《004》
《004》
「この世界にドラゴン様が存在する事により、この世界に生命が存在し、秩序が存在し、私たちが使う魔法もまた、存在していると言う事になっております」
そうか……そう言うものなのか。俺の大好きな魔法ってのはドラゴンが存在するから存在するんだな。
さすが異世界。
さすがドラゴン。
パネエぜ。
「そしてこの世界で嶺太様にやってもらいたい事があるのですが、簡単な説明で申し訳ないのですが、その説明もしたいと思います」
「は? 俺? 俺がこの世界でやるべきこと……?」
俺はマリーのその言葉に対し物凄く不安をかきたてられた。俺の意思、不慮な事故、そのどちらの理由でもなく俺はこの世界へと来た。
――と思う。
心の奥底で思っていたのかもしれないが、それは考慮すべきではないな。まあ、仮に俺の意思だとするならば、俺は何時その意思を示したというのだろうか? もし説明を端折って俺をこの世界に連れて来たと言うならば消費者庁に訴えてやる。
『同意していない商品で異界へ来てしまったんです。これは不当契約にあたるのではないでしょうか? クーリングオフですよ! クーリング、オ・フ!』
俺の意思ではないとすれば、強制的に連れて来られたという事でまず間違いないだろう。不慮な事故ではないと言うのは、マリーの言葉遣いでなんとなく分かった。
後は、誰がどうやって俺をここへ連れて来たのかと言う疑問が残るが、これに関しては今考えても答えは見つからないだろう。この妖精が俺をこの世界に連れて来た線も考えられるが、その線は薄い、と言うか無いか……。
まぁ可能性として『偶然』と言うことも考えられるが、もし偶然だとしたら出来すぎた感が否めない。それはこのマリーと言う妖精の現れたタイミングが良過ぎるからだ。
俺がこの世界に来てからこの子は数分程度で俺の目の前に現れた。ここは見渡す限りのサバンナだ。そんな短い時間で都合よく俺を見つける事が出来ると思うか? たまたま近くに居て、たまたま俺を見つけて声を掛けたとも考えられるだろうが、それでも出来すぎた感じは拭えない。
『……』
そう思えるのはやはり、『偶然』とは思えない台詞の数々が原因だろうな。
俺が、と言うよりも、『誰かがここに来る』ことが解っていたとしか思えない台詞も見受けられる。この妖精には『誰かがここへ来る』と言う漠然とした事だけが解っていたと言うことだ。嫌、タイミングからみて、もしかしたら日付も時間もわかっていた可能性もある。
そう考えると、『俺は偶然この世界に来た』と言う線も無いだろう。
……。
この際どっちでもいっか。うだうだ細かいことを考えてもしょうがない。
俺はこの世界に来てしまった事実は変わりない。それに俺にはこの世界で何か役割があるということだ。
しかしだ、甚だ自分に対して疑問に思うことが一つある。
『何故俺はこんなにもポジティブなんだ?』
異世界に連れてこられたのにどうしてこんな前向きでいられるのだろうか。それに重要なことを聞きそびれてしまっているが、俺は自分の世界に帰れるのだろうか? 話の途中で聞いても良いのだが、話の腰を折るのはあまり好きではないし……。
では、こう言う理由にしておこう。
『ノリが良いのは関西人の気質やからやで!』
まぁ否定はしないがな。
さて役割か……俺の出来そうな役割で思いつくのは……バイトで培った『接客』スキルか、な。掛け持ちと言っても両方とも接客系バイトだからな。接客が得意になるのは自明の理。俺は肉体労働があまり好きではないし、賄が食えるなら接客などは苦にならない。
接客に関してはバイト先で散々やってるから、ある程度こなせる自信はある。
さてと、ここで一つおさらいしておこう……。
《カランカラン》
今日もお嬢様がお帰りになった合図が店内に鳴り響く――。
俺は颯爽とお嬢様の元へと向かう。
『おかえりなさいませお嬢様。さあ、お召し物をこちらへ――本日の執事、私『櫓』と言います。どうぞこちらへ……』
さりげなく源氏名を伝え、軽く会釈をし、お嬢様のお召し物を剥ぎ取り、席へと促す。
『失礼しますお嬢様。こちらが本日のメニューとなっております。ご注文がお決まりになりましたら、こちらのベルでお呼びくださいませ――。失礼いたします』
この店の接客はあくまでもさり気なく、そして押し付けがましくなく相手を立てること……。
暫くするとお嬢様から合図が届く。
《チリンチリン》
『ご注文はお決まりでしょうか、お嬢様――お嬢様? ちょ、お嬢様何をなさるですか……そんな所を触るのは――え? 私の体が良い体格していると? 私はそんな良い体なんてしていません……そ、それ以上はダメです……今は仕事中――』
完璧だな。
ここのバイト先はもう一つのバイト先とは大違い。
この店の客は異性ばかりだからな。
んーそう言えばそうだな、大学生故に家庭教師と言う役割も考えられるな。
もしかしたら異世界についての勉強を教える的なー?
『この世界の文化において、オタクとは褒め言葉の一つであり、偏見の言葉ではない!』
『この世界の文化において、変人とは褒め言葉の一つである(ただし関西人に限る)!』
『この世界の文化において、主人公という単語は、既に形骸化した言葉であり、その意味をはき違えてはならない!』
『この世界の文化において、意中の相手がツンデレ属性なのか知りたいときは、お前の事が好きだと一言伝えれば良い。きっと素敵な答えが返ってくるだろう※1』
※1.この設問において、今後のお互いの仲がどうなろうが一切の責任を負わない。
中々捨てがたい役割だな。
大役であるが、異文化交流の船頭を任されるのも良い勉強になる。
『役割』……、確かに俺が一番知りたい理由だな。偶然迷い込んだのではないとするならば、役割を与えるために強制的に連れて来られた。と考えるのが自然。
大袈裟に言えば彼女が今まさに説明しようとしているその言葉で俺の人生の全てが決まる。ってことこか?
