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山中の村.3


 山道の端に転がっていた。すぐに死体だと分かった。けれど今度は冷静でいられた。醜く恐ろしい腐乱死体ではなく、普通の死体。死後そんなに経っていない。映画キリングフィールドで、カンボジアの人民が着ていた黒い服を着て、黒い笠をかぶっていた。


 俺は死体に近付いた。怖かったが、確かめなければならない。持ち物を。そして死後どれくらい経過しているのか。まだ死体が生温かければ、危険がすぐ側にある。


 殺したのはクメールルージュ……? 本当にタイムスリップしたのか……。遺体を見おろし立った。黒い笠が顔に被さり何人か分からない。手をのばそうとしたその時。


 パン、パンと、乾いた音二発。耳元を風切り音が掠め去り、前方の道に土煙が立った。


 俺は地面に転がり、伏せた。何が起こっているのかすぐに判断できた。銃撃されている。転がり、低く身を起こして銃声のした方角を見た。二人の兵士。一瞬、目を疑った。予想を裏切るその服装に。

 まるで南北戦争時代のアメリカの軍服。けれど白人ではない。背が低い。髪が黒い。肌の色も。東洋人だ。

 戸惑ったのは一瞬。考えている暇はない。男達はライフルに弾を込め再び銃口を俺に向けた。


 俺は脱兎の如く駆け出した。頭を低くして。林の中へ逃げ込むつもりだった。が、その林の中から人影が飛び出してきて、刀を振り上げた。


「ひっ」


 再び地面に転がり、避けた。ブンと振り下ろされた刃の下を転がった。立ち上がろうとしたが膝が萎えていた。そのまま林の中に転がり込んだ。灌木の中を転がり、立ち上がるやいなや、駆け下った。背後に追ってくる気配。出鱈目に着弾する銃弾。銃を持った男二人は既に俺を見失っていると判断できた。死にもの狂いで駆け続け、時に急斜面を滑落し、なんとか刀の男も振り切った。


 心臓が跳ね上がっていた。襲撃の恐怖。さらなる混乱。何故なら、刀の男は侍風だった。着物に腹当て、鉢がね。刀は日本刀に似ていた。


「なんなんだよ。ここ。カンボジアじゃないだろ。どこだよここ。これじゃまるで……、異世界じゃないか」


 タイムスリップどころの話じゃなかった。まるで異世界迷いこみモノ。洋装のライフル兵。侍風の男。ロールプレイングゲームみたいな異世界、悪夢。

 山本の言葉が脳裏に蘇った。『ヤバイって。これ、マジでヤバイから。行くな、江藤』

 ここにきてはじめて目に涙が滲んだ。恐怖からじゃない。情けなかった。こんなわけの分からない場所で殺される情けなさ。わけの分からないまま命を奪われる口惜しさ。


 殺されてたまるか、そう思っても、敵うとは到底思えなかった。刃を振り下ろされ、男と一瞬交差した刹那、感じた。圧し潰されるほどの殺意、修羅のオーラ、人殺しのまとう邪気、その凄まじさを。

 敵うわけがなかった。あの瞬間、膝が笑った。殺戮の気を浴びて足が萎えた。逃げられただけでも奇蹟だ。


 子供が二人。森の中で山菜を摘んでいた。駆けてきた俺を見て逃げだそうとした。姉らしき十二・三歳の子が、妹らしき四歳くらいの子をかばって。


「待って、待って。逃げないで。お願いだ。逃げないで」


 立ち止まってくれた。その子達を見た途端、俺は理解した。不思議だった。

 異民族と同胞の違いは、直感で見分けられるモノなのか。服装や髪型、肌の色や目鼻立ち、そんな事関係なく。俺は理解した。この子達は日本人。大和民族。

 ここは日本だった。涙が浮かんだ。




 その子達は丈の短い着物に前掛けをしていた。摘んだ山菜を、前掛けを持ち上げ入れていた。


 年上の子が言った。俺の服装を見て。「奇兵の人ですか?」


「騎兵……、いや。分からないんだ。ここはどこか教えてくれる?」


「ここは深坂ですけど」


 知らない地名が返ってきた。俺は質問を変えた。「ここは」覚悟を決めた。こう訊くべきだと思った。「ここは何藩か、教えて欲しいんだ」


 女の子は驚いた顔をした。自分がいる場所を知らないのだから当然か。

「ここは長州藩ですよ」






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