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執筆に馴れてくるとその作業ペースも徐々に上がってくるものである。

何はともあれまずは小説を完結させるため日々こつこつと執筆を進める。

しかし、元々シノの気を引くためだけに始めた小説書きだが、今も続けているのは一体何故なのか。

ここに来て俺は小説を書く楽しさに目覚めてしまったのかもしれない。 というのもまああるのだろうが、やはり中途半端で投げ出すのはよくない、という気持ちからだった。

それに最後まできちんとやり遂げたことをシノに見せてやらないと気がすまない。


「にしてもなー・・・・」


>AIDAも始めに比べると大分よくなってきてるね。 この短期間ですごいことだと思うよ。


「そりゃあまあ、専門の師匠がついてて、しかもこんだけアホみたいに書きまくってればなあ・・・・」


頭をぽりぽり掻きながらいつの間にか部屋になじんでしまった大量の少女漫画に目をやる。

そういえば最近めっきりイオリのやつ家に来なくなった。 いつからだったかは忘れたが。

それにしても内容がある程度決定してきたのでこの山のように積まれた少女漫画も邪魔になってきた。

明日あたりイオリに言って撤去させよう。 うん。


>そういえば、小説を書くのをすすめてくれた友達とはどうなってる?


気づけばメッセンジャーに新しい文章が打ち込まれていた。

恐らくイオリのことだろう。 俺はキーを叩く。


>最近あんまり会ってないかもしれない。 部屋に少女漫画がたまりっぱなしで困ってる。


「ていうか持ち帰れよな〜」


現実でぶつぶつ呟きながらコーヒーを口にしていると、


>たまにはその子とも遊んであげたほうがいいんじゃないかな?」


なんてことを、YOUが言い始めた。

YOUは時々こんなことを口にする。 シノのことよりもイオリのことを気にしろと、たまにそれとなく俺に注意する。

理由はよくわからない。 聞いてもいつもYOUは言葉を濁すのである。 再びキーを叩く。


>確かにマンガ返さなきゃだし、明日声をかけてみるよ。 でも、どうしてYOUはあいつのことを気にかけるんだ?


>さて、どうしてかな。 とにかくちゃんと声をかけるんだよ。 それじゃ。


YOUにしては珍しく言うだけ言うとあっさりログアウトしてしまった。

忙しかったのかもしれないが、なんだか逃げるような対応が気になっていた。


そして翌日。 学校に少女漫画を大量に持ち込んでクラスの人気者に返却する自分の姿は見たくないのでカバンだけ持って登校した。

教室に入ると友人たちに挨拶し、それから鞄を肩からかけたままシノの机に向かう。


「シノ、おはよう」


「おはよう、相田君」


とりあえず朝の会話はこんなものである。

あれから何かが急激に変わったわけではない。 そしてシノは人前ではあまり俺と関わりたがらない。

自分の席に着き鞄を置くと教室を見回してイオリの姿を探す。

イオリは教室の隅で他の女子たちと一緒に談笑していた。 声をかけながら歩み寄る。


「イオリー、ちょっといいか?」


「え、アイダ・・・・・? うん、何?」


なんとなく元気がない、というか・・・俺が声をかけた途端テンションがダウンしたような・・・・?

