水の成分もそうだった。香水は魔法的効果のある魔法薬の一種とも考えられる。魔法薬は手順通りに作ればだれでも作れるが、やはり作り手の魔力によって左右される。精神感応系の効力があるのなら、精神感応系の魔法を持つ者が作らねばならない。

 魔術で代用することもできるが、その場合、効力は弱まる。香水も、一度当たりの使用量での効力は弱かった。それはつまり、魔術で精神感応魔法、つまり媚薬を再現したからではないだろうか……。


 と言っても、まあ、世の中には媚薬と呼ばれるものがあふれているので、一概にあの香水作りの魔術師の精神感応魔法が弱いことにはならないのだが……。


 それでも、操れるほど完璧な洗脳ができる魔法使いや魔術師は、当世にほとんどいないはずだ。


 だから、ルクレツィアとヴェロニカの結論は、経過はどうあれ、同じところにたどり着いた。



 誰かが、魔術師や女主人たちに技術提供を行っていた。そう考えるのが最も自然だと思った。



「……深まる謎」

「いや、話は簡単だ。その黒幕を引きずり出せばいいんだからな」


 さらりとそう言ったヴェロニカは、思ったより『夜明けの騎士団』の脳筋どもに影響を受けているのかもしれない、とルクレツィアは現実逃避気味に考えていた。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


一応第1章が完結となります。明日からは2章ですね。


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