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0月0日-ドラゴンズソウル-  作者: 渡辺ころも
第一章第1説 「異世界」
11/26

《010》

《010》


「ドラゴンズソウルに来た人でも、ドラゴン様に必要とされる人は限られています。そう言う意味では嶺太様は非常にラッキーなのですよ? 十年に一度、嫌、大げさに言えば百年に一度の幸運なのです!」


 確かに十年に一度、百年に一度と言われれば、物凄く幸運な気もしてくる。逆に言えば、ドラゴンの食事期間が十年に一度、百年に一度しか訪れない。その十年に一度、百年に一度に巡り合った俺……と言う考え方も出来る。

 という事は、俺には『餌(congratulation!)』の可能性がまだある訳だよな。

 なにこれ、ラッキーなの?


『絶望的だ』


 果たして、どのような選択をしたら正解だというのだろうか? 選択肢の解らないという意味では、人生もまた選択の連続だが……。俺という人間ほど、選択肢を間違える

人間は居ない。と断言できる! 訳なのだが……。

 テスト問題で尽く選択肢系の問題は間違えるんだよなあ、何でだろう…………二択の選択肢すら全て間違えるこの強運!

 アンケート用紙の、『男・女』の選択すら間違えるのが俺だからな!

 こうなると、病院行けって話だな。しかも眼科。もしくは脳神経科……。


 よくよく考えればもう既に年末のバイトに出るかどうかの選択でミスっている訳なんだよね。

『くっそ、あの店長! いつか目に物見せてやる!』


 やはり、この先訪れるであろう選択次第で、俺の人生の全てが決まってしまうのは確定事項。だったらここで先人達にご教授願いたい。


『問1.どうしたらドラゴンに食べられなくてすみますか?』

『答え.大人しく食われろ』


 ひでぶぅ!


「ええ……これはラッキーなのか? 俺には物凄くアンラッキーな気もするのだが……」

「ドラゴン様方に選ばれると言うのは、このドラゴンズソウルの世界では大変光栄な事なのですよ!? なのにアンラッキーだなんて……なんと嘆かわしいのでしょうか」


 俺の言葉を聞き、なんとも言えないリアクションを見せるマリー。

 俺の言葉に相当ショックを見せているようだ。その表情は悲しげに見えるが、心の内は分からない。


「そ、そんな事を言われても困る訳でして……。勿論君の考えは分かるが……」


 当然俺にも俺の意見があるわけでして。

 俺はマリー以上に悲壮な面をさらけ出してしまった。

 それを見たマリーは、「――そうガッカリなさらないでくださいよー……そうだこういう時は楽しい事を考えましょっ」何故か俺を励ましてくれた。


 がっかりはしてないよ? ただ、それがラッキーなのか考えてただけだよ。そんな俺の事を万年不幸面した男だと思わないでくれたまへ。どこぞのアニメの主人公でもあるまいし、常日頃から『不幸だ』なんて言わないよ俺。


「た、楽しい事か……」


 俺は最近の出来事で、楽しい事を思い出してみた。

 さあ、振り返ろう、俺の楽しき人生ストーリーを!


『レッツパーティー!』


 バイトバイトバイトバイトバイト学校!

 バイトバイトバイトバイトバイト学校!

 一昨日、昨日、今日と明日と明後日もバイトバイトバイトバイト学校――。

 何故だろう……、二年間バイト先と学校を往復してるだけの自分しか思いつかない!


 そして実家に帰る予定だったのに、何時の間にか帰るお金が無くなっていた。もちろん貯金はあるが、それを崩してまで帰ると言うのは俺には無理だった。

 もし何も収穫無しに大阪から逃げ帰ってきたとなったら……。

『骨折り損のくたびれ儲け』……で済めばいいのだが――。

 更に店長の誘いでバイトに出勤した挙句に、今頃俺は自分の部屋でくつろいでる予定が、『ドラゴンズソウル』という名前の異世界に俺は居る……。

 さらにさらに、俺の目の前には、妖精と呼ばれる不思議ちゃんが飛んでいて、この不思議ちゃんときたら姿かたちは可愛いのに、すごく悪戯好きで現在進行形で散々な目にあわされているときたもんだ。