気のせいだろうと思いそのまま言葉を続ける。

って続けちゃだめだ。 こんな人がいっぱいいるところで少女マンガ返したいとかいえるわけねーだろ。


「ちょっといいか? 例の件で話したいことがあるんだが」


「・・・・・・・・やだ」


「・・・・・・・・・・はっ?」


首を傾げる。 イオリは不機嫌そうに、というかちょっと涙目になりながら俺から目を逸らす。

それから教室から走り去ってしまった。 当然周囲の女子からは辛辣な視線。 俺冷や汗。


「・・・・・い、イオリさーん・・・?」


こうして俺の一日は最悪な形で開始された。

まさか一番の友達だと思っていたイオリにあんな態度をとられると思っていなかった俺は授業も頭に入らない。

一体何をしてしまったのだろうか? イオリはあんなにいいやつなのだ、俺がなにかしなきゃああなるはずがない。

授業中何度もイオリの方を見る。 俺の視線なんてなんのその、無視を決め込んでいるあいつは黒板をぼんやり眺めている。

ちょっと泣きたくなった。 正直、あまり期待しないで告白したシノの時より親友がシカトという今の状況のほうがきつい。

そうして半日が過ぎ去り、昼休み。

イオリに声をかけようとするがまたもや逃げられ、なんだかシノのところに行く気も失せた俺は食事も早々に図書室にやってきていた。

何がどうなってしまったのだろう? こんなふうになるなんてぜんぜん考えていなかった俺は甘いのだろうか。

いつもの席に座りため息を付く。 最近寝不足で疲れているのかもしれない。 少し昼寝でもしようか。

机に突っ伏し、目を閉じた直後だった。


「アイダ」


「イオリかっ!?」


慌てて振り返りその両肩を掴む。 今度こそ逃がさないように。

顔を近づけ必死でその顔を見つめた俺は・・・・なんだこのパターン? 眉を潜め首をかしげた。


「何やってんだ、瀬戸・・・・?」


「アイダこそなにやってるの? 確かに僕は女の子みたいな顔してるかもしれないけど、この絵はまずいよ」


ですよねー。

男を引き寄せてしまった俺は慌てて瀬戸を開放するとため息をついて席に着いた。

教室では毎日見ているものの、瀬戸とこうして口を利くのは二度目。 一ヶ月前ここで小説を借りていた時以来だ。

瀬戸は俺の隣の席に座ると大きく伸びをし、マイペースな瞳で窓の向こうの青空を眺めている。


「・・・・・瀬戸さあ・・・・・・『夢で逢えたら』のラスト知ってるか?」


気づけば俺はそんなことを口にしていた。

これまた以前借りた小説であり、ここで瀬戸と話した古いハードカバーの本である。

内容はありきたりな恋愛話だったが、特徴として三角関係というものがある。

主人公の男性の回想として語られる一人称のシナリオだが、何故か今それを思い出していた。


「知ってるよ。 主人公の男の人が、結局両方にふられちゃうんだよね」


「二兎を追うものは一兎をも得ず、ってことだよな・・・・・・・・」


何となく、イオリの顔を思い出す。

机に突っ伏して見る窓越しの青空は思いのほか澄み切っていて雲ひとつない。

最近の俺はシノにばかりかまけてイオリと口を利くこともなかった。

そりゃ、無視されても仕方ないのかもしれない・・・・今更になってそう思う。

人間関係なんてそんなものだ。 俺より親しいやつが出来ればそっちに行くだろうし、俺もそうしてしまった。

シノと話せることが嬉しくて周りが見えてなかったんだ。 イオリはそんな俺に愛想を尽かしてしまったのだろう。


「アイダ、覚えてる? 中学生だった頃の話だけどさ」


「ハ?」


急に何の話を始めたんだ?

