表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

(5)



(5)


シノの家は恐ろしく巨大だった。

古めかしい洋館を彷彿とさせる・・・というよりそれそのものであり、その一帯だけどこか外国に迷い込んでしまったような印象を受ける。

それは俺だけではなくイオリも同様だったらしく、目をぱちくりさせながら俺の上着の袖を引っ張る。


「ねえ・・・・本当にここ?」


「あ、ああ・・・・・そのはずだけど・・・・」


電話で口頭で説明されただけだから怪しいが、確かにシノも『見ればわかる』ようなことを言っていた気がする。

確かにこれは見ればわかるとしかいいようが無いが。

冷たく、少し不気味な装いが逆に高貴な印象を与える、まさにシノの家のイメージそのものだった。

インターフォンも存在しないため甲高い音を上げてきしむ鉄柵を開き、中庭を歩いていく。


「アイダ・・・・あたしこんな普通の格好できちゃったけどいいのかな・・・・」


「バカ言え・・・俺なんかその辺のコンビニに行くような格好で来ちまったぞ・・・・・」


「ものすごく緊張するわね・・・」


二人して妙にぎこちない動きで中庭を歩き、木製のドアまでたどり着く。

そこにもインターフォンは見当たらなかったので仕方なく俺は付属されていたノックを使用した。

しばらくそうして待っていると扉が開き、出てきたのは初老の男性だった。


「お話はお嬢様から伺っております。 ようこそ榎本の家へ」


「あい?」


執事といえばわかってもらえるだろうか? 漆黒のスーツに身を包んだメガネの男性は俺たちに深々と頭を下げ中へ案内する。

俺はあきれつつも諦めて納得したが、イオリの緊張具合は見ていて笑えるくらいだった。

息も出来ないような顔をしているイオリの肩を叩き、堂々と歩くのを見せ付ける。


「そんな気ぃ使うなよ。 俺たちは友達に会いにきたんだぜ」


「う、うん・・・・・」


とは言えそんなにあっさりと割り切れるはずもなく、多少ましになったもののイオリは緊張しすぎで何度も転びそうになった。

そうして案内されたのは別棟にある塔のような形状をした離れだった。

執事の案内が終了し扉を開くとそこには見渡す限り広がる高い本棚とそこにびっしりと詰め込まれた蔵書の数々。

聞こえてくるのはクラッシックのレコード。 かなり年代モノの、しかし手入れが行き届いている蓄音機が無造作に積み重ねられた本の上に乗せられている。

部屋はぱっと見かなりちらかっていた。 乱雑に散らばった様々な本たち。 しかしそのどれもが手入れされているのか、それともそれが彼らのここでのあり方なのか、どれもが汚いという印象には程遠い。

そのなんともいえない異世界のような不思議な雰囲気に思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「すげえ」


「うん・・・・・なんだか御伽噺の世界に紛れ込んだみたい」


その比喩もすげえ。

奥で影が動いたかと思うと執務机らしいこれまた年代モノの木製の机に腰掛けたシノが読みかけの本を置いて手を振っていた。


「ここすっげえな・・・・・見渡す限り本ばっかりだ」


ヘタな図書館よりもあるのではないだろうか。

俺たちの反応を見たシノはどこか嬉しそうに、誇らしそうに微笑み、本の山を見上げる。


「それで、何から始める?」


って、言われても・・・・・・・・これだけの本がある環境で育ってきたなら俺が何か言っても意味ないんじゃ・・・・。


「マンガってないの?」


ちょ、おま、空気読め!!


