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カンナ  作者: Gardenia
第一章
9/36

1-9

「おかえりなさい」


カンナはそう言いながら階段を下りて行った。

しばらく階下で話し声が聞こえていたが、やがてトントンという足音がして二階に上がってくる。

中年の女性とカンナが戻ってきた。


「この子かい?」

「そう、陽菜ちゃんっていうの」


「陽菜ちゃん、私の母です」と、カンナは陽菜と母を引き合わせた。

「秋吉陽菜です。こんにちわ」と陽菜が挨拶すると、

「んまぁ~、なんて可愛らしいお嬢さんかしら」と大げさに頬に手を当てて、「こんにちわ」と挨拶してくれた。

「お母さんに似て、良かったわね」と言ってカラカラ笑っている。

陽菜はどういうリアクションをして良いのかわからなかった。

「でね、ママ。この部屋なんだけど・・」とカンナが話を変えて、母親の意識が陽菜を逸れたので、陽菜は内心ほっとした。


やがて話がまとまったようで、「好きにしていいから。一段落したらダイニングへおいで。おやつ買ってきたからね」と言って、カンナの母親は階段を下りて行ってしまった。

入れ替わりにカンナの父親がやってきて、陽菜はまた緊張してしまった。


同じように簡単な挨拶を済ませると、今度は家具の移動が始まった。

陽菜も少し手伝った。

埃っぽい部屋から古いミシンやいくつかの箱と箪笥を協力しながら別の部屋に運ぶと、カンナは窓を開けておいて、バケツに水を持ってきた。

陽菜にゴム手袋を渡す。


「さて、一緒に拭き掃除してもらおうかな」と言って、水を絞った雑巾を渡された。

狭い部屋なのであっという間に終わってしまった。

カンナは窓も拭いていた。

それが終わると、カンナの部屋から古い勉強机を一緒に運んだ。


「この机、私が子供の頃使っていたのよ」と話してくれた。

「カンナさん、高校はどこだったんですか?」

「あ、私はK高よ。秋吉君、陽菜ちゃんのお父様は、S工業高だったわね、確か」


話しながらカンナは雑巾を受取って、バケツを持って立ち上がった。


「はい。カンナさん頭良かったんですね」

「そんなことないわよ。陽菜ちゃんはどこに決まったの?」

「・・・R女子高です」

「あら、素敵な高校じゃない。お嬢さんなのね」

「いえ、他に入れるところが無かったので・・・」


「じゃ、手を洗って・・?」とハンドソープを渡されて、手を洗う。

カンナも洗面所で隣に並んでソープを泡立てて手を洗った。

ハンドクリームをつけながら、「女の子は手を大事にしなくちゃね」と陽菜に微笑んだ。





「ママ、おやつ食べていい?」と奥の部屋に声をかけるとカンナの母親がダイニングに入ってきた。

「じゃ、皆でケーキの時間にしようか」と言って、冷蔵庫から大きな箱を取り出した。

カンナは飲み物の準備をしている。


「陽菜ちゃん、好きなの選んでいいよ」と小母さんが言って、箱の中を見せてくれた。

陽菜は散々迷ってフルーツがたくさん乗ったタルトを選んだ。

陽菜の父親もやってきてダイニングテーブルで小さなお茶会が始まった。


「陽菜ちゃんは今度R女子に入学なんだって」とカンナが言うと、

「ほぉ。やっぱりお嬢さんなんだねぇ」とカンナの母が感心したように言った。


「あそこは、家政科があっただろう?」

「はい。私も家政科です」

「あ、陽菜ちゃん。うちのママはお裁縫得意なのよ。宿題とか困ったらここへ持って来ると良いわよ」

「カンナは裁縫が全然ダメでさ、私が縫った物をヘーキで提出してたんだよ」

「え~?ほんとうですか?」

「誰だって出来ないことはあるわよ」とカンナはペロリを舌を出して肩を竦めた。

カンナの父親は何も言わずにお茶を飲んでいるだけだった。


「あ、そうだ!!」と突然カンナの母が立ち上がって、バタバタと二階に上がって言った。

陽菜が驚いていると、「どうやら陽菜ちゃんのこと気に入ったようね」とカンナとその父親が顔を見合わせて頷いている。


「陽菜ちゃん、嫌なことは嫌だって言わないとだめよ。うちの母は結構押しが強いから」と言ってカンナがニヤニヤしていると、カンナの母親が戻ってきた。


手に持っているものをテーブルに広げて、「これはカンナの上履き容れ、これはカンナのお稽古事バッグ・・・」と言いながら次々に陽菜に見せていく。

「ママのバッグは自慢だったわよ、私」と言いながら、カンナは席を立ってお皿などとシンクに運んだ。

確かに素人の小母さんが作ったとは思えないような可愛いバッグだった。


陽菜が手にとってバッグを見ていると、

「そしてこれ!どこかに仕舞ってたと思ってたんだよ。見つけたわ」とカンナの母が手にしたものをカンナに見せた。

「カンナ、ブラシ持ってきて」とカンナの母が言うと、カンナはすぐにヘアーブラシを持ってきた。

陽菜は嫌な予感がした。

「どの色が良いかねぇ」と言いながらカンナの母親が陽菜の後ろに立ち、あっという間に陽菜の髪にリボンをつけてしまった。


「女の子は毎日ブラッシングしないとダメだよ」と言って、カンナの母親は陽菜の髪の毛を梳いている。

