《002》
《002》
「夢? ここは夢ではないですよん。突然この世界に来て、まともな反応が出来無いのは解りますが、少し冷静になって私の話を聞いてみたいと思いませんかー? うふっふー」
どこかで聞いた事のあるフレーズを口ずさみながら、台詞と同時に自称妖精のマリーが俺に向けて小さなその手をまるで指揮者のようにリズムカルにかざした。
「冷たっ!?」
実際何をされたのか俺には全然解らなかった。次ぎの瞬間、俺はびしょびしょの濡れ濡れの状態になっていた。
そんな状態を見て、
『ヤバイ俺ってちょっとかっこよくね?』
濡れた髪をかきあげ、水も滴る良い男……になってる訳がない。
水を被るだけで良い男になるなら、誰もしもが常日頃から濡れ濡れ状態だっての。
『イケメン野郎どもはいっそのこと水中の中で暮らせ! 世のもてない男が狂喜乱舞するわ! 書いて字のごとく、池面』
お後がよろしいようで。
でもよく考えたら、イケメンがそんなことして余計にかっこよくなったら身も蓋もないよな。じゃ、逆転の発想だ!
『不細工な男共が水の中で暮らせばいいんだよ!』
水死。
実際のところ、一瞬のうちに俺の頭と体は、水と思しき液体でびしょ濡れになってしまっていたのだ。
「なになになに!? 突然何? って何で俺は濡れたんだ!? これは水? もしかして雨でも降って来たのか……」
そんな台詞を言いながら、俺は空を見上げた。しかし空には雨を思わせるような雰囲気は無かった。
雨雲なんて見あたらない。
『天気は上々、気候も上々! 見事な太陽頭上に上昇! 俺のテンション奇妙に上々!』
あぁ天晴れ天晴れ。
なのに俺の頭は濡れてしまったのだ。俺は改めて水が落ちて来たであろう上空を見渡してみたが、やはり空には雲一つ無かった。
『雲が無くても雨が降る。そんな事がありえるのか? もしかして、これが噂の《狐の嫁入り》って奴か……』
そうであったらますます狐に化かされているとしか言いようが無い状況だよな。まぁあるいは、俺のいる範囲数十センチだけに雨が降った――って事もありえないよな。
俺は呆然と空を見上げ、そのような事を考えていたら、自称妖精のマリーが嬉しそうに声を掛けてきた。
「あはは。どうです? ちょっとは冷静になれましたか?」
「――ああ、まぁ……少しは、な」
確かに、水を被る事によって少しは冷静になれた。冷静になって今現在の状況を改めて考えたよ……。この子の台詞から察すると、この子が俺に何かをしたことには間違いない。そして、何度見ても非常に可愛い…………二次元のキャラが三次元に出てきたと言えばいいのだろうか……。
堀の深い外国の美人顔と言えば想像しやすいか……。
『うーん、とにかく可愛い』
しかしだ、何故スカートと言うのは、見えそうで見えないとああも興奮するものなのだろうか。逆に中身が見えると萎えるし……。見えて嬉しい気持ちもあるけど……それは見え……方……、下から覗……けば……。
ん? 一体なんだと言うんだ?――もしかして、まさか、そんな馬鹿な……。
「では先ず、貴方様のお名前を教えて頂いてもよろしいですか?」
「――え? あ、あぁ俺ね。俺の名前ね。俺の名前は峰岸嶺太……よろしく? なのかな?」
「わかりました、領太様」
「さ、様付けか……」
「いけませんでしたか?」
「いいや、下の名前で呼び慣れてないから少し恥ずかしいだけで、問題はない。領太でもかまわないぜ」
「はい♪」
マリーは満面の笑みで返事をする。
少し冗談を言いたいところではあったが、そこはグッとこらえ、俺は目の前に居る妖精をじっと見つめる。ここぞとばかりに俺はマリーを見つめる。遠慮と言うものは一切ない。だがこの妖精はと言うと俺の視線を意に介さず、見つめ返してくる。
やだ何この展開。
きっと俺、この妖精が人間と同じサイズの大きさで目の前に現れたりでもしたら、発狂して吐血すると思う。
無理無理、想像しただけで恥ずかしくて直視できねぇよ。絶対鼻の下伸びっぱなしだよ。絶対俺の下半身も伸びっぱなしだよ絶対。
それよりも俺の今の表情は如何なってんだろ?
