(1)
「ずっと、お前の事が好きだったんだ・・・・!」
茜色の光が降り注ぐ放課後。
高校の屋上という有り触れた、しかしそれゆえにハズレのないシチュエーション。
何度もトイレの鏡で髪型をチェックし、服装の乱れもなくした。
俺が思うにそれは精一杯、そりゃもう精一杯の努力だった。
バカみたいに高鳴る心臓が静まる事を祈りながら、必死で口を動かす。
酸素が欲しい・・・いや有り余ってるんだが俺が取り込めてないだけで。
「同じクラスに、なった時から・・・・好きだったんだ・・・・・ずっと!」
さらさらの黒髪が風に靡いている。
くそ、それだけで既に絵になっている恐らくクラスで一番の美人は冷めた目で俺を見ている。
胸の前で組んだ両腕、片足に重点を置いたリラックスな姿勢。がちがちに緊張している俺とは大違いで、そいつは実に偉そうに俺を見下している。ああ、見下している。
でも仕方ない。仕方ないさ。ほれた弱みってやつだ。こりゃ仕方ない。
ああちくしょう、かわいいなあ。どうなってんだこいつ、人間じゃねえ。
違う、俺が言いたいのは、そんなことじゃねえ。
「俺と・・・・・付き合って欲しい」
「絶対にイヤ」
いや・・・・。
間に文章を挟むくらいの間は欲しかったなあ・・・・・・・。
「あのさ、勘違いしてるみたいだから言っておくけど」
長い髪をばさりを掻き揚げ、額に手を当てそいつは目を細める。
端正な顔立ち、やわらかい唇がゆっくりと動く。
その一挙一動から目が離せない。
「相田君って、部活も勉強もしてないし、何やっても中途半端だし、顔は悪くないけどこれといって凄まじい美形でもないし、何一つ特徴がないし、個性といえばクラスでも友達が多いってことくらいで、これといってあなたに何か魅力を感じないのよね」
「 」
言葉にならない。
一度くらいフラれたことのあるやつならわかってくれるだろうこの心境。
にしたってそこまでボロクソ言わなくたっていいじゃねえかよう・・・・。
泣きたい気持ちを必死で抑えながらなんとか作り笑いしてみせる。 がんばれ俺。
「ていうか・・・・ハッキリ言って、わたし・・・無趣味な男って最悪だと思うのね」
それじゃあね、なんて笑顔を浮かべウィンクまで残して去っていった。
重い屋上の鉄の扉がぎいぎい音を立ててしまり、バシーンと、俺を世界からはじき出すように閉まった。
しばらくの間そこから動く事が出来ないでいた。どこまでも広がる茜色の空、白い雲。
ああ、なんだこりゃ? 俺が何をしたっていうんだ?
そりゃあいつの言うとおりさ。 言うとおりだけど、でも、そんな、そんなのって、いくらなんでも・・・・。
「うわああああああああああああああああああああーーーーーーーッ!!!!」
今でも夢に見るあの日の思い出。
目を覚ました俺は自室の机に突っ伏し、キーボードによだれをたらしていた。
「あ・・・・・・・・・?」
あの日と同じ、差し込む夕焼けの光。
窓の向こうの世界。
クラス一の美人に笑えるくらい派手にフられた俺は、
特に凄まじい美形でもない、何もかも中途半端な俺は、
何故か自室に篭って休日、小説を書いていた。
テキスト
(1)
榎原シノ。
年齢は十七歳。身長160センチ強(目測)。3サイズ上から・・・・いやこれはわかっちゃまずい。
全体的に細身なシルエットで、顔立ちも端正。鋭く、しかし鮮やかで綺麗な目つきが男子生徒に定評。
クラスで学校で一番と言っていいくらいの秀才であり、運動神経も抜群。生徒会に所属する副会長であり、同時に文芸部の部長でもある。
肩よりも長いストレートの黒髪はさらさらで歩くたびにふわりふわりと揺れ動き、しょっちゅう俺は目を奪われる。
だというのに友達を作ることはせず、いつも一人。部活動にもろくに参加しないが、休み時間に読書をしていることから文学そのものは好きだと思われる。
噂ではいいとこのお嬢様で、他の学校で問題を起こしうちの高校に転校してきたらしい。あくまで噂だけど。
