天は人の上に人を作らずフラグを立てた その3
ヒーロー、神永蕾和は突き詰めてます。何かは察してください。取り敢えず謝っておきます。すんませんしたッ。
朝ごはんを食べ終えシャコシャコと歯を磨く私は、死んだ魚のような目で鏡の中の自分を見つめた。
「あーー……」
ゾンビみたいな声を出した途端、ボタボタと歯磨き粉が垂れた。虚ろな目もあいまり、今の私は大分不気味だろう。
藤峰桜、高校二年生にして初めての死亡フラグ(乱立)が立ちました…。
原因は、分かっている。
あの、ぱんつ事件から一週間。神永蕾和は、宣言通り私を下の名前で呼び、やたらと話し掛けてくるようになった。
校門で、昇降口で、廊下で、教室で、校庭で、中庭で、渡り廊下で、学校付近で、商店街で、近所で、自宅前で。
ふふふ……うん、言いたい事は分かる。偶然と本人は宣うが、んなこたぁ有り得ない。私を監視してるんじゃないかってくらいの遭遇率だ。怖い。最早ホラーだ。いくら絶世の美男子だろうと、気持ち悪いもんは気持ち悪い。
ドン引きする私に気付いているのかいないのか、蕩けるような笑みと、こっちをどろどろに溶かそうとするような熱い眼差しで接してくる神永蕾和は、何だか怖いし……うん、やっぱ気持ち悪い。いやね、あの笑みと眼差しにはどぎまぎしてしまうが(私だってお年頃の女の子だからね!)、このエンカウント率の高さは薄気味悪い。
朝家を出て、そこに神永蕾和が神々しく微笑んで佇んでいた時は……ヒイィ〜ッ!(鳥肌さすさす)
ただ、いくら私が引いていたって、周りには関係ない。恋する乙女は何よりも恐ろしいのだと、私は知っている。フラグで。
まずは、神永蕾和の普段の態度から説明しよう。
神永蕾和は、まず笑わない。愛想笑いが出来ないらしい。ゆとりめ、人間関係の円満の秘訣は愛想の良さだぞ。って、叔父さんが言ってた。面白くなきゃ笑わないし、基本表情が変わらないのに、私には不気味なほどきらきらしい笑顔を振り撒き、屍(魅力に殺られた老若男女)の山を築き上げている。
次に、名前。神永蕾和とは、極々一部以外の下の名前は絶対に呼ばないんだとか。学校では、親友らしい牧野陽太以外は全員、幼馴染みすら苗字呼びだ。特に女の名前は徹底して身内すら呼ばないのに(近くのお嬢様学校に通ってるらしい義姉妹は、姉さん妹と呼んでるとか)、私の名前は呼びまくっている。勝手に。
老若男女に分け隔てない態度を貫き、だからハーレムでも男にも慕われていたのに、私にはやたらめったら甘く色気ガンガン振り撒き接している。
うん、気のせいだと現実逃避すら出来ないくらいには、あからさまだ。
最初はさ、からかって遊んでるのかと思った。でもね、フラグは嘘を吐かない。……あまあまピンクをベースに、色々な色がごっちゃになったフラグを見て、それはないなと思った。
詐欺フラグとかは、カモが罠に掛かって美味しく頂かれて(完全に騙されて)から、回収される。悪質な訪問販売で見たが、多分合ってる。自分の人気と影響力を知って敢えて人前で構ってからかってるなら、確実に立つだろうそれがないしね。
ただ、私は謂わば、ぽっと出の平凡女だ。そんな自分達より何事も劣る女が、ずっとアプローチしまくってる美少女な自分達を差し置いて、好きな人の関心を浚っていったなんて、ハーレム要員達には恐らく許容出来ないんだろう。当然だ。私も神永蕾和が正気か未だに疑っている。
まあ、だからかな。すんげー睨まれんの。陰口叩かれんの。中傷誹謗に根も葉もない噂に加え、りっちょん以外の友達も離れちゃった。不思議と嫌がらせはないが……
ついには、死亡フラグまで立ってしまった。何てこったい。
最近の日課は、毎朝鏡を見ながらぽきぽき死亡フラグを折る事だ。初めて見た時は、ぎょえええぇっ、と叫んでしまったが、今では事務的な作業となっている。鏡は基本朝しか見ないので、叫んだのは自宅だったのは幸いでした。
死亡フラグと言っても、嫉妬混じりの、勇治に立っていたアレと同じだ。勇治のは一度折ったらもう立たなかったが、私のは毎日嫉妬や恨み辛みを買ってるので、毎日生える。否、立つ。
そろそろ泣きたい私は、周りからの視線にビクビクしながら、自販機を目指す。くっ、一躍有名人になった私は元々目立つ事に慣れてないんだ! らめええぇっ、見ないでえええぇっ!
……ごほん。疲れてるんだ、私も。
自販機で買うのは、大好物のココアだ。
くふふ、ここのココア本当に美味しいんだよね。缶のココアって、粉っぽかったり水っぽかったりで、美味しかった試しがない。だが、この自販機のココアは、とろりと舌触りが良く少し甘めでミルクの味がしっかりしている。アイスもホットも最強だ。うっとりしちゃう!