眠かったからすっげー冴えない顔してそうだよな。
顔に目脂が付いていた、もしくは顔にゴミがついていた……その為に水をぶっ掛けられた。
そう考えると急に顔が熱くなる。
『やだ何この展開』
くそっ今の俺の表情どうなってんだ……。
ドヤ顔? キメ顔? それとも……アヘ顔……。
鼻の下伸びてね? おまけに鼻毛が出てたら最悪だ。
『生まれてこの方表情なんて作ったことねぇよ!』
非常にまずい。アヘ顔なんか見せていたらもんなら、末代までの恥を晒す事になる。
どうやったら二枚目な表情に出来るんだ?
どの角度に向けばかっこ良いポーズになるんだ?
顎を引いて右斜め45度? え? 左? 下から上を見上げるようにするのか? 体の向きは? 腕はの位置は如何したら。足は肩幅……?
俺は自身の中に蓄積されたデータを活用し、『かっこいいポーズ』について幾つか情報を引き出す。そして何個かそれらしき情報を見つけ、その情報を元に俺は最高の決めポーズを脳内で構築。導き出された答えにしたがい、俺は引きつった笑顔で、ぎこちなく表情とポーズを決めた。
『これでどうよ?』と人生で一番の決め顔を作ったと思ったのだが、マリーの反応の薄さに俺は少し今の自分の顔に不安を覚えた。
ところで、恥ずかしいと言っている割には、この子と普通に会話しているような気もするが、こんな小さいと逆に会話しても大丈夫なのだろうか? むしろ人ではないから大丈夫だと言うことなのだろうか?
胸の奥底に込み上げてくるものはあるが、恥ずかしいと言う感情が湧き出てこないのはこれ如何に。妖精とはいえ、相手は異性。こんな可愛い子を前にして落ち着いてられる俺も不思議な心境ではある。異性とまともに会話したことない俺が何でこんなに落ち着いてられるのだろうか……。
これが妖精の力であり、これが本物の妖精の実力と言うものなのか?
下に恐ろしきは人外なるもの也。と言うことか。
全く持って何を言っているのか意味が分からないがな。
「……ところで、今の水みたいな液体はなんなんだ? 雨ではないだろ……?」
「ええ今のは雨ではなく、んーなんと説明したらいいでしょうか。簡単に言えば、この世界で魔法と呼ばれるポピュラーな事象の事柄です」
俺はその子のその言葉に対し、今までに無いほどの、人生で始めての仰天を味わう。
『魔法!? 魔法だとぉぉ!?』
ゾウさんのマークかアレのことか!?
それともトラさんのマークのことか!?
この子の言った『魔法』ってきっと保温性抜群、簡単持ち運びのできる魔法の筒……の事だよね!?
その筒に入った聖水という名の水を俺の頭にぶっ掛けたんだよね、きっと。
じゃないと魔法って言葉……ありえないだろ。
俺は抑えきれぬ衝動に駆り立てられつつも、一心不乱に心を落ち着かせようとした。
『落ち着け……落ち着くんだ俺! 落ち着いて素数を数えるんだ……2、3、5、7……11…………』
あぁでも、期待に胸が膨らむ俺が居るのは火を見るより明らか。
『そんな言葉で俺の欲望は抑えきれぬわ! フハハハ』
「ま、魔法だと!? あの誰もが一度は憧れを抱く魔法の事か!? 魔法ってのは俺が子供の頃に脳内で唯ひたすらイメージトレーニングしてきたあの魔法だと!? その昔『自分なら出来る自分なら出来る自分なら出来る』って三回唱えれば不可能を可能に出来ると言う伝説のイメージトレーニングをしていた夢見がちな子供の頃の俺――。放課後の掃除中に掃除用の箒を股に挟んで飛ぶまねをしたり……。まあ子供の頃は魔法使いより勇者のほうが人気あったかもだが……だが魔法って事は……クックック」
想像力を掻き立てたれる『魔法』と言うフレーズ。
『Magic! Magical! Magico!』
『さあお待ちかね、今宵もマジックショーの始まりっだっ! it's showtime!』
チャララララーン。チャラララララーララーララーララーン……。
『手足を縛られ、眼には目隠し、口には口枷、身体は亀甲縛りで縛られ、アイアンメイデンという名の箱にぶち込まれた浮気癖のあるマジシャン! 更に箱には油を撒かれ、そして火を放ち、その燃え盛る箱から時空間移動魔法を使い大脱出! そして灰となって脱出成功! it's miracle!』
ってこれはただの『手品』やっ!