「あるわよ。 この下の階に」


「あるんかいっ!!!」


初めてシノ相手に全力でツッコんでしまった。

何はともあれこうして俺たちの奇妙な勉強会が始まった。

とは言えその内容といえば俺が口出しすべき場面は実はものすごく少ない。

シノはシノで勝手にやるようだから、その構想に俺は口出しできないし、イオリにいたってはマンガなのでジャンルが違う。

結局俺は何をしにきたのかわからないまま真剣な二人の様子に手持ちぶたさになっていた。

適当に本を開いてはそれに目を通し、ただ読書を続ける時間が続く。

そういえばいつごろからか書くことにばかり必死になってこうしてゆっくり本を読む時間もなかった気がする。

俺自身の勉強として今はこの奇妙な時間を楽しむことにしよう。 そう割り切った。

膨大な書物の中に埋もれているうちに心が何故か落ち着いていく気がする。

ここにある全てのものに誰かの思いがありそれが今もこうして眠り続けていることがなんだか不思議な奇跡のように思えてくる。

たかが文章の一つ一つがどうしてこうも輝いて見えるのだろうか。

それは文章テキストを俺もまた書くという行いに従事し始めたからなのだろうか。

何にせよ世界というものは見方一つでがらりと姿を変える。

その事に気づかせてくれたテキストというものに俺は僅かな感謝の念を抱いていた。


のはいいけど、ここいづらいなあ〜・・・・。


イオリは、


「うーん、ねーねーアイダ、この辺変えちゃってもいい? 少女漫画っぽさが足りてないんだけど」


とか言ってるし、シノは、


「話しかけないで」


なんて調子だし、いくらなんでも退屈すぎる・・・・。

大きくため息をついて周囲を見渡すと、さらにおくに部屋が続いていることに気が付いた。

シノもイオリも机にかじりついているし、誰にも怒られないだろうと考えた俺はちょっとした探検気分で奥へと進む。

そこはこの家にしては質素で、古めかしくしかし暖かい景色が広がっていた。

大きな窓とその傍にある大きなベッド。 棚に並んだいくつかの写真たち。 しかしそれらは最近使われた様子がない。


「少し・・・煙草くさいかな?」


だとするとここに住んでいた人はシノでは無い誰かなのだろう。

写真たてを手に取るとそこには恐らく幼い頃であろうシノの姿と先ほど遭遇した執事、そして優しそうな顔をしたおじさんがいた。

多分これがシノの父親なんだろうと思い母親はどんな美人だったんだろうと写真を探してみたが、母親のものは見つけることが出来なかった。

きっとこの人がこの部屋の持ち主だったのだろうと、なんとなくそんな妄想をめぐらせて周囲を見渡す。

こんな屋敷に住んでいるということはシノはやはりうわさにたがわぬお嬢様だったということか。


「でも、なんていうか・・・・・・・・寂しい家だな」


ここに来るまでにいくつもの部屋があった。 しかしこの家には人の気配が足りていない。

きっと今この家にいるのはシノと、あの執事だけなのだろう。 広すぎる部屋に異世界のような本の山。 そんな場所にいるシノはまるで囚われの姫君のようだ。

なんてことを考えるようになったのはおそらくイオリの影響であろう。

自分自身恥ずかしいセリフに苦笑しながら写真たてを元の場所に戻そうとした時だった。


「相田君・・・・・何してるの?」


「あ、シノか。 悪い悪い、ちょっと退屈で、」


言葉を遮るように駆け寄ったシノは俺の手から写真立てを強引に引っ手繰ると元の位置に戻した。

俺の顔は笑ったまま、何が起きたのか判らずぽかんとしている。


「勝手に触らないで」


冷たい視線。 強いて言うならば、『敵』と定義づけたものを見ているようなそんな目。

冷静で残酷な視線に思わず言葉を失う。

しかしここで何も言わないわけにはいかない。 どうやらこの写真に触るのは彼女的にNGだったらしい。


「わ、悪かった・・・・・そんな大事なものだと思わなくて・・・・・」


「大事かどうか関係なく、人の家のものを勝手にいじくりまわさないでくれる? 子供じゃないんだから大人しくしていられないの?」


ぐうの音も出ないような正論だった。 確かにそりゃそうだ、そうだけど・・・・なんだかこの言い方は納得がいかない。

長時間俺を放置したのはそっちだし、話しかけても相手にもされなかった。 確かに出歩いたのは悪いと思うけど、だったら鍵でもかけておくなり一言言うなりすればいいのだ。

しかし大事なものを勝手に触られたら俺だっていやだし、取り付く島がないほどじゃないにせよ怒るかもしれない。

だからとりあえずは納得してシノのご機嫌をとることにした。


「こ、この部屋きれいでいいな。 なんだかあったかいカンジがするし・・・・」


「早く出てってくれる・・・? そんな感想聞きたくないの」


「・・・・・・・・ハイ」


大人しく部屋を出ると背後でシノが鍵をかける音がした。

最初からそうしろよと思いつつため息をつき、ふと忘れていたことを思い出す。


「そうだ! シノ、参考になるかどうかわかんねーけど、俺が前読んだ本で・・・・」


鞄から『夢で逢えたら』を取り出し、シノに渡す。


「ちょっと難しいけどいい話なんだ。 俺は結構気に入ってて、図書室でもお勧めのところにおいてあってさ・・・・・・・・・・・シノ?」


『夢で逢えたら』を手にしたまま固まったシノ。 ぴくりとも動かず、そして何も言わない。


「シノ?」


不安になりシノの肩に手を伸ばしたその時、何が起こったのか瞬時には判断できない事が起こった。

俺の手はハデに払いのけられ、近くにあった本棚に激突していた。

続けてシノは『夢で逢えたら』を俺に思いっきり投げつけ、目に涙すら浮かべて言った。


「最っ低っ・・・・・・・!」


それは告白してフられるよりもよほど胸を貫く痛み。

わけもわからないままそんなこと言われ、あんなことをされ、いくら俺でも納得がいかない。

このままじゃいけないと思いつつも思わず食って掛かってしまう。


「ってえな・・・・・! なんだってんだよいきなり・・・・さっきのは謝っただろ!? まだ根に持ってるのかよ!?」


「そんなの関係ないでしょ・・・! もういい、帰って!」


「わけわかんねーって!? 俺が何したっていうんだよ!? なんか気に入らないならせめてそこを言えよ! でなきゃ納得いかねーだろ!!」


「何度も言わせないで・・・・帰って」


歯を食いしばり、拳を強く握り締める。

一体なんだっていうのだろうか? 俺がそんなに何かしたんだろうか? 俺はそこまで気が利かないやつだったんだろうか?