しかしそれが噂としての信憑性を高めているのは彼女の恐ろしいまでの口の悪さにある。
誰に対しても辛辣。そのくせ自分はカンペキでどこからもつっこみどころがない。
あいつに泣かされたやつは女子男子区別せずかなり多いだろう。俺もだし・・・・。
それが俺の惚れた女に対する世間一般の目だった。
榎原・・・いやあえて思考の中なのでシノと呼ばせてもらうが、シノの存在を知ったのは今から半年ほど前のこと。 高校二年に進学し、クラスの顔ぶれが変わる桜の季節に俺は彼女に出会った。
出会いはかなり運命的・・・ではなかった。 自己紹介の時、彼女が席を立ち少し喋っただけで彼女のことがやけに気になっていた。
何しろとんでもない美人である。なにやっても絵になるし、俺とは住む世界が違いすぎるカンジ。
だからこそ、なんていうかこう、一緒に居てみたくなる・・・わかるよな? 誰かわかってくれ・・・。
で、なんでそんなバケモノスペック女に手を出したかというと、これには理由がある。
「相田君、ちょっといいかしら」
「・・・・・ハ?」
ある日の昼休み、廊下に立ってボケーっと校庭を歩くシノを眺めていた。
この時点でちょっとやばい俺だったが、そのシノと目があってしまい慌てて視線を逸らしその場を去ろうとしたところ、あろうことかシノは学年で一番の俊足を発動し校舎に入り、二年の教室がある二階に駆け込むと俺の目の前に立ち、乱れた髪を手櫛で直しながらそんなことを言ったのである。
見ていたのがそれほど不快だったのだろうか。 ちょっとまってくれ、好きな女子が校庭あるいてたからなんとなく目で追っていただけで何にも俺は悪いことしてない・・・・よな? いやしてない! もっとわけわからん犯罪者予備軍みたいなやつはクラスにもいっぱいいる!
と、内心激しく慌てながらも冷静を装い、シノと向き合った。
「ちょっと付き合ってくれる? 屋上まででいいから」
と、何故か俺の手を取り歩いていくクラスのアイドル! 理解不能な展開! しかし神の存在に感謝!
屋上に到着するなりシノは上着を脱ぎ、ベンチにかけるとすぐさま俺に抱きついてきたではないか!
一生分の運を使い果たしたかもしれないと、俺は本気で思った。
「しばらくこうしていて」
「あ、ああ・・・・・・」
周りのことなんか考えられなかった。
憧れのシノが俺の目の前に・・・・・・と、とにかくその時俺はとんでもなく舞い上がっていた。
今思うとかなりバカだったと思うしかないが、翌日俺は勘違いして行動に打って出たのである。
しかし勘違いしても仕方なかったと言い訳させてほしい。 だってありゃ、気があるとしか思えない。
翌日、俺は見事振られた。 『勘違いしてる』と、的確に突っ込まれ。
さらにその翌日、俺は学校を休んだ・・・・。
それなりにまじめに出席日数だけは皆勤だった俺が、初めてずる休みした日であった・・・・。
しかしその翌日、俺は決心した。 すぐ立ち直るこの速さが俺の凄いところだと思う。
無趣味な人間がイヤだとシノは言っていた! ならば趣味を作ればいいのである!
色々つっこみたい気持ちはわかるが俺に夢を見させてほしい。
っていうかさっきから誰に語っているのかわからないが、ともかく俺は語る。
何とか学校でシノを見ないようにして一日を過ごし、放課後すぐさま帰宅し自室のベッドに倒れこむ。
天井を眺めながら三時間、俺は考え続けた。
どんな趣味を持つべきだろうか? そもそも趣味を持ったところでシノが振り向いてくれるだろうか?
何度も堂々巡りの考えが脳裏をよぎり、そのたび諦めてしまいたい気持ちに襲われる。
なにしろあの態度である。 ハッキリ言って即死魔法としか思えない威力があった。 普通のやつならもう再起不能に違いない。 いや、まだ思い出すとちょっと涙目になるけど・・・。
やつは何を唱えた? アルテマ? メギドラオン? ザラキ?