俺は頬を滴り落ちる汗を拭った。
『ふう……アブねえあぶねえ。俺のテンションがレッドゾーンを突破するところだったぜ』
相変わらず周りの目を気にせず、自分の世界へと没入してしまう俺。その表情はまるで幼き子供のような笑顔で笑っていたと思われる。これは天使の笑顔って言うやつだと思うのだがどうだろうか? それともただの芋豚野郎の笑顔なのだろうか? 皆さんの率直な意見を聞いてみたい。「ブヒブヒブヒ」ってな。
だがしかし、残念なことに、皆の意見を聞くまでもなく、目の前にいる妖精が答えを提示してくれたのが幸いと言うべきか、それとも不幸と呼ぶべきこところか迷うところではあるが、とにかく目の前にいる妖精がその答えを出してくれた。
先ほど作った決め顔より今の表情の方がドン引きしたのだろうか、目の前に居る妖精の表情は引きつった表情をし、『やばっ、またとんでもない人を見つけてしまった』そんな表情をしていた。
「ん、んー……それがどう言った物か解りかねますが、この世界においての魔法と言うのは、手を振りかざせば風が起こり、地を撫でれば草木が生え、物事の理を覚え、万物の発生する原理を理解することさえ出来れば、誰でも魔法が使えるようになるんですよ」
「……う、嘘だろ? まじで? まじで魔法があんのこの世界? めっちゃ素敵やんそれ!」
俺はこの話が嘘やネタ話ではないということを確信し、一気にボルテージが上がる。
『ふぉう! 魔法きたぁぁぁぁ!』って感じだ。
だってそうだろ? 誰でも魔法が使えるようになるんだぜ? 夢見がちな男の子にとってこう言うネタは興奮せずにはいられない!
「まぁ得て不得手がありますので、誰しもが魔法を使える訳じゃないんですけどね」
「……なるほど。そりゃそうだ。ほいほい魔法が使えるようになったら、魔法の有り難味が薄くなっちゃうよな」
「んー、有り難味云々はあれですけども、魔法と言われる存在はこの世界では当たり前と言う認識で使われているのです」
「当たり前?」
「この世界の魔法は普段の生活において斬っても切れない必需品であり、普段の生活の中でごく普通に使われている存在となっているのです」
早い話、『電気・ガス・水道』と言った俺の世界にあるライフラインがこの世界では魔法に置き換わっている思えば良いのだろうか? そうするとなると、夢のような世界ではある。
うーん、中々素晴らしき世界ではないか。
生活に密着した魔法に替わるか。
『生活……密……魔法……替わ…………生着替え魔ふぉう!』
「んーってことは、俺にもその原理ってのが理解できたら、魔法が使える可能性もあるってことで良いのかな? もしかして、俺にもその魔法の理解っての教えてくれるんかな?」
俺はあくまでもがっつく様子を見せず、平静を装い、目の前に居る妖精に問いただす。
『ふはぁ、これはめっちゃ楽しみなんですが』
俺は期待に胸が膨らんでしょうがなかった。俺でなくとも魔法と言うのは、人類にとって憧れの一つな訳だからな。
魔法は最高の妄想技術の一つ!
俺はいつもそう思いながら生きてきた。
魔法って言うのは、俺の存在証明!
Viva魔法!
妄想最高!
生着替え魔ふぉう!
『あぁそうか。こんな性格だから友達が出来なかったのかも……な』
俺は少しブルーな気持ちになりつつも、自称妖精と痛いことをほざくマリーの返事に期待した。