そうかもしれない。 でも、だからって、こんなの納得できない。


「言ってくれよシノ、俺たち友達なんだろ!? 友達は助け合うものなんじゃねえのかよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・あのね」


腕を組み、初めて会った時と同じように冷めた目で俺をにらみつける。


「あんまり勘違いしないで欲しいんだけど。 あなたのことなんて、酷くどうでもいいわ。 思考に値しない無価値な人間よ」


「なっ・・・・・・・・・」


「別に誰でもよかったのよ。 少し仲がいいからって調子に乗らないでくれる? そもそも、あなたのアドバイスなんかなくなってわたし一人で小説くらい書けるわよ。 友達だかなんだか知らないけど、相田君は、」


「・・・・・もういい」


俺が遮るとシノは驚いたように口を閉じた。

投げつけられ地面に転がった『夢で逢えたら』を拾い上げ表面についた埃を叩いて落とす。

鞄にそれを収めると踵を返し歩き始めた。


「ちょ、ちょっとアイダ・・・・どうしたの急に・・・・なんか怒鳴ってたみたいだけど・・・・・」


「悪いイオリ、俺帰るわ」


「へっ? ちょ、アイダぁっ!?」


ポケットに手を突っ込んだままイオリの隣を横切っていく。


「また中途半端なところで逃げるのね! 結局口ばっかりで何にも出来ていないじゃない!」


背後からのシノの声に足を止める。

振り返るとシノは息を荒らげ、肩を上下させながら俺を見つめていた。

鞄の中からプリントアウトした自作小説を取り出す。


「確かに中途半端かもしれないな。 口ばっかりだよ。 でも俺、シノのことがぜんぜんわかんねえよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


黙っている。 何も言わず俺を見ている。


「これ、今日シノに見てもらおうと思ってもってきたんだ。 最後まで書き終わってないけど、あとクライマックスだけだったんだ。 でも・・・・・」


原稿を真っ二つに破いた。 続けてさらにもう一度重ねて破く。 それを丸めてぐしゃぐしゃに固めると、部屋の隅っこに放り投げた。


「何も言わない、何もしない・・・・それはシノだって同じだろ? でも、俺に言えることじゃないしな。 シノは立派だよ」


「相田く、」


「本当はずっとわけわかんなかったんだ。 シノがどうして俺なんかとって思ってた。 でもやっぱ『そう』だったんだな。 誰でもよかったんだろ?」


頭を横に振る。 そうだ、全てがうまく出来すぎていた。 笑える位に理想的。

シノにまた言われた時、なんだか何もかもを投げ出してしまいたくなった。

シノの言葉にいらだったのか、それともどうでもいいという言われ方に失望したのか、本当に俺が中途半端なやつだったのか、今となっては無意味なことだ。

マフラーを首に巻いて部屋を出る。 背後でしまった扉の音が妙に心地よい。


こんなにシノのことが好きだったのに、あんなにシノと一緒にいたのに、シノのことがなんにもわからなかった。

いくらシノのことがすきでも、執筆が楽しくても、あんな事を言われてまで進んでやりたいなんて思えない。

そんなやつはどうかしてるし、俺はそこまでどうかしてないってだけの話。

まるでその洋館で起きた出来事すべてが夢か何かであったように、一歩町へ出た瞬間全てはウソっぽく感じられた。

電車に乗ると急に悲しくなった。 シノの冷たい目が頭を離れない。 その言葉の一つ一つが本当に苦しかった。

気づけばわけもわからないまま涙を流していた。 早くも何故あんなことをしてしまったのかと後悔している自分がいた。

でもきっと仕方がなかった。 あんなの納得してまで一緒にいても、きっといいことにはならないから。


シノにとって俺じゃない誰かでもそれが可能なのであれば、そのほうが、いいだろう。


電車に乗ると同時に降り始めた雨の音がほんの少しだけ心地よい。

ほんの僅か、この世界の音を掻き消すその音が今は本当にありがたかった。





>AIDAに会いに行ってもいいかな?


