《008》
《008》
「ふ、二つ目の方法は?」
「私自身の命に関わることなので、二つ目の方法については御教えできません」
い、命に関わることだと!? 一体なんだと言うのだ?
まさか、禁術!? 己を犠牲にして発動する魔法の代表と言えば、
『メガンテ!』
しかないよな。
――。
さて、俺が今まで散々な目にあって来たのは皆の記憶に新しいだろう。そのせいで俺は今、マリーの説明に疑問を抱いている訳だ。もしかして説明するのをもったいぶっているだけではないだろうか?
こう言う類のはぐらかし方は物語の定番であるのは間違いない。命に関わるなんて大げさに言いながら、実はたいした事ない話なんだよねー。
話を引き伸ばす為だけの言い回しも良く見かけるし、大人の都合と言う名の手法も良く見かける。このマリーの言い回しに俺はそのような考えを浮かばせるものだった。
『大人の都合?』
――ふんっ。ならばよろしい、強く押してみようではないか!
魔法のためなら何だってやってやんよ!
「マリー」
「ほい?」
「二つ目の方法を喋るまでは、俺はこの場からてこでも動かん!」
そう言うと俺は腕を組んで地面に座り込んだ。
その姿はデモをする人のように、エア看板をもって抗議した。
「――はぁぁ。……そんなに知りたいのですか? 私の命を犠牲にしてまで知りたいと言うのですか!? あ゛あん! 領太様……いいえ、このクソ虫野郎! あなたは非人道的かつ自己中心的唯我独尊極まりない鬼畜で愉快なクソ虫野郎ですね!? この肥溜めに集るクソ虫野郎がっ!」
「ぇ……いや、あの――」
「えぇえぇ、そんなに知りたいと言うなら私は構わないですよ? 私の命がどうなろうと領太様には関係ない話ですもんね! この軽挙妄動、お気楽極楽能天気クソ虫野郎がっ! さて、喜べクソ虫。私からそんなあなたにピッタリな言葉をプレゼントしてさしあげましょう!」
「ぷ、プレゼント……?」
「お前みたいな存在が人間の皮を被った最低のクソ虫野郎と言うんだよっ!」
「……ご、ごめんなさい――」
「え? なんて? 声が小さくて聞こえません!」
「ごめんなさい!」
「口からクソを垂れる前と後に、サーをつけろと言ってのんが分からんのか! このクソ虫が!」
「!?」
「返事はどうした!!」
「サー! 自分が悪かったであります! サー!」
「いえいえ、そんな事ないですよ。解ってくだされば幸いです」
「……お、おう」この変わり身の早さ、女と言うのは恐ろしい生き物だ。俺は生返事意外に返す言葉が思いつかなかった。
「領太様は見た目どおりに優しくて真摯な方ですね。そんな誠意を持って謝ってくださるなんて、あなたこそが紳士の中の紳士です。さらにその笑顔が落ち着きを与える爽やかさ……素敵です」
そんな言葉を言いつつ優しく微笑むマリー。俺はそんなマリーの笑顔に思わず照れてしまった。
今までに言われたことの無い言葉の数々に俺は、『M字開脚を強要された男』の様な心境に至ってしまった。
そんなポーズ、照れるからよしてくれ。
しかしこんな言葉を言われただけで喜ぶなんて、男って馬鹿な生き物だな。
『でも何かが違う』
そう思ったら負けか。
「それでは説明の続きをしたいと思います」
「え、ああ、続けて下さい」
「大分飼い慣らされてますね。まぁ面白いからいっか」
「――飼い慣らされてるってどう言う意味でありますか軍曹!」
「魔法で大事なのはイメージと言いましたが、そのイメージする物が合わないと魔法の効果と言うのは上手く発揮されません」
「おーい。聞けよー」
俺を無視して淡々と説明しやがって……なんだよ飼い慣らされてるって……。
もういいや……俺の扱いとしては間違っちゃいねーよ。
しかし、初対面なのに何故ここまで俺の扱いを的確に捉えているのだろうか。
甚だ疑問の尽きない世界だ。
「簡単に説明しますと、例えば使いたい魔法が風だったとします。そうすると風の存在を頭の中でイメージする事になるのですが、風の中でも色々種類があると思います。『優しい風・微風』から『激しい風・暴風』と言ったように、風だけでも荒々しさの違う風をイメージすることが出来るのですが――」
ふーん暴風か……。もしかして台風や竜巻なんかもイメージしたら魔法として発動するのかな? って台風を魔法で作るなんて無理か……そもそも台風って気圧の変化と温度差で生じる自然現象だったよな――。
台風の『風』は創れたとしても、台風自体を作ることは、風の魔法だけじゃ無理な気がするな。って真剣に考えても俺には魔法は使えねっつーの……。
「――そのイメージの最中に、違う魔法のイメージを含んでしまった場合、風の魔法は上手く発動することが出来ません。発動できたとしても、不完全な形となって発動する可能性が高いですね」
なるほどな。純粋にその存在をイメージしなければいけないというわけか。
かなり難しい所作だな。
「ちなみにどんなに魔法が扱える者でも、複数の魔法を同時に発動することは不可能となっています」
「ふーん。それじゃ、発動できる魔法は一人につき一種類だけって事か……」
「そいうことです」
風なら風、水なら水だけと言うことか……。
そもそもこの世界に魔法がどれだけの種類があるのだろうか。
「イメージについて先程も言いましたが、自分のイメージ次第では神話に登場する生物も魔法によって創る事も可能となっています」
「まじですか……」
ほおう、と言うことは、ペガサス、フェニックス、グリフォン、ケルベロス、ミノタウロス、ユニコーン、吸血鬼。そういった伝説上の生物も魔法で創造可能な訳か……。
もしかして、魔法でドラゴンも創造可能なんじゃねーの?