というか中学の時俺とコイツは知り合いじゃなかったはずだが・・・。


「アイダ、卒業の時体育館裏で告白されてたでしょ」


思わず立ち上がり瀬戸の手を引き部屋の端まで引っ張り、壁に押し付けて笑う。


「何故知っているっ」


それでも瀬戸はいつものあの笑顔のまま。 マイペースすぎる。


「僕たち同じ中学だったんだよ? クラスは違ったけどね。 それでたまたま目撃してたんだ」


ありえない偶然だ。 なんなんだこいつは。 そのことは俺ですら忘れかけていたというのに。

いや忘れていたわけじゃない。 忘れてしまいたかっただけだ。

天井を見上げる。 顔が引きつったままだ。 肩を竦め、それから瀬戸の肩を叩き、頭を振り、ため息を付いた。


「覚えてるよ・・・・・」


「アイダって意外とモテモテ?」


「んなわけねえだろ・・・・モテたらこんな苦労はしてねーよ」


「ふふ、それはどうかな? でさ、アイダ・・・・・・・この体勢ははまずいと思うんだけど」


確かにまずいな。

そういえばさっきから周りの視線が痛いような。

振り返る勇気が生まれない。 冷や汗を流しながら引きつった笑みを浮かべる。


「瀬戸、てめーなあ・・・・」


「僕は何もしてないよ? アイダが勝手にやったんだから」


ですよねー・・・・・。


結局何が言いたかったのかさっぱりだが、瀬戸はさっさと図書室から去っていった。

昼休みはあっという間に終了した。 午後も結局授業は手に付かず、ため息ばかりついて終了。

一度もイオリは俺の方を見てもくれず、返事もしてくれず、完全に無視。

放課後、どうすればいいのかさっぱりわからず唸っていると、


「今日の相田君、気持ち悪いわ」


顔を上げるとああ・・・・・・・・・もう語るまでもない人物が腕を組んで立っていた。


「シノ・・・・・・いきなり気持ち悪いとかいうなよ・・・・軽くヘコむから・・・・」


「・・・・・・・・・やっぱり変。 いつもの相田君だったらこの程度なんてことないもの」


いつもの俺はすごいんだな。 ちょっと感動しちゃったな。

それにしてもそれで変だの普通だの判断しないでほしい。

まあシノだから仕方ないか・・・。

と、考えていると突然額にシノの白くて冷たい手が触れていた。

もう片方の手はシノの額に当てられている。


「熱は・・・・ないみたいね」


「・・・・・・・ないよ・・・・ちょっと考え事してただけだ」


「執筆の?」


「違うよ。 色々あんだよ、俺にだって」


「・・・・・・・・・・・」


胸の前で両手の指を絡めてシノは不安そうに目を逸らす。

ちらほらと俺の様子を伺いながら全く別の方を見たりと随分と落ち着きがない。

どうしたんだろう? シノは確かに最近は俺に色々と話してくれるようになったし色々な面を見るようになったわけだけど・・・。


「もしかして心配してくれてんのか?」


「・・・・・・・ちがっ・・・・・わ、ない・・・けっ・・・・ど・・・・・・ぅっ」


「え!? 心配してくれてんのっ!? あのシノが!? ええっ!?」


「相田君それどういう意味なのか今すぐ説明してほしいんだけど」


「ごめんなさい」


それにしてもあのシノがねえ・・・・変われば変わるもんだなこりゃ。


「・・・・・こんな時、なんて声をかけたらいいのかさっぱりわからなくて・・・・・・・相田君がそんな顔してるの、久しぶりだから・・・・」


「気遣いはありがたいが、シノには関係ないことだから気にしないでくれ。 こりゃ俺の問題だ」


立ち上がりシノの肩を叩く。

困ったような顔で俺を見ているシノはやはりまだ指を絡めてもじもじしている。

なんとなくわかってきたが、これはシノが何か言いたいのに言えないでいるというモーションなのだろう。

よほど人に何かを伝えるということをしてこなかったんだろうなあ、こいつは・・・・。

そう思うと少しは可愛く見えてくるもんだ。 苦笑しながらその頭を撫でる。


「なんかまだ言いたいことあんのか?」


「ない・・・・・あ、あるわっ! 相田君、どうしてわたしに相談しないの?」


何故かシノは猛烈に不満そうである。 しかしいちいち『ない』だと『ちがう』だの最初に本心と逆の事を言うあたり相当ひねくれている。

まあそれはそれで馴れてくれば可愛いものである。 というかこいつ案外子供っぽいんだな。


「なんで相談しないって・・・・・なんで相談するんだ?」


逆にわからない。 いちいちそんなの相談するほどのことでもないと思うんだが。