パソコンのディスプレイに浮かんだ文字を俺は無気力に眺めていた。

あれから一切執筆は行っていなかった。 テキストデータは破棄してしまったし、もう続きを書く気もなかった。

少女漫画もさっさとイオリに返して、遅れてしまっている勉強にでも専念しようと思い教科書を開くも、結局パソコンの前に座っている。

そんなダメな俺に会いたいとYOUは言っていた。


>別にいいけど・・・・


以前からの話でYOUと俺の住んでいる場所はきわめて近いであろうことが予想されていた。

判りやすい場所を指定するために高校の近くにある大きな駅で落ち合う事になった。

そこに何かを求めていたわけではないしそんなことをする気力はなかったが、長い時間俺を支えてくれたYOUの事に興味があるのも事実だった。

それから数日間特に何もしない日々をすごし、約束の日。 これまた特に何もおしゃれもせず俺は電車に乗っていた。

揺れる車内に見える高校の制服とシノに似た黒髪を見るたびに頭が痛くなりそうだった。

電車を降り、ヘッドフォンをはずしてMP3プレイヤーを停止させる。


「雪降ってんじゃん・・・・・」


白く曇った呼吸が空へ上って消えていくのを眺めながらYOUの姿を探す。

あんまり人が来ない駅前の本屋を待ち合わせ場所に指定したのでどれがYOUなのかはあっさり判明した。

YOUは白い傘を差し、やはり白いロングスカートのすそを指先で弄りながら俺を待っていた。

雪が降り出したのはついさっきのはずなのにきちんと傘を持ってきているあたりなんだかまじめそうな印象を受けた。


「YOU」


ポケットに片手を突っ込んだまま声をかけると振り返ったYOUは穏やかに微笑んだ。


「AIDA・・・・アイダ、でいいのかな? アイダは何頼む?」


YOU・・・ユウは細くしなやかな指でメニューを捲っている。

雪の中立っているのもどうかと思い、とりあえず近場にあったファミレスに入ることになった。

ユウは正面から見るとかなり細く、肌が白い。 ショートカットの髪が雪に濡れて少し艶を持っている。

落ち着いた瞳と口調。 見た目は俺より随分と年下に見えるサイズなのだが、なんだか大人な印象を受ける。

とりあえずコーヒーを頼むとユウはテーブルの上に肘をつき、手を組んで微笑む。


「よかった。 アイダがかっこいい人で」


「は? いや、俺の方が実はびっくりしてるが・・・・」


ユウがこんなに可愛いなんてな・・・・。

それはそれ、これはこれである。 雪が降る町並みをぼんやりと頬杖ついて窓から眺めていた。

ユウはホットコーヒーに口をつけ、少し困ったような顔で『あんまりおいしくないね』と笑った。


「アイダと同い年、同じ学校だったなんてね。 少しびっくりしちゃった」


「そんな気はしてたけどさ。 チャットの内容とかで」


「それでどうだった? 私がお勧めした本の効果は」


何も知らないのか、気楽に言ってくれる。

ユウのせいにしたところで何にもならないが、あの本のせいでこんなことになっているのも事実。

ユウを恨む気は本当に全くないが、あまりそのことは口にしたくなかったので今まで言わなかったのである。

言えばユウはきっと気にするだろうし、せっかくの厚意を無下にするのは心が痛む。


「あ? あ、ああ・・・・・・って、カバンにいれっぱなしだ」


苦笑いしながら『夢で逢えたら』をテーブルの上に置いた。

本を見るだけであのときのことが思い出され胸が締め付けられるような気分になる。


「いい本だよね。 大衆受けはしないけど。 榎本コウジの作品の中では一番好きだよ」


「え? 榎本?」


今まで特に気にもしていなかった作者の名前を見て唖然とした。

榎本コウジ。 これは何かの偶然なのだろうか? シノの苗字と一緒である。

何も言えずそれを手にしたままで固まる俺にユウは微笑みかける。


「榎本シノさん、でいいのかな?」


「え・・・・・・・」


「アイダが好きな人っていうのは」


思わず立ち上がっていた。 本を手にしたまま、何度も本とユウの顔とを視線が行き来する。


「どうして、そのことを・・・・」


シノの名前は一言も出していないはずだ。 だというのにどうしてそのことを知っているのだろう。


「本当はね、AIDAがアイダだってことには随分前から気づいてたんだ。 私たちほら、おなじ学校でしょ? アイダが誰と仲がいいかは、それなりにウワサになってたからね」


それはたしかに学校一といっても過言ではない女子と仲良くしていたのだからウワサにもなったであろう。

全ては不可能ではないにしろ何もかもお見通しだったと思うと急に全てが恥ずかしくなってくる。

ため息を付きながら席に着くと今度はユウに不満が生まれた。


「ユウ、もしかしてこの本がなんかシノと関係あるって知ってたのか?」


「そうだね。 それは今は亡くなった彼女の父親が執筆したものなんだ」


「なっ・・・・・」


「色々といわく付きの本だからね。 榎本さんに見せたらどういう反応になるのかくらいは、私でもわかってるよ?」


思わずテーブルごしにユウの胸倉を掴んでいた。

こいつ、そういうつもりだったのか? 最初からああなるように全部お見通しで、俺一人だけ手のひらの上でもがいてたっていうのか?

思わず怒りで手に力が篭る。 ユウは苦しそうに、しかし余裕を持って眉を潜めた。


「アイダ、人が見てるよ」


「ぐっ・・・・・!」


手を離し椅子に座り込む。 額に手をあて大きくため息を付いた。

ここでコイツに食いかかったところで意味なんかない。 もう全部済んでしまったことだ・・・。


「ユウ、どうしてこんなことを・・・・・・・・・・俺は、お前の事・・・・・・」


「私もアイダのことは大好きだよ。 でもねアイダ、君はなんにもわかってないよ」


すまし顔でコーヒーを口にし、ホットケーキにナイフを入れながら微笑む。


「シノにとってそれはとても大事なものなのだ。 それと向き合わないまま全て終わってしまうなんて、それこそ中途半端」


「なんだよ、全て終わってしまうって・・・・・」


「知らなかったの? シノ、一月末には海外に引っ越すんだよ?」


空いた口がふさがらないどころか、口が開かなかった。

そんなの初耳で、しかも唐突過ぎる。 なんでまたそんなことになってるんだ? いや、なんで、どうして・・・・俺は知らないんだ?