 この子の憂さ晴らしに俺がつき合わされてる感じも否めないのが現在の状況――。

 そして極めつけと言えば、命の危険にさらされている問題が未だに燻っている。


『四面楚歌』

 今の俺にはこの言葉がぴったりだ。

 俺の配役は、『餌(congratulation!)』だもんな。


『どう言う事だよ……思い出してもここ最近、楽しいことなんて一つもないではないか

っ!』


 俺は両膝をついて項垂れた。

 なんて寂しい人生を送っているんだよ俺――。

『あ、でも。魔法ってフレーズだけで楽しかったよ……それだけが唯一の救いかな』


「……ダメだこいつ――じゃあじゃあじゃあ、私は思うのですが、他の世界の話を聞くのって結構楽しいと思うのですが、嶺太様も楽しいと思いませんか!?」

「――ん? ああ、この世界に来てまだ少しだけど、マリーのその楽しいって言うのは何となくわかる……訳ねーよっ!」

「ですよね、ですよね。わかってくれて嬉しいですって、わっかんないんですかっ!?」


 おうおうおう、この妖精ちゃんノリノリだなっ!

 君はきっと、良い漫才師になれるぜ。

 俺とコンビを組まないか?

 コンビ名、『餌(congratulations!)』


「だって俺の配役、『餌(congratulation!)』なんだよね? ドラゴンの餌になっちゃうんだよね俺……!?」

「……は、い? 今なんと仰いましたか……?」

「……え、餌(congratulation!)」

「……『餌(congratulation!)』ってなんですか? 私、そんな事一言も言った覚えはありませんよ!?」

「うう……だって君の話から推測すると――」


 しまった……、もう少し外堀を埋めてから話す予定が、勢い余って喋ってしまったぜ。

 まぁいい。この際だ、全て話してしまえ。

 俺はこれまでの考察をマリーに全て話した。


「ほんっっっと、領太様って馬鹿ですねっ!? 馬鹿、アホ、間抜け、この変態被害妄想野郎っ!! 私が何も言わない事を良い様に卑猥な視線で私を見ているのも知っているんですよっ!? そんな弱者を貪るかのような犯罪行為は断じて許しません! 挙句の果てには私が浮かんでいるのを良いことに、スカートの中を下から覗こうとしていましたよね!? この鬼畜変態妄想クソ虫野郎! ですよ、もう……。まぁ、別に全く気にしてないから良いんですけどね。別に領太様には見られても兵器です。平気です。見たいって仰ってくだされば見せますのに。でもそんなことする私の命がないので無理ですけどね。あぁそうそう、ついでに言っておきますが、あの方が領太様の命を奪うような捕食をする事なんてありえません。それだけは断言しておきます」


 いや、あの、その、ごめんなさい……。

 見られているの意識していたんだね。

 何もそこまで言わなくても……もう少し労わりの言葉というものもかけてくれても良いんじゃないのかなあって……。

 まだこの世界に来てそんな時間たってないって言うのに……厳しいよこの子は……気を抜くと涙が出て……くる。

 でも、酷い言われようだけど、全て俺が悪いんだよ俺が……。

 どの世界に行っても、冴えない男の扱いって変わらないよね。


 それよりもさ、女の人が言う『別に気にしてないよ』って言葉、あれって想像以上に信用できない言葉だよねー。あの言葉使うときって絶対内心腸煮えくり返ってるよね。

『え? 別に気にしてないよ?』

 そう言われても信用できないっつーの! くそう。

 しかも無意識で怒っているから性質たちが悪い。俺の妹もそうだったからな。気分直しにケーキ買ってきても、『キモッ』そんな一言であしらわれる兄な俺。

 俺はあんないかれた家族との生活に耐えることができなかった。だから実家から遠い東京の大学を選んだまではよかったのだが……、今思えば東京へ出るって言うのも選択ミスだよなぁ。って、この子の台詞、俺にとって最後のフレーズが一番重要な台詞のはずなのに、ついでみたいな言い方で終わってね? つかもろ『ついで』って言ってるじゃん。

 はぁ俺の存在ってついでみたいなものなのかな……。俺みたいな冴えない人間はどこの世界に居ようが扱いがついでになるのは変わらないものなのかな。俺は所詮、刺身についてる菊みたいな存在……。

 でもあれって黄色で華やかだよな。

 花だけに華がある。

 俺にはそんな色も華やかさもない。

 もう何も言うな俺。

 言えば言うほど惨めになって行く。


「では領太様、改めて貴方にお聞きしたいと思います」

「……あ、ああ……」

「この考え方は、私個人の独断と偏見によるものになりますが、私は異世界のお話を聞くのはとても楽しいと考える者です。故に、自分の知り得ない世界を知るチャンスがあると言うのは、この上ない幸せだと感じております」

