山中の村.1
1.[山中の村]
「交戦地域まではまだ少し距離がある」
「ああ。まだ懐中電灯つけても大丈夫だな」
俺たちは声をひそめて会話しながら、闇の中を進んでいた。サバイバルゲーム、そのナイトゲームの真っ最中。真っ暗闇の山の中で、真っ黒い服に身を包んで戦争ごっこ。
今日のゲームは攻守に別れての陣地線。攻手の俺達が敵陣を襲撃する。守備隊が斥候やスナイパーを放っていることもある。敵陣までまだ距離があるが、懐中電灯の使用は極力避けたい。点けた途端狙い打ちされる。
「そう言えば木畠の奴、赤外線ゴーグル買ったって自慢してたな」
守備側のリーダー木畠。高慢ちきでネラーで俺は馬が合わなくて好かない。
「懐中電灯浴びせてやれ」笑って言う友人、山本。
「意味ないだろ」
「旧式なら失明するかもだぜ。でなくてもびっくらこいてうちにバンバンだ」
「いやいや。保護回路附いてるらしいから。最新式だって自慢げに言ってたぞ」そう言ったのはこちらも友人の河西。
「軍用の最新式がサバゲーショップで売ってるわけない。どの時点の最新式だよ」
平日のナイトゲーム。参加人数は少ない。アタッカーは俺達三人。守備側も三人。あまりの参加人数の少なさに急きょこんなルールでやることにした。これはフラッグ戦を半分にしたルール。攻守交代して二戦する。
俺達のサバゲチームは、主に同年配の大学生やフリーター、少し年上の社会人、そして自衛隊の人など。競技人口の少なさを反映してサバゲーフィールドというのは少ない。今日も市街地を離れ、門司の山奥のサバゲ場に来た。俺達には慣れたフィールド。俺は大学の三年生で山本も木畠も同じ大学の友人。
俺のアサルトライフルはマルイのAK47。弾数が多いし、乱暴に扱っても大丈夫だし、アフターパーツも多い。自衛隊の人は八十九式小銃を使ってたりするし、俺もウエスタンアームズのミニウージーとかコルトM4を持ってるけれど、それらはゲームに使うモンじゃなくて、飾って眺めるモノで、部屋で段ボール撃って遊ぶモンで、時に分解して構造を理解するためのモンで、野外で泥だらけになって遊ぶためのモンじゃない。
AK47の歴史も知っている。あまり良くない歴史。AK47はソビエト製のアサルトライフル。世界中の紛争で使われてきた。紛争の構図は大抵同じ。ソビエトの支援を受けたゲリラ軍、そしてアメリカの傀儡政権の政府軍、その対立。
今、かつてのソビエトであるロシアの影響力は小さい。変わって台頭しているのは中国。レアメタルの鉱山の覇権を争い、ゲリラに武器供与しているらしい。が、政府軍側が正義かと言えば、それはまったく違う。日本のマスコミがまったく触れない事柄であり、暗鬱な気分にならざるを得ない事柄。
とはいえ、俺だって正確な処は知らない。何しろどの新聞社も取材に行かないんだから。まったく伝えてもらえないものを、一体どうやったら正確に詳細に知ることができるんだ? 多分現地の人だって何が起こっているのかわけが分からないうちに殺されているんだ。
懐中電灯を点けた山本が言った。
「あれれ? おい、こんな所に鳥居あったか?」
「いや……」
灯りの中に浮かび上がったのは鳥居、そして苔むした大きな岩。暗がりの中、樹木に覆われるようにして、ひっそりと佇んでいる。鳥居の奥に細い道。
「何処かで道間違えのか。こんなのなかったはずだけど」慣れたサバゲフィールドだから異質な物があればすぐに気付く。ここはデイゲームでもよく使っている場所。こんな鳥居と石碑は見たことがなかった。
「何だかオカルトっぽいな。なんとか村ってこんな入り口じゃなかったっけ」
笑って言う河西。俺もこの時はまだ笑っていられた。「マップ見せて。確認しよう」俺も懐中電灯を点けた。
「知ってるか? 江藤。ここは壇ノ浦が近いから平家の落ち武者の霊が出るそうだ」
「やめろ。マジでホラーな時に言うな」
山本がマップを出して懐中電灯の灯りを向けた。俺はスマフォを出し、グーグルマップと照らし合わせてみようと思った。しかしなかなか開かない。その時。聞こえた。微かに。耳に届いた。
心臓が止まるかと思った。逆だ。鼓動が急激に高まった。
「おい! 今の! 聞こえたか!?」
声を荒げた俺の顔を、キョトンとして見る仲間二人。
「なんだ?」
俺は答えなかった。もう一度聞こうと耳をすませた。口をつぐんだ俺に、「おいおい。脅かすなよ、江藤。何ふざけてんだよ」河西が言った。
「ちょっと黙っててくれ」
ドクン、ドクン、奔る自分の鼓動が邪魔だ。耳の横を奔り聴覚をさえぎっている。焦りながらも、落ち着けと繰り返し自分に言い聞かせ、目を閉じ耳をすませた。暗闇の中聞こえるのは、虫の声、沢の音、風に触れ合う葉、得体の知れない森の音、そして。
「ほら。やっぱり」
闇の奥、微かに、時に風にかき消され、時に風に運ばれて聞こえてくる、噎び泣く女性の声。「助けて」と。
今度は二人にも聞こえたらしい。一瞬で顔が真っ青になり引き攣った。
「助けに行く」
声の方角に向かって足を踏み出した俺の肩を山本がつかんだ。ふり返ると必死な顔して言った。「ヤバイって。マジで。これ、ヤバイから」
「馬鹿。幽霊なんかいるか。女の子が乱暴されてるかも知れないんだぞ。ほっとけるか」こんな山奥、女性が助けを求めて泣いているなら、他に理由は考えられない。「ゲームは中止だ。助けられるかどうかわかんないけど、とにかく俺は行く。木畠達と合流してあとから来てくれ。頼んだぞ」
「おい。行くな、江藤」止める仲間二人を無視して、俺は鳥居をくぐった。声の聞こえた方へ。懐中電灯の灯りをたよりに、真っ暗な細い道を駆けた。