わけのわからない展開の連続にめまいがしてくる。 落ち着くためにコーヒーを飲んだら想像以上にまずかった。

顔をしかめているとユウが笑った。 なんだかその顔を見ていると怒る気も失せてくる。

大きくため息をついてもう一度コーヒーを口にした。 やっぱり不味い。 煮詰まったコーヒーの味はなんだかおかしくて笑えてくる。

ユウ。 不思議なやつだと思う。 話しているとなんだか全てが些細な事に思えてくる。

俺が落ち着いたのを察したのか、フォークの先にアイスの乗ったホットケーキを刺して俺に突き出した。


「アイダ、あーん」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まじか」


「あーん」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・あーん・・・・」


甘い・・・・・そして可愛い・・・・。

なんだか今までに会った事のないタイプの人間だ。 かなりマイペースである。


「ん、よく出来ました」


俺が口にしたフォークをペロリと舐めて微笑んでいる。

ああ、この笑顔を見ているとなんとなく癒されるなあ・・・・。


「それで、シノの話だけど・・・・」


「引っ越す話? それとも彼女のお父さんの話?」


「両方だ」


「ん、わかったよ。 ただ、私が知っている範囲での話だけどね」


まず、シノの両親は随分前に離婚しているらしい。

シノの母親はデザイン関係の仕事をしているらしく、日本に居る事のほうが少ないというバリバリの仕事人間らしい。

その母親がシノと暮らしたいためずっとシノを海外で待っていること、そしてシノが急に引っ越すのではなくそれを今までずっと拒否していたということ。

そうした長い俺の知らない時間が積み重なっての結果らしく、それは相当どうにもならないことのようだった。


そしてその両親が離婚してしまう前、シノの父親は作家としてはたらいていた。

あの屋敷のあの部屋はきっと彼の部屋だったのだろうと思う。

シノはどちらかというと父親になついていて昔から小説を書くことが夢だったらしい。

その父親はある日突然離婚し、榎本の家を離れていったのだという。


「その『夢で逢えたら』は彼には珍しい恋愛小説でね。 シノの元を離れた後に唯一発行された本なんだ。 だから彼女はその本を読みたがらない」


「・・・・・・・・・・・・・自分を置いていった父親の書いた本だからか・・・・?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね。 でも、シノがお父さんの事を気にしているのは今でも同じなんだろうね」


