《005》
《005》
「……なぁマリー。俺の存在が必要な理由は何だい?」
「ううう、ごめんなさい。それについての理由は、口止めされていてお答えする事が出来ません。私は嶺太様を町まで無事にお連れする事と、この世界についての簡単な説明をする為に使わされた妖精です故、ご理解ください」
そうか、口止めされているのか。しかしそれが本当に『口止めされているから喋れない』ってことを証明することが出来ればの話だが、それを証明する為に俺がどうすれば良いのかわからない。ただ、今はこの子の言葉を信じる他ない。
だがこの少ない情報でも考えることは出来る。この子が理由を知らなければ『理由は知りません』の一言ですむはず。と言うことは、この子は理由を知っている。知っていても喋れない理由がある。それはやはり口止めされていると言う事になるわけだよな。
まぁ案内人程度ならそう言って茶を濁すだろうな。
そう言えばそれまでだが……疑えば怪しい限りだ。
それにしても俺の存在が必要ってどういう事なんだろうか?
――少し考えて見るか……。
この世界ではドラゴンが存在し、そしてこの世界では絶対的な存在である。そのドラゴンが俺みたいなちっぽけな存在の人間を必要としている訳と言えば?
『贄』
先ず頭に浮かんだ言葉がこれだ。
確かに可能性は高い。
『贄』と言えば、俺の住む世界では遥か昔に行われていた儀式的な行事。天候不良、天変地異が起こる事を未然に防ぐ為に行われていたと記憶する。
この世界で、ドラゴンを『神』として崇めているのならば、生贄の儀式が存在しても不思議ではない。
こうなると、この子がそういった者たちの使い的な存在の可能性が浮上するわけだが……。
俺が儀式の為の『贄』だとしたら、詳しい説明は口止めされている。俺が『贄』予定ならば、儀式が行われるまで丁重に扱うだろうし、監視役としてこの妖精が儀式が行われるまでの間、俺を見張り続けるだろう。
手厚く保護されると言っていたから、この推測でその意味もしっくり来る。
俺はドラゴンに捧げる『供物』と言う役割と言う事か……。
だが、この子は俺に対して、ドラゴンを集めろと言っていた事も忘れてはいけない情報だ。ならば俺にそれ相応の役割をさせてくる筈……。
背景として、ドラゴンの力が欲しくてドラゴンを捕獲したい人たちがいる。そしてこの子はそういった連中の僕的な存在と推測する事も可能な訳だ。
そうしたら『贄』と言う線は薄いだろうと思われる。そう思うと嬉しいな。死なないですむ。まぁ死ぬ以上に大変な目に合わされそうな気もするが……。
でも、死ぬより辛いことはないか。
果たしてそうか?
陵辱的なことを要求されたらどうする?
『ふっ、お前こう言う行為が好きなんだろ――』
足を舐めろ的な?
『喜んで!』
さてここで、一般的なドラゴンのイメージと言うのはどういったものか、俺が簡単にレクチャーしてみる。
ドラゴンと言うのは、人里はなれた場所に好んで住み着き、ひっそり暮らしていると考えられている。その姿は神々しくも禍々しい。その巨躯は小高い丘、もしくはスカイツリーをも髣髴とさせる大きさを要している。
そして、こんな絶対的なドラゴンと言えども神ではなく、生物と考えられる。生物として存在するならば、腹が空くのが自然の摂理だろう。
そして、腹が空けば何かしら食料が必要となる……だろう……。そこでドラゴンの好物の定番と言えば人……間……そして……俺みたいな異世界から来た…………人間と言うのは餌にしやすい…………だと…………すると……。
…………。
俺は罠に仕掛ける『餌』――。
おいまて、もう一つ可能性がある!
この子がドラゴンの使いだとしたら!?
ストレートに俺の役割は『食材』――太らせて食べたいが為に、手厚く保護と言うなの家畜扱い……。
ドラゴンを集めろって言うことは、立食パーティーを開くからドラゴンに招集をかけろって事が考えられる……。そしてそれは同時に、品定めという名のお披露目を兼ねて俺はドラゴンの前に接客として駆り出される………。
ドラゴン=客。
ここで俺のバイトのスキルが意味を成してくる。
なにこれ、全て計算尽くし!?
俺は何? メインディッシュ? それとも前菜?! それともデザートか!! それとも体の部位に分かれて調理されたりとか……。
オードブル、血管。
スープ、生き血。
魚介類となる部分が脳。
肉料理が内臓系全般……。
デザートは凍らせた心臓のシャーベット……。
――。
結局俺の配役は、ドラゴンに対しての唯の『食材』――。
おまっ、この考察どれもこれもたいして変わりねーじゃねーかっ!