私の癒しであるココアは、中庭の自販機にある。こっちは人があまり来ないんだよね。
そんな私の至福の時も、崩れ去った。ぴこんっ。あっ、何かのフラグが立った…。
自販機の前には、赤髪と金髪のいつぞやの不良二人組がいた。
「ほら、やるよ」
「え……これ」
「こないだの礼だ。お前、甘い物好きだよな? 可愛い奴」
「なっ……! っうるせえ! ……ま、まあ、どうしてもって言うなら貰ってやる」
「くくっ……ああ、貰ってくれ」
「ちっ。……、っあ」
「…!」
「……」
「……」
「………わ、悪い」
「あ……い、いや…」
……ぎぃやあああああああっっ!!
何あの甘酸っぱい空気! ぎこちないのにどこか甘い雰囲気とか……付き合い立ての中学生カップルかッ! 何、缶を渡す時ちょんと軽く指先が触れただけで過剰反応してんだ! 何、頬染めて照れたようにそっぽ向いてんだ! 何っ、恋愛フラグっ、立ててんだぁぁああ〜っ!!
恋愛でやさぐれモードの私にアレは目に毒っす。最後ちょっと泣き入っちゃったぜ…。まあ、さ。出会いから知ってる二人は、順調に愛(恋でも友でも)を築いているらしいと知り、何だか微笑ましさすら感じたけど。
だがしかし、それとこれとは話が別である。
(おまいらなんか、そこで覗き見してる腐女子にネタを提供してればいいんだッ!)
私からは良く見える。ヨダレを垂らしはあはあしてる女子三人が。確か漫研の人だったよね? 薄い本描いてる。
初々しい不良二人と、腐女子がいなくなってから私は自販機の前に立ち―――ココアが売り切れていた。
くっそう! さっきのあいつらが最後か! うう、私の燃料があ……っ!
「……ぐすっ」
メンタルがそれほど強くない私には、そろそろ辛かった。友達は遠巻きになって話し掛けてもすぐ話止めるし、美少女に睨まれるし、神永蕾和は良く分からないし……死亡フラグは、立つし。
「うううっ……神永蕾和めぇ……ッ!」
取り敢えず私は、元凶を恨んだ。大体おまいさん、初恋の人忘れてないくせに! 止めろようっ!
……まあ、初恋の話を聞いた後、恋愛フラグが立った訳だし、初恋の人=私って考えるのが普通だろう。
でもさ、全然記憶にないんだよね。小さい頃の記憶なんて曖昧だけどさ、神永蕾和の小さい頃って……天使でしょ、間違いなく。それを覚えてないとか、有り得ないだろう。いくら思い出そうとしてもダメだし、昔のアルバムはどこにあるか分からないから出せないし。 だからかなあ、しっくり来ないんだよね。覚えてないし、つーか本当にそうか分からないし、そうだとしても昔と今じゃ大分違うからねえ。まあ、ほとぼりが冷めるまでの辛抱だ。頑張れ私!
ショックに溜め息を吐きながら教室に戻ると、途中でとある集団を見付けた。即座に回れ右をした。捕まった。
「うん、ごめん逃げないで」
「くっ、放しぇ!」
振り向いた途端、いつの間にかいた奴(神永蕾和)の手先、牧野陽太が、私を正面から捕獲した。当然、噛みながらも抵抗したが、男女の力の差は歴然。無理でした。
うぐぐ、と牧野陽太の整った顔を睨む。憐憫が浮かぶ同情の篭った表情に、憐れむなら放してくれと思った。
あの黄色い声と矯声(!)飛び交う人だかりは、誰がいるかすぐ分かる。学校は、あの集団がいるからある意味安全(近付くのを妨害するから)だが、奴にはあんま意味がないようだ。
くるりと身体を反転され後ろから肩を掴まれた私は、周りより頭二つ分は高い神永蕾和と目が合った。その瞬間、花が綻ぶように笑った神永蕾和に、それを見た周りの人々が悲鳴を上げ倒れた。
漫画かっ!
あまりの大声にビクッとなった私。屍を跨ぎ(ひでえな…)目の前まで来た神永蕾和に、またビクッとなった。ひいっ。
「……ヨータ」
「はいはい、すぐ離すって」
低い声で名を呼んだ神永蕾和に、牧野陽太は私から手を離し少し離れた。瞬時に神永蕾和に手を握られ、逃げたくなった。…前に逃げてから、握るようになったんです。
「桜」
「……」
「桜?」
「……はひ」
とっても麗しい笑みです。だが、どうにもこう、ぞわぞわとした悪寒が止まらぬん。いやね、美醜に疎い(何せみんな頭に旗が立っている)私でも、強制的に理解させられるような美貌と美声なんですよ? でもね、何かね、人間の今や失われつつある動物的な危機本能が刺激されまくるって言うか……こいつはヤベえぜ、と訴えている。
するり、と手の甲を親指で撫でられ毛が逆立った。指の股をなぞられた時は、肌が粟立ち流石に情けない悲鳴を上げた。ドン引きである。
「ひぃぃぃ〜…っ」
「桜、どうした?」
何不思議そうに首傾げてんだ! 似合うが今はムカつくから止めろ! 顔が良いからって何でも許されると思うなよばっきゃろー!