ふと想像してみる。

写真の中の子供のシノは今からでは想像も付かないくらい明るく微笑んでいた。

最愛の父が居なくなったということ。 それはきっと夢を奪われるという事にもなるのだろう。

そんなシノの父親の部屋に無断に立ち入り、その本まで突きつけたのだ。 そりゃ怒られても仕方がなかったのかもしれない。

だからって納得できるわけではなかったが、ひとまず俺は話を聞き終え冷静に考え直せる程度には元気が出ていた。

それでも結局それをシノが話してくれなかったこと、そしてシノが引っ越す話も一言も聞いていなかったことはショックだった。

結局俺は何も知らないまま、何も出来ないまま、シノの傍に居たのだと思い知らされるから。


「それよりもユウがどうしてそんな事まで知ってるのかってことのほうが気になるんだが・・・・・」


「さあ、どうしてかな? 君ならそのうちわかるかもしれないよ」


「教えてはくれないんだな」


「謎は謎のほうがいいこともあるさ」


ゆっくりと席を立ったユウは俺のすぐ傍まで歩み寄り、唇を人差し指でなぞってウィンクした。


「それじゃあ、あとは頑張ってね、アイダ」


「ちょ・・・・まてよ・・・・・・!」


「何でもかんでも人に頼っちゃだめだよ。 それに心配しなくても、私はずっとアイダの味方だから」


言いたい事だけ言ってユウは帰ってしまった。

時間にすれば僅か三十分ほどの邂逅だった。 なんだか狐に化かされたような気分になる。

そんなふうにユウを目で追っていると店の外を見覚えのある人物が歩いていた。 イオリである。

外を眺める俺とこちらを見ながら歩くイオリの視線はバッチリ正面衝突した。

思わず会釈する。 勿論イオリは店に入ってきた。


「うーん、濡れちゃった・・・・・・」


第一声がそれはどうかと思う言葉と共に雪がしみこんだ上着を脱ぎながらイオリはユウが座っていた席に腰掛けた。

イオリと話すのはあれ以来なので数日振りになる。 なんだか少しだけ照れくさくて咳払いした。


「この間は・・・・その、悪かったな・・・・・・勝手に帰ってさ」


「いっ、いいんだよ! あれは、その、アイダが悪いんじゃなくて・・・・あ、でもシノが悪いってわけでもないんだけど・・・・はう」


「あー・・・・・なんか悪いな、思いっきり巻き込んだ形になっちまって・・・・」


「・・・・・・・ううん、いいんだよ。 それより寒かったあ、なんか頼むね」


スープを注文するイオリに俺は先ほどユウに聞いた事を全て話す事にした。

こいつは相手がどんな悪人でも心配してしまうとんでもないお人よしなのだ。 長谷川イオリともあろうものが、すっかり忘れていたなんてことはありえない。

話を終える頃にはとっくにスープも届いていて、それをスプーンでくるくるかき混ぜながらイオリはため息を付いた。


「そっか・・・・・・・そうだったんだね」


「でも今更どうにもならない・・・・・俺に何が出来るっていうんだ」


悪いクセだと思った。 イオリを相手にするとつい弱気な気持ちをぶつけてしまいたくなる。

信じているからこそ、好きだからこそ、ダメな気持ちを表に出してしまう。

そんな俺をイオリはいつも今まで決まって励まして、


「そんなんじゃだめだよ、アイダ」


叱ってくれた。


「アイダらしくないよ。 悩んだり悲しんだりするヒマがあったら行動しなきゃ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、だよな・・・・」


自分でもわかっている。 でもイオリに言ってもらわなきゃ、エンジンに火が点かない。

でもただ謝って、誤解だっていって、それで何かかわるのだろうか?

俺にシノが救えるのだろうか? その方法はあるのだろうか? 他人を変えることは酷く難しい。

腕を組んで悩んでいると、イオリはため息混じりに口を開いた。


「アイダ、すっごく一生懸命な顔してるよ」


「ん・・・・・そうか?」


「うん、正直・・・かなりかっこいいかも・・・・」


「うっ・・・・ああ、あ、ありがとう・・・・」


そういえばすっかり忘れていたがこいつとの関係も清算しなきゃいけないんだったああああああーーーーーッ!!!!

内心叫びだしたい気持ちを抑えて微笑みとを取り繕う。

しかし焦りに焦る俺とは対照的にイオリは明るい笑顔で語る。


「覚えてる? 中学校の卒業式の後のこと」


「ハッ?」


さて、この物語が始まって何度目の『ハッ?』でしょうか。


「やあっぱり忘れてる・・・・・ひどいなあ、あれ、かなり勇気を振り絞ったんだからね?」


「え・・・・・・・・・・・・あのときの・・・・・って・・・・」


「そう、あたしだよ」


はい、はい、衝撃の新事実。

よおく思い返してみるが、あれは決してイオリなんかではなかった。 確かに名前は聞かなかったがもっと地味なカンジの子だったはずだ。

メガネをかけていて、全く髪も染まってなかったし、制服のボタンもきっちり全部とめてたし・・・・。

なによりこんな明るい性格じゃなかったというか、なんというか・・・・・。


「まあ、わかんなくても仕方ないかな? あれからかなりがんばったもん、自分を変えるためにね」


「それって・・・・やっぱり?」


「うん、アイダに振り向いてほしかったから。 カワイイ女の子になれば、アイダもあたしを好きになってくれると思ったんだ」


それは正になんというか。

そう、数ヶ月前の俺と同じで。 そしてその努力の結果変わった少女が目の前に実際に座っている。

だというのに俺は、何も変われないままここでもたもたしていたというのか。

だからこそイオリは俺を本気で手伝ってくれた。 好きな男が別の女の子が好きだといっているにも関わらず。


「アイダにシノのこと相談されたときは正直かなり複雑な心境だったんだ。 でもアイダに話しかけられてすごく嬉しかったし、どうせうまくいかないと思ったしね」


「おいおい・・・・・・ぜんぜんそんなそぶりなかったろ・・・・」


「そんなことないよ〜? でも、我慢したもんね。 それにあたしたちって、おんなじでしょ?」


好きな人がいた。 手が届かなかった。 自分を変えたかった。 振り向いて欲しかった。 そして・・・・。


「アイダのこと、変えてあげたかった」


それはまさに、俺がシノに対しての全てのことで。

奇妙なほどに俺とイオリの気があったのもきっと偶然なんかじゃなかった。

だからこそきっとここまで分かり合うことができた大切な友達。 そしてずっと俺の事を見ていてくれた人。


「アイダのこと好きだよ? 前に告白した時から、本当はずっとアイダの事見てたの。 でもやっぱほら、昔の変なクセっていうか・・・・未だにアイダに話しかけるのは勇気いるからさ・・・・時間かかっちゃったけど・・・でも、こんなことならもっともっと早く、一年生の時にアイダと同じクラスになれてたらよかったのに」


「イオリ・・・・・」


「それでもアイダは、シノちゃんのことほっとかないんだよね・・・・? だってアイダ、なんだかんだで結局いいやつだもん。 アイダともあろうものが、気にしないでほうっておくなんてこと、ありえないよね」