そもそもイオリのことは俺の問題であってシノは関係ないしこれは俺が自分で何とかしなければならないことだ。

相談したところで解決策が浮かぶとも思えないしなあ・・・・。


「普通、相談したり・・・助け合うものじゃない。 わたしたち、友達でしょ?」


友達・・・・なんだろうか? キス、しちゃったが・・・・まあ、友達なんだろうな・・・・。


「少しくらい、何かしてあげたいのよ。 わたしばっかり、相田君に頼ったりしてたら申し訳ないもの」


「シノが俺に頼る・・・・? いつどこで頼ったんだ?」


「・・・・・・・・・・・・・・はあ」


なんだそのあからさまなため息は。


「相田君、鈍感だって言われない?」


「言われない」


「そう・・・・・・最悪ね」


酷い口の悪さだ。 ああ、でもこっちのほうがシノらしいといえばらしい・・・・・。

機嫌を損ねたのか、シノは一人でさっさと帰ってしまった。 結局何がしたかったのか。 嵐のようなやつである。

いつまでも一人教室に残っていても仕方が無いので立ち上がると鞄を片手に教室を出た。

放課後、ほとんど誰もいない夕焼けが差し込む肌寒い廊下を一人で歩いていく。

しかし俺は本当にダメなやつなんじゃないだろうか? シノにもあんなことを言われるなんてどうしようもない。

結局大事な事は何にもわかっちゃいなかった。 優柔不断だと笑われても仕方が無かった。

せめて、ちゃんと一度イオリと話がしたい。 このままわけもわからず終了なんて絶対に嫌だ。

神様どうか。 どうか今一度どうしようもない俺にチャンスを・・・・って考えていたらチャンスは到来するものである。

紅い光をバックに下駄箱に背を預けイオリは俺を待っていた。

昼間と変わらない悲しそうな表情。 しかし俺から逃げることはせず、まっすぐに俺を見つめている。


「イオリ・・・・・・・」


「・・・・・ごめんね?」


以前と変わらない悪戯っぽい微笑みを浮かべ、頬を人差し指でぽりぽり掻いた。

何を言われるかと思えばこれだ。 拍子抜けした俺は何も言えず立ち尽くす。


「ちょっと、イジワルしたくなっただけなんだ。 だからほんとはなんでもないからさ」


「・・・・・・・・いじ・・・・わ・・る?」


なにそれおいしいの?

大きくため息を付く。 その大きさに自分がどれほど不安に思っていたのかを改めて思い知らされた。

心の底から安堵した俺は胸に手を当て苦笑する。


「イオリ〜・・・・カンベンしてくれよ、本気でビビったぞ・・・・・・・」


「びびったって、何に?」


「決まってるだろ・・・・お前に嫌われたかと思ってさ・・・・・・はあ、ほんと、冗談キツいってば」


「・・・・・・・・・・」


イオリは指先で髪の毛をくるくる弄りながら目を逸らしている。

微妙な沈黙に思わず不安が再び這い上がってくる。

何か声をかけようと口を開こうとした時、イオリは一歩前に出ると深呼吸し、言った。


「あたしね、アイダの事・・・・好きだよ」


言った。 何かを言われた。 それが何故か色々なシーンとデジャビュしてめまいがする。

それがどういうことなのかいまいち理解できないシノいわく鈍感な俺は首をかしげ、尋ね返す。


「今、なんつった?」


「アイダの事が好きだってゆった」


「・・・・・・・・・・・・・・ハ?」


何か吹っ切れたご様子のイオリは鞄を投げ捨てずんずん歩いてくる。

その勢いと視線に物怖じした俺はその歩みに合わせて背後にあとずさっていく。

イオリが前に出る。 俺が逃げる。 まさにそんな構図。

しかし勢いは止まらずイオリは俺の目の前までやってきてしまった。

距離が限りなく近づいている。 息がかかるような距離。 交錯した視線が外せないくらい雁字搦めに繋がっている。

大きな瞳。 揺れるクセのある前髪。 外れたワイシャツの二つ目のボタン。

目の前にいるのがイオリであるということと同時に、彼女もまた女の子であったことを何故か思い出すように、

その少女から、逃げる事が出来なくなっていた。


「アイダのことが好き! 榎原さんなんかよりずっとずっと前からすき! アイダと本当はずっと一緒にいたかった! 寂しかった!」


息を呑むような早足の言葉。 見上げる瞳は揺れている。


「寂しかったんだよ・・・・? アイダ、あたしのことほうっておいてばっかりなんだもん・・・・・」


「あ・・・・・・・・・」


そういう、ことだったんだろうか?

それで怒っていたんだろうか?

いやでも、だって、そんな、

うそだろ?