後退りし身体を出来るだけ離す。端から見たらとても滑稽な体勢だろうが、そんなの気にしてらんねえ!
最初はね? 気後れはしたが、美形だし、まあ満更でもなかったのですよ。エロゲヒロインフラグを破壊するために近付きたくなかったんだけどさ。
エロゲヒロインフラグってのは、確証はないが恐らく特定の人物と偶然のえちイベント(ぱんつとかおっぱいとかちぅとか)を短期間で二回経験すると建設され、また短期間で同じ人にえちイベを消化されると回収されるんだと思う。すると、えちイベ遭遇率が上がり、ひぎぃらめぇな体験をしやすくなるんだと思う。
これに似ているのがギャルゲヒロインフラグだが、こっちはえちより甘酸っぱなイベントが起きやすくなるようだ。どちらも神永蕾和のハーレム要員で知った。
閑話休題。
気を付けていれば早々えちイベ起こらないだろうと、まあ、それほど神経質にもなってなかったのですよ。さっきも言ったが、私だって恋してみたいおにゃのこなので。でもね、周りの反応……以上に、神永蕾和と話す度に物凄い違和感を感じんの。神永蕾和が私をからかってるとかじゃなく、こう……得体の知れない感じの何か。
例えば……ほら、こんな感じ。
「桜、良かったらこれ貰ってくれないか?」
「え? あっ、え、何で?」
神永蕾和が差し出したのは、売り切れていた愛しのココアちゃん。だが、何故これを?
目を丸くし神永蕾和を見上げれば、うっとりと花も恥じらう微笑を浮かべた。私の女としてのアレコレが更に粉砕された。
「桜、このココア好きだろう? 去年五月に初めて買って以来、毎日飲んでるし」
「え、うん。…え? 何で知って、」
「売り切れなんて不運だったな。こんな事がないよう、これからは毎日俺が桜に買ってくるよ」
ちょっ、近い近い近い。顔近いっつに!
私は近付く神永蕾和に背を仰け反らせ、何とか離れようと頑張る。吐息を感じるくらいの至近距離に、思わず頬が熱く―――なる訳がない。
ねえ、何で私がこのココアを毎日飲んでるって知ってるの? 確かに同じく屋上で食べていたが、見える距離じゃなかったのに。ねえ、何で私が一年の五月に初めて買ったって知ってるの? 私も覚えてないのに。ねえ……何で、売り切れだって、知ってるの? 教室から私より後に自販機に来たら絶対すれ違うはずだから確認するなんて無理なはずなのに。
得体の知れない恐怖と気持ち悪さを感じた。大体毎日こんな感じで、本気で怖い。さあぁ、と血の気が引き冷や汗が出るのを感じた。
「な、何で……」
「何でって……何がだ?」
怖い……が、悪意を感じない表情が薄ら寒い。え、これ素なの? 天然なの?
こてんと首を傾げ不思議そうにする神永蕾和に、顔が引き攣った。
「桜が何に疑問を持ったのかは分からないが……俺は桜の事、たくさん知ってるぞ? 好きだから」
「……っ」
当然のようにさらりと言われ、不覚にもきゅんと来―――た訳がない! …さっきも同じような事したな。
きゅんと来るとこなのかもしれないけど、でも、たくさんって何? まだまだ色々知ってるって事? え、何で?
その時、ぴこんとフラグが立った。あ、あれは……っ。
っは、発覚フラグが立ったあああ───ッ!!?
説明しよう! 発覚フラグとは、まあそのまま。隠していた事がバレるフラグだ。犯罪の場合は問答無用だね。発覚フラグは、太陽みたいなオレンジ色だ。それに何が発覚するかを表す色がある訳だが………これは、ストーカー、か。
………え、ストーカー?
「桜、もし良かったら、一緒に…その、昼食食べないか?」
この、恥ずかしそうにお昼を誘ってくる絶世の美男子が、ストーカー?
ギギギ、と油の切れたブリキのような動きで、知っていそうな牧野陽太を見る。憐れむような目と表情で見返され、ストーカー? と口パクで訊ねると、正確に読み取ったらしくだらだらと冷や汗や脂汗を流しながら、真っ青な顔でつい、と目を逸らされた。
………、マジで?
「……桜?」
「………きゅう」
「ッ桜!?」
キャパオーバーで、私は気絶した。人生初の気絶だ………、ん、初…?
何かが引っ掛かった気がしたが、私はそれを理解するより先に意識を闇に投じた。慌てて抱き抱え焦る神永蕾和を、最後に目に映し。
………ああ、もう。私もあの不良っぷるみたいな甘酸っぱい恋愛がしたいっす……。
ヒーローの気持ち悪さはまだまだこんなもんじゃね(ry
苦情は柔らかめでお願いします。