カンナの父親はいつの間にかリビングのソファーに移動していた。


「陽菜ちゃん、入学式はいつだい?」と陽菜の髪を梳きながらカンナの母が聞いた。

「来週です」

「ふ~ん。もうあまり時間がないじゃないか。もう必要なものは揃えた?」

「えっと・・・」

陽菜はよくわからなかった。

「学校から、入学までに揃える物の案内が届いているはずだけど・・・」とカンナの母が言う。

学校から郵便は届いていたが、陽菜はまだ読んでいなかった。


「制服は?もう取りに行った?」

「はい。制服と通学鞄は買いました」

「そっか。じゃ、学校からのリストを明日持っておいで」

「え?明日ですか?」

「何か用事でもあるの?」

「いえ・・・」

また明日も来て良いものか、確か今日だけだとパパが言っていたはずだと陽菜は思った。


「陽菜ちゃんさえよければ、あとでお父様に聞いてみましょうか?」とカンナが言ってくれたので、陽菜は嬉しくなって「はいっ」と答えた。

「また来てもいいんですか?」と聞くと、「もちろん!」とカンナの母もカンナも言ってくれたのでほっとした。






「さて、そろそろ陽菜ちゃんを私に返してちょうだい。

今から二階を手伝ってもらうから」

そう言うとカンナは陽菜を促してダイニングから離れた。


カンナの簡単なオフィスを整えるために、陽菜は言われたものを箱から取り出し、

カンナが次々に収納していくのを見守った。

一番大きなものはプリンターで、カンナのPCとつないでいろんな設定を確認するのを見ていた。

「さて、ここからはちょっとたいへんよ」と言って、カンナは長い線を取り出し、廊下の隅にある電話のところで作業を始めた。


「陽菜ちゃん、ちょっと手伝って」と呼ばれたので近づいていくと、

「私がこの線を壁や天井に留めていくから、作業し易いように線を持っててくれる?」と言って、

電話のところから順番に、大きなホッチキスのようなものでケーブルを留め始めた。

小さな梯子も使って丁寧に留めてしまうと、カンナはニヤリと笑った。

これで、ファックスの心配はない。

父親のところへ届くファックスなどたかが知れている。

当分の間はカンナがファックス回線を乗っ取ったのには気がつくまい。





一段落したところに陽菜の父親から、今から迎えに行くと連絡が入った。

カンナが明日は陽菜と一緒に買い物に行きたいとメッセージを送ってくれたおかげで、

明日も同じ時間にカンナの家に来ることになった。

もう使わないからと陽菜の爪に塗ったマネキュアを袋に入れて持たせ、父娘を見送ると、

玄関を入ってからカンナはため息をひとつ吐いた。

迎えに来た琢磨が、陽菜を見て少し驚いたようにしてたなと思うと笑いがこみ上げてくる。


賑やかな夕食のあとようやく開放されたカンナは、今日出来上がった自分の簡素なオフィスに入った。

PCを立ち上げて一日ぶりにメールチェックをする。

昔は充分な大きさだと思っていた机も、今では単に古びた小さな机だ。

椅子は・・父の手作りだったことを思い出した。

東京の機能美を追求したシンプルモダンなオフィスとは違ってはいるが、これでも充分に用は足りる。

当分はこれで良いとカンナは思った。


メーラがメールを全部ダウンロードする間に、携帯電話を取って琢磨にメッセージを送った。

『陽菜ちゃんの学校からの案内を持たせてください。明日は入学までに必要なものを買い揃えようと思います。使った費用はあとで請求します』


送っておいてメールを次々に読んでいると、琢磨から着信があった。

「秋吉だけど、今いいか?」

「はい。お疲れ様です」

「今日はありがとな。陽菜がすっかり喜んで、小野寺の話ばかりしている」

「気に入ってもらえたようで嬉しいわ」

「明日も頼んでいいのか?」

「ええ、うちの母も陽菜ちゃんのこと気に入ったようで舞い上がってるわよ」

「小母さんが?」

「母も裁縫が得意だから、家政科に進んだ陽菜ちゃんに先輩風吹かせたいみたいよ」

「助かるよ、本当に」

「奥さんが不在中なのに悪いなとは思うけど、どうも陽菜ちゃんの入学式に間に合いそうにないから、気になって」

「長女がちょっと出来がいいから、陽菜のことは二の次だからな」

「明日は工事も大詰めなんでしょ?」

「ああ」

「じゃ、時間気にしなくていいから。適当に買い物とか行ってくるわ」

「よろしくお願いします。車はあるのか?」

「ん~~、明日は家の車が使えそうだから大丈夫よ」

「お礼はちゃんとするよ」

「そんなの必要ないわよ。陽菜ちゃんはうちの母のおもちゃになったりしてたいへんなんだから」

「そういう訳にはいかないよ」

「う~ん。じゃ、今度時間ができたらとびっきり美味しいものご馳走してよ」

「あぁ、わかった」

「じゃ、また明日ね。そっちは現場なの?」

「あぁ、もう一晩徹夜だな」

「お仕事、頑張ってね」


電話を終わったものの、琢磨はまだ電話を離せないでいた。

お仕事頑張ってなんて言われたのは久しぶりのような気がした。






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