「あぁそうだな……その気持ちは心に染みるほどよく分かる」


 確かにそうだな。俺も東京へ始めて出てきた時、この土地で上手く生活できるか不安で心が一杯だった。初めての一人暮らし、初めての土地での淫らな性生活への期待と不安……あぁ気にするな。この思考は若気の至りによるものだ。 一人暮らし当初は緊張の中、何処で出会いが訪れるのかドキドキしながら明るく淫らな未来を胸に抱いて生活していた。たがしかし、その期待が絶望と失望に変わっていくのにそう時間は掛からなかった。次第に俺の心の中が真っ黒い何かに染まっていくのが手に取るように分かった。

 期待や希望を大きく持ちすぎると言うのは例外なく精神的によくないようだ。期待が大きいほど裏切られた時の反動は大きく、絶望と失望の負のスパイラルのお陰で俺の心はリア充は爆ぜ消え……。

 うん。だから気にするな。それよりも自分の知らない世界を開拓していくと言うのはとても良い刺激になる。その刺激が幸せじゃないと言えば嘘になる。


「今、私は領太様の世界の話を聞きたくて体中うずうずしている状態なのです。一刻も早くこのテンプレ説明を終わらせ、領太様の情け無い私生活の話を根掘り葉掘り聞きだ……もとい、領太様の武勇伝をお聞きしたいなって」


 うん? うん。うーん……。


「……うんまぁ、確かに異世界の話を聞くのは楽し……って今なんて言っ……」


 つい違うことを夢中になって考えてしまい、マリーの台詞を聞きそびれたが、何かとんでもない台詞が聞こえた気がするが……。


「いえぇ、何でもありません。私は唯純粋に領太様の世界の話を聞きたいと思っているのです」

「あ、うん……。でも今腹黒い台詞が聞こえたような……」


 俺のこの台詞で突然高圧的な『はぁぁ!?』を言う妖精。俺は少しこの勢いに押されてしまう。


「なっ!? この私を疑うのですか!? この純粋無垢な妖精である私の心を疑うと言うのですか!? はぁぁ、人間とはなんと嘆かわしい生き物なのでしょうか――正直ショックを隠しきれません……」


 大げさに振舞うマリー。そのジェスチャーはまるでロミオとジュリエットを演じるロミオのように見える。

 オーヴァーリアクション。


「そ、そうではないのだが……ただなんとなく……」

「何ですかその歯切れの悪い物言いは! 私たちはこれから長旅を共にする仲だと言うのに、旅と言うのはお互いの信頼がなければ命に関わる自体にもなりかねない。そんな疑いの目を向けられたまま旅をするのは非常に危険! その台詞はそれを承知の上での台詞ですか!? 領太様っ!」

「は、はいぃぃ!?」

「貴方は私のこの純粋な瞳を見てまだ疑うことが出来ますかっ!?」


 そう言うとマリーは俺の目の前に来て瞳を向ける。その瞳は綺麗なブルー。

『恥ずかしいじゃねーか。あんまり見つめんなよ』

 俺は思わず目を背けてしまった。

 しかし何故俺はこうも怒られているのだろうか?

 ここに来てどれだけマリーに怒られた?

