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カンナ  作者: Gardenia
第一章
5/36

1-5

カンナはバスの時刻表を見つめていた。

琢磨がそのまま観察していると、腕時計と時刻表を見比べて、彼女はほぉっとため息をついた。

カンナの顔が動き、何かを探しているようだ。

隣のバスの停車位置まで行き、また時刻表を睨んでいる。

ぱっと見には小さく見えないのだが、女性としては普通くらいの身長だろうか。

手も足も細くてしなやかそうな印象だ。ふっくらと膨らんだ髪型が細いうなじをさらに強調しているように思えた。

風に揺れる髪が邪魔になるのか、手でかき上げる様に髪を押さえて頭を動かすと琢磨のほうを見た。


ようやく琢磨に気がついたらしい。

ほんの少しの間をおいて、カンナは抗議するような目になった。


琢磨はゆっくりとカンナに近づいて、「よぉっ!」と手を上げた。

「いつから見てたの?」

「ほんの少し前からだよ」

「いつから?」キツイ声で聞いてくる。

「あっちの時刻表を見てたのは知ってたかな・・・」

「酷いわね、こそこそ見てるなんて」

「こそこそなんか見て無いぞ。出てきたらたまたま見えただけだ」

「煙草吸ってたのね」

カンナはクスッと笑った。

別に怒っているわけじゃないことがわかって琢磨もほっとする。


「どこかに行って来たのか?」

「うん。ちょっとね」

カンナはそれ以上は言わなかった。


「誰かを迎えに来たの?」とカンナが聞いた。

「いや、娘が東京に行くって言うから送ってきただけだ」

「ふ~ん」

「帰るのか?一緒に乗って帰るか?」

カンナは少し考えていたが、「迷惑じゃなかったら乗せてもらおうかな」と言った。

「じゃ、車はあっちだ」と言って駐車場のほうを指差した。


車までの間、並んで歩きながら、「さっきのが娘さん?」とカンナが聞いてきた。

「見てたのか?」

「ちらっとね」

「一緒に居たのは奥さん?」

「あぁ」

娘が東京の大学に入学するので付き添いだと琢磨は説明した。


助手席を開けてやると、「あら、こっちでも良いのに」と後部座席を指差しながらカンナが笑って言った。

「何様だよ」と琢磨は呆れて言い返したが、「あはは、助手席でも良いよ」と言ってカンナがすべるように助手席に座った。

座る時にカンナの足首が見えたが、見ないフリをして琢磨は運転席に回る。


琢磨が車を発進させて駐車場を出ると、「この車、乗り心地良いわね」とカンナが言った。

「そうか?」と琢磨は何気ないように返したが、「さすがだわ。ちゃんと調整してるでしょ?」とカンナが言う。

「まぁ、普通には」と琢磨は答えたが、足回りは気になるので自分の車は昔なじみの修理工場に持っていってマメに調整してもらっていた。


「音楽かけてもいい?」とカンナが聞くので、「好きなの聞いていいぞ」と言うと、FM局の1つを選んだ。

それからはしばらく何も話さずに運転していた。


「そうだ、腹空いてないか?」と琢磨が沈黙を破った。

「え?あぁ、お昼ご飯?」

「あぁ、途中で軽く食べないか?」

「そうだね~」

「途中で食べて、お前を送っていったら現場に直接行くからちょうど良い」と琢磨が言うと、

「何食べる?」とカンナが聞いたので、了承したのだろうと琢磨は思った。

「何でも」

「蕎麦?うどん?ラーメン?洋食?中華?」とカンナが次々に聞く。

「どっちかと言うと和食系のほうがいいな」と琢磨が言うと、「う~~ん」とカンナは考えていたが、

「次のインターで降りてもらってもいい?」と言った。


「良いけど・・・?」と琢磨は言ったものの、次の出口はは山の中だ。

「ちょい、ゆっくりめに走ってて」と言ってカンナは電話を掛け始めた。

どうやら知り合いの店らしい。

現在地を言って、あまり時間がないから到着したらすぐに食べたいと頼んでいる。

親指と人差し指で丸と作って琢磨に知らせ、カンナは礼を言ってから電話を切った。


カンナは「インター降りたらほんの数分だから」と言って、琢磨に道の説明を始めた。

高速を降りて5分ほどだった。

有名な温泉地の端っこに位置する旅館の別館で、昼食だけ一般客をとっているらしい。

近くにはゴルフ場も点在するので結構利用客の多い温泉地だ。


カンナの誘導で建物に一番近い駐車スペースに車を停めると、あたりを見渡して「こんなところにあるなんて知らなかったなぁ」と感心したように琢磨が呟いた。


車の音を聞きつけたのか、店の人が近づいてきた。

「ようこそ。よくお出でくださいました」と係りの女性が丁寧に礼をした。

「こちらこそご無沙汰しております、女将さん」とカンナが言っている。

「とりあえず中に・・」と言って二人は女将の案内で小ぶりの部屋に通された。


カンナが先に下座についたので、琢磨は自然に上座に座ることになってしまった。

「ご紹介しますね。こちらはここの女将さん。以前から親しくさせていただいているの。