最後の考察はある意味ホラーだよ!
マジで配役の交代を希望する!
やっべーよ、このままじゃ完璧『人間フルコース』まっしぐら。ってか、まっしぐらって『猫まっしぐら』みたいなネーミングで嫌だよ!
え? 何? 人間を見たらドラゴンもまっしぐらってか!?
嫌、まだ決まったわけじゃない! フルコースなんてハイカラ物になるわけがない!
『呑みだよ、丸呑み!』
じゃなくて! 一先ずここは、『餌(予定)』としておくべきではないか? 嫌むしろ『餌(予定)』とすべきだろう。
このように、『餌(予定)』的な事も考えられるが、そんな事を考え始めたら埒が明かない。だからこそ、ここは一度気持ちを落ち着かせるべきだろう。そして落ち着いて自分の役割をもう一度考えるべきだ。
『深呼吸、深呼吸……ふう、はあ……』
……ってか、落ち着いて考えたところで、どう転んでも絶望的な未来しかイメージできない……。
だがまだ希望はある。俺はそんな事を考えつつ、次に一番気になることを質問してみることにした。
「――なぁマリー……俺は自分の世界に帰れるのか?」
「帰れるかどうかについては、私には解りかねます…………ごめんなさい」
「……」
うん。そりゃそうだ。そう言うに決まってるわな。
俺の配役は、『餌(予定)』だもんな。
そうやすやすと『餌(予定)』が逃げれる方法を教える訳無いよな。
帰れる方法を教えて『餌(予定)』に逃げられちゃダメだよね。
そこまで口は軽くないか。
未だ『絶望』と言う言葉しか思いつかない。
まだまだやりたいこと一杯あるのに……監督! 切実に配役交代を希望します!
『餌(予定)』じゃ無くて、『主人公(決意)』でお願いします。嫌、そんな『主人公(決意)』なんて大それたものじゃなくて、『エキストラ(希望)』『小道具(切望)』『AD(渇望)』――。
むしろ撮り終えた後の映画を見に行く『観客(確定)』で十分です! お金払って見に行きます! 誰が何を言おうとも『観客(確定)』でお願いします! この配役は誰にも譲らないぞ! ぜってー譲ってやんねーもん!
『監督:喜べ家畜! そこまで言うなら、観客はお前に決定だ!』
はっはー! 羨ましいだろうお前らっ! あっはっは……。
……………………。
………………。
…………。
……。
……ああ――こ、これって言い方変えたら『観客=餌』じゃね?
映画と言う名の餌をぶら下げて客を釣る……。
これって俺は結局『餌(確定)』になっちゃうよね。
これ、『餌(予定)』から『餌(確定)』に変わっただけじゃねーかよ!
まだあやふやな『餌(予定)』の状態の方がましだったよっ! 配役交代は聞きます的な状態の方がましだよ!
『絶望』だ。
俺は頭を垂れ、溜息をつくも気を取り直し、再び石の上に腰を掛ける。
『どうやって逃げよう……』
相手は空を飛ぶことが出来る妖精。先ほど手合わせをしたが、飛んでいる妖精からは逃げられる気がしない。ましてや魔法まで使えるときたもんだ。
『おい、お前ら。この中でさっきまでスカートの中身が気になって浮かれてた馬鹿な奴は誰ですか!? 先生は怒らないから素直に前に名乗り出て来なさい』
『ハーイ先生。ボクデース!』
『って、お前か峰岸!』
『って、俺だよ馬鹿野郎!』
一人二役。
『観客(確定)』より主役に花を添える存在、『脇役(当選)』の方が向いてる筈だよ俺……。はああ、よくよく考えれば『餌(確定)』にそんな詳しく話す必要は無いのが当たり前だよな……。
ほんと今、後ろからドラゴンに食われんじゃないかってドキドキしてるんだよ? この子の巧みな話術で俺を安心させつつ、油断している俺の背後からドラゴンが忍び寄ってきて一思いに『パク』って丸呑み! パクパクってね!
己は『パッ○マン』かー!
そうだ、ドラゴンをパッ○マンと思えば……黄色い丸い奴……そう思えばドラゴンもえらく可愛くなるもんだな。もしくは蝙蝠を模した黒いマスクとスーツを着た正義のヒーローとか……。
何か根本的に違う気もする。
今目の前に居るマリーが悪魔に見える。
『小悪魔的なー?』
あぁそうだな……この件について深く考えるのはもう止めよう――。