 怒られマニアとかではない。

 えむっ気あるのは否定できないが、酷いマゾでもない。


「いや、あの……疑ってごめんなさい」

「なのに貴方はうだうだうだうだと言い訳するばかり……貴方は駄々をこねる赤ちゃんですかっ!? 私の至福のときをさっさとよこしやがれってんだい!」

「御尤も……」

「ですが、私の好奇心を満たすよりも先に簡単な説明で申し訳ないですが、今は領太様にこの世界の事を説明するのが先だと考えております」

「それはとても殊勝なことで……さすがマリーさん……」


 俺は取り繕うようにマリーのその殊勝な態度を褒めた。


「いええ、それはいつもの事……そんな当たり前な褒め言葉、言われても嬉しくも何もありません」


 俺は心の中でマリーの反応に少し期待していた。期待していたにもかかわらず、マリーの態度はと言うと、俺の期待を裏切る。

『べ、別にそんなこと言われても嬉しくなんかないんだからね』そんな台詞を言って照れるのかと思ったが、全然そんな素振りを見せなかった。

 と言う事は、マリーは真剣に嬉しくないと言っていると言う事だ。

 俺はマリーの可愛げ無い態度に対し、そんな属性を見出せなくて少し寂しい気分にさせられた。


「……な、何て野郎だ……ちょっとくらいデレるとかツンデレ要素とかあってもいいじゃんか……」


 俺は思わず呟いてしまったが、マリーには俺の呟き声は聞こえ無かったみたいだ。マリーはそのまま会話を続けようとしている。


「領太様も人並み以上に好奇心をお持ちであるならば、私のように他の世界の話を聞くのはとても楽しいことだとは思いませんか?」

「……まぁそうだな。俺はまだこの世界の全てを見たわけじゃない。まだこの世界の全てを知った訳じゃない。俺はまだ君からこの世界の簡単な説明を受けただけに過ぎない人間だ。だけどさ、胸の中に込み上げて来る知りたいと言う欲求はある。見える範囲でこの世界を見た時に、それを楽しいと思っている自分が居るのは否定できない。確かにそうだな……だからマリー、君の言う通りだ。俺は今を楽しんでる」


 俺は頭を掻きながら、少し恥ずかしげにマリーの質問に答えた。

 この世界は珍しい物が多く、俺の中の好奇心は否応無しにかきたてられていく。

 それとやはり、この子と会話できるってことが何よりも楽しい。


「領太様も分かってらっしゃるじゃないですかっ。うんうん」

「自分の居た世界が楽しくなかった訳じゃない。けど、こう思うと自分の心の中に不満があったのかなって……。でも、自分の世界には満足はしていたと思うよ。それでも心の片隅で退屈していた自分がいたのかもな……。俺、あっちの世界じゃ大学生なんだけど、毎日毎日同じ事の繰り返しで――」

「ほむほむ」


 町までの道中、何気ない会話で俺たちは盛り上がった。

 マリーはよっぽど嬉しいのか、少し胸を張り、腕を組み、俺の話を偉そうなポーズで大きく頭を頷きながら聞いてくれている。小さな体故にその存在を大きく見せたいのか、マリーは必死に自分の体を大きく見せようとしている感じがした。

 嫌、体を大きくと言うよりも、自尊心が強いが故に、マリーは無意識のうちに小さなその体を大きく見せようとしていたのかもしれない。俺にはそのポーズがまるで小さな女王様……否、俺はまるで彼女が小さな巨人に見えた。


 そして、『ほれほれほれ、どこが感じんだ? 言ってみーこの小物がっ!』今にもマリーのはしたない心の呟きが聞こえてきそうな気がした。

 俺はその期待の声に答えるため、入念に台詞を考えるが、別に俺は『女王様もっとぶって!』と言って喜ぶほどの性癖は持ち合わせていない。ましてや虐げられて喜ぶ人間でも無い訳なのだが、マリーのその姿を見ていると、何故だか自分も嬉しくなってしまったのは否定できない。

 それよりも、俺の話をちゃんと聞いてくれる相手が居るなんて信じられない。でも、もしかしたら、明日になったらこの子も俺のことを忘れてしまう可能性もある。それはそれで寂しい気持ちもするが、『例えそうなったとしても、今を楽しもう』俺は心に誓った。

 舞い上がる心を抑えることは出来ない。何度も言うが、マリーは人間ではない。ただの妖精だ。相手が人間ではないが故に喜ぶべきなのか自重すべきなのか迷うところだが、さもありなん。俺は、会話をする相手が人だろうが人でなかろうが関係がないような気がし始めていた。それは、コミュニケーションをすると言う行為自体、生物にとってなんら変哲の無い行動の一つだからだ。


『ふむ……そうだな』


 俺の発言で周囲の人間に誤解を招く恐れがあるのでここで一言断りを入れておきたいと思う。俺がここで発言した『会話するのは人でなくとも構わない』と言う発言なのだが、ロボットや二次元キャラ、ぬいぐるみなどと言ったファンシーな類の物は一切含まれることは無いだろう。勿論、ここでの発言は人間以外の生物と言うことだ。

 更にもう一つ付け加えておくが、人間以外の生物と言っても、猫や犬などのペットの類の生物でもない。生物は生物でも、人間のようにベッドの上でコミュニケーションをとることができ、心と身体を繋ぐ事が可能な生物……グヘヘ。


『最低だな……俺』


 ま、まぁあ、これぐらい言い訳をしていれば、いちゃもん付けられる心配は無いだろう――。最近モンスタークレイマーと呼ばれる輩が多いからな。って、モンスタークレイマーについて説明はしなくても分かるだろ?