「でも仕方なかったよね。 あたしも人のこと言えなかった。 あんなに偉そうな事言っておいて、何も言ってなかった」


握りこぶしを解いて胸に手を当てたイオリは恥ずかしそうに、しかしはっきりと、口を開いた。


「アイダのことがすき。 だいすき。 だから榎原さんにはあげたくない。 だからあたしと一緒にいて! あたしのこともっとかまって!!」


息が止まりそうになる。 何を言えばいいのかわからない。


俺は、 俺は、   俺は、        俺は、






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・風呂は心の洗濯って、誰が言ったんだっけ?」


嫌なことばかり思い出すってのも、誰かいってたな。

湯船につかりながら天井のタイルの枚数を数えている自分がいる。

結局俺は何の答えも出せず現状維持という道を選んだ。 だってそうだろ? 仕方なかった。


「マンガ、溜まったままだし・・・・」


結局何がなんだか本当にわからない。

イオリが俺のことが好きって、本当なんだろうか? まあ、あれだけ本気な姿を見せられたらもう本気としか思えないんだけど。

あのイオリが・・・イオリが、か。 何となく目を閉じて彼女のことを思い出してみる。

いつからだろうか? 俺がイオリのことを知っていたのは。 なんとなく、随分前から覚えていた気がする。

クラスの人気者。 いつも会話の中心にいる明るいキャラクター。 着崩した制服と明るい茶色の髪。 少しはねたクセっ毛。

目が大きくて変なことばっかり言っていて涙もろくて少女趣味で結局いい奴で・・・・寂しがりや。

いや、本当は俺だって寂しい。 寂しい気持ちはわかるつもりだった。 恋してそれがうまくいかない気持ちは。

イオリ。 長谷川イオリ。 俺は彼女のことを異性として意識しないように気をつけてきたのかもしれない。

友達と呼ぶには近すぎる距離。 彼女はいつでも俺の傍に居た。 俺のことを支えてくれていた。

だからって好きになるわけじゃないし、嫌いになるわけでもない。 俺はそういうふうに彼女を考えてこなかった。

そりゃ・・・・かわいいと思う。 あんないいやつはいない。 一緒に居て気疲れしないし、あいつと一緒の時間は最高に楽しい。

でも、それでも、俺はきっと彼女の告白を断ることになるのだろうと、なんとなく思っていた。

だからこそ現状維持と、まだ彼女とのつながりをきりたくないと、わがままにあがいているのだろう。

何故断るのか? そりゃ、どうしてだろうな。 まあ、そうなんだろうけどさ。


「俺は、中途半端にしたくないって思ってばっかで、結局何もかも中途半端だ・・・・・・・」


湯船に沈めた顔の熱さが体の熱を誤魔化してくれる気がした。




随分と久しぶりに、執筆は滞った。


YOUともしばらく会話していない。 執筆どころかパソコンの電源すらつけていないからだ。

自分が懸命にやり遂げようとしていたもののせいで中途半端になっていた様々なものをもう一度見てみたかった。

いや、そういうのはタダの言い訳で、奇麗事なのかもしれない。

結局俺は、恋愛というものを小説として書ける気がしなくなっただけの話だ。

自分自身がなんだかわかっていないくせに、偉そうに執筆できる気がしない。

冬は深まっていく。 あれから既に二週間。 イオリは俺に答えを急かすでもなく、人懐っこい笑顔で俺の傍にいる。


「シノって、友達いないの?」


思わず顔が引きつった。 なんつーことを聞くんだという目でイオリをけん制する。

コイツ絶対判って言ってるな・・・・にやりと微笑むイオリ。 冷静を装っているが俺にはわかる・・・シノは不機嫌になっている。

学校帰りの通学路。 俺を挟んで左右にシノとイオリが歩いていた。

結局こういう絵になっている時点で俺の中途半端さが浮き彫りになってるわけですが・・・・・。


「いなくても別に困らないものよ。 あなたこそ友達がいっぱいいるならわざわざ相田君と一緒に帰らずさっさとその辺の人と一緒に帰ればいいでしょ」


「ふーんだ。 アイダはあたしにとって特別なの〜だからアイダと一緒に帰るの〜」


「・・・・・・・・チッ」


「あ、今舌打ちしたでしょ!? あのねえ、あんた性格悪すぎよ!」


二人がなにやら俺を挟んで言い争っているのだが俺はどうコメントすればいいのだろうか。

あれから積極的に俺に介入してくるようになったイオリ。 そんな奇妙な乱入者を追い払うでもなく受け入れるでもなく冷ややかな視線を俺に送るシノ。

しかしこうして傍から・・・・や、真ん中から見ている分には意外と仲がよさそうにも見えるが・・・・。

イオリはやっぱりいいやつだ。 それにシノだって本当は人が悪いわけじゃない。 口が悪いのは既にどうしようもなさそうだが、二人は俺から見てもしっくりくる組み合わせだった。

こうして三人でいるときのシノは教室にいるときと違って常に不機嫌そうだった。 しかしそれが逆に彼女の素顔のような気がしている。

いつでもすまし顔でいるのはきっと退屈で疲れるものなんだろう。 俺だったらまず三日もたない。

だからまあ、こうして三人でいるのもそんなに悪い状況ではないのかもしれない。

・・・・・いや、言いたい事はわかるから、もう少し見守ってくれ・・・。


「ねーねーアイダ、最近なんか小説書いてなさげだけど、いいの?」


「あ〜・・・・・よかないけど・・・・行き詰ってるっていうか・・・・・」


ウソをついた。 でもこれくらいのウソは許されるよな?