そして、伝説の勇者――。
「ですが、あまりにも複雑過ぎる物をイメージするのは、使用者にとって非常に大変な作業になってしまいます。魔法と言うのは使用者の精神を使って発動しますので、イメージと言うのは、シンプルが一番の理想となっておりますね」
「シンプルイズベストか……」
俺の言葉に大きくうなずくマリー。
「それから使いたい魔法を言葉として置き換えると、魔法を素早くイメージ出来るかと思います。『魔法=言葉』と言う感じですかね」
「ふーん言葉か……ファイアーボール!!」
《しかし何も起こらなかった》
的なシステムメッセージが、この世のどこかに出たと思う。
「……」
「……」
ねぇ黙らないでよお願い。
ボク恥ずかしいよ――。
「もし誰かと戦うことになった場合、相手のイメージを妨害する事を忘れてはいけません。魔法での戦いと言うのは、威力精度も大事ですが、いかに素早く使いたい魔法を発動出来るかの一点に掛かってると断言してもいいほどです」
ボケにたいして突込みが無いのは失礼ざます!
……。
「へ? た、戦う事になるの……?――」
「えぇ、『何時』『どこで』『誰と』戦う事になるかはここではまだ解りませんが、突然戦う事になる場合もあります――はっ! こんな私みたいなのとなっ!」
『小さくて可愛らしい愛嬌のある妖精族のマリーが現れた!』
俺は突然の台詞に咄嗟に身構え、半身を翻し臨戦態勢に――と、どこぞのアニメの主役みたいな格好良く振舞えるはずが無い。
俺はその辺に居る鳩と同じ、たかが一般人だ。
俺はマリーのその言葉にワンテンポ遅れて――。
「なっ!? ちょっ、待て! お前と戦うのか!?」
「冗談です」
マリーの説明に俺は殺意を覚えるしかなかった――。
否、うなずくしかなかった。
「さて、説明を続けます」
マリーは淡々と説明を続けようとしてやがる、何つー奴だ――。
「淡々と……」
俺は……もう、もう、もう……。
「――それでは前置きが長くなりましたが、今から一つ、風の魔法を使ってみたいと思います」
全てを忘れ、開き直って魔法を楽しむことにした。
「待ってました! よっ、大統領!」
「あはっ。先ずは風の存在をイメージし、そして相手に対して何処にどれだけ使うかをイメージしてえ――それではいっきまーす」
「ばっちこーい!」
「えいっ」
マリーが手をかざすと俺の足の周りに風の渦が発生し、その風の力によって足元が少し浮いた感じになった。
「ふおおお……! なんか楽しいぞこれ! フワフワ感がすげーたまらん!! まるでトランポリンの上に乗って歩いてる感じだな! 無重力間がたまらなうぃ!」
俺は一気にテンションがに上がってしまった。
始めてみる魔法、始めてまともに見た魔法、このちっさい妖精が始めてちゃんとまともに対応してくれたこと――。
ってきり、悪ふざけで天高く吹き飛ばされるかと思っていたが、普通に魔法を掛けてくれた――。何か言ってて悲しくなってきた……お母さーん!
ええい! 楽しめ俺!
あまりにもこの魔法が楽しすぎて、意味も無く辺りを駆け回ってしまったよ。
ほんと、瞳に涙を浮かべながら……。
『我慢してきた甲斐があった』
魔法、最高!
俺は泣きながら心の中で叫んだ。