 あいつらは何かと自分にとって気に食わないことがあれば直ぐに文句を言ってきやがる。最近俺のバイト先でもこういう客が増えてるんだよな。


『おい君っ、頼んだ料理とメニューに表示されている料理が違うじゃないかっ!?』


 知るかボケッ! そんなもん店長に聞けやっ!


『メニューに表示されている料理と、実際に出てくる料理とでは、その日によって内容物が大きく異なる場合があります。ご了承ください』


 言い訳を考えるのが一苦労だぜ。

 しかし普段会話をする人間にとって、会話するという当たり前の行動になんら感動など覚えはしないだろう。当たり前を当たり前として教授する人間にとって、会話とは人生の上でつまらない行動の一つではないのかと俺は考えている。


 では何故そんな当たり前の行動で俺は喜ぶのか……。

 感動する沸点が低いとかではない。どんだけ安上がりな人間なんだよ俺は……。


 まあ、皆も一度他人と会話するのを辞めてみたら良い。

 どれだけ会話に餓え、会話と言うものが人間の脳に刺激を与えるか……。


『会話とは、人の脳を揺さぶる甘く酸っぱい麻薬のようなものである』


 これは某大学の有名な文学者が言った言葉だ。

 それを踏まえた上でこの台詞を聞いてもらいたい。


『君を一目見たときから僕の心は満たされ続けている。溢れんばかりのこの想い……今すぐにでも伝えたい……愛している、と――』


 はぁ!? こんなクソ甘い言葉なんていらねーんだよっ!!

 分かるか!? こんな言葉を聴かされた日にゃー、麻薬が切れたときのようなのような苦痛を味わうってもんだ! こんなくだらねー麻薬なんて撲滅してしまえっ!! くそがっ!

 だがしかし、会話のキャッチボールが出来ると言うのは一番大きい。どんなに苦い薬でも効き目は抜群……ってところか。故に、なんら変哲の無い会話と言う行為でも、俺にとっては素晴らしく気分が高揚する行為と言うわけだ。

 今回この妖精と会話することによって、俺は改めてそう思うことが出来た。


 更に人間ではない相手と会話でコミュニケーションをとると言う事は、ある意味貴重な体験であり、他人に話せば誰も信じないほどの胡散臭さを感じさせる事実なのではないだろうか。

『……』

 言葉が通じ合えば生物と言う壁をも越えていく……言葉が通じ合えば皆兄弟っ! そんな感じで言えば聞こえはいいだろうが、実際のところ他人が聞けば頭の逝った人間の戯言……てことだな。あっはっは。


『今あなたにとって目に見えるものは真実ですか?』


 こんな台詞を聞かされたら俺はこう答えよう。


『目に見えているものだけが真実ではない……目に見えないものにこそ、真実と言うのは潜んでいる』


 俺は好奇心と言うよりもよりも、俺はこの子と会話が出来ると言うことに興奮してたまらない状態なのだ。やはり、人にとって何よりも一番嬉しいのが会話できることじゃない? それが喜びじゃない? そしてそれを裏付けるような質問を皆は聞いたことは無いだろうか。


『貴方は無人島で一番欲しい物と言えば何?』


 こう言う質問をされたら俺はこう答える


『定期船』


 やはり定期船……じゃない。欲しいものは会話の出来るブラザーだ。

 これが一番だと思う。高齢者の一人暮らしによる孤独死とかよく聞く話しだが、俺はその話しをニュースで聞いてめっちゃ共感できた。どんなにお金があっても他者との会話と言うのは何よりもの至福の時間なんだよ。

『最高ですか!? 最高でーす!』

 ほんとにそんな気分だよ。

 さらにこの妖精、会話のノリがいいからついつい俺も調子に乗ってしまうんだよね。

 俺はこんな喜ぶ喜ぶマリーの姿を見てると、ついつい饒舌になってしまった。

 そして俺はゆっくりと視線をマリーへと戻す。


「この世界に来た時、流石にどうして良いのかわからなかったよ。でも、君のその姿を見たり、君の魔法を見たり、この世界の生き物を見ていたら、不思議と心がワクワクしてる自分がいるんだよな。これを好奇心って言うのか――」


 俺はまるで自分が舞台上の主役のように、両手を広げて叫んでいた。それは普段、俺が絶対にしない行動だ。友達に見られたら恥ずかしいよな。――まぁ、あっちの世界じゃ友達とも呼べる人も居なかったけどな。


 確かに友達は欲しいと常々思ってはいるが、それよりもなによりも、『俺は友達を作る暇がない!』んだよっ。


 バイトバイトバイトバイトバイトバイト……年末年始を除く360日バイトの俺の行動には友達を作るスキがねぇ!