「誰かさんが邪魔で執筆の時間がなくなってしまったんじゃないかしら」


シノ、そういうことは本人の前でいわないでくれ。 誰がビビるって、俺がビビるんだから。


「ふーん、そっかあ。 アイダが小説書いてるなら、あたしはマンガでも書こうかな」


「「は?」」


俺とシノ、二人の声が重なった。

訝しげな視線もなんのその、イオリはいつもどおりの笑顔を浮かべている。


「アイダが書いた小説をマンガにしてもいい?」


「い・・・・・・いや、いいけど・・・・・・・・なんでだ?」


「だってそのほうがアイダと一緒にいられるし、一緒に何か作るのって楽しそうだから」


そんな理由でものづくりを始めるな・・・ってうぎゃああああああ俺もそうだったああああああ!!!

人のこと言えないのでもはや半笑いするしかない。 するとどうしたことだろう。


「だったらわたしも書こうかしら・・・・」


シノまでそんなことを言い出す。


「ちょ、ちょっとまて・・・・・なんでシノまで」


「わたし、元々執筆には興味があったのよ。 相田君は知ってるでしょ?」


そういえばそんなこともあったような・・・いやしかし、だからって、君らそんな対抗意識燃やさなくても。


「実に判りやすい形の宣戦布告だね、シノちゃん・・・・だったら今度みんなでお勉強会しようよ」


「お勉強会って・・・・何の?」


「アイダせんせーによる、執筆研究会っ! 場所はー・・・アイダの部屋狭いしシノちゃん上げたくないからシノちゃん家ね」


「なんだか今気に入らないフレーズが混じっていた気がするわね。 それにどうしてうちなのかしら」


「お金持ちそうだから」


そんな理由ですかー。

そして俺の意見は全くの無視のまま駅前まで到着してしまった。

もはや反論したところで無駄なのは理解しているので俺は黙って歩く。

イオリと俺は電車通学だったがシノは徒歩で学校に通っている。 故に一緒に帰るのはここまでだ。

それでは帰ろうと思い始めた時、ふと俺は一つのことを思い出していた。


「なあシノ、お前携帯電話持ってないのか?」


「持ってないわ」


アラ即答。

学校でもどこでも彼女が携帯電話を弄っている姿は見たことがなかった。

元々今まではそこまでの関係ではなかった気がするが、そろそろ連絡くらいつかないと不便である。

しかし本当に携帯電話を持っていないとは、一体どういうことなのだろうか。

今時の女子高生で携帯電話を持っていないやつなんてかなり珍しいといえるだろうし・・・。


「必要ないのよ。 誰からもかかってこないもの、きっと」


これまたかわいそうな理由ですねー。

って、何故かイオリは同情して涙目になっているしさてどうしたものか。


「じゃあ、自宅のでいいから電話番号を・・・・」


「いやよ。 どうして相田君にうちの番号を教えなきゃならないの?」


どうしてだろう? 時々こういう発言が胸にざっくりささって目から汗が流れそうになるのは。

まあ確かにそうかもしれない。 なんか、しょっちゅう電話かけてしまいそうな気がしないでもない。

いやいやそんな乙女みたいなことはしないだろう信じているぞ俺しかし保証は出来かねる。

などといろいろな事を考えつつ諦めて駅に入ろうとすると、


「ちょ、ちょっとまってよ」


「ぐええ・・・ぐるじい」


後ろから申し訳なさそうに引っ張るしぐさは可愛らしいんだが、マフラーを本気でってのはやめてほしい。

振り返るとシノは恥ずかしそうに手を開いて俺に突き出し、


「んっ」


と、アゴで促した。 って、なにを?


「携帯電話・・・・・相田君の番号、教えてよ・・・・・」


「へ?あ、あぁ〜・・・・・俺の番号ね・・・はいはい」


最初からそういえばいいのに・・・・というかそっちからかけるってことなんだろうか?