頷いた。 俺たちはきっと似たもの同士だった。 お互いがお互いのことを一番きっと理解できるであろう、親友だ。

イオリの気持ちは嬉しかった。 実際イオリはかわいいし性格も言う事なしのパーフェクト美少女である。 何故フったのか過去の俺に聞いてみたいほどだ。

でも、だったら、だからこそ、こんな中途半端なところで終わらせない。

たとえ俺のやることが全て無駄に終わったとしても、きちんと努力し、そして続けることの大切さをイオリは教えてくれたから。

だからこそやらなくてはならない。 俺はあの小説を書き上げる。 それくらいしか今の俺に出来ることはないから。


「って、原稿がねえええええええ!!!!」


アラマーなんというオチでしょうか。 ノリとテンションで破ったりするからそうなるんですよ。


「あ、アイダ・・・・・声おっきいよ」


「・・・・・・・・・・・・・俺は今失意と絶望の闇の中に突き落とされています・・・・」


机に突っ伏して倒れている俺の姿を見て笑ったイオリはバッグの中からあるものを取り出した。

それは不器用に、べったべたにセロハンテープで繋ぎ合わされた俺が破った原稿だった。

くしゃくしゃのそれを俺の前においてイオリは微笑む。


「これがなくちゃ始まらないでしょ?」


「・・・・・・・・・・・・・・イオリ・・・・・・・・・・」


「あたしが集めてあげた・・・・って言った方がアイダはあたしのこと好きになってくれるだろうけどね・・・・でも、それは残念ながらシノちゃんが集めたものなんだよ? あれからシノちゃん、ずっと黙ってそれを拾い集めて直してたんだから」


「シノが・・・・・?」


「でも、あんなこと言っちゃった手前素直にアイダに渡せないからって、さっきあたしが預かってきたんだ。 シノちゃん・・・泣いてたよ」


ぼろぼろで見るに耐えない原稿用紙。

自分自身の手で一度放り投げ手放したそれはシノの気持ちと俺の後悔で辛うじてつなぎとめられていた。

手にした瞬間胸が熱くなるのを感じる。 俺は今、様々なものを無視しかなぐり捨ててでも、ものすごく続きが執筆したい気分になっていた。


「ありがとう、イオリ・・・・・・俺、本気で頑張る! 頑張って、その結果どうなるかなんかわかんないけど、でも俺頑張るよ!!」


「うん・・・・・・・・アイダはやっぱりそうしてるほうがかっこいいよ。 一生懸命で、ちょっとバカだけど、でもそんなアイダが好きだから・・・投げ出したりしないでね」


「ああ! 任せておけ!」


イオリの手を取り両手でぶんぶん振り回す。

さっきまでの鬱屈とした気分はどこへやら、今なら本当に彼女の言うとおりかっこいい笑顔を浮かべる事が出来る気がしていた。


「でもいっとくけど諦めたわけでもなければ答えを出さなくていいことでもないからねー?」


「・・・・・・・ハイ・・・・・・・・スイマセン・・・・・・・・・」


何も今言わなくても・・・・・。 つか実際何も問題解決してなくねーかこれ。


「それよりイオリ、どうしてこんないいタイミングでここに現れたんだ?」


「ぎくっ」


「ぎくって口で言わないほうがいいと思うぞ」


困った顔で何気に俺の手を握り返しながら、


「電話があったんだ・・・・ユウから」


「ユウって・・・・・・・イオリとも知り合いなのか・・・・・」


「あたしはユウがシノやアイダとも知り合いだったことに驚きだけど・・・・」


ユウ、一体何者なんだろうか?

何はともあれヒントは揃った。 やる気はもらった。 原稿は直った。


だったらもう、作者のやる事は一つしかねーだろ?