まあ何はともあれ九千九百九十九に違いない。 ああもうわけがわからない。
それでも可愛い。 普通ならもう嫌いになってもおかしくないところだか、俺はどうにもおかしい。 それでもあいつのことが忘れられないというか、そもそもそれ以前に俺とあいつは始まってもいないのである。
だったら何もしないで諦めるというのはどうにも納得がいかない。 やるだけやってもう一回フられたら・・・その時は大人しく泣こう。
「っていわれても、それってもう終わってると思うけどなー、あたしは」
せっかく相談を持ちかけたクラスメイトの女子は俺の席に腰掛けたままそんな事をほざいた。
昼休み、足をぶらぶらさせながら飴を舐めているこの女は長谷川イオリ。
よくも悪くもクラスメイト。特にこれといって仲がいいわけではないが、他に相談できる女がいなかったので話しかけたところ、上記のような返答が来たわけである。
「お前元も子もねえこと言うなよ・・・・頼む! 他に相談できるような奴いないんだってば!」
「って言ってもねー。 すぐに始められてしかもあの榎原さんを振り返らせられる趣味って、いきなりハードル高すぎ。 それにあたしだって彼女の趣味なんか知らないし・・・・てか、クラスの誰も知らないと思うけど」
「それとなく聞いてくれよ〜・・・頼む、この通り!」
「やだよ・・・・・なーんか、とっつきにくくて苦手なのよねー、榎本さん」
前の席、大人しく座って本を読んでいるシノ。
それと俺との間、何度も視線を行き来させイオリは笑う。
「無理っしょー・・・・あっははははははは」
「笑うんじゃねえ薄情者っ!!! ちっくしょー相談する奴間違えた・・・・」
「まぁまぁ、そんな怒んないでよ・・・・・ふーん、あのアイダがねー・・・・ふ、ふふふふ」
笑いをこらえながら前の席に座っていた男子を蹴飛ばしてどかし、そこに後ろ向きに座る。
どうしてうちのクラスにはこんな女ばっかりなんだろうか。
「ま、いーや・・・応援したげるっ! ねね、榎本さんを狙うならやっぱ読書関係じゃない? 彼女、確か文芸部だったでしょ? 好きそうな本の話題とか、あるじゃん」
「榎本が好きそうな本・・・・・?」
俺たちは同時に席をたち、こっそりこっそり、クラスの隅っこを移動し、榎本の前に向かい合って立つ。
俺たちは会話しているという設定だ。向かい合って笑顔を浮かべながらちらりと榎本が呼んでいる本の表紙に目をやると・・・・。
「・・・・・・・英文だ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・趣味がわかんないわね」
ため息をついていると榎本が気味悪そうに俺たちを見ていたので慌てて教室から飛び出した。
しばらく廊下を二人して早足で歩き、再びため息。
「やっぱ苦手だわー・・・何考えてんのかぜんぜんわかんないし・・・・・」
「なあイオリ、俺英語の成績『2』なんだが、これからやっていけると思うか?」
「・・・・・・・別のアプローチを考えたほうがよさそうだね」
ですよねー。
とは言え、本当に俺は榎本の事を知らない。 確かめる方法もない。
榎本に話しかけるチャンスなんていっくらでもある。 なにせ同じクラスだ。 しかし声をかけられる気がしない。
授業中も、休み時間も、昼も、放課後も、榎本をそれとなく目で追うことしか出来ない。
そんな情けない自分に思わずため息が出る。
しかし考えてもみてくれ。あんなフられ方したのに平然と話しかけられる奴のほうがどうかしてる。
放課後、そそくさと教室を出て行く榎本を見送って脱力。
「だめだあ〜・・・・・・・・声かけらんねえ〜〜〜〜」
帰りにゲーセンに行こうと誘ってくる友達をさっさと帰して一人机に突っ伏す。
「・・・・・・・・・榎本シノ、かあ・・・・・・・」
俺が知っていることはとにかく少なかった。
つまり彼女のことなんかちっとも理解してないし、一方的な感情なのだろうと思う。
それでも好きになってしまったもんは仕方ない。 恋なんてのは化学反応なのだ。
止めようもないし止めるもんでもない。
確かにイオリの言うとおり、無理っしょー。 ということなのだろう・・・。
「こらこら、そんなあからさまに落ち込んでたらあたしまで申し訳なくなるっしょ」
顔を上げるとそこにはイオリの姿があった。
何故まだ教室に残っているのか謎だが、とりあえず今は誰でもいいから話を聞いてもらいたかった。