そしてこちらは中学時代の同級生で秋吉さん。空港でばったり会って、帰り道が同じだから送ってもらってるの」とカンナは卒なくふたりを紹介した。


そう言ってる合間にも他の女性が、お絞りとお茶を運んできた。

「本館はほんとに建物は広いんだけれど、お庭はこの別館のほうが侘びてて好きなんです」とカンナが琢磨に説明する。

琢磨は「この庭は落ち着きますね。時間をかけないとこの風情はできないでしょう」と女将とカンナに頷いた。


「秋吉さまは、ゴルフもなさるのでしょうか?この近くはゴルフ場も多いですから、お近くにいらしたらいつでもお寄りくださいませ」と女将が言う。

カンナは驚いたように「この女将さんが滅多にこういうことは言わないのに」と笑った。


すでに料理も並べられていて、「今日はお急ぎと言うことですから、次回はゆっくりとお話させてください」と言って料理を勧める。

「今日はお弁当仕立にさせていただきました」と言って礼をして女将は下がっていった。


「さ、温かいうちに食べましょう」と琢磨に箸をとることを勧める。

蓋をとると色鮮やかな料理が箱に詰まっていた。

味噌汁の出汁の香りがただよって、琢磨は急に空腹を感じた。


二人は黙々と料理を食べた。

琢磨はご飯と味噌汁をお替りして、部屋の隅に待機していた女性が給仕してくれる間だけカンナは口を開いた。

「ここで正花堂弁当しょうかどうべんどうを食べるのは久しぶりだわ。普通は一品ずつ出てくる懐石なのよ」

「そうなんだ」

「急ぎの時だけお弁当にしてくれるから・・・」と言うと、二人はまた黙って食事を続けた。





食事が終わると、すぐにデザートとお茶が出された。

カンナは「ちょっと失礼します」と言って席を立った。

化粧直しにでも行くのだろう。

給仕の係りが「こちらのわらび餅は本蕨ほんわらびを使っており、風味を活かすためにあまり甘くしておりません。どうぞお召し上がり下さい」と琢磨に勧めるので、一口食べてみた。

ほんとうに甘くなく、するすると入ってしまいあっという間に全部食べてしまった。

席に戻ってきたカンナも嬉しそうに「あ、蕨餅わらびもちだ!」と言って、嬉しそうに一気に食べてしまうと、「さ、行きましょう」と再び立ち上がった。


玄関には女将も見送りに出てきて、「またお越し下さい」と頭を下げる。

カンナは「調理長にお礼をお願いしますね。急で申し訳ないとお伝えください」と声をかけると、「あの人はカンナ様の言うことならなんでも嬉しいんです」と女将は嬉しそうに笑った。

「では、秋吉さま。運転お気をつけて。是非またお越しくださいませ」と琢磨にも丁寧な礼をした。


車に戻って、何人かに見送られながら高速道路に戻る。

「あ、お会計してない」と琢磨が急に気がついて大きな声を出した。

「いいのよ。今日は送ってもらうんだから、私のほうで」

「そんなわけには・・・」

「ほんと。あまり高くないし。気にしないで」

琢磨が口を開こうとすると、「じゃ、高速代も半分出させて」とカンナが言った。

「アホか。気にするなよ」

「じゃ、お昼代も気にしないで」と言う。

琢磨は思わず笑って、「じゃ、ご馳走になるよ」と言うとカンナはニヤリと笑った。





「空港で何処行きのバスに乗ろうとしてたんだ?」と琢磨は運転しながら聞いてみた。

「高速バスに乗ろうか、それとも神戸か大阪に寄り道してから帰ろうかと思ってたの」

「そっか。東京に行ってたのか?」

「うん」とカンナは頷いた。


「まだあっちにも荷物が残ってるから・・・」とぼつりと言う。

「東京にか?」

「そうなのよ。まぁ、全部実家に送るのもなんだかなぁと思ってね」

「それで早く家が欲しいのか?」と琢磨は茶化した。

「そうかもしれないわねぇ」とカンナが何か考えながら答えた。


「時々は東京に行くこともあるの?」としばらく黙っていたカンナが唐突に聞いてきた。

「ん~、東京は滅多にないな」

「じゃ、神戸や大阪は?」

「それは時々ある。県庁に行くこともあるから」

「だよね。テリトリーとしては3県くらいにまたがって仕事してるんじゃないの?」

「あぁ、そのとおりだ。役所に行くか、組合の会合とかだな」

「接待とかも?」

「あぁ、そういうのも時々あるよ。昔ほどではないけどね」

「法律でいろいろ規制されてるとは聞くけど、ほんとうなのね」

「親父たちの時代とは違うさ」と言って琢磨は笑った。


住んでる街が近くなり、高速を出る準備で車線変更する。

もう少しカンナと話していたかったが、カンナを実家の前で降ろさなければならない。


到着すると、「今日はありがとう」とだけ言ってカンナは実に優雅に車を降りた。

琢磨は「あぁ!」と言って手を上げただけだ。


そのまま走り去る車が角を曲って見えなくなるまでカンナは見送っていた。






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