それから俺は書きに書きまくった。

シノは学校に来なくなった。 引越しの時間が迫ったため準備や手続きのため学校にはもう来ないという。

それに俺はかなり慌てた。 家に帰ってはひたすら執筆を進める日々。

必死だった。 何としてもこの物語だけはハッピーエンドで終わらせたい。 けれど妥協はしたくない。

シノが何を思おうが俺がどうなろうが知ったこっちゃねえ。 俺は書く。 俺は俺のやりたいように、俺の物語を書き上げて見せる。

妥協せず、甘えず、奢らず、ただ書く。 そこには無意味なんて言葉は存在しない。

くだらないテキストの一つ一つが意味のあるもので、俺はそこに想いを込める。

どうか、どこかの誰かにこの思いが届くようにと。

勉強はすっかり遅れ気味だ。 けれど今遅れてしまったらもっと大事なものが本当に手遅れになってしまう。


だから俺は書く。 俺は書く。 俺は書く。


シノが引っ越す日が学校で明かされた。 勿論全校の男子が泣いた。

しかし俺は泣かない。 涙を流すのは全てが終わってからだ。

今となっては全ての事が些細に感じられる。 ただ無心で執筆することのなんと楽しいことか。

だから俺は書き上げた。 やりとげた。 何時間も何時間もパソコンのキーボードを叩き、書き上げたのである。


「できた・・・・・・・・・・・!」


悪いが間を入れている余裕などない。 俺はすぐさま家を飛び出した。

夜中の電車に乗り込み、シノの家を目指す。

電車が到着するなり原稿を片手に走った。 雪が降る町。 もう時期はとっくにクリスマスムード。

商店街に立った巨大なクリスマスツリーのイルミネーションの下を駆け抜けていく。

雪に足をとられ転びそうになっても、俺は走り続けた。

玄関にたどり着くなりノックを繰り返した。 早くシノに会いたい。 一目でもいい、シノに・・・・・・。


「どなたですかな?」


しかし現れたのは初老の執事だった。


「あ、あの・・・・・・・・・シノさんはいらっしゃいますか? あ、俺相田って言うんですけど・・・・その・・・・」


「ああ・・・・・・・相田様で。 お嬢様でしたら、残念ながら既にこの屋敷にはおられませんが・・・・・」


「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


「・・・・・宜しければ、少しあがっていきませんかね? 暖炉に火がくべてあります。 暖かいですぞ」


「あ・・・・・・はい」


真っ白な頭のまま上着を抜いて雪をはたくと家に上がった。

案内されたのはシノの部屋でも客間でもなく、恐らくこの執事が住んでいるのであろう小部屋だった。

暖炉に薪をくべながら老人は穏やかに微笑む。


「相田様のお話は、私も随分とよく聞き及んでおりますぞ。 お嬢様が学校の事を口にする時は、いつもあなたか長谷川様のお話でした」


「シノが・・・・・・・・・? あの、シノはもういないってどういうことなんですか?」


「お嬢様は一足お先にオーストラリアの方へ向かわれました。 この屋敷は今後は私が管理することになるでしょう」


「そんな・・・・・・・」


思わず椅子に座り込む。 間に合わなかったっていうのか? でも引越しの日まではまだ時間があったはずじゃ・・・。

いや、既に居ない以上どうにもならない。 俺はシノに何も言う事も出来ないまま、シノを悲しませたまま終わってしまった。


「・・・・・・・・・暖かい紅茶はいかがですかな? ハーブティーです。 少し心が落ち着きますぞ」


「どうも・・・」


「どうやら、お嬢様とは随分と懇意にしていただいていたようで・・・・ありがたい限りです」


「でも俺・・・っ! シノに酷い事いったまま・・・・・何にも出来ないままで・・・・っ」


「・・・・・・・・・・そちらが噂に聞く相田様の小説でしょうか?」


「え・・・・・あ、はい・・・・全部筒抜けなんですね」


「ええ、それはもう。 お嬢様は楽しそうになんでも語ってくださいました。 しかし私はこの屋敷に勤めてもう三十年以上になりますが、お嬢様が学校での事を語ってくださったのは、あなた方のことだけでした」


「・・・・・・・・・・・・・」


「お嬢様は、本を愛しながらもそれを向かい合うことが出来ないで居たのです。 昔でしたらお嬢様が執筆したいなどとおっしゃることはなかったでしょう。 お父上のことを、今でも深く愛していらっしゃるが故に、やりきれないのでしょう」


「・・・・・・・・・・・こんなこと、言っていいのかわからないけど・・・・どうしてシノの親父さんは、シノをおいていっちまったんだろう・・・・」


「コウジ様はお嬢様を大層可愛がっておられました。 しかし小説の執筆にのめりこむあまり、家庭がうまくいかなかったのもまた事実です。 結局婚約したとはいえそこは男女間の問題。 一筋縄にはいかないものですな」


んな悠長な・・・。


「しかしコウジ様はその後もこまめにお嬢様にお会いしていたようですぞ」


「え? じゃあなんでいきなりいなくなったんだ?」


「コウジ様は事故にあいまして。 当時執筆中だった小説も完結せぬまま、帰らぬ人となりました。 そのことをお嬢様はご存じないのでしょう・・・・」


「・・・・・・・・・・そう、なんですか・・・・」


執事はそれだけ語ると部屋を暖かくし、紅茶のおかわりを淹れてくれた。

幾分かは気持ちが落ち着いた俺は席を立つと執事に頭を下げる。


「夜分遅くまですみませんでした・・・」


「・・・・・相田様。 よろしければそちらの原稿、私が預かってもよろしいでしょうか?」


「へ?ああ、まあいいですけど・・・・」


「お嬢様に必ずお渡ししましょう」


「あ・・・・・お、おねがいしますっ!!」


原稿を両手で執事に突きつけ、深々と頭を下げた俺は屋敷を後にした。

クリスマスだというのに結局誰とも一緒に居ない、しかも無駄足な夜。

雪が降る夜の道を歩きながら携帯電話を開いた。


「こんなことなら・・・・シノに携帯、持たせておけばよかったな・・・・」


イオリの番号をプッシュし、耳に構える。


「ああ、イオリ・・・・俺だ。 今、終わったよ・・・・・・・・・」


やるだけやったけれど、結局どうにもならなかった。

そんな苦い思い出が降り注ぐ白いクリスマス。

携帯電話の向こうで、イオリは俺のために泣いてくれていた。


全てが終わってしまった。

けれどせめてシノの手にあの原稿が届く事を信じている・・・・。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