前の席に座ったイオリは鞄を机の上において腕を組んでいる。
「やっぱ、無理なんだろーか・・・・・俺かなり自信なくなってんだけど」
「どうせひどいフられ方されたんでしょ?」
何故知っている。
けらけらと明るく笑うイオリ。 なんでもシノに振られた男は十や二十どころではないらしい。
長谷川イオリ。 男女選ばず交友関係が広く、誰からも頼られるクラスの人気者。 俺以外にもそんな相談を受けたのかもしれない。
実際イオリは話していてかなり気が楽だ。 どちらかというと感覚としては男友達のそれに近い。 人懐っこい笑顔とくりっとした二重の目が少し頭悪そうに見えるものの、可愛らしくどうにも嫌える気がしない。
外側に跳ねた少しくせの強い茶髪を指先で弄りながら微笑んでいる。
「まー元気だしなよ? アイダってそんなヘコみやすいやつだったっけ?」
アイダというのは俺のあだ名である。 クラスの連中は皆アイダと呼ぶ。
苗字である相田のイントネーションを変え、アイダと発音するのだがちょっと外人ぽくて気に入っている。
自分自身、あまりうじうじ悩んだりするやつではないと思う。 どちらかといえば考えるより行動するタイプだし、わりかしアウトドアな性格で友達も多いしこれといって不自由することはなかった。
それが一撃死して落ち込んでいるので自分でもちょっと気持ち悪い。 客観的にそれを見ているイオリにしてみればそれはさらに加速して見えるであろう。
俺の肩を叩き、深く同情しているというモーションなのか、ウンウンとその場で頷き、
「よし、今日はアイダのおごりでどっか行こうか! とことん付き合うよ!」
「・・・・・・・・・普通ここは『あたしが奢る』って言うところじゃね?」
「だってあたしお金もってないもーん」
だったら誘うな、といいたいところだったが今はとにかく気を紛らわせたかったので乗ることにした。
俺たちは一緒に帰り道を歩き、駅のホームで電車を待つ。
今日まであまりイオリとは親しくしていたわけではなく、あいさつを交わし時々バカ話をするくらいの関係だったため知らなかったが、どうもイオリは俺と同じ電車に乗って登下校しているらしい。
二人とも電車通学であり、地元は一緒である事を知り地元で何か食べるということで話はまとまった。
電車に乗り込むとすぐさま空いている席に腰掛けたイオリ。 俺はうっかり座りそこね、吊革にぶら下がることに。
「イオリって同じ電車に乗ってたんだな。 全く気づいてなかった」
「うっそ、まじ? あたしは知ってたよ〜」
へらへら笑いながらイオリは何か喋り続けている。
俺に気を使っているつもりなのかもしれないが、とにかくその笑顔を見ているとなんとなく悩んでいるのがばかばかしくなってくるのであった。
ここは気持ちを切り替えてなんとかアタックする方法を模索するのが俺らしいだろう。
よし、と心の中で小さくガッツポーズし、身を乗り出してイオリに顔を寄せる。
「なあ、何かないか・・・? 榎本にアタックする方法」
「顔ちけー・・・・まあ人に聞かれたくないのはわかるから我慢しよう、ウン・・・・」
「本の話題って言っても、俺本なんか読まないしなあ・・・・・・なあ、なんか手っ取り早くいろんな本を読んだように見せる方法とかないかな?」
「本の話題ってことは内容の話題ってことでしょ? 知ったかぶりは逆にかっこ悪いと思うけど」
「じゃあどーすりゃいいんだよ〜・・・・・くそ、なんで俺がこんなに悩まなきゃいけないんだ・・・・」
「惚れた弱みってやつさね」
まあ全くその通りなのだが。
そうして俺たちは電車に乗っている間そうして作戦会議を続けた。
しばらくすると突然イオリが立ち上がり、
「おばーちゃん、ここ座りますか?」
「あら、すまないねえ・・・・」
「いえいえ〜」
大きな荷物を持った婆さんが立っているのを見てイオリは席を譲った。
俺の隣に立つと何事も無かったかのように平然と話を続けている。
電車は地元に到着し、二人一緒に電車を降り、駅から出て商店街を歩く。
その間ずっとイオリは喋りっぱなしだった。 そのスタミナにも驚かされるが次から次へと沸いてくる言葉の濁流に唖然とする。
「でね〜・・・・ちょっと、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる・・・・・・・で、俺ぁ何を奢ればいいんだ」
「んっ? とりあえずさー、あそこ入ってみようよ」