『やべぇぜ……あいつの行動はパネェッぜ!』


 大学の単位は落とすことも出来ないし、単位落として留年なんてでもしたら学費が痛い。仮に退学になってみー? 行く当てがなくなれば実家へ帰らなきゃいけなくなる。でもあんな実家には帰れないし、帰りたくない。

 だからこそ今年の正月、『少しでも良い、仕送りを仕送れ!』と言うくだらない俺の一発ギャグを言う為に大阪へ帰る予定……じゃねーよっ! 直談判をしに大阪へ帰る予定を立てていたんだよ。

 なのにあのクソ店長!


 駄目だ、現実に目を戻そう。……嫌待て、実際今目の前に広がる景色が現実だってのもやはり嫌だ……。

 では一体俺は何処に視線を向ければいいと言うのだ……?

 過去にも未来にも希望がねぇ。


 ――。


 しかし、こいつは俺の台詞が嬉しいのかな……両こぶしを握って激しく同意してる様に見える。ほんと妖精って言う生き物は、調子の良い生き物みたいだな。

 まぁ、でも、喜んでるその姿が可愛らしいから、まっいっか。


 俺に友達と呼べる人間が居れば、こんな風に一緒に喜んでくれたのかな……。


「うんうん! そうです! そのとーりですよっ嶺太様!」


 マリーは俺のその言葉が嬉しいのか、見えそうで見えないワンピースのスカートをはためかせながら、俺の周りをクルクル飛び回っている。


『みるなおれみるなおれみるなおれみるなおれ……ミタラマケダ』


 そのマリーの姿を見て、俺は右手を差し出してマリーをその手の平の上に乗せようとした。マリーもそれが理解できたのか、俺の差し出した手の平の上に乗ってくれた。 俺はマリーのその行為に対して心のそこから湧き上がる一つの思いがあった。


『ヒデキ感激!』


 そんな余韻に浸りつつもしばらく歩くと、俺たちの行く先に森の入り口らしきものが見えてきた。マリーは軽快に前を歩く俺を抑制し、声を掛けてきた。


「嶺太様。少々お待ちください」

「ん? どうしたんだ?」

「あそこに見えるのは森の入り口です――」

「あぁ入り口ってのは見たら解る。俺もそこまで馬鹿じゃない――」


 あれがパラダイスへの入り口だとしたら、俺はドンだけ痛い人なんだよ。


「……」

「何故黙る」

「いええ……」


 気になる返しだな。

 あぁそりゃそうか、あんな考察をしていたらそういう反応になるよな。


「――そ、それよりも、何かあの森から威圧的なものを感じるのだが?」


 人間の、嫌、生物としての危険察知能力がなせるところの一つなのだろうか、俺は本能的に何かを察知した。


「大丈夫、何があっても私がついています。それよりも、あそこまで行けば行程の三分の二の距離を歩いてきたことになります」

「おお、もうそんなに歩いたのか……。速いな」

「はい。魔法と言うのは使い方を間違わなければ、非常に便利なものなのですよ」


 物語でよくある話だが、魔法と言うのは、悪用すれば世界を自分の物に出来る位置づけになったりしているよな。

 人は手に入れた力を振るいたくなる生き物。

 それが人のサガなのだろうな。

 俺がそんな力を手に入れたら――どうするんだろう。


 ――。


 うん。どうするも何も、俺、直に魔法は使えないんだよな。

 考えるだけ無駄無駄。

 反芻するかのように再び俺は言葉を漏らす。


「もう20キロ三分の二を歩いて来たのか――短時間でこれだけの距離を歩けるなんて、魔法ってのはマジで凄いな」

「えっへん。凄いでしょっ」


 俺は魔法を褒めていた筈なのに、マリーはまるで自分が褒められているかのように自分の胸をポンッと叩いて受け応えをした。

 小さい身体ながらも、自尊心の高い妖精だな。


「さっ領太様、行きましょう」



ここで一説終わり。

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