この世界での俺の役割とは一体なんだろうか。何と言うか、勝手に俺の人生を決められるのはどうかと思うが、とりあえず話しを聞くだけ聞いて、受けるか受けないかはその後で考えればいい。
俺はいつの間にかマリーの話題に引き込まれ、この妖精を捕まえようとしていた事を忘れてしまっていた。そして、俺は説明の続きを聞く為に、自身の中で巡らせていた意識をゆっくりと彼女へ向け、聞く体勢を整えた。
そしてマリーはその小さな口から続きを洩らす。
「Um den Drachen von allem, was in dieser Welt existiert sammeln」
は、い?
意味が分からない。
意味がほんとーに理解できない。
言っている意味がさっぱり理解できない。
この子が何語で話しているのかさえ俺には理解できない。
だがしかし、『案ずるより産むが易し』と言う言葉があるように、俺の脳内には10万何がしの辞書がインプットされているのだ。
落ち着いて調べ……てと……。
なるほどドイツ語か……大まかに翻訳するとこういうことか?
『この世界に存在する全てのドラゴンを集めろ』
――。
『ぇ?』
ここここここここで俺にリアルモンスターハンターをしろって言うのか!?
俺にドラゴンバスターにでもなれって言うのか!?
無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!
食われて終わりだよ!
踏み潰されて終わりだよ!
予想外過ぎる答え、予想の斜め上を行く役割に俺の魂は今にも消えそうになった。
「失礼。言語の選択を間違えました。嶺太様には、この世界でドラゴン様を全て集めてもらうことになると思います」
「ど、ドラゴンを集めろってどういう事だよ!?」
「そのまま言葉のとおりですよ」
「はっはっは! 全く冗談が上手いよ君ぃ!」
俺はありえないほどの大げさなジェスチャーで答えてみせた。
リアクション芸人も真っ青のボディーランゲージ。
『いける! きっといける! 俺ならいける! だから……もう一度チャンスをくれ!』
「……」
何故黙る。そして何故遠くを見るような目で俺を見つめる。
俺はマリーのその表情を見ていると、自分の顔がどんどん引きつっていくのが分かった。高まる緊張、そして俺を襲う敗北感。
俺はいつの間にか手を握り締めていた。
その手には汗がうっすらと滲んでいる。
「冗……談……冗談だよね? ね? 冗談だと言ってくれよ――お願いだ…………」
「にゃははは。冗談ですよ! 何吃驚してるんですかっ。イヒヒヒ」
俺はこの子の言葉を聞いたとたん、引きつった表情が一気に笑顔に戻った。
天にも昇るような気持ちとはこの事を言うのだろう。
『本当に全く、悪戯好きの妖精さんときたら――こんな時にまで冗談言うなんてまったくねえ、奥さん。おほほほ』
「――とでも言えばいいのですか!?」
ですよねぇ。
醒めた眼差しで答えるマリー。
俺は膝を地に突き、絶望した。
上げて、落とす? みたいなー?
続けてマリーは言う。
「どうです? 満足ですか? こんなこと言われてあなたは満足なんですか!? ああん!!? 答えろよこの童貞やろうがっ! 滑稽過ぎて笑えませんね」
「い、いや……。お、落ち着こうよマリーさん……」
「ごほん。ドラゴンと聞いて吃驚なさったと思いますが、安心してください」
「……安心しろって言われても……、何処をどう安心しろと……?」
「いえいえ、(たぶん)大丈夫、安心して下さい! あの方は嶺太様を取って食べるような事はなさいません(たぶん)」
「そんなこと言われても安心なんてできないよ……」
気のせいか?(たぶん)(たぶん)って言っている気がするんだが――。
「それに……領太様の選択次第になりますが、この役目を受けなくとも、その後は手厚く保護される可能性もあります」
「保護? と言うと、それは俺がこの世界に迷い込んだから、俺の世界に帰すまでは保護しますって意味なのか?」
「いええ。んーそう言う訳じゃないです――。物凄く言い難いのですが、ドラゴン様は嶺太様の力……いえ、領太様のその存在を必要としているのです」
「俺の存在が必要……?」
「ええ、領太様の存在が必要なのです。なので、捕って食われる事は無いですし、ぞんざいに扱われることはありません」
食われる事は無いって言われてもな……この言葉、よくある常套手段的な台詞に聞こえるんだよな。
『ハーイそこの美しい奥様、ちょといいですか。今街頭アンケートを実施してるんですよ。え? 忙しい? 大丈夫大丈夫。10分だけ、10分だけ。え? この後大事な用事ある? じゃ5分だけで良いので。アンケートにお答えくださったら少しばかり謝礼も用意してますし、ね? え? OK? ありがとうございます。ちょとここではアンケート取り辛いので、今そこに車を止めているのでそちらで――』
この後体でアンケートをとられて……って食われる意味が違うな。
こんな文章で説明すると、物凄く信用できないよね。
と言いますか、先ほどから(たぶん)(たぶん)ばかり言っている気がするのに、信用できないって!
くそう、全く納得出来ないし、理解も出来ないが、ここは話を進めるために一応の理解を示しておくしかないよな……。