指差したのは古本屋だった。 俺が目を丸くしていると勝手にイオリは中に入っていってしまう。
俺もそこはよくかよう店だった。 主に狙いはマンガだったが。
このあたりでは珍しく広々とした店内、そのわりに過密に設置された本棚の間の狭い空間をイオリは歩いている。
「うーん・・・・・このへんなんかどうかな? あたしもぶっちゃけ英語とかサッパリだけど」
「えーと、イオリ?」
「ほい?」
「もしかして俺のために付き合ってくれてるのか?」
「最初からそういってんじゃん」
何事も無かったかのように本棚をあさりながら笑顔で話しかけてくる。
ハッキリ判った。 こいつ、すげえいい奴だ。
一人で納得して頷いている俺の姿に首をかしげながらイオリは本を探している。
「よし、やろうぜ! お前と組めば榎本も落とせる気がしてきたっ!!!」
「急に元気になったね〜・・・・まあ、まかせときなさい!」
二人して本棚を漁りまくる。 この店は立ち読みしていても基本的に注意される事は無い。
じっくりと本を探し回ること一時間・・・・しかしお互い文学に詳しくない俺たちは結局何をどうすればいいのかわからないままでいた。
ため息をついて何冊目かわからない英文のハードカバーを閉じたイオリは頭を掻きながら唸り声を上げている。
それにしてもさっぱりだ。 こんなもんを読んでいる時点で榎本とは気が合わない気がしてきた。
「やっぱ、すぐになんとかなるわけないよねー・・・・・ごめんね、なんか偉そうなこと言っておいてさ」
「いいって! つか、ありがとなイオリ・・・・俺、もう少しがんばってみようかなと思えてきたよ」
パタンと音を立てて本を閉じるとイオリに笑いかける。
なんだ、こんないいやつなんだったらもっと早く友達になっときゃよかったな。
一緒に店を出ると既に暗くなり始めていた。
夏休みはとっくに終わり、秋の空は日が暮れるのが早くなり始めていた。
肌寒い夕焼けの下、思い出したように携帯電話を取り出したイオリは、
「ねね、メアド交換しようよ! なんか思いついたらメールするからさ!」
「お、いいね。 じゃあ早速」
駅前まで歩きながらアドレスを交換すると駅を挟んで反対方向にそれぞれの家がある俺たちはそこで手を振り分かれた。
自宅まで歩いて十分。 家に帰り夕飯を待ちながら自室で再び考える。
ベッドの上でごろごろしていると突然携帯電話が鳴った。 確認してみるとメールが届いており、差出人はイオリだった。
『家に帰ってから思い出したんだけど、ケータイ小説って知ってる?』
「・・・・・・・そりゃ知ってるけど・・・・」
返信する。 さらに返信はすばやく帰ってきた。
『自分で書いてみるってどう?』
「俺があ!? んなアホな・・・・・・いやしかし・・・どうだ・・・・それってもしかして名案か?」
考えてみる、と返信するとイオリは『そうしてみて』と言っていた。
母と父と一緒に夕飯を食べる。 父はなにやら学校の成績がどうのといっていたが知ったこっちゃないので無視を決め込んでいたら突然背後から首を絞められた。
俺の頭はそれからもずっといかに榎本と接触するか、共通の話題を持つか、そのことでいっぱいだった。
そして翌日。
「えっ!? ほ、本当に書くのっ!?」
「こ、声がデケエッ!! ちょ、おま、こっちこい・・・・」
教室の隅っこまでイオリを引っ張り込むと周囲に人がいない事を確認し、頷いた。
こんなことをバカ友達に知られたら何を言われるかわかったものではない。
俺が本気にするとは思っていなかったのだろう、面白そうにイオリは笑っている。
「英語で書くの?」
「いや、それが・・・さっき榎本が読んでる本を見てきたが・・・・・今度は日本語だった」
というより、ライトノベルだった。
つまるところ、シノは読めればなんでもいいと、そういうことらしい。
ジャンルが限定されていないのであれば俺にもチャンスはあると考えたのだ。
「と、とにかく・・・・決意したはいいが、何を書けばいいのかさっぱりわからん・・・っ」
「うわー、すっごくいい加減・・・・・でもま、何にもしないよりはいっか」
そんなわけでその日一日俺はどんな本を書けばいいのかを考え続けた。
執筆方法はパソコンのワープロを使えばいい。 自分の部屋に一台、最新とはいえないが使い慣れたモデルがある。
キーボードもある程度は打てるし、それほど執筆作業そのものには苦労しないだろう。