だとすると通話料金とか・・・・ってそんなの気にしている時点で俺は金持ちの資質がなさそうだ。

携帯電話に自分の番号を表示させ手渡すとシノはメモ紙にそれを書き写した。


「教えてくれれば俺のほうから連絡するのに・・・・なんでさっき断ったんだ?」


「・・・・・・・・あのねぇ・・・・・・はずかしいでしょ?」


「はい?」


「だから、男の子から電話がかかってきたら、はずかしいでしょっ」


唖然である。

俺だけでなくイオリまで唖然である。

まあそんなかんじな帰り道。 電車の中でイオリは言った。


「アイダって、ツンデレ萌え?」


「なんのこっちゃ・・・・・?」





>AIDAの困った顔が目に浮かぶよ


果たして顔も知らないネットつながりのやつが何をいっているものかと突っ込みたくなる。

久しぶりにパソコンの電源を入れた俺はYOUとメッセンジャーでチャットを楽しんでいた。

今までにあったこと、様々なことをYOUに話して聞かせているうちに今の自分に現実味が持てた。

自分では実感できないことも人に話してみると冷静に考えられるものなんだな、と無意味に納得する。


>でも、その子も友達が増えてよかったんじゃないかな


>そりゃそうなんだが、俺はどうすればいいんだって話で・・・・・


>わからないことを無理に答えにしようと思わなくてもいいんだよ。 焦っても答えは見つからないから。 大切なのは自分が気づいたその答えをいつでも受け入れてあげられるよう、準備しておくことじゃないかな


「そういうものなのかなあ・・・・・・」


正直に言って、短い人生の中で俺が本気で悩んだ事なんて本当にわずかしかない。

だから何かを選ぶことも切り捨てることも傷つけることも傷つけられることもまだよく知らない俺は、不器用で遠回りで意味不明で諦めが悪い。

シノやイオリは今までの人生で悩んできたのだろうか? 選んできたのだろうか・・・・?


>YOUは、本当に心の底から悩んだ事ってあるか?


気づけば打ち込んでいた。 返事はしばらく返ってこなかった。

ディスプレイを眺めること数分。 返事が打ち込まれる。


>私は心の底から悩む程、つらい人生は送ってないよ


心の底から悩むことをつらいと言うYOU。

しかしその悩み一つ一つがもしかしたら大事なものなのかもしれない。


>確かに迷ったり苦しんだりしてるけど、俺は今の状況をつらいとは思ってない


>それは確かにAIDAらしいね


「俺らしいってなんだろうな・・・・・」


ぎしりと、椅子がきしんだ。

深く体重を預けるたびに折れてしまいそうな頼りないぼろい椅子は悲鳴を上げる。

気づかないうちにどれだけのものを俺たちは傷つけているのだろうか。

俺はそれらに、気づけるのだろうか。


>AIDA、勉強会に行くのなら、お勧めの本があるんだけど


「え?」


>お勧めの本って、なんてやつだ? 書店にあればいいけど


>夢で逢えたら って本なんだけど


「夢で逢えたら?」


その名前には聞き覚えがあった。 というより、読んだ事がある。

学校の図書室においてあったお勧めの一冊だ。 それならばすぐにでも手に入る。


>知ってるよその本。 すごい偶然だな


>あの本ならきっと気に入ると思うよ


確かにあれは判りやすかったしなんともいえない魅力がある文章だった。

しかしああいうクセのある文を表現するのは初心者には難しいような・・・。

手ぶらで行くのもどうかと思うので一応持っていくとしようか。

と、そんな事を考えていると携帯電話が鳴り始めた。 YOUに席を立つ事を告げて電話に出る。


「もしもし?」


『あ・・・・・相田君? 榎原だけど・・・・』


「シノか? どうした?」


『今度の土曜日だったらうちに来てもいいから、そう伝えておいてくれない?』


「なんだ、イオリも行っていいのか?」


『仕方ないじゃない。 それに相田君だけだと何か間違いが起こらないとも言い切れないし』


「俺って信用ないのね・・・・・・」


『ふふふ。 信用してほしかったらもっと努力することね。 それじゃ』


一方的にきりやがった。

シノらしいと言えばらしいが・・・・。

続けてイオリに連絡をつけ、土曜日に勉強会が決定したのだった。




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