問題は内容だった。 完全な素人である俺には全く持って何から手をつければいいのかわからない。
本来は書きたいものがあるからこそペンを取るものだろう。 俺は既に目的と手段が逆転しているというか、あさっての方向を向いている。
昼休み、今まで一度も利用した事の無かった図書室に足を運んだ。
放課後にはまた訪れるつもりで本を漁る。 それにしてもこんなに身近なところにこれだけの資料があるのだから利用しない手はない。
昼飯を食べながらもずっとその事を考える。 放課後まで考え続ける。
授業が終了し一日が終わると同時に友達の誘いを断って図書室に直行する。
ありとあらゆるジャンルの本をどっさり十冊、受付に持ち込んだ。
図書カードが無かったので慌てて作り、そのまま帰るのもあれだったので席についてページをめくる。
今まで本なんてまともに読んだ事はなかったのでありとあらゆるものが初見であり新鮮であり難解。
そうしてページをめくり続けること一時間・・・・。
「・・・・・・・・マジで何をどうすりゃいいんだろうな・・・・・ん〜・・・・・・」
本を閉じ、ため息をつきながらメモを広げる。
何かコツのようなものがあれば書き残すつもりで持ってきたメモだったが結局まっさらなまま。
再びため息。 ずっと下を向いていたせいで首が痛くなっていた。
こきこきと肩を鳴らしながらふと正面に目を向けると、そこにはあろう事かシノの姿があった。
シノはやたらとかわいいイラストの描かれた表紙の本を読みながらそこに座っていた。
いやそりゃそうなんだが、なんでいきなり目の前に現れるのかさっぱりわからない。
慌ててハードカバーの本を開き、それで顔を隠すようにシノの顔を視界からシャットアウトする。
ハデに高鳴っている心臓の音に冷や汗がだらだら流れてくる。
一体どういうつもりなのだろうか? 普通、気まずい状況にある相手がいたら距離を置いて別の場所に座るのが普通ではないだろうか? それともシノの方は完全に俺のことはアウトオブ眼中でどうでも良くて全く気にもされていないということなのだろうか。
ヘコみそうになる思考の中、とりあえずこの場を去ろうと思い本を降ろす。
「は?」
向かい側の机に座った少女は視線を本から俺へと移し、にこやかに微笑んでいた。
「やっとこっち見たわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・何してんの?」
「見てわからない?」
わからないから聞いているんですが。
「あなたの事を見ていたのよ。 なんだか随分面白い本の読み方をしていたから」
ぎくり。 背中を悪寒が走った。 確かに今のは奇妙な読み方に違いない。
「い、いいだろなんでも・・・・・・読み方は俺の自由だっ」
「ふうん、ま、それもそうね・・・・余計な事言って悪かったわね」
俺のことを鼻で笑い席を立ったシノはすれ違う時、
「気づいてる? その本、上下さかさまよ」
何が一番おかしかったのか、わざわざ耳元でささやいて行きやがったのであった。
「・・・・・・・・・・・・・か、かっこわるう」
死にたい気持ちを押さえ、図書室を後にした。
きっていた携帯電話の電源をONにするとイオリからメールが届いていた。
どうやら次の電車にのるらしいイオリは一緒に帰らないかと誘っていた。
走ればなんとか間に合いそうなので了承という内容のメールを返信し慌てて走り出した。
それにしてもこんな時間まで一体何をしていたのか。 まあ友達の多いあいつのことだ、何かしていたのだろう。そんなところまでいちいち干渉するのもあれだし、俺としては相談相手が待っていてくれるのはありがたい。
何も考えず駅まで走ると丁度ホームに電車が入ってきているところだった。
慌てて乗り込み周囲を見渡すと背後から肩を叩かれ、人なつっこい笑顔がそこにあった。
「駆け込み乗車はご遠慮ください」
「悪かったな。 っていうか聞いてくれイオリ、さっきな・・・・・」
図書室での話をするとイオリは非常に楽しそうに笑い飛ばしてくれやがった。
二人してまた下らない話をして家に帰る。
部屋に着くなりベッドの枕元に本を置いて一冊目の表紙を捲る。
「よし!」
まずは情報収集から。
こうして俺のなんでもない日々はいきなり読書漬けの日々に様変わりしたのであった。
これが自分の今後に強い影響を及ぼすことになろうとは、全く予期せぬままに。




